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<1・Assault>
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恐怖のあまり、喉からは引きつった声しか出ない。
目の前に広がる、絶望としか言いようがない光景。一体どうしてこんなことになったのか。宇宙戦艦グランノース――あの船は、遠い遠い別の惑星に遠征に出ていると事前情報ではあったはずなのに。
地上に展開する部隊の茫然とさせるのには十分な、黒い黒い鉄の塊。それはごうんごうんと音を立てながら、ゆっくりと空の彼方から姿を現したのだ。
「た、隊長、指示を!」
第三突撃部隊に所属する兵士、トーリス・マインは。ぎりぎりのところで声を振り絞っていた。
「は、早く、指示を出してください!このままではみんな空爆で……!」
「あ、あああ、あ……」
しかし、自分達の隊長は、空から降りて来た絶望を前に完全に凍り付いてしまっている。固まってしまうのもわからないことではない。なんせ、宇宙戦艦グランノースに懐柔された町、人は数知れず。一体今までいくつの町があの戦艦に蹂躙され、血肉と瓦礫の山と化したか知れない。自分達最前線の兵士たちは、その兵器の威力も恐ろしさも、嫌というほど叩きこまれてここに立っている。
だが、対応策があるわけではない。
当たり前だが、地上を進軍する歩兵たちに、空から攻撃してくる手段を防ぐ方法は限られている。対空砲なんかが存在しないわけではないが、ああいうものは当然最前線に持ち込めるものではない。何より、仮に砲撃したとて、あの巨大な戦艦相手には蚊に刺された程度のダメージしか与えられないことはわかっている。
だから、兵士たちの対応策はただ一つ。グランノースが出てくる前に終わらせろ――それだけであったのだ。
あれが出てきたらもう地上部隊にできることなど何もないのだから、と。そう。
「隊長!」
つまり、あとは運よく逃げ延びることができるか、砲撃に当たらないで済むか。それをお祈りするしかないのだと。
「くそっ……!」
トーリスは空を睨んで舌打ちした。動いている砲は、第三主砲、第二主砲。第一主砲が前方を向いたままということは、それはこちらを狙っているわけじゃない。裏を返せばこの場所には歩兵しかおらず、やや小型の第三、第二主砲だけで対処できると向こうが考えているということ。
ならば、まだ生き延びることができる目がないわけではない。一番愚かなのは、荒野で茫然と敵の襲来を眺めていることだ。このまま狙い撃ちにされば全員素敵なひき肉になれることは想像に難くないのだから。
「全員、崖下まで走れ!岩盤を貫くほどの威力はない……洞窟まで入れば、助かる可能性はある!早く!」
隊長が命令しないのなら、平隊員であろうが自分がやるしかない。既に副隊長は殉職してしまっていて、他に命令を下せる人間もいないのだから。
トーリスが叫びながら走り出すのと、迫ってきた戦艦がギュウウウウン、と嫌な音を立て始めるのは同時だった。エナジー砲を充填している音。やはり、第三主砲から先に打ってくるつもりだ。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおお!」
崖下の洞窟にトーリスが飛び込んだ直後。外で、凄まじい爆音が響き渡ったのだった。
***
「……なるほど、事情はわかった」
それから、一週間後。
トーリスはセントラル第三基地司令部の司令室に呼び出されていた。
この惑星に、異星人が攻撃を仕掛けてきてから早百年。その中でも、この第三基地は比較的古い部類に入る。基本的に、数字が若い基地ほど古参となるからだ。
この星で最も大きな大陸、セントラル大陸。
この大陸は今、中央の一部都市、町除いてほとんどが異星人たちに占領されてしまっている。都市周辺のエリアにどうにかバリアを張って、ギリギリ耐え忍んでいるという状態だった。この百年、異星人たちから土地を取り返そうと戦ってきたものの一向に進展が見られない。
そのことにお偉方がイラついているのは、火を見るよりも明らかだった。特に、今回第三突撃部隊の作戦はかなり期待されていたと見える。それが部隊が壊滅的打撃を被り、作戦も大失敗とあればお叱りを受けるのも当然のことだろう。
トーリスから言わせれば、“だったらもっとましな情報と作戦をよこしやがれこのデブども!”と罵声の一つも浴びせたいところであったが。なんせ、作戦失敗の原因は明らかだったのだから。
「つまり、第三突撃小隊は……君と数人を除いて壊滅。隊長、副隊長も殉職した、と。そうだね、トーリス・マイン中尉?」
「……仰る通りでございます、閣下」
司令官である中将は、トーリスを見てふん、と鼻を鳴らした。あの作戦で、生き残ったのはトーリスを含めて僅か。しかもトーリス自身はかすり傷程度だったが、生き残った他の五人のうち四人は戦線復帰困難な重傷だった。手足を一本ずつ吹き飛ばされた者や、内臓に重篤な症状を負った者。軽傷で済んだもう一人は怪我こそ軽くても深刻なPTSDを発症し、正直いつ復帰できるかわからない状態である。
つまり実質、まともに立って報告できる状態だったのは、トーリスただ一人だけだったということだ。まあ、中尉という階級上、他に無事な者がいたところで矢面に立つのは自分であった可能性が高いが。
――グランノースが出て来たんだぞ。むしろ、俺一人でも生き残っただけすげえと褒めて欲しいくらいだぜ。
無能な者を見る目。本音は言い返してやりたいことが山ほどあるのを、トーリスはぐっと堪えていた。司令官は実際にあの現場を見ていない。だから好き勝手なことが言えるのだ。
もっと言えば、この司令官はエリート組のもと文官である。現場の兵士をほとんど経験しないでその地位に立っていることも知っているのだ。いくら学歴があってお勉強ができたところで、現場の空気を知らずして兵士たちにまともな命令を下せるとは到底思えないのだが。
「今回の作戦。大統領も、相当期待しておられた。それがまさか、このような大失敗に終わるとは。君はどう責任を取るつもりなんだね?」
「……大変申し訳ありません、閣下。しかし、私は隊長でも副隊長でもなく、部隊を預かる立場にはございません。運よく生き残っただけにございます。それに、宇宙戦艦グランノースは、辺境の惑星に遠征中であり、当面この地球に出現することはないという事前情報でございました。それが出没したということはつまり、情報収集と作戦立案の段階でミスがあったということではないかと思われますが」
「ほう?」
あまりにも腹立たしく、ついトーリスは本音を漏らしてしまった。実際、たまたま生き残った、というだけなのに一兵卒も同然の自分に作戦失敗の責任をおっかぶせようというのは納得がいかない。
大体、それを言ったら作戦を命じた目の前の男こそ責任を取るべき立場ではないのだろうか。情報収集も、作戦立案も、ついでに言うなら人員も足りてはいなかった。その責任を全部自分一人で取れなんて、無茶にもほどがある。
「つまり、君は……自分は悪くない、君に作戦を命じた儂が悪いとそう言いたいわけだな?反省の色もないとは嘆かわしい。君には、重い罰が必要らしいな」
案の定、でっぷり腹が突き出した中将は、ぴくぴくとこめかみに青筋を立てている。まるでトーリスが言い訳したから重罰を科すことにした、みたいな物言いであるが――間違いなく最初からそのつもりだっただろ、とふてくされたくなる。
まあ、正直なところ、今回の件で軍そのものに愛想が尽きていたのも確か。辞表を提出しようかどうか本気で迷っていたので、引導を渡してくれるならそれも願ったりかなったりではあるのだが。
――あ、でも懲戒免職ってことはようは不名誉除隊だよな?ってことは、退職金とか軍人恩給支払われなくなるじゃん。それはちょっと困る……。
同じ部隊の仲間たちが死んだことに関して、どうこう思うだけの理性は失われていた。というより、散々仲間が死ぬのを見た挙句今回の仕打ちだったわけである。心に蓋でもしなければやってこられなかった、というのが正しい。
だから無理やりにでも、辞表を受け取ってくれないかなあ、という方向に気持ちを持っていく。自分の心を守るためには、思い出さない方が良いこともあるのだ――仲間たちの焼け焦げたバラバラ死体も、半壊して脳みそがはみ出した顔とうつろな瞳も。
「辞表の準備は……」
できています、と。除隊を命じられる前に口を開こうとしたその時、司令官が言い出したのは思いもよらぬことだった。
「貴官は、第十司令部に異動になってもらう」
「……はい?」
「貴官はあそこの司令官にみっちり鍛えてもらうべきと判断した。喜べ。第十司令部の司令官は……あの有名な“無能力者”の男だからな」
実に愉快とでも言いたげに、中将はにやりと笑ったのだった。
「良かったな?歴代でも稀に見る、“一切のスキルを持たない無能”の下につけるのだぞ。このようなチャンス滅多にない。喜び給えよ」
目の前に広がる、絶望としか言いようがない光景。一体どうしてこんなことになったのか。宇宙戦艦グランノース――あの船は、遠い遠い別の惑星に遠征に出ていると事前情報ではあったはずなのに。
地上に展開する部隊の茫然とさせるのには十分な、黒い黒い鉄の塊。それはごうんごうんと音を立てながら、ゆっくりと空の彼方から姿を現したのだ。
「た、隊長、指示を!」
第三突撃部隊に所属する兵士、トーリス・マインは。ぎりぎりのところで声を振り絞っていた。
「は、早く、指示を出してください!このままではみんな空爆で……!」
「あ、あああ、あ……」
しかし、自分達の隊長は、空から降りて来た絶望を前に完全に凍り付いてしまっている。固まってしまうのもわからないことではない。なんせ、宇宙戦艦グランノースに懐柔された町、人は数知れず。一体今までいくつの町があの戦艦に蹂躙され、血肉と瓦礫の山と化したか知れない。自分達最前線の兵士たちは、その兵器の威力も恐ろしさも、嫌というほど叩きこまれてここに立っている。
だが、対応策があるわけではない。
当たり前だが、地上を進軍する歩兵たちに、空から攻撃してくる手段を防ぐ方法は限られている。対空砲なんかが存在しないわけではないが、ああいうものは当然最前線に持ち込めるものではない。何より、仮に砲撃したとて、あの巨大な戦艦相手には蚊に刺された程度のダメージしか与えられないことはわかっている。
だから、兵士たちの対応策はただ一つ。グランノースが出てくる前に終わらせろ――それだけであったのだ。
あれが出てきたらもう地上部隊にできることなど何もないのだから、と。そう。
「隊長!」
つまり、あとは運よく逃げ延びることができるか、砲撃に当たらないで済むか。それをお祈りするしかないのだと。
「くそっ……!」
トーリスは空を睨んで舌打ちした。動いている砲は、第三主砲、第二主砲。第一主砲が前方を向いたままということは、それはこちらを狙っているわけじゃない。裏を返せばこの場所には歩兵しかおらず、やや小型の第三、第二主砲だけで対処できると向こうが考えているということ。
ならば、まだ生き延びることができる目がないわけではない。一番愚かなのは、荒野で茫然と敵の襲来を眺めていることだ。このまま狙い撃ちにされば全員素敵なひき肉になれることは想像に難くないのだから。
「全員、崖下まで走れ!岩盤を貫くほどの威力はない……洞窟まで入れば、助かる可能性はある!早く!」
隊長が命令しないのなら、平隊員であろうが自分がやるしかない。既に副隊長は殉職してしまっていて、他に命令を下せる人間もいないのだから。
トーリスが叫びながら走り出すのと、迫ってきた戦艦がギュウウウウン、と嫌な音を立て始めるのは同時だった。エナジー砲を充填している音。やはり、第三主砲から先に打ってくるつもりだ。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおお!」
崖下の洞窟にトーリスが飛び込んだ直後。外で、凄まじい爆音が響き渡ったのだった。
***
「……なるほど、事情はわかった」
それから、一週間後。
トーリスはセントラル第三基地司令部の司令室に呼び出されていた。
この惑星に、異星人が攻撃を仕掛けてきてから早百年。その中でも、この第三基地は比較的古い部類に入る。基本的に、数字が若い基地ほど古参となるからだ。
この星で最も大きな大陸、セントラル大陸。
この大陸は今、中央の一部都市、町除いてほとんどが異星人たちに占領されてしまっている。都市周辺のエリアにどうにかバリアを張って、ギリギリ耐え忍んでいるという状態だった。この百年、異星人たちから土地を取り返そうと戦ってきたものの一向に進展が見られない。
そのことにお偉方がイラついているのは、火を見るよりも明らかだった。特に、今回第三突撃部隊の作戦はかなり期待されていたと見える。それが部隊が壊滅的打撃を被り、作戦も大失敗とあればお叱りを受けるのも当然のことだろう。
トーリスから言わせれば、“だったらもっとましな情報と作戦をよこしやがれこのデブども!”と罵声の一つも浴びせたいところであったが。なんせ、作戦失敗の原因は明らかだったのだから。
「つまり、第三突撃小隊は……君と数人を除いて壊滅。隊長、副隊長も殉職した、と。そうだね、トーリス・マイン中尉?」
「……仰る通りでございます、閣下」
司令官である中将は、トーリスを見てふん、と鼻を鳴らした。あの作戦で、生き残ったのはトーリスを含めて僅か。しかもトーリス自身はかすり傷程度だったが、生き残った他の五人のうち四人は戦線復帰困難な重傷だった。手足を一本ずつ吹き飛ばされた者や、内臓に重篤な症状を負った者。軽傷で済んだもう一人は怪我こそ軽くても深刻なPTSDを発症し、正直いつ復帰できるかわからない状態である。
つまり実質、まともに立って報告できる状態だったのは、トーリスただ一人だけだったということだ。まあ、中尉という階級上、他に無事な者がいたところで矢面に立つのは自分であった可能性が高いが。
――グランノースが出て来たんだぞ。むしろ、俺一人でも生き残っただけすげえと褒めて欲しいくらいだぜ。
無能な者を見る目。本音は言い返してやりたいことが山ほどあるのを、トーリスはぐっと堪えていた。司令官は実際にあの現場を見ていない。だから好き勝手なことが言えるのだ。
もっと言えば、この司令官はエリート組のもと文官である。現場の兵士をほとんど経験しないでその地位に立っていることも知っているのだ。いくら学歴があってお勉強ができたところで、現場の空気を知らずして兵士たちにまともな命令を下せるとは到底思えないのだが。
「今回の作戦。大統領も、相当期待しておられた。それがまさか、このような大失敗に終わるとは。君はどう責任を取るつもりなんだね?」
「……大変申し訳ありません、閣下。しかし、私は隊長でも副隊長でもなく、部隊を預かる立場にはございません。運よく生き残っただけにございます。それに、宇宙戦艦グランノースは、辺境の惑星に遠征中であり、当面この地球に出現することはないという事前情報でございました。それが出没したということはつまり、情報収集と作戦立案の段階でミスがあったということではないかと思われますが」
「ほう?」
あまりにも腹立たしく、ついトーリスは本音を漏らしてしまった。実際、たまたま生き残った、というだけなのに一兵卒も同然の自分に作戦失敗の責任をおっかぶせようというのは納得がいかない。
大体、それを言ったら作戦を命じた目の前の男こそ責任を取るべき立場ではないのだろうか。情報収集も、作戦立案も、ついでに言うなら人員も足りてはいなかった。その責任を全部自分一人で取れなんて、無茶にもほどがある。
「つまり、君は……自分は悪くない、君に作戦を命じた儂が悪いとそう言いたいわけだな?反省の色もないとは嘆かわしい。君には、重い罰が必要らしいな」
案の定、でっぷり腹が突き出した中将は、ぴくぴくとこめかみに青筋を立てている。まるでトーリスが言い訳したから重罰を科すことにした、みたいな物言いであるが――間違いなく最初からそのつもりだっただろ、とふてくされたくなる。
まあ、正直なところ、今回の件で軍そのものに愛想が尽きていたのも確か。辞表を提出しようかどうか本気で迷っていたので、引導を渡してくれるならそれも願ったりかなったりではあるのだが。
――あ、でも懲戒免職ってことはようは不名誉除隊だよな?ってことは、退職金とか軍人恩給支払われなくなるじゃん。それはちょっと困る……。
同じ部隊の仲間たちが死んだことに関して、どうこう思うだけの理性は失われていた。というより、散々仲間が死ぬのを見た挙句今回の仕打ちだったわけである。心に蓋でもしなければやってこられなかった、というのが正しい。
だから無理やりにでも、辞表を受け取ってくれないかなあ、という方向に気持ちを持っていく。自分の心を守るためには、思い出さない方が良いこともあるのだ――仲間たちの焼け焦げたバラバラ死体も、半壊して脳みそがはみ出した顔とうつろな瞳も。
「辞表の準備は……」
できています、と。除隊を命じられる前に口を開こうとしたその時、司令官が言い出したのは思いもよらぬことだった。
「貴官は、第十司令部に異動になってもらう」
「……はい?」
「貴官はあそこの司令官にみっちり鍛えてもらうべきと判断した。喜べ。第十司令部の司令官は……あの有名な“無能力者”の男だからな」
実に愉快とでも言いたげに、中将はにやりと笑ったのだった。
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