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<第七話>
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サンフラワーシティの宿屋にて。ケイニー・コックスコウムは悩んでいた。魔王トリアスを倒したチームのリーダー、勇者であり英雄――世間ではそう持て囃されているものの、正直なところ段々と居心地が悪くなってきたからである。
自分は、弱い人々を助けたくて魔王を倒しただけだ。別に勇者になりたかったわけではない。しかもその魔王が、何故だか罪を否認しているときた。もやもやとした気分が溜まるのは仕方のないことだろう。
「ケイニー、まだ暗い顔してるの?」
冒険者のパーティは、基本三人一組と相場が決まっている。不測の事態にも対応できる最小人数が三人だとされているからだ。一匹狼を気取る冒険者も中にはいるが、多くの場合は冒険の序盤で自らの認識の甘さを理解し、仲間を募ることになるのである。
ケイニーに声をかけてきた少女も、そんなケイニーのパーティの一人であった。赤茶のウェーブした長い髪を背中に足らし、くるくると杖を弄ぶ彼女。ケイニーと同じ、十七歳の娘だ。そばかすこそあるものの、キリリとした気の強い大きな茶色の目が印象的な、なかなかの美人である。
彼女は白魔導士の才能を持っている。補助魔法、回復魔法のエキスパートだった。
「魔王を捕まえたのはあたし達よ?あたし達がやったことで助かった人が大勢いるのは事実でしょ。もっと胸張ってもいいじゃないの」
彼女は名を、キャサリン・ナスターシャム。ケイニーの幼馴染みでもあった。
「確かに罪を否認しているみたいだけど、あれだけ酷いことをした悪者が簡単に罪を認めるわけないじゃないの。気にしたらダメよ。罪を認めたって、死刑になるのはわかりきってる。だから、自分は無実だって言い張って、裁判官の同情を得ようとしてるんでしょう?」
「同情なあ。それがどうも引っ掛かってならんのやけどな」
「どういうこと、ミシェル」
割って入ったのはこの場にいるもう一人だ。ミシェル・ヴァイオレット。一人だけ地方の出身であるため言葉に訛りがある彼は、小柄ながらに脚が速い。愛嬌もあるので、交渉役としても頼りになる人物だった。黒髪黒目の猫目でいつもニコニコと笑いつつ、モンスターからは容赦なく素材を剥ぎ取るプロである。
暴走しがちなケイニーとキャサリンをいつも止めてくれる役。明るく陽気なようでいて、パーティで一番冷静なのはいつも彼なのだった。
「いやな、同情引こたって、魔王の世界征服案件で無罪が出た前例なんかないんやで?それなら罪を大人しく認めて、減刑狙った方がええような気がするんやけどな。有罪はキマリでも、反省してる素振り見せたら死罪を免れられる可能性はある。何でそうせぇへんのやろな」
「何よ、あんたまさかあいつが無実の可能性があるとでも言うの?」
「そこまで言う気はないんやけど」
「じゃあ黙っててくれない?というか、あいつが死刑以外になるなんて可能性だって考えたくないのよ、あたしは!」
普段から勝ち気なキャサリンだが、今日の彼女はどうにもおかしい。いつもなら、ミシェル相手にここまでキツイことを言うことは稀である。彼女は気が強いが、だからといって思いやりのない言葉を投げつけられるほど冷酷な人間ではない。むしろ、弱者と仲間にはとても優しい少女だと知っている。
その彼女が、ここ最近はどうにも余裕がない。そして、ケイニーはその理由に心当たりがないわけではなかった。
「落ち着けよ、キャシー」
知っているからだ。今回の魔王討伐に――一番意欲を示していたのが誰なのかということを。
「今回、俺達が捕まえた魔王は……トリアスであって、ルネじゃない。お前の叔母さんを殺したやつじゃないんだぞ」
魔王の世界征服事件は、数年に一度起きている。前回の事件発生は数年前――前回騒ぎを起こした魔王は、名をルネ・ジニアという。両性具有とされる魔王だが、全員が外見上と精神上はどちらかの性別を持って生まれてくることが殆どだ。ルネは、この世のものとは思えぬほど美しい女性の魔王だった。
ルネは、歴代の魔王と比べると起こした事件の数が少ない。だが、被害者の人数は三桁以上に上っているとされている。彼女が、小さな町の人間を殆ど殺戮して回ったからだ。
そしてルネが惨殺した町人の中には――キャサリンを可愛がってくれた叔母さんも含まれていたのである。
「わかってる。……そんなこと、わかってるわよ……っ」
じわり、と。キャサリンの眼に涙が浮かぶ。彼女はリリー教の信者ではない。しかし、ある意味では信者以上に強く魔王という存在を憎み、忌み嫌っていると言っても良かった。以前から彼女は言っていたのである。魔王なんて恐ろしい存在を野放しにしておくのがおかしいと。人がたくさん殺されて、大勢の血と涙が流されてからでは遅いのだ、と。
実際、リリー教の信者を中心に、若者にはこういった考え方が増えつつあるのも事実だった。魔王のジョブの保有者は幸いなことに産まれた時点で発覚する。発覚した時点で子供は親元から引き離し、政府の施設で一生管理してその血からの暴走を食い止めるべきなのではないか、と。数年に一度とはいえ、こうも事件が繰り返されていれば、そんな過激な発想に走りたくなるのも無理からぬことなのかもしれなかった。
「ルネと、トリアスが別人なのはわかってるわ。でも魔王なの。ルネと同じようにたくさんの罪のない人たちを殺した魔王なのよ……?慈悲なんてかけるべきじゃない。万に一つあいつを生かしておいたら、次はもっと酷いことが起きるかもしれないわ。誰かが死んでからじゃ襲いの……遅いのよ」
「キャシー……」
「あたしだって、自分が感情的になってる自覚くらいはあるわ。でも……でも、それでもあたしは……もう二度と、叔母さんみたいな被害者を出したくないのよ……っ!」
キャサリンの叔母は、大量の死体と一緒に街の中心区で転がされていたのだという。その有り様は、当時まだ幼かったキャサリンには到底直視に耐えうるものではなかったのだそうだ。ルネの重力魔法により、手足は全てあらぬ方向に折り曲げられ、膨張させられた腹は破裂して内臓が飛び出していたという。
髪は頭皮ごと剥がされ頭蓋骨が丸出しになり、目玉は二つとも抉り出されて顔面からブラ下がっていたのだとか。――想像するだけでも恐ろしい。ましてや、その傷の大半に生活反応があったというのだからもう言葉も出ない。ルネは、キャサリンの叔母を手酷く拷問した上で殺したのである。それを見てしまったキャサリンがその場で失神したのも、仕方ないことではあっただろう。
一体人が、どこまて心を鬼にすれば他人をあれだけ生きたまま壊せるのか。その苦痛を追求できるのか。戦士であり勇者となったケイニーでさえ、想像するには余りある事件だった。
「そもそも、あいつが無罪なんて有り得ないでしょ」
涙を手の甲で強引に拭いながら、キャサリンは告げる。
「あいつが事件を起こしたところ、目撃情報がちゃんと出てるのよ。アイリス地方を襲撃した時に、高台で魔法を使ってるのを見た奴がいるって話じゃないの」
「せやな、新聞で見たわ。アイリスタウンの裏の丘の上で、魔法で竜巻を呼び出してるトリアスが目撃されとるわけやな。何でそないな目立つ赤いローブなんてもんを着てはったのかは知らんけど」
「魔導師のフリでもしたかったんじゃないの?ローブ着てれば白魔か黒魔のどっちかだって思い込みがみんなあるし」
まああたしが知るわけないんだけど、とフン!と鼻を鳴らすキャサリンである。
「かなりの距離があったらしいけど、赤いマントなんて着てたせいで目撃されてバレてるんだから、あいつも馬鹿よね。しかも目撃したの、黒魔導師のジョブ持った女の子だったっていうじゃない。それで魔力がトリアスと一致して証拠になっちゃってるんだから、ほんとーに迂闊な魔王様よね!」
おや、そうだったのか。ケイニーはそう思って、少し反省した。脳筋であるという自覚はあったが、それにしたってもう少し本を読むべきだろう、自分は。ましてや、活字が苦手だからと自分が捕まえた魔王の事件の新聞記事にも目を通していないのはどうなのやら。
そんなケイニーに気がついたのか、ミシェルが呆れたように肩をすくめた。
「ケイニー、新聞はもう少し読んだ方がええで。大事なことがぎょーさん書いてあるさかいな。みんなが知ってることを自分だけ知らんかったせいで、大事なことを見落とすほど悲しい結果はないでー?」
「う、うっせぇな!わかってるっつーの!読んでるうちに眠くなってくるんだからしかたねーだろーが!」
「それでいつも放送局のラインナップのチェックと、四コマ漫画ばっかり見てるのよねケイニーは。あんたも勇者になったんだし、一応はあたし達のリーダーなんだから。もう少しシャキッとしてよね、シャキッと!」
「う、うう……」
そう言われてしまうと、恥ずかしくていたたまれない。ジュニアハイスクール時代、いつも成績が低空飛行であったケイニーである。キャサリンは真逆で、運動も勉強も何でもソツなくこなせて先生達の評判も良かった。何度定期試験で引っ掛かり、赤点を取ってはキャサリンに泣きついたことか知れない。
そんなキャサリンと。幼馴染みとはいえ、こうして一緒に冒険者のパーティをしていて――いまや勇者として英雄扱いだときているのだから、世の中はわからないものである。彼女はずっと医者になりたいと言っていたし、冒険者志望の自分とは別々の世界に行くものだとばかり思っていたから余計にだ。
彼女がその考えを変えたのも――やはり、ルネによる大量虐殺で叔母が殺されたせいなのだろう。世の中の役に立ちたいから――そう言っていたキャサリンが、本当はずっと復讐心を煮えたぎらせていたことをケイニーは知っているのである。そのルネ本人はもう、処刑されてこの世にはいないというのに。
――しっかりする、か。勇者として、なあ。
そんなんじゃない。ケイニーは思う。自分は勇者なんて呼ばれるほど大層な器ではないのだ。ただ、目の前で苦しんでいる誰かを助けたかった、それだけなのである。
そしてその、目の前の誰か――には。魔王という存在そのものを憎んで暴走しかけていた、キャサリンのことも含まれるのは事実だ。彼女の願った通り、魔王トリアスは逮捕された。自分達は勇者になった。それなのにキャサリンは、まだまだ救われたように見えないのはどうしてだろう。
トリアスが生きているから?なら彼が処刑されればキャサリンは救われるのか?それとも――この世から、魔王と呼ばれる存在が消え去るまで彼女の闇は消えないのだろうか。
そしてキャサリンのような人間は――この世に少なくなかったり、するのだろうか。
――魔王って、なんなんだろうな。
魔王は、いつか必ず勇者に討伐されるもの。そう教わってきた。でも。
今、それを退治した勇者になってから、初めてまともに考えるようになった気がするのである。
魔王とは、一体何なのか。本当にその存在は、この世界から駆逐されなければならないものなのだろうか――と。
自分は、弱い人々を助けたくて魔王を倒しただけだ。別に勇者になりたかったわけではない。しかもその魔王が、何故だか罪を否認しているときた。もやもやとした気分が溜まるのは仕方のないことだろう。
「ケイニー、まだ暗い顔してるの?」
冒険者のパーティは、基本三人一組と相場が決まっている。不測の事態にも対応できる最小人数が三人だとされているからだ。一匹狼を気取る冒険者も中にはいるが、多くの場合は冒険の序盤で自らの認識の甘さを理解し、仲間を募ることになるのである。
ケイニーに声をかけてきた少女も、そんなケイニーのパーティの一人であった。赤茶のウェーブした長い髪を背中に足らし、くるくると杖を弄ぶ彼女。ケイニーと同じ、十七歳の娘だ。そばかすこそあるものの、キリリとした気の強い大きな茶色の目が印象的な、なかなかの美人である。
彼女は白魔導士の才能を持っている。補助魔法、回復魔法のエキスパートだった。
「魔王を捕まえたのはあたし達よ?あたし達がやったことで助かった人が大勢いるのは事実でしょ。もっと胸張ってもいいじゃないの」
彼女は名を、キャサリン・ナスターシャム。ケイニーの幼馴染みでもあった。
「確かに罪を否認しているみたいだけど、あれだけ酷いことをした悪者が簡単に罪を認めるわけないじゃないの。気にしたらダメよ。罪を認めたって、死刑になるのはわかりきってる。だから、自分は無実だって言い張って、裁判官の同情を得ようとしてるんでしょう?」
「同情なあ。それがどうも引っ掛かってならんのやけどな」
「どういうこと、ミシェル」
割って入ったのはこの場にいるもう一人だ。ミシェル・ヴァイオレット。一人だけ地方の出身であるため言葉に訛りがある彼は、小柄ながらに脚が速い。愛嬌もあるので、交渉役としても頼りになる人物だった。黒髪黒目の猫目でいつもニコニコと笑いつつ、モンスターからは容赦なく素材を剥ぎ取るプロである。
暴走しがちなケイニーとキャサリンをいつも止めてくれる役。明るく陽気なようでいて、パーティで一番冷静なのはいつも彼なのだった。
「いやな、同情引こたって、魔王の世界征服案件で無罪が出た前例なんかないんやで?それなら罪を大人しく認めて、減刑狙った方がええような気がするんやけどな。有罪はキマリでも、反省してる素振り見せたら死罪を免れられる可能性はある。何でそうせぇへんのやろな」
「何よ、あんたまさかあいつが無実の可能性があるとでも言うの?」
「そこまで言う気はないんやけど」
「じゃあ黙っててくれない?というか、あいつが死刑以外になるなんて可能性だって考えたくないのよ、あたしは!」
普段から勝ち気なキャサリンだが、今日の彼女はどうにもおかしい。いつもなら、ミシェル相手にここまでキツイことを言うことは稀である。彼女は気が強いが、だからといって思いやりのない言葉を投げつけられるほど冷酷な人間ではない。むしろ、弱者と仲間にはとても優しい少女だと知っている。
その彼女が、ここ最近はどうにも余裕がない。そして、ケイニーはその理由に心当たりがないわけではなかった。
「落ち着けよ、キャシー」
知っているからだ。今回の魔王討伐に――一番意欲を示していたのが誰なのかということを。
「今回、俺達が捕まえた魔王は……トリアスであって、ルネじゃない。お前の叔母さんを殺したやつじゃないんだぞ」
魔王の世界征服事件は、数年に一度起きている。前回の事件発生は数年前――前回騒ぎを起こした魔王は、名をルネ・ジニアという。両性具有とされる魔王だが、全員が外見上と精神上はどちらかの性別を持って生まれてくることが殆どだ。ルネは、この世のものとは思えぬほど美しい女性の魔王だった。
ルネは、歴代の魔王と比べると起こした事件の数が少ない。だが、被害者の人数は三桁以上に上っているとされている。彼女が、小さな町の人間を殆ど殺戮して回ったからだ。
そしてルネが惨殺した町人の中には――キャサリンを可愛がってくれた叔母さんも含まれていたのである。
「わかってる。……そんなこと、わかってるわよ……っ」
じわり、と。キャサリンの眼に涙が浮かぶ。彼女はリリー教の信者ではない。しかし、ある意味では信者以上に強く魔王という存在を憎み、忌み嫌っていると言っても良かった。以前から彼女は言っていたのである。魔王なんて恐ろしい存在を野放しにしておくのがおかしいと。人がたくさん殺されて、大勢の血と涙が流されてからでは遅いのだ、と。
実際、リリー教の信者を中心に、若者にはこういった考え方が増えつつあるのも事実だった。魔王のジョブの保有者は幸いなことに産まれた時点で発覚する。発覚した時点で子供は親元から引き離し、政府の施設で一生管理してその血からの暴走を食い止めるべきなのではないか、と。数年に一度とはいえ、こうも事件が繰り返されていれば、そんな過激な発想に走りたくなるのも無理からぬことなのかもしれなかった。
「ルネと、トリアスが別人なのはわかってるわ。でも魔王なの。ルネと同じようにたくさんの罪のない人たちを殺した魔王なのよ……?慈悲なんてかけるべきじゃない。万に一つあいつを生かしておいたら、次はもっと酷いことが起きるかもしれないわ。誰かが死んでからじゃ襲いの……遅いのよ」
「キャシー……」
「あたしだって、自分が感情的になってる自覚くらいはあるわ。でも……でも、それでもあたしは……もう二度と、叔母さんみたいな被害者を出したくないのよ……っ!」
キャサリンの叔母は、大量の死体と一緒に街の中心区で転がされていたのだという。その有り様は、当時まだ幼かったキャサリンには到底直視に耐えうるものではなかったのだそうだ。ルネの重力魔法により、手足は全てあらぬ方向に折り曲げられ、膨張させられた腹は破裂して内臓が飛び出していたという。
髪は頭皮ごと剥がされ頭蓋骨が丸出しになり、目玉は二つとも抉り出されて顔面からブラ下がっていたのだとか。――想像するだけでも恐ろしい。ましてや、その傷の大半に生活反応があったというのだからもう言葉も出ない。ルネは、キャサリンの叔母を手酷く拷問した上で殺したのである。それを見てしまったキャサリンがその場で失神したのも、仕方ないことではあっただろう。
一体人が、どこまて心を鬼にすれば他人をあれだけ生きたまま壊せるのか。その苦痛を追求できるのか。戦士であり勇者となったケイニーでさえ、想像するには余りある事件だった。
「そもそも、あいつが無罪なんて有り得ないでしょ」
涙を手の甲で強引に拭いながら、キャサリンは告げる。
「あいつが事件を起こしたところ、目撃情報がちゃんと出てるのよ。アイリス地方を襲撃した時に、高台で魔法を使ってるのを見た奴がいるって話じゃないの」
「せやな、新聞で見たわ。アイリスタウンの裏の丘の上で、魔法で竜巻を呼び出してるトリアスが目撃されとるわけやな。何でそないな目立つ赤いローブなんてもんを着てはったのかは知らんけど」
「魔導師のフリでもしたかったんじゃないの?ローブ着てれば白魔か黒魔のどっちかだって思い込みがみんなあるし」
まああたしが知るわけないんだけど、とフン!と鼻を鳴らすキャサリンである。
「かなりの距離があったらしいけど、赤いマントなんて着てたせいで目撃されてバレてるんだから、あいつも馬鹿よね。しかも目撃したの、黒魔導師のジョブ持った女の子だったっていうじゃない。それで魔力がトリアスと一致して証拠になっちゃってるんだから、ほんとーに迂闊な魔王様よね!」
おや、そうだったのか。ケイニーはそう思って、少し反省した。脳筋であるという自覚はあったが、それにしたってもう少し本を読むべきだろう、自分は。ましてや、活字が苦手だからと自分が捕まえた魔王の事件の新聞記事にも目を通していないのはどうなのやら。
そんなケイニーに気がついたのか、ミシェルが呆れたように肩をすくめた。
「ケイニー、新聞はもう少し読んだ方がええで。大事なことがぎょーさん書いてあるさかいな。みんなが知ってることを自分だけ知らんかったせいで、大事なことを見落とすほど悲しい結果はないでー?」
「う、うっせぇな!わかってるっつーの!読んでるうちに眠くなってくるんだからしかたねーだろーが!」
「それでいつも放送局のラインナップのチェックと、四コマ漫画ばっかり見てるのよねケイニーは。あんたも勇者になったんだし、一応はあたし達のリーダーなんだから。もう少しシャキッとしてよね、シャキッと!」
「う、うう……」
そう言われてしまうと、恥ずかしくていたたまれない。ジュニアハイスクール時代、いつも成績が低空飛行であったケイニーである。キャサリンは真逆で、運動も勉強も何でもソツなくこなせて先生達の評判も良かった。何度定期試験で引っ掛かり、赤点を取ってはキャサリンに泣きついたことか知れない。
そんなキャサリンと。幼馴染みとはいえ、こうして一緒に冒険者のパーティをしていて――いまや勇者として英雄扱いだときているのだから、世の中はわからないものである。彼女はずっと医者になりたいと言っていたし、冒険者志望の自分とは別々の世界に行くものだとばかり思っていたから余計にだ。
彼女がその考えを変えたのも――やはり、ルネによる大量虐殺で叔母が殺されたせいなのだろう。世の中の役に立ちたいから――そう言っていたキャサリンが、本当はずっと復讐心を煮えたぎらせていたことをケイニーは知っているのである。そのルネ本人はもう、処刑されてこの世にはいないというのに。
――しっかりする、か。勇者として、なあ。
そんなんじゃない。ケイニーは思う。自分は勇者なんて呼ばれるほど大層な器ではないのだ。ただ、目の前で苦しんでいる誰かを助けたかった、それだけなのである。
そしてその、目の前の誰か――には。魔王という存在そのものを憎んで暴走しかけていた、キャサリンのことも含まれるのは事実だ。彼女の願った通り、魔王トリアスは逮捕された。自分達は勇者になった。それなのにキャサリンは、まだまだ救われたように見えないのはどうしてだろう。
トリアスが生きているから?なら彼が処刑されればキャサリンは救われるのか?それとも――この世から、魔王と呼ばれる存在が消え去るまで彼女の闇は消えないのだろうか。
そしてキャサリンのような人間は――この世に少なくなかったり、するのだろうか。
――魔王って、なんなんだろうな。
魔王は、いつか必ず勇者に討伐されるもの。そう教わってきた。でも。
今、それを退治した勇者になってから、初めてまともに考えるようになった気がするのである。
魔王とは、一体何なのか。本当にその存在は、この世界から駆逐されなければならないものなのだろうか――と。
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