虚構の国のアリス達

はじめアキラ

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<第二十六話・家庭科室の再会>

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「夏騎!」

 家庭科室に入ると、港が言った通り既に夏騎はそこにいた。辺りを見回して何かを探している様子だったが、有純を見てはっとした顔になる。
 自分を捜してくれていたんだ、というのが純粋に嬉しい。確かに、少なくとも友達だからこそ一緒に此処に来たわけではあったのだけど。

「有純……!無事だったのか」
「うん、港が此処に連れてきてくれて……」
「港?」

 不思議そうに首を傾げる夏騎。あれ、と思って振り返り、気づいた。
 さっきまで、すぐそこにいた港の姿がない。家庭科室に入ると同時に、煙のように消えてしまったようだった。まあ、元々生きた人間ではなかったわけなのだが。

「……さっきまで、いたんだけど。あれ……?」

 何だろう、少し不思議に思ってしまうのは――さっきの告白をまだはっきり覚えているから、だろうか。



『君と夏騎君を分断したのは、ちょっとだけ意地悪がしたかったから。……だって夏騎君がいたら、君と二人だけで話す機会なんかないじゃないか』



 あんなことを言っていた少年が、むざむざ有純を夏騎と二人きりにしたりするものだろうか。
 それとも、はっきり断られたことで諦めたとでも?――恋心なんて、そんな簡単なものだとは思えないのだが。

――まあ、俺に片思いしてます、ってのが未だに信じられないことではあるんだけどよ……。

 彼が自分に惚れたきかっけが何であるのかは聞いたけれど。だからといって、自分に一目惚れされるほどの魅力があるとは到底思えない有純である。美人ではないし、女の子らしくはないし――まあそれは気にしないと港が言うならばそうなのだろうけれど、それでも一人の少女として誰かに愛されるタイプかと言えば微妙だとしか言い様がないのだ。友達だ、というのなら別。不本意だが“男の子みたいでかっこいい”ならそっちもまだわからなくはない。しかし。
 本当にそんな、恋愛対象としての魅力があるのなら――今までに告白された経験が他に、一つや二つあってもよさそうなものではなかろうか。
 悲しいかな、男友達は多かれど、女の子が夢見るようなやれ校舎裏に呼び出されてーだの、下駄箱に手紙が入っていてーだのは一切経験したことがないのである。メールやSNSを通してを含めて、だ。告白されたことは過去に一度のみ。しかもそれは、女の子相手に――である(非常に申し訳ないが、同性とかは関係なく有純には好きな相手がいるため、断らざるをえないのは間違いないことだったが)。

――でも、あいつは真剣に見えたし。だから俺も、マジになって考えて答えたけどさ……。

 駄目だ、考えれば考えるほど、頭がぐるぐるしてきてしまう。そもそも自分は、深く考察できるほどの脳みそもなければ、港のことをそこまではっきり知っているわけでもないのだ。

「なあ、有純」

 そしてそんな有純の気持ちを知ってか知らずか、夏騎がやや険しい顔でこちらを覗き込んでくるのである。

「港と一緒にいたって、大丈夫だったか?何かおかしなことはされなかったか?」
「へ」
「あいつは幽霊で、今の状況の元凶だぞ、忘れたのか」

 それに、と彼は続ける。

「……あいつも男だし、一応」

 それって、と有純は思う。頬が染まるのをどうにか誤魔化すように、ぶんぶんと首を振った。

「だだだ、大丈夫だから、な!?そういう心配とか無用、全く無用!ただ会って話をして、いろいろ見せて貰っただけだから、ほんとなんも心配しなくていいから、な!俺だぞ?この学校で一番喧嘩が強い有純様だぞ?何か起きるわけあるかよ、なあ!?」

 何言ってるんだ自分は、と内心で頭を抱えてしまう。せっかく、異性として意識してくれているのかもしれない――と嬉しかったくせに。自分で、空気をブチ壊しにするようなことを言ってどうするのだ、と。
 結論。――こんな調子では、告白なんて夢のまた夢である。ましてや、港に言われたことなんて、夏騎に話せるはずがないのだ。嫉妬してくれたらいいな、なんて思う自分がいる時点であまりにも浅ましいのだから。

「そ、それよりも!家庭科室まで来たんだし、宝探し続行しないと、な!地図見よう地図!」
「見なくても覚えてるよ、有純。探すのは“黄色いテープの印がついている包丁”だ。なんでそんなに挙動不審なんだよ」
「そ、そ、そんなことねーって!気にするな、な!?」

 いやどう見ても誤魔化しきれていないだろう、自分。有純はロボットのように両手両足を同時に突き出して歩きながら、地図に描かれていた包丁を探そうとする。
 理科室では人体模型にメモが隠されていたが、今度の包丁はどういうわけなのだろう。包丁が入っている棚はかなりの数に及ぶ。探すのはなかなか手間がかかるとも感じるわけだが。

「まあいいけど。……包丁探しながらでいいから教えてくれよ。お前は港と何を話して、何を見せられたんだ?」

 そんな有純を見て、深く突っ込むのも無意味だと悟ったのだろうか。呆れたようにため息をつきながら、彼は告げた。

「俺も、現時点で推理したこととか、わかったこととか話すから。情報の共有は、卓上ゲームでも必須だろう。抱え落ち厳禁だ、いつ誰かさんがファンブルかますとも限らないしね」
「……頼むからいつまでもそのネタ引っ張らないでクダサイ……」
「事実だろ。そっち方面信頼ゼロだからなお前」
「うへぇ」

 確かにあの時のゲームは、ダイスのファンブルだけが問題ではなかったが。色々知った情報を仲間にちゃんと共有する手間を惜しんだ結果、全体的にピンチを拡大したことは否定できないわけだが。
 むくれつつも、有純は自分が見たことを語った。どうやら港が、過去のビジョンを見せて、自分達になんらかの回答を求めていることも含めて、だ。同時に夏騎が考えた話も聞いた。やはりと思うべきか、有純が気づいていないことも彼は気づいていたらしい。果たしてそこまで頭が回る夏騎が凄いというべきか、全く気づかない有純が残念なのか、そこは意見が分かれそうなところではあるけども。

「外が夕焼け小焼けーってことは全く気にしてなかったなあ……」

 有純は窓の外を見る。そもそも自分は屋上から中に入って以降、港と一緒だったこともあって窓が開くかどうかも検証していなかった。念のため窓をガタガタと揺すってみたが、なるほど開く気配はない。鍵がかかっているので開かないのは事実だが、その鍵が全く動く気配がないのだ。ツマミを揺すってもぐいぐい押してもまったく下がる様子がない。まるで見えない何かに抑え付けられてでもいるかのようだ。
 まあ、此処は港が作った異空間だというから、仮に窓の外に出られたところで元の場所に帰れるとは到底思えないわけだが。

「理科室をスタート地点に決めたのは、港が語った通り人体模型がメモの隠し場所として最適だったからだろう。下の窓のチェックが甘くて子供が侵入しやすいことも含めてな」
「うん。でも家庭科室は?」
「それがわからない。家庭科室……それも、生徒がみんな下校したような放課後の時間。何かそこに意味はあるのかもしれない、と思ったけど……何なんだろうな。それに、包丁というのも気にかかる。確かに家庭科室にまで侵入する手立てがあるのなら、此処も棚にわざわざ鍵はかけないし……持ち出すことそのものは不可能ではないんだろうが」

 そういえば、此処が異空間だから気にしていなかったが。家庭科室というのは、簡単に入れるものなのだろうか。もしかして、此処も鍵がうっかり壊れたままになっている、なんてことは。

「もっと腹立たしい理由かもしれないな」

 棚を探りながら、夏騎が告げる。

「各教室、各特別教室の鍵は、それぞれ職員室と用務員室の両方で管理されていたはずだ。職員室に鍵を借りに行ったことはあるし、用務員は見回りで鍵が必要な場合がある。そっちでも管理されてると見て間違いないだろうね。まあ、生徒が鍵を借りるなら基本的に職員室の方になるけど」
「それって、簡単に借りれるものなの?」
「むしろ、許可がいるし人が大勢いる場所だから安全だ、という意識が働いている可能性は大いにある。何か理由をつければ、生徒が鍵を借りることはそうそう難しくない。……しかも、教室の鍵っていうのはそんなに特別なものじゃないんだ。見分ける方法も、鍵についているタグで判別するしかない」

 それって、と有純は眉をひそめる。

「タグをつけかえちゃうと、別の鍵と見分けがつかなくなっちゃうってことか?」
「正解」

 それは、ひょっとしたらひょっとしなくても、非常にまずいことなのではないだろうか。タグが簡単に取り外せるチャチなものなら、知らないうちに鍵のすり替えが起きている可能性は大いにあるということである。

「それこそ必要な教室の鍵を、適当な別の鍵とすり替えたあとで職員室に返して……手に入れた教室の鍵をこっそり業者で複製してしまうってこともできなくはないだろうさ。家庭科室なんてのは使われる頻度も多くないし、次に使われる前に再度すり替えた鍵を戻してしまえば発覚せずに済む。例えば市川美亜の財力ならそういうこともできなくはないだろ。……まあ、そこまでする必要があるかどうかは、また別問題ではあるけどね」

 まるで密室のトリックではないか、と有純は唖然とする。確かにタグだけで鍵の判別がされている状況というのは、存外危険なものであるかもしれない。それも、職員室に鍵を借りるという行為は有純もかつてやったことがあるが――いちいち誰が借りただのそうでないだの、記録など取っていなかったような気がするのである。
 みんなが見ている前で貸し借りするから安全、先生が許可を出すから安全――そういう思い込みが大人たちにあったとしたら、非常にまずいとしか言い様がない。
 なんといっても家庭科室は、凶器となる包丁などが普通に保存されているのだ。棚そのものには、一切施錠されない状態で。万が一子供達が悪用したら、なんてことは考えないものなのか。しかも鍵のすり替えまでやったとしたら、完全に突発的なものではなく、計画犯ということになるではないか。

「あった!」

 やがて、ごそごそと棚を探っていた有純は見つける。黄色いビニールテープで目印をつけた、一本の包丁を。

「夏騎、あったぞ!これじゃないか!」
「でかした有純。ただこれをどうするかだけど……」

 夏騎が言いながら、有純の包丁を持った手に触った瞬間。

「!」

 突然、景色が割れた。まるで硝子が砕け散るように。
 この感覚は覚えがある。ビジョンを港に見せられた時と同じだ。

「夏騎、あれ!」

 セピア色になった景色の中、有純は指をさす。がらり、と入口が開いて入ってきた集団に。
 その中で唯一笑顔の、市川美亜に。
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