魔王陛下の無罪証明

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<第二話>

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 フラワーメイルでは、すべての人間が生まれもってジョブの才能を持っている。
 例えば剣士。見ての通り、生まれつき剣技に優れた才能を持っているタイプだ。身体能力も高く、肉体的にも頑強であることが多い。ゆえに、剣士タイプの人間は女性であっても大柄であることが比較的多いとされている。
 例えば吟遊詩人。冒険者にならないのなら、向いている職業の最たるところは音楽関係者だろう。絶対音感を持ち、楽器を奏でることに才能を発揮し、また奏でることで補助魔法と同等の効果をもたらすことができる。得意な楽器は人によるが、大昔に有名な冒険者として名を馳せた者がハープ使いであったため、今でもハープの印象が強いジョブだ。
 他にも黒魔導士、白魔導士、竜騎士、拳闘士、獣使い、召喚士、盗賊、銃士などなど――現在確認されているだけで、大別すると十何種類もジョブがあるとされている。ただし、あくまで解明されているのがこれらジョブであるというだけで、まだ新しい才能はいくらでも埋もれている可能性があるのだそうだ。
 この世界では、誰もがヒーローになれる素質をもって生まれてくるのである。才能のない者は存在しない。誰もが自分達の才能にあわせて、自分だけにできる領域を開拓し、様々な職業について生活しているのである。
 そんな中。たった一つ――異端とされているジョブがある。
 それが、魔王。この世界で最も才能に溢れ、しかしこの世界で最も意味嫌われるジョブがそれなのだった。その理由は。魔王のジョブを持つ者が、過去に何度もこの世界に災厄をもたらしてきたためである。

「魔王、のジョブを持つ人間は。大凡一万人に一人の確率で生まれてくると言われてますね。実際はもっと少ないのかもしれませんし、多いのかもしれませんが。魔王のジョブを持って生まれたものの多くは、偏見や迫害を避けるため自らの才能がバレないように、隠れて暮らすことが大半らしいですし」

 パラパラと資料を捲りながら、テクノが語る。コーヒー飲みながら器用なやっちゃな、とフレイアは思った。こちとら過去に、うっかり新聞の上に溢して何度も大惨事を引き起こしている身である。

「ですが、魔王のジョブ所持者には身体的な特徴があるので、見抜かれてしまうことも多いらしいですね。まず第一に、美形揃いです。男性が多いですが時々女性の魔王もいます。過去に逮捕された魔王は全て天下絶世の美男と美女しかいませんでした、実に羨ましいことに」
「モテるだろーなそりゃ。お前みたいなチビと違って……あでっ!」
「煩い、殺しますよ。……まあ実際モテすぎて怪しまれたケースもあったみたいですけどね」

 小柄で童顔、子供みたいな姿をしているくせに、容赦ないのがテクノである。こいつなんでパラリーガルなんてものをやってるんだろうと思わずにはいられないフレイアだった。今のパンチで見ての通り、こんなに小さくて華奢なのにテクノのジョブは拳闘士なのである。本気で殴られたらマジで殺されるわ、と冷や汗をかくフレイア。ボサボサな赤毛を手でいじくりつつ、ほりげなくテクノから距離を取った。命は大事に。ほんと大事に。

「二つ目。魔王ジョブを持つ人間は、総じて両性具有とされています。一見すると男性か女性のどちらかに見えますが実際は両性体ということですね。ゆえに、身体検査をされることで魔王ジョブ持ちであることが露呈することが多いのだとか。まあ、精神的な性別は外見通りらしいですけど」
「美形で両性具有とか、隠れるのしんどいだろうなあ。……つか、こいつもそうだったんだろうな」

 トン、とフレイアは新聞紙の顔写真を指でつついた。そこには、魔王トリアス・マリーゴールドが勇者に討伐されて逮捕されたという記事と共に、その噂の魔王の顔写真も出ている。フラワーメイルの新聞の有り難いことは、全ページフルカラーであるということか。
 写真に映っているのは、魔王ジョブ持ちだと一目で納得できるほどの美しい青年だった。長い藍色の髪を長し、同じ色の瞳を伏せている。頬は白色人種の中にあっても透き通るように白い。まだ未成年。フレイアと同じ十八歳だ。記事を読み込み、フレイアは眉をひそめた。

「……罪状は、国家転覆計画罪と治安維持法違反、大量殺人と強盗と公務執行妨害、脅迫罪もろもろ……つまり、世界征服を目論んで暴れた、ってやつか。数年に一度、お決まりのようにあるイベントだな。ムカつくことに」

 はぁ、とフレイアはため息をついた。魔王ジョブを持つ人間は、だからといって何もせずに捕まるということはない。ちゃんと人権も持っている。ただ、政府に申請すれば確実に毎日誰かに監視される生活が待っているというだけだ。魔王ジョブを持っている人間は国家転覆、ならびに世界征服を目論む可能性が高いとして生涯マークされることになるのである。ゆえに、ジョブが発覚しても申請しないか、違うジョブを申請して隠れる者が少なくない。もちろん、バレたら偽証罪に問われることは明白なのだが。
 そしてそこまで政府が警戒するのは、それほどまでに魔王の力は強大であり、過去何度も世界に混乱をもたらしてきたからだった。そして、巨大に見えるすべての魔王たちが、勇者の手によって殺害されるか捕縛されてきたのも例年通りである。勇者、というのはジョブの名前ではない。世界を乱す魔王を捕まえるか殺すかした者は政府に感謝状を送られ、賞金と勇者の称号を与えられることになるのだ。

「捕まえたのは、ケイニー・コックスコウム。剣士のジョブを持つ冒険者ですね。……ほら、この人の写真も出ですよ、ここに」
「あ、ほんとだ」

 テクノが指差した新聞のそこには、なるほど茶髪の屈強な青年が映っている。隣のレポーターの女性が平均的な身長だったとすれば、彼の背丈はゆうに190cmを越えてくることだろう。ぐんっ!と盛り上がった肩の筋肉とがっしり太い首回りが逞しい。格闘技の選手だと言われても納得しそうなほどの屈強な肉体の持ち主であるようだった。

「この、サンフラワーシティへの襲撃を企てていたところを、すんでのところでケイニーさん達が阻止したってことらしいです。事件を起こした潜伏していたトリアスを、ケイニーさんと仲間達で見つけ出したとかで」
「ふんふん」
「検察は着々と起訴の準備を進めているようです。目撃者も状況証拠も多いとかで……近日中にでも、トリアスは容疑者から被告になることかなと。でも、トリアスの弁護を引き受けたいという弁護士が見つかってないみたいですよ。まあ、世界を支配しようとした悪者の弁護なんて誰も引き受けたくないのでしょうけど」

 だろうな、とフレイアは思う。魔王が勇者に討伐されてハッピーエンド、はもはやこの世界の常識と言っても過言ではない。魔王のジョブを持ってるだけの無害な人間が存在することこそ一応知っていても、実際に事件を起こした魔王なら話は別。起訴されればほぼ100%有罪になるのが確定しているようなものだ。世界征服を企んで、勇者に捕まって、無罪になった魔王など誰も聞いたことがないのである。
 そんな事件で魔王の弁護をするということはつまり、最初から確定した負け戦を掴まされるようなものだ。一体誰が好き好んで弁護を引き受けたいと思うだろうか。
 弁護士というものは、ある程度勝てる見込みがある勝負しか引き受けないものである。魔王が罪を認めている状況で、情状酌量の余地ありとして減刑を求めるならともかく――今回などは、記事の通りなら魔王トリアスは自らの罪を否認している状況。勝ち目は薄いと言わざるをえない。

「それでも、この世界の憲法は、全ての人が裁判を受け、そして弁護を受ける権利を保証しています。誰も引き受けなくても、国選弁護士はつくことでしょう」
「国選弁護士ねえ。……やる気を出してくれるとは思えねーけどな。だってアレで依頼された仕事って報酬やっすいじゃねーか。しかも今回は負けるのがわかってる裁判だろー」
「まあ、そうでしょうね」

 でも、とテクノは顔を上げた。

「フレイア、貴方はこの仕事、引き受ける気なんですよね?魔王トリアスこそ……長年貴方が探し続けていた人だったから」

 本当は止めたいんだろうな、とフレイアは思う。国家権力もなんのその、自分のやりたいように暴走してばかりの弁護士であるフレイアに、何だかんだで三年もついてきてくれているのが彼だ。事務所が出来る前から、親元を離れてボロボロのアパートで自分を支えてくれた恩人が彼である。
 自分も弁護士資格を取りたいから、勉強のためにパラリーガルやってるだけですよ、なんてテクノは言うが。本当のところがどうなのかはフレイアもよく知っている。彼は自分が心配なのだ。そして本当は自分が弁護士になるよりも――フレイアのためを思って、共に戦うためにそこにいてくれているのである。
 フレイアが、一番に望んでいることが何なのかを、彼は誰より知っているのだから。

「……魔王ってジョブに、罪なんかないだろ」

 事情はおおよそ、テクノにも話してある。だからこそ止めたいと思いつつも、彼はフレイアが新聞を見るよりも先に情報を教えてくれたのだから。
 本来彼の立場なら、止めるのは当然だ。被告人が犯行を否定している以上、フレイアが必ず情状酌量ではなく無罪を狙っていくのは目に見えているのである。それが世論や、下手をすれば政府そのものを敵に回しかねないような暴挙であったとしても、だ。弁護をしたからといってそれそのものが犯罪になるはずもないが。少なくとも敗北の汚点は残るし、何より下手をしなくても業界で干されるのは目に見えている。今後の弁護士人生を考えるなら避けて通るべき障害だろう。
 わかっている。それでも、フレイアは。

「それなのに、魔王ジョブの保有者が捕まったってだけで、みんな当たり前のように思うんだ。“ほれ見ろ、また馬鹿な魔王が世界征服をなんて馬鹿で傍迷惑なことを企てたんだぞ”って。指差して笑うんだよ。……容疑者の段階じゃ、まだ犯人と決まったわけでもないのにな。捕まって新聞に顔と名前が出た時点で、みんな当たり前のように有罪だと決めつけてるんだ」
「……フレイア」
「それがさ。差別じゃなくて、何だってんだ。誰だって生まれ持ったジョブは変えられないってのによ」

 ほれ、とフレイヤが手を伸ばすと。少し躊躇ってから、テクノは資料を渡してきた。それを丁寧にファイルに挟むと、フレイヤはすくっと立ち上がる。

「俺は世界を変えたいんだ。……そういう意味じゃ、俺がやろうとしてることも世界征服ってやつなのかもな」

 フレイヤは、弁護士になる時に誓ったのである。
 自分は、誰かを救うための弁護士になろう、と。特に冤罪で、苦しんでいるはずの人達を助けるために。
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