虚構の国のアリス達

はじめアキラ

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<第三話・小倉港という少年>

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 これでも、交友関係は広い自信のある有純である。男の子みたい、と呼ばれるだけあって男子達も含め気兼ねなく話をしてくれるというのが非常に大きい。しかし、実際の男子よりは話しやすいという女子も少なくない。意外なことに、可愛らしくておしゃれが好き――な女の子ほど、本当は女の子同士の関係性に悩んでいたりするというのだから不思議な話だ。
 こうなった以上やや気は引けるが――この件を理由に、夏騎に話しかけるきっかけができた、と思っておくことにはする。
 ただ、本人が帰ってしまった以上、話を持っていくのはメールか電話、あるいは明日学校でということになる。
 その日の放課後は、それとなく去年の三組に関係する情報収集を行う方向になった。まず、小倉港という少年について知っておく必要がある。いかんせん、去年の教室の構造の問題もあって、三組の生徒は殆ど接点がなかったのだ。小倉港とは、偶然だが過去のクラスでも一緒になったことがない。ただ、三組の中には、過去有純が交流のあった友人も存在している。また、友達の友達が三組だった、というケースも十分ある。
 そうやって調査していった結果、まずわかったことは――小倉港という少年は、どこか夏騎と似たタイプであった、ということだろうか。自室のベッドに寝っころがりながら、有純はメモを片手に考察する。

『俺、去年三組じゃなかったんだけど、一年生では同じクラスだったから知ってるよ。あいつ、読書好きで……外で遊ぶより本読むのが好きってタイプだったな』

 そう話してくれたのは、二年生の時同じクラスで、よくドッチボールをして遊んでいた男友達の一人だ。

『それも、読んでるの児童書とかじゃねーの。海外の……ほら、映画化されたやつ、みたいな。なんか難しそうなの読んでた。ちらっと見せてもらったけど、あらすじからして何書いてあるのかさっぱりだったレベル。多分ミステリっぽい?謎解きっぽい?ってことしかわからんかった!なんとかコードってタイトルだっけ?』
『難しい漢字も読めるし書ける、ってタイプだったって聞いたけど』
『そうそう、国語のテスト……特に漢字テストなんか、いつも満点だって先生に褒められてたよなー。算数はちょっと苦手とか言ってたけど、いっつも九十点とか取ってたから俺よりずっと頭いいのは確実。でもって、意外と気が利くタイプだったかも。基本授業中手が挙がるタイプじゃないんだけどさ。ほら、先生の出した問題で誰もわかんなくて、手が挙がらない時ってあるじゃん?そういう時、先生が困る前に手を挙げるのはあいつだなーって印象だったかも』

 なんとなく、想像がつく気がした。そしてやっぱり夏騎によく似ているな、と思う。見せて貰った写真では眼鏡の印象が強く、外見上の顔立ちや雰囲気が似てるなとは感じなかったが。

『休み時間は一緒に遊んだりしなくて、教室に一人残ってることが多かったけど、孤立してるって雰囲気じゃなかったと思う。俺らも最初は誘ったし、断られるたびかんじわりーなーと思ったけど。段々そういうのじゃないんだなってのはわかってきたし。つか、あいつ体育は苦手だったし。ただ本読むのが好きなだけなら、邪魔しちゃ悪いなーって思ってほっといた。でも、全然クラスで嫌われてはいなかったと思う。頭いいから、話すと結構面白かったというか、よくみんなの相談役になっていたというか』

 なるほど、そういうタイプか、と納得した。そして聞けば聞くほど、それが“一年生の男の子”の印象から外れていくことに気付く。話だけでも彼が、年不相応なほど聡明で、落ち着いた少年であったことが伝わってくるのだ。なんといっても彼が提示した“海外で映画になった小説”というのは有純も心当たりがあるものだったのである。
 確かに翻訳されて、本屋に並んでいるのは見たことがあるし、手にとってあらすじを読んだこともあるが。はっきり言って、もっとフリガナを振ってくれ!読めねえよ!と思った記憶しかないのだ。とても哲学的な内容で、子供がわかるような代物ではなかったのだろう、という話も聞いたことがある。それを、小学一年生で普通に読んでいた彼が、どれほど凄いのかということも。
 きっとみんなに頼りにされる少年だったのだろう。そしてきっと、自分が得意なことと苦手なことがはっきりよくわかっていたのだ。少なくとも、周囲にはそう認識されて、認められていたに違いない。大人がそれを、どう見ていたかは定かでないが。

『どっちかというと、メンタルは強い方だって思ってたし。一人でいるのが苦痛ではないタイプっぽいかんじだから……その、あいつが自殺したって聞いた時はショック受けたし、信じられなかったかな。なんで?って思った。俺、そこまで仲良かったわけじゃないけどさ。人にいじめられるようなヤツじゃないし、そんな目に遭っていいやつでもないよ。正直、そのいじめたヤツ、ぶっとばしてやりたいくらいだ』

 他にも小倉港についてあっちこっちに聞いて回ったが。驚くほど、彼については悪評を耳にしないのである。口を閉ざして話すことを拒んだ者はいたが、そうではない者は一様に“いじめられていいようなヤツじゃない”“加害者が許せない”“結構助けて貰ったことがある”ということを話した。友達と群れるタイプではないけれど、それでも一種のアイデンティティのようなものを確立させていて、そして皆に凄いと認められていた少年だったというのがよく分かる。同時に、頼れば一生懸命助けてくれようとする、人格者であったということも。
 そして、口を閉ざす人間は――そう、元四年三組の生徒ばかりだった。おかげで、実際の四年三組の生徒からは、殆ど話が聞けない状況である。小倉港の名前を出した途端、顔を暗くして会話を拒絶してくる者が大半だった。中には泣き出してしまった女の子までいる始末である。
 それはまるで。彼の名前が、何かタブーのように扱われているかのような印象で。唯一聞けたことは、ある少女が口にした一言だけだった。



『お願い、聞かないで。……何か言ったなんてこと、バレたらどうなるか……』



――あれ、絶対誰かから口止めされてるぞ?いや、口止めっていうか……脅迫か?

 もしくは、口に出したらいけない、恐ろしいことになるという心理が作り出されているようだった。ただ、その原因が、いじめの加害者だった女王様的少女であるのか、あるいは殆ど口を出してこなかった教師なのか、もしくは学校というシステムそのものにあるのかがわからない。場合によってはそれ以外に原因がある可能性もある。
 さらには驚くことに。これだけ話を聞いたにも関わらず、未だに有純には“いじめの主犯である少女”の名前さえもわからないということだ。なんせ、旧四年三組の生徒がみんなして口を閉ざしているのである。おかげで結局、その主犯格の少女が今どこのクラスに在籍しているのかもわからない状況だ。

――話を聞けたのは、四年三組じゃなかった奴らからばっかりだなあ……。

 一つ気になったことがあるとすれば、その小倉港が読書家であると同時に、小説を書いていたらしいという情報もあるということだろうか。特に三年生以降は、ノートを持ち込んで休み時間はひたすら鉛筆を走らせていたらしい。読書をしている時間よりも、小説を書いている時間の方が長かったのではないか?というほどだったそうだ。

『どんな小説を書いてるのか気になって聞いたことはあったんだけど。全然教えてくれなかったんだよね、恥ずかしがっちゃってさ』

 そう話してくれたのは、三年生で港と同じクラスになったという女の子だ。

『ただ、多分ホラー小説だったんじゃないかなーとは思ってる』
『ホラー小説?』
『うん。一時期、凄く話を聞かれたことがあるのよね。ほら、おまじないとか、怪談話とか、どっちかというと女の子の方が詳しかったり好きだったりするじゃん?こっくりさんとかもそう、学校によってやり方が違ったり、起きる出来事とか噂も違ってたりするし。……オカルト関係に興味持ってたのは間違いないっぽい。なんか、変なお星様みたいなの?なんだっけ……ゴボウセイっていうんだっけ?ああいうのがついたキーホルダーみたいなの、ランドセルからぶら下げてた気がするよ』

 オカルトに興味があったという、彼。ならば、今回残した遺書と地図にも、何かオカルト的な意味があったりするのだろうか?

――さすがに考えすぎかなあ。……ってか、俺の頭じゃこれ以上考察するのは無理っぽい……。

 餅は餅屋、だっただろうか。とにかく得意なことは得意な者に任せた方がいいのは事実である。
 意を決して、有純は携帯を取り出した。小学校に上がってから携帯は制限付きで買って貰ったが、しかしメールをすることは意外と少なかったりする。特に、夏騎と連絡を取りあったことは驚くほど少ない。家が近いし学校も一緒ともなれば、用があるならメールなどしなくても会って直接話をすれば良かったからだ。そもそも、こんなに長い期間、彼と疎遠になったことそのものがないのである。
 最後に連絡をした履歴が、なんと二年前で止まっていた。彼が不登校になった時も、メールでならと思って結局連絡を入れられなかったのである。未送信フォルダには、情けないメールが何通も残ったままになっていた。



『学校休んだって聞いたけど、大丈夫?』

『クラスでなんかあったみたいだけど、平気?』

『うまく言えないけど、元気だせよ☆』

『俺でよかったら相談に乗るから、よかったられんらくして。メールでもいいから』

『ずっと学校に来てないってきいてる。心配してる。家に行ってもいい?』



――馬鹿だろ俺。こんなにメール打っても、送らなきゃ意味ねーし。……しかも、打つだけ打って、未送信フォルダに残したままにしておくとかどれだけ女々しいんだか……。

 夏騎のことが、好きだ。でも、少なくとも――恋愛的な意味で“好き”なのが、自分の方だけであるというのはよく分かっているのである。きっと、夏騎からは幼馴染の、それも同性の友達のようなものとしか思われていないに違いない。彼から、女の子らしい扱いなど受けたことはないし――というか、有純の方がそういうものを避けて通っていたから尚更だ。
 女の子、になってしまったら。距離を置かれるような気がして、それが怖かったのだ。一緒にいられるなら、気安い男同士の友達のような関係でいる方がずっとマシだと思っていた。それだけで十分、他の子達と比べて近い場所を許されているのは間違いないのである。満足するべき、それで納得するべき、そう言い聞かせてきたのに、結局自分でその誓いを守れなくなりそうになっているのだから阿呆だとしか言い様がない。

――で、メール送ってスルーされたら怖いから、結局送る方もできませんでした、と。マジで馬鹿……。

 今も、こうして指が震えるのだ。小倉港のことで相談したいことがある――と。彼の名前を利用しようとしているのも最悪だし、それでいて無視されたらどうしようと怖がっているのである。
 不登校になるほど傷を負っても、そつなくされても――彼は結局、有純を無視したことなどないというのに。

――気合入れろよ俺。ここでふんばれなかったら、男でも女でもねえだろうが!

 たっぷり数分間迷って――有純はようやく、送信ボタンを押すことに成功したのだった。
 このままの状況に耐えられないのは、結局有純も同じであったのだから。
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