最弱の無能力者は、最強チームの指揮官でした

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
19 / 22

<19・Rena>

しおりを挟む
 ルートが決まれば、あとは異星人たちにバレないように、こっそりトンネルを掘り進めるのみである。
 特に今回は、森の中は地上を行っても安全である、ということをトーリスたちが証明している。浅い場所にも深い場所にも、地雷の類がないことは確認済み。崩落にさえ気を付ければ、そうそう敵に見つかる心配もないだろうと思われた。
 ここからは塔の付近からトンネルを掘り始める部隊と、出口で運ばれてきた土を移動させる部隊。それから基地に残って防衛や、そのほか任務をこなす部隊に別れることになる。
 最終的にトンネルは基地のすぐ近くではなく、森の入口で、敵地から望遠鏡でも確認しづらい位置を計算して掘り始めることにした。出入口には蓋をつけると同時に、換気扇などを設置して空気を送り込み続けることになる。崩落のリスクと、それから窒息の危険を最小限に抑えること、避難ルートの設置などなどを考えてトンネル設計には一週間時間をかけた。そこは、建築士の資格を持つ兵士の力添えがあったと言っておく。同時に、以前炭鉱で働いていたことがある人物の助言も大きく役立った。
 設計と機材の準備が終われば、いよいよ掘削作業の開始である。
 基本はレナが先行し、“掘りたい土”のみ柔らかい素材へ転換させる。そして、掘り進めることができたら通ったあとの地面は、極めて頑強なコンクリートに材質転換させる、ということを繰り返していく。彼女が柔らかくしてくれた土を、同行する掘削部隊がどんどん小型の機械とスコップで掘り進めていくというわけだ。
 半分以上手作業なので途方もない時間がかかるように思われるが、レナの力があればどんなに固い土もプリンのように柔らかくさくさく掘れるようになる。普段から鍛えている屈強な兵士たちならば長時間続けることも可能、というわけだ。
 問題は、レナ本人に代わりがいないので、彼女は休憩以外の時間はずっと地下に入りっぱなしになってしまうということだが。

「レナ、あんただけは簡単に交代できないからな。スキルを使うのも疲れるだろうし、疲労がたまってきたらきちんと言えよ?」

 基本的にはクリスは司令室に残り、現場にトーリスが入ってレナをサポートすることになる。司令官がそうそう現場に出てきてはいけないというのもあるが、そもそもの話クリスは他の兵士たちより明らかに腕力も体力もないのだから仕方ないだろう。
 本人は“この間もお酒買えませんでした!なんですか、私そんなにお子様に見えますか!?”とおいおいと嘆いていたが(いや本当に、あのショタな見た目と声で中年のおっさんの年なんて詐欺だろとしか思えないわけだが)。

「私は大丈夫」

 土壁の補強をしながら、レナは頷く。

「それより、いつもの警備任務とか、清掃とか、そういうの全部他の人に任せちゃって申し訳ないくらいだわ。いくら司令基地が異星人に対策するためにあるとはいえ、他にも内地の警備とか、犯罪の取り締まりとか、そのほか庶務雑務とかいろいろあるっていうのに」
「餅は餅屋だ。そういうのは得意な奴らがいるから今回は任せておけって。この仕事は、レナにしかできないんだから」
「そう言って貰えると嬉しいわ。……正直、私にしかできない仕事があるなんて、ずっと信じられなかったことだもの。私はいつも……誰かのお荷物なんじゃないかって、そんなコンプレックスがあったから」
「そうなのか?」
「ええ、そうなのよ」

 彼女が柔らかくしてくれた地面を、他の兵士たちと一緒にスコップで掘っていく。本当に、普通の掘削作業よりはるかに楽ちんだ。固い地面に当たったら、そこでレナにまた能力の“かけなおし”をお願いすればいいだけなのだから。

「私は……自分が戦うのに向いてない人間だってこと、昔からわかってたの。……本当はね。自分が殺されること以上に、誰かを殺すことが怖くて仕方ないのよ。間接的に殺すことなら今まで何度もやってるくせにね」

 レナは寂しそうに笑って言う。

「前の戦場でもそう。本当に逃げたかったのはそれ。……相手はロボットだったのによ?」
「ロボットはロボットでも、人間みたいな動き方をするロボットだったって聞いてる。しかも、喋ってくる奴もいたんだろ?……躊躇しちまうのは当然だ」
「ええ、そう言ってくれた人もいた。でもね。……その喋るロボットがひしゃげて、潰れて、配線が飛び出して動かなくなって。……それだけで怖いと思ってしまうような人間が、生物を撃つことなんてできるはずないのよ。私は兵士として、致命的な欠陥があるわ。戦うことも、守ることもできない。争うことさえ苦手で、いつも一人で黙々と体を鍛えて自己満足するしかないんだから」

 だからね、と彼女は続ける。

「今回の任務は、本当に私向き。何も解決してないことはわかってるけど、ちょっとほっとしてるの。……今回私は、敵と対峙せずただ、トンネルを作ればいいだけなんだもの。地道でコツコツとした、縁の下の力持ちの方がずっと向いてるわ。情けないけどね」

 そうだろうな、トーリスは心の中で呟いた。
 むしろ、彼女向きだと思って今回の仕事を全力で勧めた経緯もあるのである。彼女は身体能力こそ高いものの、人と争うことが極端に苦手な性質だ。兵士として克服しなければいけない、致命的な弱点なのかもしれない。でも、生来持った弱さも、優しさも、そう簡単に変えられるものではないし変えていいものでもないとトーリスは思うのである。
 弱いからこそ、誰かに優しくもなれるのが人間だ。
 そして人を殺すことを躊躇う人間にしかない強さもまた、この世の中には存在するのである。それを持ち続けられる人間が、軍の中にいてもいいのではないか。だってそうだろう。
 自分達は一歩間違えれば誰でも簡単に、悪魔に堕ちてしまえる。そういう場所に存在しているのだから。

「……情けなくなんかないさ」

 ざく、とスコップが土の中に埋まる。

「俺は前の基地にいた頃な。偵察に来た異星人を殺したことがあるし……なんなら、内地で犯罪者を撃ったこともある。ピストル持ってる強盗犯だったから射殺許可が出てて、俺は一切お咎めなしだったんだけど。実は、俺が殺したやつってその数人だけなんだ」
「そうなのね」
「まあ、まだ軍に在籍して日が浅いせいもあるけどな。……初めて殺したのが異星人の偵察兵で。実は撃つ時には、特に躊躇いなんかなかったんだよ。俺は五年前の事件を知ってたし、ずっとニュースでも新聞でも“異星人はこの惑星を人類から奪った悪だ”って聞いてたからな。その悪に一矢報いることができる、って高揚してたくらいだ」

 でも、とトーリスは続ける。

「撃った途端、そいつがもんどりうって倒れて。頭がザクロみたいに割れてさ、大量の血が出て、脳みそが飛び出して。……血の色が、地球人と同じ、赤だったんだよな……」

 そして、その死に方が。人間とほとんど変わらないもの、だったのである。
 確かに異星人は聞いていた通り、人類とはまったく異なる姿をしていた。人類とは違う蒼い肌。背中に生えた、コウモリのような羽根。目は金色で、肌には鱗のようなものが生えていて。さながら魚人のような、不思議な見た目であったのは確かだ。
 だが、痙攣し、脳みそをぶちまけ、死の淵にあるそいつは。泡をふきながら、何かをぶつぶつと呟いているのだ。
 そいつの言葉はわからなかった。ただ、一瞬苦し気な金色の眼と眼があってしまって、そいつの目からぽろりと涙がこぼれるのを見たのだ。そして理解してしまった。
 そいつはきっと――死にたくない、助けて、と言っているのだと。

「死にたくないって、そいつの目が言ってた。人間と同じように泣いていた。それを見た途端、俺はその場から動けなくなったんだ。他にも偵察兵がいるかもしれない。さっさと仕事を続けなくちゃいけない。わかっていたのに、動けなくなっちまったんだよな」
「……異星人も、人類と同じように、泣くのね」
「ああ。……気づいたら、一緒にいた先輩にひっぱたかれてた。しっかりしろ、って怒鳴られてやっと俺、自分で自分を抱きしめてガタガタ震えてたことに気付いたんだ。撃ち殺したあとで、その実感を得たんだ。俺は今、人間として超えてはいけない一線を越えたんだって」

 わかっている。
 奴らは人類の敵で、放置すれば大量の兵士がなだれ込んできてたくさんの人間が殺されたかもしれないということは。
 自分達の家族や仲間を守るため、当然のことをしたはずだということは。
 それなのに、震えが止まらなかった。一番恐ろしかったのは殺したことではない。なんの躊躇いもなく、敵だからという大義名分の上でイキモノを撃ててしまった自分が怖くてたまらなかったのである。

「間違ったことはしてない。今でもそう思っている。俺は任務を遂行しただけだ。俺が殺さなきゃ、別の兵士が殺してたんだろうしな」

 でも、とトーリスは俯いた。

「そのあとにな。強盗犯を撃っても……そんなに怖くなくなっちまってたんだよ、俺。殺した一人目は人間じゃないし、異星人だし、その時はあんなに怖かったのに。……なあ、昔からミステリードラマとかでよく犯人が言ってるだろ?一人殺したら、二人も三人も同じだって。そういう気持ちになっちまうんだって。あれの言いたいこと、はっきりとわかった気がしたんだ」
「タガが外れてしまったってこと?」
「そうだ。一人殺したら、もう二人目も三人目も関係ないってどっかで思うようになっちまうんだ。……だから、本来なら、誰も殺さないで生きていけるならそれが一番いいんだよ。一人殺すか、殺さないか。そこには絶対に超えられない大きな壁があり、溝があり、境界線があるんだ。おかしいよな。人間、食うために牛や豚は罪悪感もなく殺すし、その肉を食って生きてる。害獣だと決めつけたクマや猪だって簡単に撃ち殺すのに、偽善的だよなあ……」

 人の姿をしているというだけで、あんなにも恐ろしくなる。まったく偽善者もいいところだ。
 でも、その感覚さえ忘れてしまったら。人はきっと、人として大切なことを失ってしまうのだろうとも思うのである。

「人を殺すのが嫌だ、怖いって。そう思える気持ちがあるなら、それはきっと大事にしておくべきことなんだ。今の俺だから、そう思うんだよ」

 誰かが言っていた。人を殺せる人間は強いが、それは“取り返しのつかない強さ”であると。
 何故なら戻ることができないからだ。
 人を殺すことなく生きていた、そんな頃の自分には――けして。

「レナがまだ、誰も殺してないなら。あるいは殺していてもまだ、人を殺すのが怖いと思うなら。……それを、恥だと思ってくれるな。そりゃ、あんたを叱る人間はいるかもしれねえけど。俺は……そういう奴も、軍に必要だって思うからさ」
「トーリスさん……」

 レナは、少しだけ目を潤ませて、やがて微笑んだのだった。

「……ありがとう。……本当にありがとう。わかったわ。私は……私にできないことを、きっと成し遂げてみせるから」

 その会話を、他の兵士たちは黙って聞いてくれていた。
 不思議なことに。土を掘るざくざくという音が、少しだけ軽くなったような気がしたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「メジャー・インフラトン」序章2/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節FIRE!FIRE!FIRE! No1. ) 

あおっち
SF
敵の帝国、AXISがいよいよ日本へ攻めて来たのだ。その島嶼攻撃、すなわち敵の第1次目標は対馬だった。  この序章2/7は主人公、椎葉きよしの少年時代の物語です。女子高校の修学旅行中にAXIS兵士に襲われる女子高生達。かろうじて逃げ出した少女が1人。そこで出会った少年、椎葉きよしと布村愛子、そして少女達との出会い。  パンダ隊長と少女達に名付けられたきよしの活躍はいかに!少女達の運命は!  ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。そして、初めての恋人ジェシカ。札幌、定山渓温泉に集まった対馬島嶼防衛戦で関係を持った家族との絆のストーリー。  彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

収納大魔導士と呼ばれたい少年

カタナヅキ
ファンタジー
収納魔術師は異空間に繋がる出入口を作り出し、あらゆる物体を取り込むことができる。但し、他の魔術師と違って彼等が扱える魔法は一つに限られ、戦闘面での活躍は期待できない――それが一般常識だった。だが、一人の少年が収納魔法を極めた事で常識は覆される。 「収納魔術師だって戦えるんだよ」 戦闘には不向きと思われていた収納魔法を利用し、少年は世間の収納魔術師の常識を一変させる伝説を次々と作り出す――

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...