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<第二話・七匹の子山羊>
しおりを挟む『おおかみは、かわいいかわいいこやぎたちを、みんなたべてしまいました。
いきのこったのは、からくりどけいのなかにのこっていた、いっぴきのすえのおとうとだけ。
こやぎをたくさんたべたおおかみは、おなかいっぱいになって、かわのそばでひるねをはじめました。
おかあさんやぎは、おとうとからはなしをきいて、こやぎたちをたすけるために、はりといとをよういしました。
そして、ねむっているおおかみのおなかをきって、こうやぎたちをたすけだしました。
さらに、おおかみのおなかにはいしをつめて、はりといとでぬいあわせたのです。
おきたおおかみは、あるきだそうとして、おなかがとってもおもいことにきづきました。
そして、かわにおちて、おぼれてしまったのです。
おなかにいしが、いっぱいつまったおおかみは、そのままかわにながされてしんでしまいました。
「やった、おおかみがしんだぞ!」
「きらわれものの、らんぼうなおおかみが、いなくなったぞ!」
「ばんざーい!これで、みんなあんしんして、くらせるようになるわ!」
こわいおおかみは、もういません。
もりのなかまたちは、みんなひとあんしん。
もりにへいわなせいかつがもどってきたと、みんなでてをとりあって、よろこびあいました。
めでたし、めでたし。』
***
三年四組でいじめがあった。それは、紛れもない事実であるらしい。問題はその内容が、少々複雑で厄介なものであったこと。その解決を、担任教師が殆ど放置してしまったことだったという。尤も、教員がいじめ問題にタッチしなかったのは、“できなかった事情”もあってのことであったようだが。
「経緯はよくわからないけど、そのクラスには女王様みたいな子がいてね。その子が気に入らない女の子を、言いがかりをつけていじめ始めたのが最初だったみたい。彼女には取り巻きがたくさんいて、実質クラスを支配しているような状態だったみたいなんだけど」
「あー……いるわな、そういうヤツ」
有純はうんざりして告げた。幼稚園でも小学校でも、時折そういう子供は現れるものだ。女の子の“女王様”であることもあるし、乱暴者な男の子の“ガキ大将”であったりもする。
実のところ、ガキ大将の方が対応は簡単だ。有純も幼稚園の時、気に食わない男子や女子をすぐ殴るヤツをシメて大人しくさせたことがあった。身体が大きく、それを自慢にして人をいいなりにさせようとするヤツは、本当は友達が欲しくて淋しい人間が大半である。そして、自分の力にしか自信を持てていないことが多い。だからこそ、その拳を砕くとあっさり心も折れるのだ。あとは少し親身になって諭してやれば十分。少なくとも、当時はその後有純の目の前で同じような乱暴を働くことはなかったように思う。そして、ああいう単純なタイプは、力を誇示してやりたい分隠れてコソコソ虐めるという発想にも行きづらい。
だから面倒なのは、女子の方なのだ。小学生までは特に、女子の方が頭の回転が早く機転がきくことが多い。それが良い方向に向けばクラスの良い導き手になることもあるが、悪い方向に働けば――クラスを影で牛耳る、いじめっ子の女王様に早変わりしてしまうのだ。
「ターゲットになった子は、“狼”って呼ばれてたんだって」
夢は苦い顔で告げる。
「ほら、赤ずきんでも、七匹の子山羊でも、狼は嫌われ者の敵役でしょ?狼が退治されて、みんながハッピーエンドになるでしょ?」
そういえばそうだな、と有純は思う。幼心に残酷な話だな、と感じた記憶があった。というのも、狼は肉を食べなければ生きていけない生き物だからだ。生き物に関して、今の有純もきちんと知識があるわけではなないけれど――それでも多分、子山羊達のように草だけ食べて生きていくなんてことは難しいのだろう。肉食動物は、草食動物と身体の仕組みが違うのだから当然と言えば当然だ。
そんな狼が、食べられる肉を求めて獲物を探すのは、意地悪のためでもなんでもない。ただそうしなければ生きていけないから、それだけのことだ。
それなのに、狼は悪者扱いされて、あげく“嫌われ者”だからと当たり前のように殺されてしまう。そして、死んだことを森の仲間たちには“狼が死んだぞ!”と大喜びされるのだ。深く考えれば考えるほど、狼という存在が不憫なものに思えてならなくなってしまう。確かにお話の中の狼のやり方は大抵セコいし、草食動物たちもそれはそれで一生懸命自分の身を守ろうとしたのはわかるけれど。
だからって、死んだ後でさえ貶され、死んだことを喜ばれるなんて――そんなの、狼が可哀想すぎるではないか。
「だから、彼女は気に食わない子を“狼”に見立てたんだって。“嫌われ者の狼”“みんなと同じことができない狼”“普通のことができない狼”“みんなと違う、異質な狼”。……とにかくそういう言いがかりをつけて、一人をみんなで虐めるの。でもって、虐められたのは一人じゃないんだって」
「一人じゃない?」
「標的が、どんどん移っていったの。取り巻きの子と、彼女に味方をした子以外の誰かに。……夏騎君も、一時期そうやって“狼”にされて、それで不登校になっちゃったみたい」
そんな、と有純は唖然とする。確かに様子がおかしいとは思っていたけれど、どうして相談してくれなかったのだろう。確かにクラスは違うし、だから相談されたところで何かができたわけではないかもしれないが。
「それでね。……最終的に、自殺した子が出ちゃった。その子の名前は、“小倉港”君、って言って……」
「……夢、大丈夫?」
段々と顔色が悪くなってくる夢を見て、美桜がその背中をさする。ごめんね、と夢は俯いて、唇を噛み締めた。
「ごめん。私が直接何かを見たわけでもないのに。……友達の、亜季っていうんだけどさ。亜季がね、その話をしながら大泣きしちゃって。すごく明るい子だったのに、去年三組を経験したらほんと、すぐに泣いちゃうようになって……今、病院にも通ってて、学校に来る頻度も減っちゃって。思い出したら、ほんと許せなくて。亜季は、直接“狼”にされたわけじゃなかったのにね」
そんなに酷かったのだろうか。正直、有純には想像がつかない世界だった。いじめというのは、確かにいじめられる人間だけが被害者、いじめた人間だけが加害者ではないという話を聞いたことがある。いじめられている人間を見て見ぬフリをした者も加害者だ、という者もいる。同時に、自分が標的にされるかもしれないことをわかっているのに、誰かを助けろなんていうのはあまりにも酷な話だろう、という意見も。
そう考えると、クラスに “いじめが発生している”という状況そのものが、無関係の生徒たちにも大きなストレスを与えるのは間違いないことなのだろう。特に、女子が主導となるいじめは一見解決したように見えても影で進行し続けることが少なくない。
女王様、の女の子は今どのクラスにいるのだろうか。なんといっても、情報源が子供達の“噂”しかないのだ。大人達は、一切、子供達にそのテの話をしてくれない。いじめを隠蔽したいのか、それとも本気で“いじめなんてなかった”と思っているのかは定かでないが。
「それで。小倉港君の遺書は、警察の人に回収されちゃったみたいなんだけど。……机の中から、一番最初にそれっぽいのを見つけたの、亜季だったんだって。まだ小倉君の自殺が発覚する前で……机の中からはみ出しているのを見て。封筒に入ってるんじゃなくて、ほんとそのままの紙が入っていたから全部見えちゃったらしいんだけど」
「それが、“おかしなもの”だった?」
「うん。最初は遺書だなんてわかんなくて。ただ亜季も、その時にはもう大人の人への信用ゼロになってたから……これ、見つかったら先生に隠されちゃうんじゃないかと思ったみたいで。こっそり持っていって、図書室でコピーしたんだって。今から思うと、ファインプレーだったと思う。なんとなくだけど、大人の人が見てもわかるようなものじゃなかったと思うから」
これ、と。夢は言いながら、自分のランドセルを開き透明なファイルを取り出した。
「有純ちゃんに、相談しようと思って……渡されたこれ、ずっと持ってたの。……いつもみんなを助けてくれる有純ちゃんなら、三組の真実がわかるかもしれないなって。……正直私には、クラス替えして全部解決したとは思えないし……夏騎君や亜季みたいに、おかしくなっちゃったままの子達をこのままにしておけないから」
本当にこれは、自分が見ていいものなのだろうか。少し迷ったが、夢がそう言うならば応えたい気持ちはある。躊躇いがちに、有純はファイルを手にとった。
中には大きな封筒が一つ。封筒を開いて中を見れば、入っているのは二枚の紙だった。一枚目には、こう書かれている。
『だれもぼくを
みつけてくれない
だれかぼくを
みつけてください』
そして、二枚目は。
「……これ、絵?いや、地図、か?」
意外なことに、文字らしき文字は一枚目のその二文のみ。二枚目は色鉛筆で描かれた地図のようなものだった。小学生が描いたにしては綺麗でわかりやすい内容である。地図の中に“理科室”“人体模型”などの文字を見つけて目を見開いた。すぐにわからなかったがこれは、どうやらこの学校の地図らしい。
「本を読むのが大好きで、いつもテストで百点を取るような子だったんだって。だから難しい漢字もたくさん知ってたみたい」
「それなのに、一枚目の方は全部平仮名なんだな……?なんでだ?」
「さあ、そこまでは……」
ざっと地図を見ていった有純は気づいた。どうやらこの地図は、いわゆる“宝の地図”の様相を呈しているらしい。スタート地点として、指定されているのは理科室。そして人体模型。そこから矢印が延びている。その手順を踏むと、最終的に“宝物”に到達するシステムになっているらしい。
ただ、その宝物、のある場所の絵はいまいち何処を示しているのかよくわからない。真っ暗に塗りたくられた空間に、ゲームで見かけるような“宝箱”がキラキラと輝いている絵が描かれている。
「小倉君のその“宝物”がなんなのかわからないけど。私、小倉君はそれを、友達の誰かに見つけて欲しかったんじゃないかってそう思うの」
夢は少し目を潤ませながら言った。
「いじめが、本当に終わったのかもわからない。そもそも、いじめが事実で人が一人死んだのに、どうして先生達が何も言わないのか不思議でたまんないの。このまま何もかもうやむやになっていいとは思えない。それに、夏騎君のことも。毎日本当に、学校に来るだけでも辛そうで。私は夏騎君とそんなに仲良しっていうか、そもそも話したことも全然ないけど。でも、なんとかしたいって気持ちはあるから」
「夢……。その気持ちは素敵だけど、でも」
俺になんとかできるとも思えないよ、という言葉を有純はギリギリで飲み込んだ。かつての自分と夏騎の関係ならば、彼を救い出すのは自分の役目だときっと息巻いたことだろう。でも今は、露骨に避けられてしまっている状態だ。夏騎も、自分の助けを本当に必要としているかもわからない。そしてもし行動するのがおせっかいであったら、かえって彼を傷つけてしまったらどうしよう――そんな気持ちが有純にあるのも事実だ。
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「……でも、俺になんとかできる保証は、ないよ。それでも、いいの?」
ぐるぐると考えて、どうにか絞り出した言葉に。それでも夢は、うん、と頷いて言った。
「いいの。……きっと有純ちゃんが頑張ってくれるだけで、意味のあることもきっとあるから」
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