上 下
20 / 23

<20・王子様に祝福を>

しおりを挟む
 マジでドン引きする。千愛はげっそりした。ご奉仕して、って一体どこのエロゲだ。もしくはAVの見過ぎではないのか、と。いや、千愛自身が男性向けAVを見たことがあるわけではないのだが、エロ広告の類は嫌でも目に入ってくるので方向性はなんとなく察しているのである。痴漢されまくってるのに感じちゃうの!とか。人妻が脅迫されて恥ずかしい台詞を言わされまくってるのに淫乱に落ちてっちゃうの!とか。いやはや、なんでこうこのテの男というのはそういうしょうもない台詞を強引に女に言わせて、自分からおねだりするように調教するというのが好きなんだろうか。
 まあ、創作BLなんかでもそういうのはちょくちょく目にするので、女性であってもそういう妄想をすることはあるのは否定できないけれど。

――私はそういうのは自分が言うより言わせる方が好きなんだっつーの……ってツッコミどころそこじゃねえわ!

 何にせよ。
 好きでもなんでもない赤の他人に、何でそんなしょうもない台詞を吐かされないといけないのやら。それも、天下の公道で、だ。

「ま、待ってください!」

 そこで、成都が間に割って入ってきた。

「な、なんでこんな酷いことするんですか!?俺達、あなた方とは初対面ですよね?」

 男性ならば、女性が酷い目に遭ってる場合さっさと飛び込んで相手を殴り倒して助けるべきだ!なんて人もいるかもしれない。そういう勇敢な男に惚れるとか、少年漫画などならあるあるな展開なのだろう。千愛にもわからないではない。が。
 この時は正直安堵していた――彼が真正面から、男達に殴りかかるタイプではなかったことに。
 さっきやりあってわかっていること。こいつらは格闘技経験はないのでサシで千愛がやったら負ける相手ではないが、それでも半グレをしているくらいだから多少喧嘩慣れはしている。いくら成都がそこそこ上背があるからといって、筋力でも喧嘩の経験でも太刀打ちできない素人なのは明白なのだ。下手に殴りかかって相手を刺激して返り討ちに遭い、怪我をされる方が千愛としては悲しかった。本音は千愛をほっといて自分だけでも逃げて欲しいほどだが、それができる男ではないのはわかりきっている。
 彼なりに千愛を助けようとしてくれて、かつ穏便に済まそうとしてくれている。その方がずっと嬉しかった――勇敢であることと無謀であることは違うのだから。

「俺達が何か、気に食わないことをしてしまったなら謝ります。彼女が怪我をさせた分を弁償しろというのならそれもします。ですから、お願いします、彼女を離してください!」
「……思ったより冷静じゃん、兄ちゃん」

 リーダー格は少しだけ感心したように言った。

「んー、なんでこんなことするかって?そりゃ、彼女が可愛いからに決まってるじゃん?で、彼氏がいるってなったら引き離して好きにしてやりてーじゃん?俺らそういう集団だしなー」

 へらへら笑いながら言う彼。本気でそうしたいなら、もう少し喧嘩の腕上げてから来たらどうなんだ童貞野郎どもめ、とは心の中だけで。実際千愛は捕まってしまっているので、どうこう言える立場ではない。まあ、まだ逃げる方法が完全になくなったわけではないので、その隙を伺っているわけだが。

「偶然俺達を見かけたから、ってこと、ですか?」
「そうそう。まさかこんなにねーちゃんの方が喧嘩強いとは思わなかったし、彼氏クンがさっさと逃げてくれなかったのも予想外だったけどさ。なんなら、今からでも逃げてくれていいんだぜ?俺ら、ねえちゃんにだけ用があるわけだしさあ」
「……俺に逃げて欲しいんですね」
「そういうわけじゃねーけどー?お前をボコってもいいんだしさ」

 成都の声色が変わった。一瞬、怒りを滲ませたものに。そして。

「嘘ですよね」

 はっきりと、告げた。なんだと、と男達の顔色が変わる。

「貴方がたは、最初から俺達を狙うつもりで待ち伏せしてた。偶然なんかじゃない」

 す、と成都の人差し指が男の一人を指す。正確には、そいつが背負っているバッグを。

「俺も男性だから分かってるんですが。男って、ちょっと外に出歩くくらいなら、荷物持たないでふらふらすることも少なくないんですよね。スマホと財布だけポッケに入れておくとか、精々ポーチ程度で事足りるし。何でその人だけそんな大きなリュック持ってるだろうなっていうのは少し不思議に思ってました。言動からして、その人は貴方がたのリーダー格じゃない」
「だから?」
「八月末、今の時期はまだ暑い。飲み物なしに長時間外にいるのは、夕方や夜でもきついでしょう。会った時から貴方がたはそれなりに汗をかいていたし、そこそこ長い時間外で俺達を待ち伏せしていた可能性が高い。しかも、彼女の仕事について妙に詳しく知っているような様子もありましたしね」



『繁忙期でもないしおねーさん休日出勤もないんだろー?いいじゃん明日一日くらい休んだってさ』



 そこは、千愛も気づいていた。あれは完全に失言だったはずだ。何で千愛の仕事が、八月に繁忙期ではないタイプだなんてわかるのか。観光業などの一部の業界なら、それこそ今やっと繁忙期が終わろうかという時期であってもいいはずだろうに(まあ、少し遅いかもしれないが)。

「俺達の、彼女のことをある程度調べていなきゃあんな発言は出てこない」

 成都は男達を睨みつけながら言う。

「加えて、さっき彼女が大立ち回りをしていた時……自分で言うのもなんですけど、俺は結構無防備になっていたと思うんです。でも、貴方たちは彼女ばかりを攻撃した。俺がただの邪魔者だっていうならさっさと俺を潰してしまってもいいし、そもそも俺を逃がすことに本来メリットなんかあるわけがない。だって俺、皆さんの顔を見てるし服装も知ってる。警察に話されたら結構面倒でしょ。俺も記憶が飛ぶくらいボコった方が話が早いはず。というか、俺を先に捕まえて人質にした方が早いでしょ、彼女の動きを封じるのにこんな簡単な手はないんだから」
「何が言いたい?」
「俺をボコってもいいっていうのも嘘。明らかに意図的に俺のことは傷つけないようにしてる……というか標的にするのを避けてますよね。そしてわざと俺が逃げる隙を残してる。それが、貴方がたに依頼をした人間の指示というわけですか?大方……」

 す、と目を細める成都。

「彼女を捨てて俺が逃げるように仕向けようとした、ってところですかね。それで俺が負い目から彼女と別れるようにしたかった、もしくは彼女が俺に失望するようにしたかった。……ああ、両方かな。どれだけお金を貰ったんですか」
「!!」

 リーダー達の顔が驚愕に染まった。ここまで冷静に状況判断されるとは思ってなかったのだろう。
 確かに、後半は千愛も気づいていなかったことだ。目の前の奴らをボコって突破することにしか意識が向いていなかった。成都を守らなければ、ということに必死だったからだ。実際まだ彼は一発も殴られていないようなので、自分が上手に囮になれていたのだとばかり思っていたが。
 さっき警察に通報した時だって、殴る隙はいくらでもあったはず。向こうが一人や二人ならともかく、倒れた一人を含めても四人もいたのだからいくらでも叩けた筈だというのに。
 それをしなかったのはつまり、そういう目的だったと考えれば辻褄が合うことで。

「……もし、そうだったとしたらどうだってんだ?」

 考えた末、リーダーは開き直ることを選んだようだ。

「俺らがお前らを最初から標的にしてて、お前の言う依頼とやらを誰かから受けてたとして、それで?カノジョちゃんが捕まってる状況も、お前が喧嘩の素人ぽい状況もまったく変わってないわけだけど?ここからどうやって逃げるつもりなんだよ」
「俺は絶対、彼女を捨てて逃げたりしません。もし貴方がたが本当に彼女に酷いことをしようというのなら、俺は自分が怪我をしてでも止めます。そうなれば、貴方がたに依頼をした人の要望に沿えなくなりますよ」
「勘違いしてるようだけどなあ。そういうのはあくまで“できればそうしてほしい”って依頼ってだけかもしれないんだぜ?どうしても無理って時まで、お前を見逃してやる理由なんか“俺ら”にはどこにもない。というか、本当にムカついたら金はどうでもいいからお前ら二人ともリンチして海に沈めてやるって選択もあるんだぞ。忘れてねーか?」
「……忘れてるのはどっちなんですかね」

 ここまで来た時、成都は初めて笑った。千愛が見たこともないような、それこそ自信に満ちた笑み。この場には、到底似つかわしくないほどの。

「そもそも、何で俺が長々とこんな話をしているのか、皆さんは考えないのでしょうか?」

 何?と目を見開く男達。そして。

「俺は確かに皆さんみたいに喧嘩は強くないし、千愛さんみたいに上手に戦うこともできません。でも、無力なりに考えることはできるんです。……殴ったり殴られたり、そういうのを少しでも遅らせるくらいはできる。つまり」

 す、と成都が目を細めた瞬間。

「これはただの、時間稼ぎ」

 パトカーのサイレンが聞こえた。ぎょっとしたように男達が目を見開く。ああ、やっぱりこいつら忘れてたんだな、と千愛は思う。というか、千愛も少しだけ忘れかけていた。ついさっき成都が通報したこと。交番は少し遠回りになるとはいえ、駅の反対側にあるということ。少し時間を待てばちゃんと警察が来るのが分かっていたということ。
 しかもよく見れば、成都の胸ポケットにはスマホが入ったままだ。ランプが点いているあたり、ひょっとしたらカメラを起動しているのではないか。しれっと今の会話と奴らの顔を撮影しているんだとしたら、大したものだ。

「て、てめぇ!」

 男の一人が耐え切れず成都に殴りかかろうとした時、千愛は最後の一手を使うことにした。つまり、自由になっている足で思いきり、自分を羽交い絞めにしている男の足を踏みつけたのである。
 そこそこヒールのある女性ものの靴、そして普通の女性ではなく千愛の脚力で踏まれたら相当痛いはずだ。油断していたであろう男は痛ぇ!と叫んで力を緩めてしまう。その隙に拘束から抜け、成都の元に走る。

「成都!」
「千愛さん!」

 その場で、力いっぱい抱きしめられた。成都の腕が震えている――ああ、本当は彼も怖かったのだと、気づかされた。
 怖かったのに、助けようと頑張ってくれたのだ。それも、一切の暴力を使わずに。

――ああもう……カッコよすぎじゃん!

 警官たちが飛び込んでくるのと、男達が逃げ出すのはこの直後のことであったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

甘々に

緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。 ハードでアブノーマルだと思います、。 子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。 苦手な方はブラウザバックを。 初投稿です。 小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。 また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。 ご覧頂きありがとうございます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...