魔王陛下の無罪証明

はじめアキラ

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<第四話>

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――何なんだ、この人は。

 トリアスの、フレイア=ブロッサムに対する第一印象は、お世辞にもいいものとは言えなかった。

「悪いなあ、突然押しかけちまってよ」

 初対面であるのに乱暴な物言い。敬語を使うのが苦手な人間がいるのは重々承知しているが、それにしたってもう少し畏まった言い方はできないものか。
 同時に、その椅子の座り方も気にくわない。大股開きで、しょっぱなから机に肘をついて顎を乗せている。ナメくさった態度だ、と相手によってはそれだけでキレ出すのも当然ではないか。

「……用件は何なんだ、冷やかし目的ならさっさと帰ってくれないか。ただでさえこちらは機嫌が悪いんだ」

 少しでも、こんな奴に期待のようなものをした自分が馬鹿だったか。面会室に入り、フレイアの赤髪を視界に入れて一分足らずで後悔した。そして、後悔した自分が嫌になって目を伏せる。人を見た目や外面だけで判断するのは良くない、と両親には散々教わってきたというのに、だ。
 機嫌が悪い――自分で言った言葉だが、本当にその通りではある。冤罪で逮捕されて機嫌がいい筈などないけれど、それを抜きにしても明らかにイラついている。これでは、魔王云々をナシにしても誰も弁護を引き受けたがらないのは当然だろうに。

「悪いな、嫌な思いをさせちまってよ。……まあ、俺も長話は好きじゃあない。単刀直入にブッ込ませて貰うわ」

 フレイアはそんなトリアスの不機嫌を察知してか、あっさりと自らの用件を告げた。

「お前の弁護、俺に任せてくれないか。冤罪なんだろ?」

 この言葉で――トリアスが思ったことは二つ、である。
 一つは、魔王の逮捕=有罪が常識であるこの世界で、まさかそんな戯言を言う人間が、それも弁護士にいたのかという驚き。
 もう一つは、そうやって自分を驚かせて希望を持たせて、突き落とすのを楽しみたいだけの愉快犯ではないかという疑心と苛立ち。生憎だが、そんな言葉だけでほいほいとついていくほど馬鹿でもなければ生きることに執着しているわけでもないのである。

「断る。初対面の、人をからかって遊びそうな男に自分の運命を委ねるほど私は馬鹿になったつもりはない」

 きっぱりと、そう告げることに迷いはなかった。トリアスにとって一番大切なことは、浅ましく生き永らえることではない。 自らの誇りを、魂をかけて最期まで真実を貫き、戦い通すことだ。弁護士なんてものは最初から信用していない。たとえそれが、義賊などと言われるような特異な存在であったとしても、だ。

「からかってるって?俺がお前をかい?」
「そうでなければ、有罪が確定しているような事件に首を突っ込むはずがない。それに、仮に君がお前に善意で私の弁護をしたいと願い出ているのだとしても、それが無能な人間では話にならない。気概も能力もない人間を頼るほど落ちぶれたつもりはないな」
「なるほどねえ」

 いいからさっさと帰ってくれ。案にそう滲ませたにも関わらず、フレイアは笑みを崩さない。そして。

「実力を、示してやればいいんだな?」
「……何だと?」

 自信たっぷりのその言葉。思わず眉をひそめると、おうよ、と彼は馴れ馴れしくも景気のいい返事を返した。

「警察官になるから、肉体的に頑丈なジョブの人間が重宝されるが。探偵や弁護士なら、交渉が得意な盗賊系か、まるいは魔法が得意な魔導師系が重宝される。何で魔導師系か?それは魔法を扱うやつらは、魔力の痕跡を直に見ることが得意だからだ。そして、魔力の痕跡を辿ることで、魔法が不得手な連中にはわからないような証拠を見つけたり証言を出したりすることもできるようになるってわけね。そうやって真実を探求する人間って意味では、弁護士も探偵もよく似てるのかもしれねーなぁ」

 その言葉に、それのなくトリアスは目の前の少年に意識を集中させる。魔王というジョブは万能型ゆえ、当然多かれ少なかれ魔法の素質を持っているものである。トリアスもその例に漏れない。
 そして素質を持っているということは、魔法使い達と同じことができるということでもある。――他人の魔力の大きさを検知し、探りを入れるなど朝飯前というわけだ。そうしてトリアスが出した結論とは。

「お前も、魔導師系だな。それも……召喚士や黒魔導系ではない。お前のジョブは、白魔導師か」
「へえ、わかるんだ。さすが」
「単純な話。魔法を使う人間は総合的な魔力が他のジョブとは比較にならない。召喚士はすぐに除外した。召喚士は魔力を辿れるといっても、その性質上人間の魔力と同期するのは得意じゃない。弁護士にはさほど向いていないだろう。そして黒か白でいうなら黒もない。黒魔導師は、攻撃魔法を得意とする分、平常時でも魔力を両手……特に利き手に集中させておく癖があるからな。その癖がないお前は、消去法的に見て白魔導師で間違いはない。ついでに言うなら剣タコが掌にないお前は魔法剣士の線もないな」
「なるほどねぇ」

 術中に嵌まっている気もするが、納得させなければ帰ってはくれないのだろう。言いたいことはきちんと言っておくに限る。――同じくらいのことはお前も出来るんだろうな?という挑発もかねて。

「じゃあ、今度は俺のターンな。まあお前についての最低限の知識は調べた上では来てる。つーか、連日報道されてるくらいのことは知ってる。嫌でも耳に入るしな。だからこれは、俺が今日お前と初めて会ってから知ったことだ」

 その挑発を、どうやら彼は正しく受け取ったらしい。ふてぶてしい態度を崩すことなく、びしり、とガラス越しにトリアスの額を指差してきた。

「お前は魔王ジョブではあるが、両親にそれを受け入れられて、しかもそれなりに裕福な家できちんとマナーを叩き込まれて育ってきた。でもって、魔王ジョブの中でもかなり魔導師寄り、黒魔導師寄りの素質を持ってるな。プライドは相当高いしそのプライドを守るためには死んでもいいと思っている。しかし、出来ることなら冤罪を晴らしたい気持ちも残ってるんじゃねえかな。あとはそう……かなり活字読む方だろ。新聞は毎日見てるとみたね」
「……何故そこまでわかる」
「状況とお前の態度から見ればおおよそ判断できるってハナシだ」

 さすがに驚かされた。なんせ、フレイアの言葉は殆ど的を射ていたのだから。
 続きを促すと、つまりだね、と何やら大御所の名探偵のように語り始めるフレイアである。

「まず、魔王ジョブってのは、生まれた時点で判明するから、過激な親はその時点で子供を殺しちまうもんだ。意味嫌う奴等は、災厄の種になると思っているからこそ殺す。殺さず捨てるってやり方をする奴は殆どいない。お前が生きてる時点でそれなり程度には受け入れられたんだろうってのは確定してる。でもって、俺がこの部屋に入った直後のお前の態度な。“何こいつ、横柄だな。態度が悪くてマナーが悪いな、嫌な奴なんだろうな”って思っただろ?そういう印象を抱く時点で、お前が品行方正に、中流階級以上の暮らしをしてきたことは明白だ。しかもそれを思ってすぐ目を伏せただろ。マナーを気にしすぎて尖った態度をとった自分を即座に反省して後悔した証だ。両親に負い目を抱くのは両親に対して愛された自覚と愛していた自負があったかはに他ならない……ってな」

 驚いた。あれだけの所作で、そこまで見ぬかれてしまおうとは――さすが、正義の反逆児、などと呼ばれるだけのことはあるらしい。

「……続けてくれ」

 少しだけ、興味を持った。この破天荒な青年に。

「魔導師寄りだと判断した理由は説明するまでもないだろ?お前が見たものと同じものを俺も見た、それだけのことだ」
「だろうな。お前が白魔導師の才能を持っているなら可能だろう」
「俺たちは初対面だが、お前は俺のことを予め知っていた様子だった。知ることのできる媒介は新聞くらいなものだろ、俺が書籍でも書いてる人間なら話は違ってたんだろうが、そんなこともないしな。無罪を主張し続けている時点で、お前が命よりも誇りを取るタイプなのは明白。“有罪が確定しているような事件”って自分で言ったくらいだ、罪を認めなければまず間違いなく死刑が待ってるのにその選択をしていない。命惜しさに誰かにすり寄るタイプでもない。だから本来なら喉から手が出るほど有り難いはずの俺っていう国選じゃない弁護士が“弁護を引き受ける”って言ったのに追い返そうとしたんだ。俺の態度から俺への信用が下がったゆえにな。そんな奴に依頼して縋るようなら最期まで無実を主張して死んでやる……それくらいの強い覚悟が、あんたにはあるんだろうさ」
「それでも俺は、お前に会う選択をしたが?」
「そこが、お前の葛藤の現れだな。会ったのに断ろうとした。会った上で“冷やかし目的なら帰ってくれ”と言ったのは冷やかし目的の相手だと思っていなかったから……前評判を知っていた上で失望したから。つまり、お前はまだ完全に、冤罪晴らすことを諦めたわけじゃない。……誇りに恥じる命乞いはしないが、最後の最期まで未来を諦めて頭は垂れない。それが、俺が分析したトリアス=マリーゴールドって人間だ。どうだい、当たってるかい?」
「……」

 相変わらず人を食った物言いだし、態度がでかいのも事実ではある。ただ、その洞察力は――どうやら認めざるを得ないようだった。ただの偽善者か真の革命者であるのかは、まだ判別がつかないことではあったが。

「あんたを弁護したいと思ったのは。あんたはきっと冤罪だろうって思ったから。この根拠は説明しにくいんだけどな。……俺の勘ってヤツは、こういう場合100%外れないってなもんだ。それに……」

 フレイアはさっきまでの自信満々な様子とは違い、少し照れたようにそっぽを向いて告げたのである。

「魔王が逮捕されたら、必ず有罪。必ず勇者は正義でハッピーエンド。……ごろごろ過ぎるほど転がってるこの常識を覆したいって、そう思ったんだよな。それは差別や偏見と何が違う?誰だって幸せに生まれて生きてい期待って、その権利は確かにあるはずなのにな……」

 クサいほどまっすぐな台詞。彼はもう一度立ち上がると――今度はびしりと背筋を伸ばした。そして。



「改めて頼む!俺に、弁護を任せてほしい!!」



 狡いヤツめ。その言い方は、本当に狡い。そんな風に頭を下げられたら、断った方が大人げないみたいではないか。
 トリアスは呆れ――そしてほんの少しの希望を持って、首を縦に振ったのである。諦めて真っ暗に閉ざしていたはずの未来が、僅かばかりにこじ開けられた瞬間を感じとりながら。
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