魔王陛下の無罪証明

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<第三話>

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 魔王という才能を持つ人間は、普通の人間の中から一定の確率で生まれてくるとされている。遺伝ではない。事実、トリアスの両親はどちらも一般的なジョブの才能の持ち主だった。黒魔導士の才能を持つ父と、盗賊の才能を持っていた母。魔王の力は遺伝しない。魔王の子が魔王の力を持つとも限らない。だからこそ――多くの人間たちは、魔王の力を持つ人間を一種の障害者か、ハズレくじのように扱うことが多いとされている。
 そのジョブの力そのものはけしてハンデとなるものではないはずだった。それどころか、見目麗しく誰とでも子を成せる体質の魔王は、ある種の人間たちには絶大な人気を誇る。魔王だと知られなれば、クラスでも人気者になっていることも少なくない。魔法から剣技まで、幅広くこなすことのできる魔王の素質は、善人が扱えば十二分に社会に貢献できる代物であるはずだった。
 だが。悲しいことに、魔王が魔王としての道を選んでしまうケースは、あまりにも多い。原因はわからない。環境か、あるいは本人が生まれつき精神面で大きな欠落を持っていたからなのか。大抵は犯罪を起こしたところで軽犯罪程度で終わるが、数年に一度は世界征服などという愚行に手を染め、選ばれし勇者に討伐されて生涯を終えることになるのである。
 勇者に倒されず生き残っても、捕まれば待っているのは非常に不利な裁判だ。魔王の弁護をまともにやろうと考える人間はいない。誰も引き受けないから、結局やる気のない国選弁護士がついて検察の休憩通りの判決が待っていることになる。
 魔王にとって、逮捕されることは殆ど死ぬことも同然であった。今まで世界征服を目論んだとされる魔王が、死刑か終身刑以外の判決を受けた前例はないのである。
 例え――逮捕された魔王が、容疑の大半を否認していたとしても、だ。

――馬鹿だな、俺は。

 留置場で。魔王、トリアス=マリーゴールドは一人ため息をついた。

――一時の感情で暴走してはいけない。父上と母上には、口が酸っぱくなるほど教えられてきたはずなのに。

 魔王ジョブは、他のジョブとは本質から大きく異なっている。いわば、全てのジョブの才能を持っている唯一無二の存在と言えばいいだろうか。まあ体格は細身であることが多いため、剣士のような剣技を扱えてもパワー不足で倒せないモンスターが出る――なんてことはあり得るのだが。
 同じ魔王ジョブの保有者でも差は出るが、そこは父親の遺伝があってのことかトリアスは魔法については特に優れた才能を持っていた。白魔法も黒魔法も、専門家以上の魔力と威力で扱うことが出来るという自負がある。魔法を扱えるジョブの人間は、職業でも選択の幅が広いとされている。魔力の感知能力は様々な場面で役に立つし、建築現場などでも補助魔法を使って資材運びを手伝ったり現場の人間たちを回復したりできるため非常に有用なのだ。まあ、そのせいか魔法使い系の才能を持つ人間は、若干自信過剰な者も少なくないらしいのだが。
 魔王の才能を持つ人間であるかどうかは、生まれた直後に発覚することになる。今まで魔王の才能を持つ人間以外で、両性具有で生まれてくる子供などこの世界にはいなかったためだ。外見上と精神上は、はっきりとどちらかの性別の自覚を持っているにも関わらず、である。

――俺が魔王の力を持って生まれてきたことを、生まれた直後に両親は知っていた。にも関わらず、俺を殺すことなく、普通の子と同じように二人は育ててくれた……。

 今は亡き両親の顔が、浮かんでは消えていく。彼らには感謝してもしきれない。魔王だとバレないように、魔導師系のジョブのふりをして生きていきなさい――それだけはしっかり教え込まれていたが、それだけだった。魔王であることを恐れ、悪魔の子だと嘆く大人の中には、子供がその素質を持つとわかった瞬間に殺してしまうことも少なくないという。本当に、自分には勿体無い、出来た両親だった。欲を言えばこんな妙に悪目立ちする顔ではなく、両親のどちらかによく似た普通の顔を持って生まれてかったけれど、不満などその程度である。
 魔王の力を持ったことを、嘆いた時がなかったわけではない。しかしそれ以上に、この力を持つからこそ多くの人の役に立てるはずだと喜んだものである。残念ながら町の住人たちは――運悪くトリアスの本当のジョブが知れた瞬間、明らかに気味悪がって離れてはいったけれど。

――俺の魔王の力を知っても離れていかなかったのは。両親以外では二人だけ……だったな。

 その片方。恋人のウンディーネの顔を思いだし、トリアスは唇を噛み締めた。優しく、上品で、美しく――それでいて誰よりも勇敢だった、彼女。生まれて初めての恋は、そのまま命に代えても守りたい愛へと変わっていった。そのままのトリアスでいい、そう言ってくれた彼女を。自分は何があっても守ろうとした――守はずだったのに。
 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 自分がもう少し冷静だったら、もう少し後先を考えることが出来たなら――こんな最悪の結果にはならなかっただろうか。

――否認したってどうせ死刑になるのはわかってる。でも、俺は……やってもいない罪を認めるわけにはいかないんだ……!

 いくら、素直に認めれば僅かとはいえ減刑される可能性があるとわかっていても。情状酌量の余地なしとされ、死刑にされる可能性の方が高かったとしても。折れるわけにはいかないと、トリアスはそう考えていたのだ。だって。



『お前は何も悪くないだろ。……忘れんなよ。お前の味方は、ここにちゃんといるんだぜ』



 それは。数少ない――自分を信じてくれた人を、裏切ることに他ならないのだから。

「おい、トリアス=マリーゴールド」

 突然格子ごしに声をかけられ、トリアスははっとして顔を上げた。顰めっ面で、嫌悪感を隠そうともしない警官がこちらを睨んでいる。――魔王のジョブを、それだけで厭う人間は多い。特に、この世界でそれなりの信者の数を誇る“リリー教”信者は、魔王の力を持つ存在を“穢れた身体を持つ悪魔の子”だと信じているらしい。目の前の警官もその信者であることは、先のいくつかの言動で把握していた。

「貴様に面会が来ている」
「面会……?」
「弁護士だ、物好きな、な」

 今の自分に面会できる人間は、親族か弁護士のみ。恋人でさえ、結婚していなければ会うことは許されていない。そして、今のトリアスは両親も恋人もいない天涯孤独の身であり、自分の弁護を引き受けたいなどという愚か者など現れるはずもない。ないのだが。
 まさかそんな自分に、会いにくる弁護士がいようとは。確かにまだ、正式に国選弁護士に依頼がかかる期限は来ていないのだろうけども。

「……会います、その人に。なんて名前の方ですか?」

 本音は話すのも嫌なのだろう警官は、嫌々といった様子で口を開いた。

「フレイア=ブロッサムだ。お前も名前くらい聞いたことはあるんじゃないか?」

 ロータス連邦所属の、正義の反逆者――フレイ。知っているも何も、有名人ではないか。必ずしもそれは良い意味だけではないけれども。実際会ったことなどないが、トリアスも知っている。活字が好きだったトリアスは、幼少期から非常に本と新聞を読む子供だったのだ。
 正義、とつくのに反逆者なんて彼が呼ばれるのには理由がある。フレイアは刑事事件――というか、自分が気に入った事件でないと依頼を受けないことで有名なのだ。金目当てで弁護士をやっている、わけではないのはわかる。莫大な報酬が手に入りそうな訴訟問題系の大半を蹴っているわけなのだから。彼が手を出すのは大きな刑事事件が多い。弁護士になってまだ数年のはずなのに、彼が関わった事件はマスコミに大きく取り上げられることが多いのだ。
 何故なら。絶対有罪と言われるような事件を、次々ひっくり返しては被告の冤罪を晴らしていくのだから。
 当然検察には嫌われているし、真実を暴くためなら突っ込まなくてもいい首も突っ込み、人が知られたくない秘密も容赦なく白日のもとに晒すので一部の政治家や権力者にも嫌われている。一般人の間でも、彼を正義の味方と呼ぶ人間と、偽善者と罵る人間で評価が真っ二つになっていたはずだ。
 そんな彼が――自分の事件に首を突っ込んでくる、とは。確かに、久しぶりに出た“魔王の世界征服”事件である。彼からすると非常に魅力的なエサなのかもしれないが。

――まあ、いいさ。いくら彼が弁護してくれたって、結果は同じなんだから。

 藁にも縋る想い、なわけではない。縋ったところで藁ではなんの救いにもならないことくらい、トリアスは嫌というほど知っているのだから。
 それでも会うことを決めたのは。最期まで、自分の誇りを貫いて戦って死ぬため以外の何物でもないのである。

「よお、あんたがトリアスだな?」

 そして、トリアスは面会の場で出会うことになるのである。
 燃えるような赤い髪をした、非常に強烈な――一人の弁護士に。
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