イービル・ゲート~退魔師・涼風夜空~

はじめアキラ

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<17・逆転。>

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 銀色の刃(多分、メスの類なんだろう)が自分の脇腹に吸い込まれるように見えた。刺された――確かにそう思ったはずだ。しかし。

「!?」

 痛みがない。はっとして花火が顔を上げると、景色が大きく変わっていた。足元に、じゃりじゃりと硝子を踏む感触がある。目の前にあったはずの白衣男の姿がなくなっている。そして。

「ぐっ……」
「んん?」

 呻き声。膝をつく音。そして、不思議そうな中年男の声。
 そう、白衣男は廊下の、少し離れた場所に立っていた。しかも、いつの間にかこちらに背を向けた状態で。
 そして男の前には――脇腹を抑えて蹲る、夜空の姿が。

「あれ?あれれ?おかしいなあ」

 白衣男は不思議そうに首をかくかくと傾げている。

「さっき、私が刺したのは女の子の方だったはずなのに、何で男の子の方が怪我をしているのかな?一体君たち、何をしたのかな?まるで、男の子と女の子の位置が一瞬にして交代したように見えるんだけど……」

 きょろきょろと見回すように、うずくまった夜空と離れた場所に移動した花火を交互に見る。交代した――それでようやく、花火は理解が追いついた。刺されたと思った瞬間、花火が痛みを感じるよりも前に、不思議な力によって自分と夜空のポジションが入れ替わったのだと。
 当然、花火の方は何もしていないし、この様子なら白衣男=白魔が何かをしたわけでもない。とすれば。

――あの馬鹿……!

 夜空が、とっさに魔法か何かを使ったとしか思えなかった。既に傷だらけのくせに、散々人を馬鹿にするようなことばっかり言っていたくせに――なんでここにきて人のことを庇うのか!

「んー、まあいいか。君、結構強くて厄介だったし。そこの女の子より、手間がかかりそうだしねえ」

 かくかくと首を揺らしながら、白魔は夜空に向き直る。夜空はしゃがみこんだまま男を睨みつけていた。ひょっとしたら、想像以上にダメージが大きくて立ち上がれないのかもしれない。この距離と角度では、夜空がどれくらいの怪我をしたのかもわからないのがもどかしかった。
 もし立ち上がれないのだとしたら、このままでは夜空がやられてしまいかねない。魔法で反撃する隙を伺っているだけ、かもしれないが。

――裏を返せば、あたしにとってはチャンスでもある。完全に、あたしの方があいつにナメられてる。今背後から攻撃すれば、今度こそ攻撃が通る可能性がある……!

 問題は。さっきその奇襲に、花火が失敗したばかりだったということである。明らかに攻撃前にこちらの動きがバレていた。しかも、直前の自分の記憶が正しいのならモップがへし折られていたはずである。明らかに、あのザコモンスターたちとは一枚も二枚も上手の相手であるのは間違いなかった。そうだ、異世界の邪神のようなものだと言っていたのに、自分は何を勘違いしていたのか。人間がそう簡単に叶う相手であるのなら、学校ぐるみで門を封印しようなんて考えるはずもないというのに――。

――多分、殴りかかるだけじゃさっきまでの二の舞だ。何か、何かないのか!今動かなきゃ、夜空が殺されるんだぞ!?

 微かな呻き声に、はっとして見れば、しゃがみこんだ夜空の足を、ぼたぼたと赤いものが伝っているのが見える。かなりの出血。ひょっとしたら、重要な臓器を傷つけているかもしれない。ただでさえ子供は大人よりも失血死が早いのだ、このまま放置するだけで相当まずいことになるのは明白である。
 とにかく、動くか動かないかだけでも決めなければ。もし夜空が何かを仕掛けるチャンスを伺っているのだとしたら、ヘタに花火が攻撃すると邪魔になってしまう危険性もある。次はもう、攻撃を防ぐ手立てはないだろう。生半可な一撃では意味がない。もっと確実に、相手にダメージを与えられる方法は――。

「!」

 その時、手に慣れない感触が触れた。あ!と小さく声を上げて花火は腰のベルトを見る。思い出したのだ、そこにぶら下げた小さなキーホルダーの存在を。



『どうしても困ったら、神頼みのつもりでそれに気を込められるように頑張ってみろ。まあ、そんな事態になったらお前より先に俺が死んでそうだけどな』



――あの野郎、余計なフラグ建てるからこんなことになるんだっつーの!

 神頼みなんて、ごめんだ。花火はキーホルダーをベルトから外して握りしめた。
 他力本願で祈って、誰かに助けて貰うことを期待して、自分で努力しない人間にはなりたくない。そう思ったから、いつも花火は自分の意思で動いてきた。多少危ないと言われようと高校生相手に殴り込みをかけたこともあったし、美郷のことだって自分が助けると友人達に誓ったのである。
 仲間と協力することがいけないのではない。ただ、協力することと依存することを履き違えてはいけないということ。誰かに助けてもらうこと、守ってもらうことを期待するようなやつが、誰かの役に立つことなんてできるはずもないのだから。

――あたしには、騎士の素質があるってんだろ……!

 ぎゅう、と握る手に力をこめる。

――だったら応えてみやがれ……目の前の、たった一人を助けるために!

 その時。脳裏に、一瞬だけ謎の光景が浮かんだ。
 花畑のような場所で夜空と二人で立っているのである。否、きっとその二人は自分達にそっくりの別人だ。何故なら少なくとも夜空は、今よりもう少し成長した姿をしている上、髪が今よりも長く伸びているのだから。しかも、何やら魔法使いのローブのようなものを着こんでいる。

『大丈夫』

 その少年は、夜空より少し低くなった声で花火に言った。

『お前なら、出来る……カティア』

 カティアとは誰なのか。
 夜空にそっくりな彼は何なのか。
 疑問には思ったが、それは無理やり振り切った。なんとなく思ったからだ、今ならば“できる”と。見えない力が、誰かが自分の背中を押してくれていると感じたからだ。

「開け……蒼穹の扉!」

 気づけば、その呪文は自動的に口から洩れていた。二右手に握ったキーホルダーが銀色の光を放ち、細身の長剣へと変わっていく。

「!」

 白魔が振り返るのと、花火が地面を蹴るのはほぼ同時だった。今の自分では、一撃が限界。その一撃に全てを込めなければ負けると分かっていた。
 負けたら死ぬ――自分も、彼も。
 そんな世界を、状況を、自分はかつてどこかで見ていた。知っていた。遠い遠い、ずっとずっと遠いどこかの場所で。

「銀翼の騎士が告ぐ!打ち下ろせ……“Merciless-Hammer”!!」

 花火が剣を振り下ろすのと、その剣が雷のような光をバチバチと纏わせたのは同時だった。白魔が何かをするよりも前に、稲妻を纏った剣が男を袈裟懸けに切り裂くことになる。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 斬られた男の体から、血液の代わりに闇が噴出した。バチバチと青白く火花を散らせて帯電し、絶叫する男。しまった、トドメは刺しきれなかった――花火は冷や汗をかくが。

「上出来だ、加賀花火!」

 すぐ傍で、大きな力が膨れ上がるのがわかった。いつの間にか夜空が自分の足元に魔法陣を展開させている。

「“Holly-Storm”!」

  昨日体育倉庫前で見かけたものより大きな魔法だと分かった。いくつもの白銀の光の球が、嵐のように次から次へと白魔へ向かっていく。帯電し、身動きできない白魔には成す術もなかった。声にならない声を上げて、その身が真っ黒に焦げ付いて消えていく。

「おのれ、オノレオノレオノレオノレ!マタしても、人間ノ、分際デ……このワタシを、ココマデ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ばしゅん!と焦げ付いた体がはじけ飛ぶように消滅した。まさか逃げられたのか。ぎょっとする花火に、夜空が荒い息で言う。

「これでいい。とりあえず、奴をあちら側に撤退させることに成功した!……急いで、門を塞ぎに行くぞ!!」

 ああ、そういえばそういう話だった、と今更ながらに思い出す。そもそもあの異世界の魔物は、この地球の人間が直接倒すことができるような存在ではないのだと。
 門の場所とやらは、花火にはわからない。とりあえず夜空に肩を貸してやろうとするも、身長差がありすぎて難しいということに気が付いた。仕方ないので、彼をそのままお姫様だっこすることにする。脇腹を怪我している相手を背負うのはさすがにまずいと判断したためだ。

「……屈辱だ。というか、お前力強すぎるだろ……」
「そんなこと言ってる場合か。ていうかお前は軽すぎるからもっとごはん食べろ。……門の場所ってどこにあるんだ?あいつが体制立て直して戻って来る前に封印しないといけないんだよな?今のお前にできるのか?」
「それくらいの余力は残してある、大丈夫だ。……最初にあいつを見つけた、地下室へ行くぞ」

 そういう意味じゃなくて、怪我のことを言ってるんだけど。そうは思ったが、花火は怪我人相手につっこむことはせずに、彼が指し示す方へ歩き出す。傍目から見ても重傷なのは明らかだった。それを差し引いても、夜空の体重は少々軽すぎると言わざるをえなかったが。
 一階の北階段横までくると、地下室へ続くドアは開いたままになっていた。まだ、ありえない地下研究所の空間は残されたままになっているようだ。彼を抱き上げたまま、階段をそろりそろりと降りていく花火。
 地下室は、あちこちガラス瓶は割れているし、生臭い匂いはするしと酷い状態だった。血まみれの手術台の方を見ないようにしながら、言われるがまま奥のドアへと進んでいく。

「この向こうだ」
「わかった」

 ドアを開くと、瞬間、赤い光が視界を焼いた。花火は目を見開く。

「これが……異世界の、門?」

 それは壁で煌々と赤い光を放つ――ドス黒い巨大な円い穴だったのである。

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