ワケアリ彼氏とイケナイ秘密

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<7・主演女優は無理っぽい>

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 付き合うことになった(?)とはいえ。だからと言って、千愛と成都の関係が表向き大きく変わったなんてことはない。暗黙の了解で、付き合ってることは表向き内緒にしておこうというのとになったからだ。まあ、お互いそれぞれの恥ずかしい姿、アレな秘密を知ってしまっている共犯者のようなもの。経緯を説明しろと言われたら大いに困るのもあるし、成都のすんごいモテ男補正を鑑みるに内緒にしておいた方が無難だったというのもある。
 総務部の、元恋人の件も気になる。どちらかというと、成都はその人物に新しい恋人の存在を知られてしまうのを恐れているようだった。あれだけトラウマを刻みつけてくるような相手である。無理もないことだろう。

――元カノのこと、もうちょっとちゃんと訊くべきなのかな。

 その話をされてもしても、嫉妬なんてものはない。というか、怒りが勝ってるから嫉妬どころではないというのが正しいか。だから、むしろ彼がその件を一人で抱え込んで潰れてしまう方が心配だった。
 女は基本、前の恋人の話なんてされたくないもの。ていうか、多分それは男も同じ。だが、それが別の理由で語らざるを得ない場合は例外だと思うのだ。彼はすっかり“調教されてしまった”体を恥ずかしく思っているようだし、本人が嫌がるようなことはしたくないと思う。前カノにされて嫌だったことがあるなら、積極的に言ってほしい。ていうか、多分自分がはっきり言ってしまうだろうから、彼にも遠慮しないで欲しいというのが本音なのだが。

「はい、こちらツジカワフーズです!」

 月曜日。どうにか二日酔いも治り、普通に出勤した千愛はいつも通り仕事をこなしていた。ポチポチと伝票データを入力し、ファイルとデータベースが間違ってないことを確認。そういった作業をしつつ、電話が鳴ったら対応するのが自分たちの仕事だ。
 ツジカワフーズ、というのが自分たちの会社名である。フーズとついているが、食品そのものを作っている会社ではなく、作られた食品を管理する会社なのが少しややこしいところかもしれない。昔はこの会社も大きな工場を持っていて食品を直接加工したりなんたりしていたらしいが、事業規模を縮小して輸入卸売販売に特化した結果、今の中規模会社に落ち着いたらしい。
 まあ、バブル時期にいろいろあったのを乗り越えてきた老舗の会社であるし、自分の知らない苦労もあったということだろう。なんせバブルの頃自分はまだ生まれていないのだから、想像するしかないのである。

「はい……はい、少々お待ち下さい。オマール海老ですよね?はい、はい……」

 我社の場合、紙のファイルに情報を記載した後、随時データベースに入力していく形態だった。少々古いのかもしれないが、長年やってきたやり方がこれなのだろう。まあようするに、データベースの方が情報が古い傾向にあるというのと。最新情報はファイルで確認する方が早い。なんせ、データベースと最新の在庫状況が一致しない可能性があるのだから。
 オマール海老のファイルは、緑色。ささっと棚から取り出し、在庫を確認する。ロットを見て眉を潜めた。見事に先週、最後の在庫が出てしまっている。

「……お待たせして申し訳ありません。オマール海老の在庫は現在切れておりますね。……はい、わかりました、少々お待ち下さい」

 相手はお得意先の海老沢商店。保留ボタンを押すと、少し向こうの机でパソコンとにらめっこしていた成都を呼んだ。

「橘君、3番に電話です!海老沢商店さんから、オマール海老の次の入荷教えてほしいって!」
「あ、はい!わかりました!」
「ファイルあります?」
「これー」

 てこてこと彼のもとに歩いていって緑色のファイルを渡す。仕事中のやり取りも、いつもと変わらない。ありがとうございます、とファイルを笑顔で受け取る彼――ベッドの上の乱れた姿と同一人物だなんて誰が思うだろう?

――なんかこう、クるものがあるなぁ。

 ニヤつきそうなのを、全力で押し止める。

――橘君のあんな顔。知ってるのは……元カノ以外では、私だけなんだ。

 ああ、なんだかこう、妙な満足感が。つい胸がドキドキしてしまうのを誤魔化すように、素早くその場を離れる千愛。
 そんな千愛を、じーっと見ている誰かさんの視線に気づいたのは、お昼休憩の時間になってからのことだった。



 ***



「ばーか」

 それはそれはもう、ストレートに詰られた。

「あたしの忠告聞かなかったのね。あんなに言って聞かせたのに……あの子だけはやめとけって」
「ふぉぼっ!?」
「ちょ、紅茶吹き出すな汚いな!」

 待て待て待て待て。千愛は口元をティッシュで拭いながら、唖然として目の前の華乃を見た。いつものように、一緒に休憩スペースでお昼ごはんを食べようとした矢先にこれである。何の件を指しているかわからないほど鈍いつもりはなかった。
 おかしい。自分も彼も普通に過ごしていたはずだ。何故にバレているのか。

「な、何のハナシをシテラッシャルんでショウカネ……華乃サン」

 それでもとりあえず、誤魔化してみる。異様に声がひっくり返っているので、誤魔化すもへったくれもないが。

「わ、ワタクシハ、何も、怪しいことナゾ、アリマセンコトヨ……?」
「うん、うん、あんたはいい加減自覚した方がいいわ千愛。嘘つくの下手すぎるって。まあ嘘ついたというより、隠し事が下手ってやつなんだろうけど。あんた、橘君に気があるでしょ」
「ウボホォォ……」

 なんかこう、変な声が出た。机に突っ伏して撃沈する千愛。同時に確信する――どうやら、バレたのはあくまで千愛の演技が下手だったから、だけであると。成都の反応におかしなこところはなかったようだ。だから、千愛が一方的に好意を持った、で済んでいる。
 付き合い始めたのがバレた、よりはマシなのかもしれない。それはつまり、あの恥ずかしい夜に想像がまず至らないということでもあるのだから。

「……いや、そんなつもりはなかったんだよ。ほんとだよ」

 全部を語るつもりはまったくないが、あの居酒屋のところまでは話してもいいだろう。多少、オブラートには包むことになるし、結末は伏せるが。

「金曜日にさあ、いつもの店で一人飲みしようとしたわけ。そしたら、橘君が店にいてさあ。なんか様子がおかしかったから隣に座って話聴いたの。そしたらまあ、愚痴で盛り上がっちゃったといいますか。なんかこう、気持ちがね……」
「呆れた。前の恋人の話聴いたのに好きになっちゃったわけ?」
「……まだ、自分じゃよくわかんないけど、そう、なのかなぁ」

 本当のところ、ちゃんとこの気持ちを“好き”で括っていいのかわからないのだ。なんせ、始まった順番が滅茶苦茶すぎる。その上で、本番は一度もしていないのだから。殆どあれは付き合ってくださいの意思表示でいいだろうが、だからといって明確に好きとは言われてないし、千愛も言ってない。
 ただ、強いて言うなら。

「前カノにものすごくムカついたし、守ってあげたいと思ったし、凄く可愛い顔するんだなってキュンッてきたのは、事実……酔っ払ってたから補正かかってたのは否定しないけど」

 そこまで話した時、何故か華乃はまじまじと千愛を見て――そこまでか、とため息をついた。その言葉がどういう意味を持つのか、この時の千愛にはわからなかったわけだが。

「……あーなんか理解した。本当に根っ子の部分は、まだ話してないのね橘君は」
「ドユコト?」
「知らないならいい。でも、知らないなら尚更悪いこと言わない。あの子はやめときなさい。これ、年上のマジの忠告だから」

 意味がわからない。顔を上げ、こてんと首を傾ける千愛。華乃は、詳しくはあたしの口から言うべきじゃないから、と濁した。

「人には簡単に知られたくない秘密がいくらでもあるんだってこと。あの子にも多分それがあって、あたしには見当がついてるの。下手に踏み込んだら、あんたも傷つくけど……橘君のことも傷つけるよ。生半可な気持ちなら、やめといた方がいいわ」

 何だか、妙に引っかかる物言いである。そしてそれは、成都のベッドの上での性癖について言っているわけではないのはほぼ確定的だった。恋人でも何でもない彼女がさすがにそんな話を知っているわけがないし、華乃が知っているくらいなら社内にも知れ渡っているだろう。
 あそこまで成都が、今更に秘密にするとも思えない。というか、むしろバラしたとしたら元カノでほぼ決まりなので、やっていることはリベンジポルノ並に悪質ということになる。
 さらには、この様子だと――。

「その、元カノが総務部のやばい人だから、以外にもあるわけ?」
「簡単に言えばそーゆーことかな」

 華乃は渋い顔で視線を逸した。

「個人的には……別に、色んな人がいて、それくらいの秘密があってもあたしは気にしないって思うんだけど。それこそ、千愛も気にしないかもしれないけど。でも、千愛が“自分はそんなの大丈夫”って言っても、向こうがそれを信じるかは別で。向こうは、知られるだけで傷つくような秘密だってあるわけ。あんたが受け入れる、受け入れないとはまったく別問題でさ」
「……なんか、分かるような、分からないような」
「想像つかないなら、やっぱりここは引いた方がいいわよ。むしろ想像つかないってことは、あんたはいい意味で“多数派”で、幸せってことなんだから」
「…………」

 ひょっとして、彼女が成都の元カノについて知っていながら名前を明かさずにいるのは、そういう理由もあったりするのだろうか。自分としては名前くらい知っておきたい。避けられる地雷は避けておきたいからだ。何やら、問題の根っ子が遠からず繋がっているような気がしてならない。
 ただ、それを踏まえても思うことは。

「……私が恋愛できるかどうかは、まあいいよ。それこそ私が橘君を好きになったところで、橘君が私を好きになってくれなかったら成立しないんだもん。一人でできる恋愛は、片思いだけなんだから」

 成都が、自分に対してどこまでそういう種類の好意を寄せてくれているかがまだわからないゆえ。自分もまだ、これが本気の恋愛と言い切れないゆえ。曖昧な物言いしかできないけれど。

「たださ。……それが私じゃなくても……橘君は少しでも早く、新しい恋をして欲しいような気はする。前カノ忘れられるくらいにはさ」
「……まあ、それはちょっと分かるかな。あたしは噂でしか聞いたことないけど、それでもちらほら酷かったらしいってことは知ってるし。モラハラとかDVみたいなのまで」
「知ってるんじゃん、華乃。そんな奴にさ、いつまでも囚われてて欲しくないなって思うよ。片思いじゃない恋愛は……両方が幸せであることが前提だって思うもん。どっちかだけが満足で、もう片方は傷つくだけのようなもの、私は恋愛なんて呼びたくないな」

 ペットボトルの蓋を開けたところで、小さく、笑い声が聞こえた。なんだ、と思えば華乃がくすくす笑っているではないか。

「な、なにさ?」

 何がそんなにおかしいのだろう。そんな変なことを言っただろうか、自分は。やや憮然としていると。

「いやいや、ごめんごめん。なんていうか、見た目によらず千愛って……学生みたいなピュアなこと言うんだなーって。処女でもないくせにさー」
「どういう意味やねん!ていうかそんなこと大声で言うなし!」
「あはは、ごめんってば。……あー」

 そして彼女は、お弁当のウインナーをつっつきながら言うのである。

「本音言うとね。あたしはあんたと橘君は結構お似合いだと思うんだけど。……友達としては止めるしかないっていうかね。あんたがいい奴だって、わかってるからなんだけどね」

 矛盾してるよね、と。何故彼女が少しだけ複雑そうに笑うのか。
 その答えは意外にも――その日のうちに明らかになることになるのである。
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