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<13・言語道断>
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自分は狡いな、とリリーは思う。未だに、全部を知っていてなおケントに隠し事ばかりしているのだから。勿論、それを隠せと言ってきたのは他ならぬグレイスであるのだけれど――隠す、と決めたのはあくまでリリー自身である。
何が正しい選択で、何が正しい判断なのか。正直、今をもってしてなお分からない。
リリーの立場としては本当のところ、ケントが此処で足止めを食ってくれるのは歓迎するべきところであるのだろう。ケントには少し渋るような事を言ったが、今の彼と自分のコンビネーションならば“ブラスト・ワイバーン”にもそこまで手こずるとは思っていない。むしろ、空を飛びつつ強靭な攻撃を繰り返し仕掛けてくる相手に対し、どのように対処するのか、良い訓練になるのは間違いなかった。町に立ち寄り、困り事を解決し、お金を稼ぐたびケントは強くなっている。元々、人助けが嫌いではないのだろう。そして彼のそんな気質が、誰の影響であるかなど言うまでもないことである。
ただし、ケントが此処で足止めを食うということは、実際グレイスたちのパーティに追いつける可能性を下げることに他ならない。グレイスも、以前にも増して慎重に魔王に挑もうとはするだろうが――それでも本人は自分達で魔王を退治できるとは全く思っていない現状である。グレイスはあくまで、ケントが魔王を退治するための踏み台に自分がなる気でいるのだ。それはつまり、他ならぬグレイス達の生存確率を下げるということでもある。
グレイスからすればその結果で十分満足で、最終的にケントが生き残って世界も救われるに越したことはないとは思っているのだろうけれど。リリー達までそんな結果で納得できるかと言えば、全くそんなことはなく。
ケントを足止めすれば、ケントが救われ世界をも救う確率が上がる。そしてグレイスの願いも叶えられる。
足止めしなければ、グレイスの意に沿わない。場合によっては彼の計画が崩れ、世界が救えない可能性が出てくる――ジレンマだった。
――わたし、どうしたらいいのかな。どうするのが、最善なのかな。
出来ることならば、一人でも多くみんなに生きて欲しい。そう、グレイスの命をも救いたいと願うのならば、リリーはすぐにでもケントに全てを打ち明けるべきなのだろう。彼が何故、あのような行動に出たのか。ケントに憎まれることを望んだ本当の理由はなんなのか。きっとケントは信じてくれるし、納得してくれる。何も知らない今でさえ、グレイスのことを憎みきれてはいないようなのだから尚更に。
けれど、それをしたら最後グレイスが緻密に積み上げてきた計算が水の泡となってしまうかもしれない。彼が思う最悪の未来が現実になってしまう可能性があるのだ。即ち――ケントがグレイスをかばって死ぬ、という運命が。リリーのした行動のせいで、そのような結果が導き出されてしまったとしたらそれは。他でもない、グレイスへの裏切りということになってしまう。
そして、もう一度繰り返させることになるかもしれない。あの苦痛を。あの地獄を。それは、グレイスの心の寿命を早めてしまう結果になるだけなのだ。
――なんで、ダメなの。みんなで生きて欲しい。幸せになって欲しい。平和な世界が欲しい。何で、そんな願いも叶わないの。誰かを、当たり前のように犠牲にしないといけないの?
いっそ、勇者などにならなければ。誰も魔王を倒そうとしなければ良かったのだろうか。ああ、でもそうなったら。自分達もまた、未来永劫魔王の脅威に怯え続けなければいけなくなるかもしれないわけで。
その結果、みんながみんな死ぬことになるかもしれないわけで。
――わからない。わかんないよ。どうすればいいの。わたし、どうすればいいの、ねえ。
「リリー?」
「!」
はっとして、リリーは顔を上げた。目の前には、心配そうなケントの顔がある。どうやら森に入ってから、ずっと考え込んでしまっていたようだった。ワイバーンの洞窟は、すぐそこに見えてきている。ぼんやりしたまま、随分と長く歩いてきてしまったようだ。
「ご、ごめん考え事してた。何の話だっけ?」
慌てて取り繕う。自分の態度は、おかしいとは思われなかっただろうか。何かを隠しているようには見えなかっただろうか。優しいケントに、これ以上心配をかけるようなことなどしたくなかった。ただでさえ自分は、ただの善意や好意で彼に味方をしたわけではないという負い目があるのだから。
「……何か、悩み事があるなら言ってよ。僕じゃ、グレイスみたいに頼り甲斐はないかもしれないけど」
「どうしてそこでグレイスが出てくるの、ケント」
「いや、その、だって……」
ケントは口ごもる。グレイスが、女の子達にモテモテであったのは周知の事実だった。というか、あまりに綺麗な顔をしているので、男の子にさえ告白されたことがあったのを自分達は知っているのである。本人は自己評価が恐ろしく低いがゆえに、誰かと恋仲になるなんてことは一切考えられていなかったようだけれど。美しい見目に、魔法の才能があり、勤勉な努力家で人格者。そんな青年に、惹かれない女子は殆どいなかったのである。事実、リリーもその一人だった。きっと、ケントも知っていたことだろう。
もし、今までの自分なら。誰かと比べる必要なんかないんだよ、とか。ケントにもケントのいいところがあるんだよ、みたいな当たり障りなくフォローする言葉を言えば良かっただろう。でも今は、自分は“グレイスが好きだったからこそ、ケントへの仕打ちに裏切られたと怒りを滾らせている少女”を演じなければいけない立場である。ゆえに。
「どんな理由があったとしても、グレイスはケントをパーティから追放して、置き去りにしたんだよ。……そんな人を、頼りになるなんてもう思ってないし、信じてもいないから。ケントが、比べる価値なんかない相手でしょ。どうして気にするの」
言わなければいけないのだ。グレイスのことを憎んでいると。失望したと。
いや、失望した、というのは完全な嘘ではない。ここまできてなお、己のことを軽んじる彼に対して怒りがあるのも事実ではあるのだから。けれどそれは、表に見せている理由とは違う。自分は、罵倒し続けなければいけないのだ――本当は大好きで、大好きでたまらないその相手を。
それを、グレイスが望んでいるとわかっているからこそ。
「色々思ってることとか、弱音とか……ないわけじゃないよ。ただ、相談するかどうか迷ってるだけ。相談するなら、相手はケント以外にいないよ。わたしがどうして、グレイスについていこうとしなかったと思う?ケントと一緒に旅立つことにしたんだと思う?それを、忘れないで欲しいな」
「リリー……」
そんなリリーの本心など、ケントは知る由もないはずだ。それなのに。
「リリーはさ。まだ、グレイスのことが好きなの?」
唐突すぎる質問に、完全に固まることになった。ここまで、グレイスに対する恨み言を連ねてきたのに。まだ好き、であるように見えるのか。見えてしまったのか。自分の演技は、全て見透かされていたとでも?
リリーが表情をなくして、凍りついていると。ケントの方が、ごめん、と言葉を撤回してきた。
「変なこと訊いちゃった。ごめん、忘れて」
「け、ケント、その……」
「いいから。今訊くようなことじゃなかった、ほんと。僕、何言ってんだろうね」
なんとなく、その言葉に滲んだものを感じ取ってしまうリリー。もしかして、ケントは自分に対してそういった感情を抱きつつあるとでもいうのだろうか。
――やめてよ。
リリーは、心の中で悲鳴を上げる。
――わたし、そんなんじゃないよ。そんな、優しい人間じゃない。だって本当は、ケントについてきた一番の理由は……ケントのためじゃないのに。
グオオオオオオオオ!という地響きのような鳴き声が聞こえてきたのはその時だった。はっとして、洞窟の方を見やるリリーとケント。ブラスト・ワイバーンが洞窟の中にいるかどうか確証はなかったのだが、どうやら巣穴の中で休んでいたらしい。無闇に突っ込まなくて正解だったようだ。自分達は、素早く動き回り、敵を翻弄しつつ足止めして魔法をかけ、ピンポイントで弱点を突いて攻撃するのが得意戦術だ。つまり、狭い洞窟のような場所は正直苦手なわけで。開けていて、かつ遮蔽物が多い場所。森の中におびき出して戦った方が遥かに勝率が高いのだ。
「あそこが、ブラスト・ワイバーンの巣穴だってよくわかったね?」
リリーがそう尋ねると、まあね、とケントは頷いた。
「ていうか、さっき言おうとしてた話それなんだよね。リリー、気づいてた?森に入ってから、小型のモンスターも小動物も全然いないってこと。しかも、時々血の匂いがしてたし……テオ・タイガーに至っては、人間の被害者同様腸を食われた状態の死骸が転がってたし」
「え、ほんと!?ご、ごめん気づいてなかった。それってつまり……」
「相当腹をすかせてたんだろうね、ブラスト・ワイバーンは。それで森の巣穴近辺の獲物を食べ尽くしちゃったんだと思う。どうしようもなくて、人の街まで来て獲物を探すようになっちゃったんじゃないかな」
「そんな……」
あれ?とここにきてリリーは気づく。そういえば、女の人の死体が転がるようにはなったが――ブラスト・ワイバーンが犯人にしては奇妙な点があるなと思っていたのだ。なんせ、ブラスト・ワイバーンはサイズが大きい。個体差はあるが、2mから3mもの体躯があるのが一般的だ。そして、毒々しい緑色の体表をしている。鳴き声も大きい。こっそり獲物に忍び寄って狩る、というのはあまり得意ではないのだと百科事典には載っていたはずだ。
というか、そんな大きさのモンスターが襲来したら、その時点で大騒ぎになるはずである。しかし実際は、女の人はいつの間にか消えて、死体になって転がりでるのを繰り返しているのだ。消える瞬間や、ワイバーンが町に降りてきた瞬間を目撃した者が一人もいないのである。一体どういうことだろう。
「……ワイバーンが、自ら狩りを街でやってたら、目撃者がいないのは変だよね?」
思いついた考えを、とりあえず口にしてみるリリー。
「しかも、消えているの女の人だけってのはどうしてなのかな。それに、いなくなって殺された女の人達はみんな若くて美人な人ばっかりだっていうし……」
『これ……これ。四番街に住んでるマドカさんじゃないか……』
『美人で有名だったのに、いくらなんでも酷すぎる。腸がごっそり食われてるってことはやっぱりあれか、“ブラスト・ワイバーン”の仕業か』
『ただ腸を食われるだけでも残酷なんだけどな。医者が言うのには、このへんの傷には全部生活反応があったって言うんだ。つまり、生きたまま腹を引き裂かれて腸を食われるんだってよ。若い女ばっかり、これで何人目だよ……!』
「目撃者もいないのに、野次馬はこの犯行が“ブラスト・ワイバーン”の仕業だって知っている様子だった。いや、決め付けているって言った方が正しいか。それってさ、誰かがブラスト・ワイバーンのせいだって触れ回ったってことだよね?見てもいないのに、おかしくない?」
「僕もそう思う。だから、僕の結論は一つだ」
忌々しい。そういった顔を隠しもせず、ケントは告げた。
「誰かが、女の人達を攫って、ブラスト・ワイバーンに生贄として持っていっていたんだと思う。つまり、あの街に人間の共犯者がいる。……恐らくそうするのが都合が良かったんだ。自分がやった犯罪の痕跡を、消すという意味でも」
何が正しい選択で、何が正しい判断なのか。正直、今をもってしてなお分からない。
リリーの立場としては本当のところ、ケントが此処で足止めを食ってくれるのは歓迎するべきところであるのだろう。ケントには少し渋るような事を言ったが、今の彼と自分のコンビネーションならば“ブラスト・ワイバーン”にもそこまで手こずるとは思っていない。むしろ、空を飛びつつ強靭な攻撃を繰り返し仕掛けてくる相手に対し、どのように対処するのか、良い訓練になるのは間違いなかった。町に立ち寄り、困り事を解決し、お金を稼ぐたびケントは強くなっている。元々、人助けが嫌いではないのだろう。そして彼のそんな気質が、誰の影響であるかなど言うまでもないことである。
ただし、ケントが此処で足止めを食うということは、実際グレイスたちのパーティに追いつける可能性を下げることに他ならない。グレイスも、以前にも増して慎重に魔王に挑もうとはするだろうが――それでも本人は自分達で魔王を退治できるとは全く思っていない現状である。グレイスはあくまで、ケントが魔王を退治するための踏み台に自分がなる気でいるのだ。それはつまり、他ならぬグレイス達の生存確率を下げるということでもある。
グレイスからすればその結果で十分満足で、最終的にケントが生き残って世界も救われるに越したことはないとは思っているのだろうけれど。リリー達までそんな結果で納得できるかと言えば、全くそんなことはなく。
ケントを足止めすれば、ケントが救われ世界をも救う確率が上がる。そしてグレイスの願いも叶えられる。
足止めしなければ、グレイスの意に沿わない。場合によっては彼の計画が崩れ、世界が救えない可能性が出てくる――ジレンマだった。
――わたし、どうしたらいいのかな。どうするのが、最善なのかな。
出来ることならば、一人でも多くみんなに生きて欲しい。そう、グレイスの命をも救いたいと願うのならば、リリーはすぐにでもケントに全てを打ち明けるべきなのだろう。彼が何故、あのような行動に出たのか。ケントに憎まれることを望んだ本当の理由はなんなのか。きっとケントは信じてくれるし、納得してくれる。何も知らない今でさえ、グレイスのことを憎みきれてはいないようなのだから尚更に。
けれど、それをしたら最後グレイスが緻密に積み上げてきた計算が水の泡となってしまうかもしれない。彼が思う最悪の未来が現実になってしまう可能性があるのだ。即ち――ケントがグレイスをかばって死ぬ、という運命が。リリーのした行動のせいで、そのような結果が導き出されてしまったとしたらそれは。他でもない、グレイスへの裏切りということになってしまう。
そして、もう一度繰り返させることになるかもしれない。あの苦痛を。あの地獄を。それは、グレイスの心の寿命を早めてしまう結果になるだけなのだ。
――なんで、ダメなの。みんなで生きて欲しい。幸せになって欲しい。平和な世界が欲しい。何で、そんな願いも叶わないの。誰かを、当たり前のように犠牲にしないといけないの?
いっそ、勇者などにならなければ。誰も魔王を倒そうとしなければ良かったのだろうか。ああ、でもそうなったら。自分達もまた、未来永劫魔王の脅威に怯え続けなければいけなくなるかもしれないわけで。
その結果、みんながみんな死ぬことになるかもしれないわけで。
――わからない。わかんないよ。どうすればいいの。わたし、どうすればいいの、ねえ。
「リリー?」
「!」
はっとして、リリーは顔を上げた。目の前には、心配そうなケントの顔がある。どうやら森に入ってから、ずっと考え込んでしまっていたようだった。ワイバーンの洞窟は、すぐそこに見えてきている。ぼんやりしたまま、随分と長く歩いてきてしまったようだ。
「ご、ごめん考え事してた。何の話だっけ?」
慌てて取り繕う。自分の態度は、おかしいとは思われなかっただろうか。何かを隠しているようには見えなかっただろうか。優しいケントに、これ以上心配をかけるようなことなどしたくなかった。ただでさえ自分は、ただの善意や好意で彼に味方をしたわけではないという負い目があるのだから。
「……何か、悩み事があるなら言ってよ。僕じゃ、グレイスみたいに頼り甲斐はないかもしれないけど」
「どうしてそこでグレイスが出てくるの、ケント」
「いや、その、だって……」
ケントは口ごもる。グレイスが、女の子達にモテモテであったのは周知の事実だった。というか、あまりに綺麗な顔をしているので、男の子にさえ告白されたことがあったのを自分達は知っているのである。本人は自己評価が恐ろしく低いがゆえに、誰かと恋仲になるなんてことは一切考えられていなかったようだけれど。美しい見目に、魔法の才能があり、勤勉な努力家で人格者。そんな青年に、惹かれない女子は殆どいなかったのである。事実、リリーもその一人だった。きっと、ケントも知っていたことだろう。
もし、今までの自分なら。誰かと比べる必要なんかないんだよ、とか。ケントにもケントのいいところがあるんだよ、みたいな当たり障りなくフォローする言葉を言えば良かっただろう。でも今は、自分は“グレイスが好きだったからこそ、ケントへの仕打ちに裏切られたと怒りを滾らせている少女”を演じなければいけない立場である。ゆえに。
「どんな理由があったとしても、グレイスはケントをパーティから追放して、置き去りにしたんだよ。……そんな人を、頼りになるなんてもう思ってないし、信じてもいないから。ケントが、比べる価値なんかない相手でしょ。どうして気にするの」
言わなければいけないのだ。グレイスのことを憎んでいると。失望したと。
いや、失望した、というのは完全な嘘ではない。ここまできてなお、己のことを軽んじる彼に対して怒りがあるのも事実ではあるのだから。けれどそれは、表に見せている理由とは違う。自分は、罵倒し続けなければいけないのだ――本当は大好きで、大好きでたまらないその相手を。
それを、グレイスが望んでいるとわかっているからこそ。
「色々思ってることとか、弱音とか……ないわけじゃないよ。ただ、相談するかどうか迷ってるだけ。相談するなら、相手はケント以外にいないよ。わたしがどうして、グレイスについていこうとしなかったと思う?ケントと一緒に旅立つことにしたんだと思う?それを、忘れないで欲しいな」
「リリー……」
そんなリリーの本心など、ケントは知る由もないはずだ。それなのに。
「リリーはさ。まだ、グレイスのことが好きなの?」
唐突すぎる質問に、完全に固まることになった。ここまで、グレイスに対する恨み言を連ねてきたのに。まだ好き、であるように見えるのか。見えてしまったのか。自分の演技は、全て見透かされていたとでも?
リリーが表情をなくして、凍りついていると。ケントの方が、ごめん、と言葉を撤回してきた。
「変なこと訊いちゃった。ごめん、忘れて」
「け、ケント、その……」
「いいから。今訊くようなことじゃなかった、ほんと。僕、何言ってんだろうね」
なんとなく、その言葉に滲んだものを感じ取ってしまうリリー。もしかして、ケントは自分に対してそういった感情を抱きつつあるとでもいうのだろうか。
――やめてよ。
リリーは、心の中で悲鳴を上げる。
――わたし、そんなんじゃないよ。そんな、優しい人間じゃない。だって本当は、ケントについてきた一番の理由は……ケントのためじゃないのに。
グオオオオオオオオ!という地響きのような鳴き声が聞こえてきたのはその時だった。はっとして、洞窟の方を見やるリリーとケント。ブラスト・ワイバーンが洞窟の中にいるかどうか確証はなかったのだが、どうやら巣穴の中で休んでいたらしい。無闇に突っ込まなくて正解だったようだ。自分達は、素早く動き回り、敵を翻弄しつつ足止めして魔法をかけ、ピンポイントで弱点を突いて攻撃するのが得意戦術だ。つまり、狭い洞窟のような場所は正直苦手なわけで。開けていて、かつ遮蔽物が多い場所。森の中におびき出して戦った方が遥かに勝率が高いのだ。
「あそこが、ブラスト・ワイバーンの巣穴だってよくわかったね?」
リリーがそう尋ねると、まあね、とケントは頷いた。
「ていうか、さっき言おうとしてた話それなんだよね。リリー、気づいてた?森に入ってから、小型のモンスターも小動物も全然いないってこと。しかも、時々血の匂いがしてたし……テオ・タイガーに至っては、人間の被害者同様腸を食われた状態の死骸が転がってたし」
「え、ほんと!?ご、ごめん気づいてなかった。それってつまり……」
「相当腹をすかせてたんだろうね、ブラスト・ワイバーンは。それで森の巣穴近辺の獲物を食べ尽くしちゃったんだと思う。どうしようもなくて、人の街まで来て獲物を探すようになっちゃったんじゃないかな」
「そんな……」
あれ?とここにきてリリーは気づく。そういえば、女の人の死体が転がるようにはなったが――ブラスト・ワイバーンが犯人にしては奇妙な点があるなと思っていたのだ。なんせ、ブラスト・ワイバーンはサイズが大きい。個体差はあるが、2mから3mもの体躯があるのが一般的だ。そして、毒々しい緑色の体表をしている。鳴き声も大きい。こっそり獲物に忍び寄って狩る、というのはあまり得意ではないのだと百科事典には載っていたはずだ。
というか、そんな大きさのモンスターが襲来したら、その時点で大騒ぎになるはずである。しかし実際は、女の人はいつの間にか消えて、死体になって転がりでるのを繰り返しているのだ。消える瞬間や、ワイバーンが町に降りてきた瞬間を目撃した者が一人もいないのである。一体どういうことだろう。
「……ワイバーンが、自ら狩りを街でやってたら、目撃者がいないのは変だよね?」
思いついた考えを、とりあえず口にしてみるリリー。
「しかも、消えているの女の人だけってのはどうしてなのかな。それに、いなくなって殺された女の人達はみんな若くて美人な人ばっかりだっていうし……」
『これ……これ。四番街に住んでるマドカさんじゃないか……』
『美人で有名だったのに、いくらなんでも酷すぎる。腸がごっそり食われてるってことはやっぱりあれか、“ブラスト・ワイバーン”の仕業か』
『ただ腸を食われるだけでも残酷なんだけどな。医者が言うのには、このへんの傷には全部生活反応があったって言うんだ。つまり、生きたまま腹を引き裂かれて腸を食われるんだってよ。若い女ばっかり、これで何人目だよ……!』
「目撃者もいないのに、野次馬はこの犯行が“ブラスト・ワイバーン”の仕業だって知っている様子だった。いや、決め付けているって言った方が正しいか。それってさ、誰かがブラスト・ワイバーンのせいだって触れ回ったってことだよね?見てもいないのに、おかしくない?」
「僕もそう思う。だから、僕の結論は一つだ」
忌々しい。そういった顔を隠しもせず、ケントは告げた。
「誰かが、女の人達を攫って、ブラスト・ワイバーンに生贄として持っていっていたんだと思う。つまり、あの街に人間の共犯者がいる。……恐らくそうするのが都合が良かったんだ。自分がやった犯罪の痕跡を、消すという意味でも」
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