8 / 34
<第八話>
しおりを挟む
この事件には、確かに隙がいくつもある――トリアスも、それは気がついていることだった。
例えば、最初の事件。故郷のアネモニ村の大虐殺と放火。トリアスと両親が、村人達と揉めて引っ越しを考えていたことは目撃証言も出ていることだ。その理由が、どうやらトリアスの正体が村人に露呈したからだ、ということも。
メディアはそれ以上の報道をしなかったが――少し魔王という存在について詳しい者ならば首を捻ったことだろう。どうして魔王であることがこの年になってバレたのか?ということだ。トリアスが産まれた時にに立ち会った医者の類いが口の軽い人物ならば、ここまでトリアスが成長する前に事実は露呈しているはずなのである。その医者が、今更口を滑らせた可能性はなくもないだろうが――実のところ、母からトリアスを取り上げた医師と助産婦は既にアネモニ村にはいなかったのである。
警察も調べて、辿り着いているはずだ。なんせ彼ら夫婦はサンフラワーシティに移住しているのだから。
つまりだ。彼らがわざわざ辺境のアネモニ村まで戻って言いふらしたわけでもない限り、このタイミングで事実が露呈するとは考えにくい。では、一体どうして正体がバレたのか?
――俺は白魔導師のフリをして生活していた。魔力の高さからしても、村への貢献を考えても、魔導師ジョブを演じるのが最も適切だったからだ。実際、俺はあらゆる技能の中でも物理より魔法が得意なタイプだったからな。
魔力の高さ、技量の高さ、魔王特有のオールマイティな技能でバレる可能性はゼロではないが。それよりもっと、高い可能性がある。
そして、女性の魔王ならともかく、トリアスは男性の魔王だ。確定させるには、かなり強引な手段を取るしかないのである。それは、つまり。
「まだ罪を自白する気はないのか、ああ?」
フラワーメイル世界法では。裁判の手続きが完了されるまでは、容疑者は留置所に勾留され続けることになる。そして、取り調べは勾留中も続く。警察はリアルタイムで検察にその情報を送り続けるということもあって、実のところフラワーメイルでは逮捕されると普通の犯罪であっても有罪率が尋常ではないのである。
一見穏やかで美しく見えるこの世界の真実のひとつ。推定無罪、なんてことを表で歌いながら、実際は推定有罪だと誰もが判断しているのだ。疑わしきは罰する。疑わしきは罪。裁判で弁護士は圧倒的に不利な立場に立たされることが多いのだ――弁護士との契約後に、こうして取り調べを受け続け、罪を自供してしまう容疑者も少なくないからである。
この世界ではそれゆえに、弁護士の数は圧倒的に不足しているのだ。何につけても検察より弁護側は不利になる。そして国選弁護士の仕事が偏った弁護士にやけに回ってきてしまうのもつまりそういうことである。頻繁に回ってくる低賃金の“義務”のせいで、自分達が本来やりたい仕事が疎かになってしまう。そりゃあ、やる気を出せというのが無茶な話だ。
「自供も何も。俺は全て真実を話している。やってもいない犯罪について、語れることは何もない」
机を叩き、チンピラのように睨み付けてくる警官に屈して、自白してしまう容疑者は少なくないと知っている。だが、トリアスは屈する気など全く無かった。ここで折れることは、死ぬことよりも自分を殺す行為に他ならないと知っていたからである。
自分を守ろうとしてくれた両親と、愛する人の誇りに賭けて。自分はどんな拷問を受けても、けして罪を認めるわけにはいかないのだ。
勿論、警察官の過剰な尋問は禁止されている。自白の強要が露呈して警官が捕まった事件もあった。以来、可能な限り取り調べを可視化させようという話になり、世界各地の警察署にはあちこちにスフィアカメラが設置されるようになったはずである。
まあ。役に立つかどうかは――それが機能していれば、という前提の上に成り立つわけだが。
「やったと認めているのは、ケイニー達に対して応戦し負傷させた件に関して。しかしこれも、戦闘行為を仕掛けてきたのは向こうであり、正当防衛を主張している。間違っても、俺の方から罪のない一般人に対して危害を加えたという事実はない。当然、虐殺した事件に関しても犯人は俺じゃない」
「お前じゃないなら誰だってんだ?下手な言い逃れするんじゃねぇ!!」
「怒鳴るしか脳がないのか。それを調べるのがお前達の仕事だろうに、とんだ職務放棄だな」
ガンッ!と衝撃が来た。殴られ、椅子から転げ落ちるトリアス。――殴られるのがわかっていて、あえて防御しなかったのである。魔封じの手枷のせいで魔法は封じられているが、魔王ジョブのトリアスは拳闘士の素質も持ち合わせている。体術だけでも戦えるのだ、自分は。防ごうと思えば防げるし避けようと思えば避けられる。それをしなかったのは――幾つかの理由があってのことだ。
「俺はな!お前みたいな性根の腐った存在が大嫌いなんだよ!!」
警察官の男は、怒りのまま喚き散らした。
「だから魔王なんて存在は、産まれた時点で処分するのが正しいってのに……悪魔の子が甚大な被害をもたらしてからじゃおかしいと、何故人類は学ばないんだ!?前の魔王のルネだって、どれだけの数の罪なき人間を殺していると思ってるんだ……!」
ガンッ!と倒れたトリアスの頭を踏みつける男。グリグリと靴の裏でこめかみを抉られて、じんじんと痛みが頭蓋に響く。魔王ジョブの保有者は悪魔の化身、産まれてすぐに殺して生まれ変わらせてやるのが最大の慈悲――リリー教の信者たちはそう信じている。目の前のこの男もそうなのだろう。経験上、トリアスはリリー教の奴等には何を言っても無駄だということを学んでいた。彼らにとって自分の声は悪魔の声、言葉は悪魔の言葉に他ならない。けして、聞く耳など持ってはいけないのである。
そう、裏を返せば――正しく取り調べを行わなければならない担当の警察官が、自らの宗教感に囚われて暴走するようでは話にならないのである。公務員ならば特に、就職する際必ず自らの宗教を明言して書類で提出するのが規則となっているはず。この男がリリー教なのも警察はわかっていたはずだし、不適切であることは重々承知していたはずなのである。
にも関わらず、この男を使っているのは――この暴力行為さえ、全て黙認してのことだということに他ならない。暴力でも何でもいいから、トリアスに自白させれば問題ないと思っているのである。
それは言い換えれば彼らが何がなんでもトリアスの自供を欲しがっているということ――決定的な物的証拠を見つけられずに焦っていることの証明でもあった。
――まあ。あのフレイアを恐れているってことでもあるんだろうがな……。
逮捕されれば高い確率で起訴され、有罪になるのが当たり前になりつつある昨今。そんな中、数少ない“無罪”を勝ち取ってきた立役者がフレイアだった。自由奔放だしマナーはなっていないし気紛れどころではなく気紛れなようだが、実績があるのは確かというわけである。
彼に何か尻尾を掴まされる前に、トリアスの自白を取って自分達の立場を明確に、そして圧倒的に有利にしておきたい。それが彼らの狙いなのは明白だ。
「……こんなことをしていいのか?カメラで撮影されているんだろう?」
痛みに呻きながらも、トリアスは言葉を返す。すると頭上から、ハッ!と嘲りに満ちた笑い声が聞こえた。
「馬鹿かお前は!うちのカメラはな、“たまたま丁度”壊れてそれっきりなんだよなぁ。まあ、撮影されていたところでどうせ俺がお前にやったことなんか映ってもいないから安心しろよ。我々にはとっても便利な科学技術ってヤツがあるからなあ」
「映像を編集して、都合のいいところは切り取ってしまえばいいということか」
「都合のいい?いいや違うね、“民衆が望まない”場所だと言ってもらおうか。お前は悪の魔王で、民衆はお前が断罪される日を今か今かと待っている!お前に少しでも“被害者”みたいな面があるなんて知ってみろ、どいつもこいつも気持ちが悪くなるだけってなもんさ。誰だって都合の悪い事実なんぞ見なかったことにしたいもんなぁ?」
「そうだな、お前たちはそうやって……先代魔王のルネのことも追い詰めた。彼女がしたことは許されないことだったかもしれないが……彼女には人々を殺戮する正当な理由があったし、それを告白したのに……お前たちはそれを全て握りつぶして報道規制をかけたんだ、そうだろう?彼女は町の人々に恋人を殺された上、性的に物理的に酷い暴力を受けたというのに」
ルネの裁判を、傍聴席で見ていた人間の中に。実は、トリアスもいたのである。
けして他人事ではなかったからだ。ルネの結末は、明日の我が身で有るかもしれなかったのだから。
「魔王は悪。勇者と政府は正義。……罪なき人間を苦しめて、騙してまで。そんな表向きの綺麗な顔を守りたいのか?滑稽で、愚かすぎて吐き気がするな!」
「ふざけんなっ!有りもしねぇ事実を真実みたいに語ってんじゃねえよ。ルネは自らの殺人欲求を満たすためだけに快楽殺人を繰り返したイカレ女だ。お前と同じようになぁ?」
「ぐっ!」
ガンッ!と大きな音お共に目の前に火花が散った。汚い靴の裏で、思いきり踏みつけられるトリアスの頭。
「お前らは生きてるだけで罪なんだよ……!お前らがやることは全部罪!間違い!愚行!!」
ぐいっ、と髪の毛をつかんで持ち上げられる。目の前に、憎悪と嫌悪で目を血走らせた警察官の顔があった。
怖くないわけではない。痛い思いをしたいわけではない。それでもトリアスか反抗するのは、それが自分の唯一のプライドだからだ。
自分を曲げないでいるうちは、その間だけは――愛しい人を救えなかった己を、責めないでいられるのだから。
「お前の中にもな、悪魔は眠ってるんだよ。……さっさと自白しろ。そうしたら、神様もお前の存在を認めて懐に受け入れてくれるはずだ。それでも認めないってんなら……俺が可哀想なお前を、直々に“消毒してやる”しかないなぁ?」
警察官はにやり、と下卑た笑みを浮かべて――自らのベルトに手をかけた。馬鹿馬鹿しい、と口にすることも疲れる。話が全く通じない。そして、自らの欲望を発散するために信じている宗教さえも言い訳に使うというケダモノ。
「ちょっとでも感じたら……これは、合意ってことになる。だよなぁ?」
――クズが。人を人とも思わぬケダモノが……!
諦めるように、トリアスは目を閉じた。どうせもう、何もかもが遅い。二度も三度も意味などないのである。
自分の運命など、産まれたときには決まってしまっていたようなものなのだから。
例えば、最初の事件。故郷のアネモニ村の大虐殺と放火。トリアスと両親が、村人達と揉めて引っ越しを考えていたことは目撃証言も出ていることだ。その理由が、どうやらトリアスの正体が村人に露呈したからだ、ということも。
メディアはそれ以上の報道をしなかったが――少し魔王という存在について詳しい者ならば首を捻ったことだろう。どうして魔王であることがこの年になってバレたのか?ということだ。トリアスが産まれた時にに立ち会った医者の類いが口の軽い人物ならば、ここまでトリアスが成長する前に事実は露呈しているはずなのである。その医者が、今更口を滑らせた可能性はなくもないだろうが――実のところ、母からトリアスを取り上げた医師と助産婦は既にアネモニ村にはいなかったのである。
警察も調べて、辿り着いているはずだ。なんせ彼ら夫婦はサンフラワーシティに移住しているのだから。
つまりだ。彼らがわざわざ辺境のアネモニ村まで戻って言いふらしたわけでもない限り、このタイミングで事実が露呈するとは考えにくい。では、一体どうして正体がバレたのか?
――俺は白魔導師のフリをして生活していた。魔力の高さからしても、村への貢献を考えても、魔導師ジョブを演じるのが最も適切だったからだ。実際、俺はあらゆる技能の中でも物理より魔法が得意なタイプだったからな。
魔力の高さ、技量の高さ、魔王特有のオールマイティな技能でバレる可能性はゼロではないが。それよりもっと、高い可能性がある。
そして、女性の魔王ならともかく、トリアスは男性の魔王だ。確定させるには、かなり強引な手段を取るしかないのである。それは、つまり。
「まだ罪を自白する気はないのか、ああ?」
フラワーメイル世界法では。裁判の手続きが完了されるまでは、容疑者は留置所に勾留され続けることになる。そして、取り調べは勾留中も続く。警察はリアルタイムで検察にその情報を送り続けるということもあって、実のところフラワーメイルでは逮捕されると普通の犯罪であっても有罪率が尋常ではないのである。
一見穏やかで美しく見えるこの世界の真実のひとつ。推定無罪、なんてことを表で歌いながら、実際は推定有罪だと誰もが判断しているのだ。疑わしきは罰する。疑わしきは罪。裁判で弁護士は圧倒的に不利な立場に立たされることが多いのだ――弁護士との契約後に、こうして取り調べを受け続け、罪を自供してしまう容疑者も少なくないからである。
この世界ではそれゆえに、弁護士の数は圧倒的に不足しているのだ。何につけても検察より弁護側は不利になる。そして国選弁護士の仕事が偏った弁護士にやけに回ってきてしまうのもつまりそういうことである。頻繁に回ってくる低賃金の“義務”のせいで、自分達が本来やりたい仕事が疎かになってしまう。そりゃあ、やる気を出せというのが無茶な話だ。
「自供も何も。俺は全て真実を話している。やってもいない犯罪について、語れることは何もない」
机を叩き、チンピラのように睨み付けてくる警官に屈して、自白してしまう容疑者は少なくないと知っている。だが、トリアスは屈する気など全く無かった。ここで折れることは、死ぬことよりも自分を殺す行為に他ならないと知っていたからである。
自分を守ろうとしてくれた両親と、愛する人の誇りに賭けて。自分はどんな拷問を受けても、けして罪を認めるわけにはいかないのだ。
勿論、警察官の過剰な尋問は禁止されている。自白の強要が露呈して警官が捕まった事件もあった。以来、可能な限り取り調べを可視化させようという話になり、世界各地の警察署にはあちこちにスフィアカメラが設置されるようになったはずである。
まあ。役に立つかどうかは――それが機能していれば、という前提の上に成り立つわけだが。
「やったと認めているのは、ケイニー達に対して応戦し負傷させた件に関して。しかしこれも、戦闘行為を仕掛けてきたのは向こうであり、正当防衛を主張している。間違っても、俺の方から罪のない一般人に対して危害を加えたという事実はない。当然、虐殺した事件に関しても犯人は俺じゃない」
「お前じゃないなら誰だってんだ?下手な言い逃れするんじゃねぇ!!」
「怒鳴るしか脳がないのか。それを調べるのがお前達の仕事だろうに、とんだ職務放棄だな」
ガンッ!と衝撃が来た。殴られ、椅子から転げ落ちるトリアス。――殴られるのがわかっていて、あえて防御しなかったのである。魔封じの手枷のせいで魔法は封じられているが、魔王ジョブのトリアスは拳闘士の素質も持ち合わせている。体術だけでも戦えるのだ、自分は。防ごうと思えば防げるし避けようと思えば避けられる。それをしなかったのは――幾つかの理由があってのことだ。
「俺はな!お前みたいな性根の腐った存在が大嫌いなんだよ!!」
警察官の男は、怒りのまま喚き散らした。
「だから魔王なんて存在は、産まれた時点で処分するのが正しいってのに……悪魔の子が甚大な被害をもたらしてからじゃおかしいと、何故人類は学ばないんだ!?前の魔王のルネだって、どれだけの数の罪なき人間を殺していると思ってるんだ……!」
ガンッ!と倒れたトリアスの頭を踏みつける男。グリグリと靴の裏でこめかみを抉られて、じんじんと痛みが頭蓋に響く。魔王ジョブの保有者は悪魔の化身、産まれてすぐに殺して生まれ変わらせてやるのが最大の慈悲――リリー教の信者たちはそう信じている。目の前のこの男もそうなのだろう。経験上、トリアスはリリー教の奴等には何を言っても無駄だということを学んでいた。彼らにとって自分の声は悪魔の声、言葉は悪魔の言葉に他ならない。けして、聞く耳など持ってはいけないのである。
そう、裏を返せば――正しく取り調べを行わなければならない担当の警察官が、自らの宗教感に囚われて暴走するようでは話にならないのである。公務員ならば特に、就職する際必ず自らの宗教を明言して書類で提出するのが規則となっているはず。この男がリリー教なのも警察はわかっていたはずだし、不適切であることは重々承知していたはずなのである。
にも関わらず、この男を使っているのは――この暴力行為さえ、全て黙認してのことだということに他ならない。暴力でも何でもいいから、トリアスに自白させれば問題ないと思っているのである。
それは言い換えれば彼らが何がなんでもトリアスの自供を欲しがっているということ――決定的な物的証拠を見つけられずに焦っていることの証明でもあった。
――まあ。あのフレイアを恐れているってことでもあるんだろうがな……。
逮捕されれば高い確率で起訴され、有罪になるのが当たり前になりつつある昨今。そんな中、数少ない“無罪”を勝ち取ってきた立役者がフレイアだった。自由奔放だしマナーはなっていないし気紛れどころではなく気紛れなようだが、実績があるのは確かというわけである。
彼に何か尻尾を掴まされる前に、トリアスの自白を取って自分達の立場を明確に、そして圧倒的に有利にしておきたい。それが彼らの狙いなのは明白だ。
「……こんなことをしていいのか?カメラで撮影されているんだろう?」
痛みに呻きながらも、トリアスは言葉を返す。すると頭上から、ハッ!と嘲りに満ちた笑い声が聞こえた。
「馬鹿かお前は!うちのカメラはな、“たまたま丁度”壊れてそれっきりなんだよなぁ。まあ、撮影されていたところでどうせ俺がお前にやったことなんか映ってもいないから安心しろよ。我々にはとっても便利な科学技術ってヤツがあるからなあ」
「映像を編集して、都合のいいところは切り取ってしまえばいいということか」
「都合のいい?いいや違うね、“民衆が望まない”場所だと言ってもらおうか。お前は悪の魔王で、民衆はお前が断罪される日を今か今かと待っている!お前に少しでも“被害者”みたいな面があるなんて知ってみろ、どいつもこいつも気持ちが悪くなるだけってなもんさ。誰だって都合の悪い事実なんぞ見なかったことにしたいもんなぁ?」
「そうだな、お前たちはそうやって……先代魔王のルネのことも追い詰めた。彼女がしたことは許されないことだったかもしれないが……彼女には人々を殺戮する正当な理由があったし、それを告白したのに……お前たちはそれを全て握りつぶして報道規制をかけたんだ、そうだろう?彼女は町の人々に恋人を殺された上、性的に物理的に酷い暴力を受けたというのに」
ルネの裁判を、傍聴席で見ていた人間の中に。実は、トリアスもいたのである。
けして他人事ではなかったからだ。ルネの結末は、明日の我が身で有るかもしれなかったのだから。
「魔王は悪。勇者と政府は正義。……罪なき人間を苦しめて、騙してまで。そんな表向きの綺麗な顔を守りたいのか?滑稽で、愚かすぎて吐き気がするな!」
「ふざけんなっ!有りもしねぇ事実を真実みたいに語ってんじゃねえよ。ルネは自らの殺人欲求を満たすためだけに快楽殺人を繰り返したイカレ女だ。お前と同じようになぁ?」
「ぐっ!」
ガンッ!と大きな音お共に目の前に火花が散った。汚い靴の裏で、思いきり踏みつけられるトリアスの頭。
「お前らは生きてるだけで罪なんだよ……!お前らがやることは全部罪!間違い!愚行!!」
ぐいっ、と髪の毛をつかんで持ち上げられる。目の前に、憎悪と嫌悪で目を血走らせた警察官の顔があった。
怖くないわけではない。痛い思いをしたいわけではない。それでもトリアスか反抗するのは、それが自分の唯一のプライドだからだ。
自分を曲げないでいるうちは、その間だけは――愛しい人を救えなかった己を、責めないでいられるのだから。
「お前の中にもな、悪魔は眠ってるんだよ。……さっさと自白しろ。そうしたら、神様もお前の存在を認めて懐に受け入れてくれるはずだ。それでも認めないってんなら……俺が可哀想なお前を、直々に“消毒してやる”しかないなぁ?」
警察官はにやり、と下卑た笑みを浮かべて――自らのベルトに手をかけた。馬鹿馬鹿しい、と口にすることも疲れる。話が全く通じない。そして、自らの欲望を発散するために信じている宗教さえも言い訳に使うというケダモノ。
「ちょっとでも感じたら……これは、合意ってことになる。だよなぁ?」
――クズが。人を人とも思わぬケダモノが……!
諦めるように、トリアスは目を閉じた。どうせもう、何もかもが遅い。二度も三度も意味などないのである。
自分の運命など、産まれたときには決まってしまっていたようなものなのだから。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
烙印騎士と四十四番目の神
赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。
ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。
神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。
一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。
【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】
本作は、異世界転生ものではありますが、
・転生先で順風満帆ライフ
・楽々難所攻略
・主人公ハーレム展開
・序盤から最強設定
・RPGで登場する定番モンスターはいない
といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。
※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる