イービル・ゲート~退魔師・涼風夜空~

はじめアキラ

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<14・侵入。>

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 これが、とある冒涜的な卓上ゲームなら自分の“言いくるめ”スキルは何パーセントなんだろう、と花火は思った。いや、この場合は“信用”のスキルの高さの方を疑うべきだろうか。

「泣きたい」
「むしろ俺は過去のお前が何をやらかしてそうなったのか知りたい」

 思わずぼやくと、正門前で待っていた夜空は心底呆れた様子でそう言った。
 夜の七時に学校へ行く。これがもう少し上の年齢の生徒ならともかく、小学生なら充分遅い時間である。塾のような特例でもない限り、良い子は許可されない外出時間だろう。が、家庭事情が不明な夜空はともかく、花火は普通に抜け出して此処にいる。親に、まともな止められ方をしなかったがために。

『え、そうなの?』

 結局うまい言い訳が見つからず、母親には美郷と同じく“忘れ物をしたので学校に取りに行きます”を発動することになった花火だが。それを伝えると彼女は訝しそうに告げたのである。

『本当に忘れ物なの?花火ちゃん、宿題はいつもすっぽかしまくって先生に叱られて、それでも全然平気なのに。……それとも、実は誰かと喧嘩しに行くんじゃないでしょうね?やめてよ、また人様に怪我させちゃうじゃないの』

 何故だママン。何故小学生の女の子が夜外出するのに、自分の心配がまったくされないのだ!

「そんなやらかししてねーよ!小学生いじめた近所の高校生のところにちょっと殴り込みかけたことがあるだけだ!」
「充分やらかしてるだろそれ。まさか単騎突撃したんじゃないだろうな?」
「はあ!?あたし一人で充分だよあんな卑怯な連中!負けるはずねーだろ!!みんなボコボコにしてやったぜざまあみろ!!」
「つまり一人で飛び込んでいって相手の連中を病院送りにしたんだな?……そりゃ俺がお前の母親でも同じ心配をするよ」

 え、ちょっと夜空さん?なんでちょっと微妙に距離取るんですか、ねえ?
 花火が地味にショックを受けていると、トドメを刺すように夜空が言った。

「暴力を振るう時は、俺に当たらないように全力で気を付けつつ、他人のフリができるくらいの適切な距離を取ってくれるように頼む」
「お前な!」

 騎士になってくれと頼んでおいてその態度はなんなのか!花火は憤慨したのだった。



 ***



 そんなコメディのようなやり取りをしつつ、二人で校舎内へと侵入する。すると、今日は何故か生徒用の玄関が開いていた。先生達が鍵をかけ忘れたのだろうか、と思えば。

「予め学校側に根回しはしておいた。多少暴れても先生たちが邪魔しにくることはないぞ。それと、場合によっては先生のところに二人揃って勉強教えてもらうために泊めさせてもらった……とか言い訳ができるようになっている」
「は!?え、どゆこと!?」
「退魔師の仕事ってのは、知ってる奴は知ってるんだよ。特に、門が一度でも開いたことのある施設は、上層部の人間がその危機を認識しているケースが殆どなんだ。学校の上層部は、俺が退魔師として送り込まれたことを知ってるし、いざとなったらある程度協力してくれるようになってる。そもそも、俺だって個人で動いてないんだよ。退魔師を束ねる特定の組織から送り込まれてる。俺個人どうのというより、俺の所属する組織と学校側に繋がりがあると思って貰えればいい」
「な、なんか想像しているよりも規模がでかい話になってない?」

 てっきり、誰かさんが個人で異世界の魔物とやらを討伐して回っているとばかり思っていた。まさかそんなスケールの大きな話になっていようとは。
 あんぐりと口を開ける花火に、規模がでかいもなにも、と夜空は靴を履き替えつつ呆れたように言う。

「門を放置したら、日本どころか世界が滅ぶんだ。協力体制を作っておかないとどうしようもないだろ」
「そうだけど、よくそんなファンタジーな話信じたな。異世界の門がどうの、なんて……トイレの花子さん並に眉唾な話だと思うんだけど」
「そうだな、人間は実際に自分が危険な目にあったり、恐ろしいものを目の当たりにしないと危機感を抱かない。だから理由は単純明快だ。……門がかつて開いた時、その恐怖を体験した人間が学校の上層部にいるんだよ」
「あ……」

 なるほど。それならば、退魔師派遣なんてとんでもない話に納得するのも道理だ。むしろ力ない人間からすると大歓迎だろう。

「俺はこの仕事の関係上、学校も既定の日数通えないことが多い。そういう時に単位を誤魔化してもらったり、欠席理由を都合してもらうためにも学校の協力は必要不可欠なんだ。……だから、門のある場所にある施設管理者が、過去に恐怖を体験していない人間だと……話を通すのが難しくてややこしいことになるんだけどな」
「だろうな……」

 彼に倣って、花火も上履きに履き替えながら頷く。

「実は、警察が少し面倒なんだ。警視総監が“経験者”だった頃は話が早くて助かったんだが、少し前に退官してしまっている。それに、警察官で異世界の脅威を体験した人間が、今の警察に殆ど残ってない。というのも、そういう事件が起きた時に真っ先に突っ込んでいって犠牲になり、生きて帰ってくる者が少ないのが警察官だからだ。生きた証人が残りにくいんだよ。……白魔はまだ生贄を自分の空間に閉じ込めておくタイプだから、白魔を追い返せばいなくなった人間を取り返せる可能性があるが、他の魔物の中にはその場でバリバリと喰ってしまうような奴もいるからな」

 どうやら、自分が思っていたよりもずっと事態の規模は大きく、そして複雑らしい。きっと花火が全然知らないところでそういった事件は起きていて、警察や民間人にたくさんの被害が出てきたということだろう。それこそ花火だってたまたまこの学校に通っていなければ、いなくなったのが友達でなければ今回の事件に関わらなかったかもしれないのだから。
 運命は、どこで繋がっているかわからない。それだけに恐ろしくもあるのだけれど。

「……とりあえず、学校側が協力的だから、鍵開いてたってところは理解した。あと、実際に自分の目で見てないとそういう話はなかなか信じて貰えないんだってことも」

 さて、自分達が向かっているのは一階の北端の階段である。“あるはずのない地下への階段”の入口は一階の廊下のどこかとしかわかっていないのだが、夜空がそちらから強い魔力の気配を感じると言ってきたからだ。退魔師でなくても、騎士として訓練をすればこういったものは大体わかるようになってくるらしい。残念ながら今の花火は、そういうものもまったく分からないレベルであったが。

「そもそも、奴は少しでも早くこちら側に自分の体を構築するため、生贄を求めているはず。怪談の内容からしても、こっちが何も考えずともこの時間に廊下をうろついていたら、自然と俺達も吸い寄せられる可能性は高いだろう」



『地下室を見つけてしまった人は、誘い寄せられるように地下の階段を降りてしまう。そして人体実験に使われて化け物になり、二度と人間に戻れなくやるって話だぜ』



 自分で語った怪談の内容を思い出して、ごくり、と花火は唾を飲みこんだ。人体実験を行う、マッドサイエンティストな先生の秘密の研究室――どんな恐ろしい光景を目にすることになるのやら。考えるだけで背筋が冷たくなってきそうだ。

「ただ、昨日対峙した印象だと、奴はまだゲートを復活させてから間もないはずだ。球磨美郷以前に、最近不自然に行方不明になった人間がいないみたいだからな」

 電気を消されてしまっている廊下は非常に暗い。月明かりが青く照らしているので、なんとかスマホのライトを使わなくても歩くことはできるが。

「よくよく考えてみろ。本格的に奴が活動を始めていたら、真っ先に犠牲になるのは生徒じゃなくて先生だろう。今時の教員は八時以降まで学校に残っているのが当たり前。生徒よりその時刻に学校にいる可能性が高い。しかも一階なら、行き帰りに必ず廊下を通る」
「い、言われてみれば確かに」
「まだ自分の方向に生贄を引っ張る力も弱いんだろうな。だからこそ、今のうちに叩いて追い返しておかないといけない」

 そういえば、さっきも追い返す、みたいなことを夜空は言っていたような。

「異世界の魔物、倒すんじゃないのかよ?」

 まるで、この世界から追い出すのが精一杯みたいな物言いだ。昨日はあれだけ、式魔を圧倒してみせた夜空だというのに。

「異世界の魔物は、お前が思っているほど弱くない。根本的な力は、この世界の人間より連中の方がよっぽど上だ」

 夜空は首を横に振った。

「便宜上魔物という言い方はしているが、実際やってくるのは悪魔や邪神に近いものだぞ。クトゥルフ神話TRPGで、人間の探索者がアザトースやイタクァ相手にまともな勝負ができるのか?できないだろう?奴らとある程度戦えるのはあくまで奴らがこの世界に適合するために無理をしているからと、完全に復活するまでに時間がかかるからであって……どうあがいても俺達人間は奴らを追い返すだけで精一杯なんだよ」
「なんとなく理解した。あとお前、実はゲーム大好きだろ。特に卓ゲ」
「悪いか」

 なんか、ちょっとだけ親近感がわいてしまった。そんな場合ではないが、少しだけ緊張がほぐれたのは確かだ。アニメやゲームが大好きなのは、花火も同じだからである。クトゥルフ神話TRPGは自分も友達と何度か遊ぶから余計詳しかったりもするのだ。

「うわ」

 そして、北の階段に辿りついたところで、花火は思わず声を上げるのだった。自分の目から見ても、階段下の倉庫が怪しい光を放っているのが見えるのである。紫色の靄のようなものがまとわりついて、ゆらゆらと揺らめいているではないか。

「こ、ここって本来、物置になってるはずなんだけど……」

 この場所は、明るい時間帯に花火も何度か来たことがあるから知っている。かくれんぼで、この倉庫に隠れた事が何度かあるのだ。天井が三角形の形になっていて狭い上、使われていない棚や椅子が仕舞われていてかなり隠れづらかったのを覚えている。それと、滅茶苦茶埃っぽかったのも。

「この時間帯だけ、別のところに繋がるということなんだろうな」

 夜空は何の躊躇もなく、すたすたと倉庫のドアに近づくと、がちゃりとノブを回してしまった。そして、見ろ、と花火に声をかけてくるのである。

「階段だ」

 そこに、かくれんぼの時に花火が見た光景はなかった。オレンジ色の電灯に照らされた、地下へと続くコンクリートの階段が――ぽっかりと口を開けていたのである。

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