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<12・物語。>
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消去法により、可能性があるとされた怪談は残る五つ。
永遠に続く廊下。
男子トイレから走り去る少年。
下駄箱で掴まれる腕。
あるはずのない地下への階段。
窓際の赤いメッセージ。
このうちの永遠に続く廊下、は例の学校の雑談掲示板で、匿名の生徒が花火に教えてくれたものだった。
「廊下を走っちゃいけないってよくガキ連中が叱られてるだろ?人にぶつかったりしたら危ないからなんだけどさ。……昔、先生にいくら叱られても懲りずに走り回っていた男子生徒がいたらしいんだよな」
少年は、いわゆる悪ガキというやつだった。先生に言われれば言われるほど逆らいたくなるようなタイプ。毎日のようにイタズラ仲間としょうもないイタズラを考えては実行し、先生を困らせていたという。消火器の薬剤を廊下に撒き散らしたり、面白半分に硝子を割るくらいなことは日常茶飯事であったようだ。当然、廊下を走るな!なんてテンプレートも守るはずがなかったのである。
ゆえに、必然とも言える事故が起きた。
いつものように掃除の時間に廊下を走っていた彼は、廊下に掃除のためのクレンザーが撒かれていることに気づかなかったのである。そして足を滑らせ、窓に勢いよく激突。硝子を突き破って階下に転落するという惨事に見舞われたのだった。
落ちた高さは二階で、それだけならば当たりどころが悪くない限り死ぬことはなかっただろう。問題は、割れた硝子で思い切り頚動脈を切っていたこと。彼は出血多量で、帰らぬ人となってしまった。
「で、それ以来掃除の時間に廊下で走ると、彼の幽霊に取り憑かれてしまうんだってさー。永遠に終わらない廊下に閉じ込められて、永遠に走らされ続けるんだと。場所は学校の廊下全般だろうな、正確に何処って明言されてないから」
「なるほど」
多分、これは先生たちの誰かが作って流した話ではないかと花火は思っている。掃除の時間にふざけて走り回る生徒たちを牽制するために怪談を作ったのではないか、と。
「興味深い話ではあるな。デカ女、次は?」
「だからあたしは加賀花火!デカ女って呼ぶなつってんだろうが!」
夜空の頭をノートで軽くぺしりと叩いて(これでもかなり温情をかけたつもりだ)、むすっとしつつ花火は話を続ける。ていうか、メモをちっとも取っていないようだがちゃんと覚えられるのだろうか、こいつは。
「次!えっと、“男子トイレから走り去る少年”だったな」
小学生男子ってみんな走りたい願望でもあるんだろうか。この話を聞いたとき、先の廊下の件もあいまってそう思ってしまった花火だった。
「今のうちの学校の校舎って、平成になってから建て替えられたものなんだよな。昔は学校の校庭がもう少し広くて、木造の校舎が二つ建ってたんだと。生徒数が今の倍くらいいた時代があったからなんだけど」
少子化と、近隣にもう一つ小学校が出来て学区が分かれたこともあり、校舎は二つもいらなくなったらしい。それで、木造の校舎のうち片方は早々に使われなくなり、平成初期くらいまでは木造校舎のままで片方の建物だけ使い続けていたという。さすがにそっちも耐震強度問題もあって、平成の半ばには建て替えられることになったわけだが――使われなくなった方の校舎はそれよりも前に取り壊され、更地になって、一時期はそのあたりをグラウンドとして活用していたというのである。
少しややこしいが。その一度グラウンドになった場所に、新校舎が建築されて今に至るというわけだ。旧校舎で授業をしつつ、並行して新しい新校舎を建築していったというわけなのだろう。
「短い時期だけど、今あたし達が使っているこの校舎のあったところが、運動場だった時期があってさ。その運動場で、かけっこの練習をしているうちに死んじゃった男の子がいたんだと」
彼はクラスで一番足が早くなりたかった。放課後も、ずっと居残ってグラウンドで走る練習をしていたほどに。しかし一番になれる前に死んでしまったことで、ずっと未練が残ってしまったのだという。
今でも彼は、かけっこの練習を続けている。その姿を、特にスタートラインがあったあたりに位置する男子トイレで見かけることができるという。
「放課後に一階の男子トイレに一人でいると、かけっこの練習をしている少年を目撃することがあるらしい。洗面所の入り口から、クラウチングスタートで勢いよく窓の方まで走っていって、すーっと消えていくんだと。そいつを見た人は足が速くなってかけっこで一番になれる代わりに早死するようになるって言われてるって」
「放課後の一階男子トイレ、で間違いないな?」
「う、うん?」
場所と時間をやけに気にするな、と首を傾げつつ。花火はページをめくった。
「で、次はえーっと……“下駄箱で掴まれる腕”か。これ気持ち悪くて嫌なんだよな……胸糞悪いし」
胸糞悪い。花火がそういう感想を抱くのは、この話がいじめに絡む内容だからである。
「昔、とある四年生のクラスで凄惨な虐めが起きていた。今みたいに、小学生もスマホ持ってるような時代じゃないから、SNS虐めとかはないんだけど……結構そのやり口が陰惨だったみたいでさ。一人の女の子に、影でこっそり嫌がらせをする女子グループがあったんだと」
そのやり方は、ひたすら少女の下駄箱に嫌がらせの手紙を送り続けるというものだった。ブスだの馬鹿だの、なんていうレベルの暴言ではない。着替える時に見える、彼女の恥ずかしい場所にある痣や傷跡を嘲笑うもの。彼女のちょっとした言動を挙げ連ねて人格否定をするようなもの。とにかく劣悪なものばかりであったのである。
しかも、どうやったのか隠し撮り写真まで同封されていることがある始末。トイレでパンツをおろして、恥ずかしいところが丸見えの写真を送りつけられたこともあったという。同じクラスの女子が犯人であることはわかるけれど、それが誰かまではまったく見当がつかない。彼女は見えない敵に追い詰められてどんどんやつれて行ったそうだ。学校も、休みがちになった。それを見て、少女を嫌っていたいじめグループの女子達は愉快だと笑い合っていたという。
そして、その主犯がある日。いつものように少女の下駄箱に、悪意が詰まった手紙を放り込んだ時だった。突然、下駄箱から声が聞こえてきたという。
『そうか、オマエだったのか』
『えっ!?』
何故、下駄箱から声が。そう思った瞬間、人が入れるはずもない箱の中から白い腕が伸びてきて、いじめ主犯の少女の首を掴んだのだそうだ。
そして、その日を境にいじめグループの少女達も、被害者の少女もみんな行方不明になってしまった。被害者の少女が恨みを晴らすため、呪われた儀式を用いて命と引き換えに被害者たちを地獄に落としたのではと言われている。
「で、手紙が入れられた放課後……特に逢魔時の時間。呪われた下駄箱の前に女子が行くと、中から腕が伸びてきて首を締められるって話。ものすごく作り話っぽいんだよなこれ」
「下駄箱から腕が伸びて、のシーンの目撃者が生きていないのに語り継がれているあたりがな」
「そうそう」
これも先生たちが作ったのかもしれない。いじめをするとしっぺ返しを食うぞ、的な意味で。
「えっと四つ目は……“あるはずのない地下への階段”だな。これもかなり胡散臭いっていうか、現実味ないんだよなぁ」
えっと、とページをめくりつつ花火は語る。
「まだこの校舎が旧校舎だった頃。この学校には、いわゆるマッドサイエンティスト的な理科の先生がいたんだってさ。その先生は学校の地下にこっそりと秘密の地下室を増設して、私的利用していたらしい」
彼は天才だったが、そのサイコパス的な考えが受け入れられず、大学の研究室を追放された経歴を持っていた。それを恨みに思い、復讐する隙を虎視眈々と狙っていたというのである。
即ち、自分を追放した連中よりもっともっと凄い実験をし、研究成果を論文で発表することにより、華やかな世界に返り咲こうとしていたのだそうだ。教師の職は、そのための隠れ蓑にすぎなかったというわけである。
彼が研究していたのは、ホムンクルス。自分だけの、最強の怪物を作ろうとしていたらしい――それも非人道的な実験によって。最初は野良猫や虫を使った実験であったのが、次第にエスカレートしていき、ついには人間をも人体実験の材料とするようになってしまったという。
「その先生は隠された地下室に迷い込んでしまった生徒を、口封じも兼ねて次々と実験材料にしていったんだって。……最終的には実験の失敗で本人も死んじゃって、残酷な実験の痕跡が生々と残る地下室は完全に封印されたんだけども……」
コンクリートで塗り固められたはずの地下室の入り口が出現することがある、らしい。逢魔時も過ぎた七時以降、一階の廊下のどこかにその通路が開くことがあるという。それは、研究を完成させられなかったマッドサイエンティストの怨念によるものだとか。
「地下室を見つけてしまった人は、誘い寄せられるように地下の階段を降りてしまう。そして人体実験に使われて化け物になり、二度と人間に戻れなくやるって話だぜ」
「……場所は一階の廊下のどこか、時間は夜の七時以降…でいいんだな?」
「ああ」
これで、怪談もラスト一つだ。なんだか、ラストにいくにつれ怪談の内容が過激なものになってる気がするのは気の所為だろうか。
「最後な。“窓際の赤いメッセージ”。これもなんというかエグい話なんだけど……」
この新校舎が建ったばかりの頃。とある六年生の少年少女が恋をした。しかし少女はお金持ちの家系で、将来の婚約者が決まってしまっている。一般家庭の少年との恋は許されないものだった。当時二人は携帯も持っておらず、手紙のやり取りも見つかることを恐れてろくにできない始末。
ゆえに、二人は彼らだけの秘密のメッセージのやりとりをしていたのだった。
それが、四階の廊下の突き当りの窓の前。当時四階の奥は空き教室であり、四階そのものの使用頻度が少なかった。わざわざ訪れる生徒もあまりいない。その窓の夜にある掃除用具入れもからっぽで、道具を隠しておくには最適だったのである。
掃除用具入れの中に小さなホワイトボードを入れておき、そこにメッセージを書くことによって交換日記のようにお互いの気持ちを伝え合う。相手のメッセージを見たら即座に消せるホワイトボードは、証拠を残さない最適な伝達方法だったという。メッセージを書いたら、窓の下に裏返してこっそりと立てかけておく。それが合図だったようだ。
「でも、ある日そのホワイトボードが……少女の妹に見つかって、親に告げ口されて。二人の関係がバレちゃった。少年の家に少女の親が怒鳴り込んできて、むりやり別れさせられたんだってさ。小学生だしメッセージのやりとりしてただけ、キスどころか手も繋いでなかったし、デートもしてなかったってのに酷いよな」
少年はショックで自殺、そして。
「恋人を失った少女は両親を憎み……両親を殺して自害した。以来、窓際には処分されたはずのホワイトボードか立てかけてあることがあるんだって。それには、彼女の恨みがこもった真っ赤な文字がいっぱいに書かれてて、見た人が呪われるんだとさ」
「四階の突き当りの窓だったな。北と南、どっちだ?それとホワイトボードが出現する時間は?」
「北の奥の窓らしいぞ。時間は……あー、やり取りしてたのが早朝だったから、早朝に出現することが多いって、莉紗が言ってたような」
この怪談は莉紗経由で見つけてきたものだった。思い出しつつ語ると、そうか、と頷く夜空。そして彼はあっさりと言い放ったのである。
「放課後、俺と一緒に来い。生徒が少なくなってきたタイミングで、白魔を倒しに行く。……今の怪談の中で、行くべき場所は恐らく一箇所だけだからな」
永遠に続く廊下。
男子トイレから走り去る少年。
下駄箱で掴まれる腕。
あるはずのない地下への階段。
窓際の赤いメッセージ。
このうちの永遠に続く廊下、は例の学校の雑談掲示板で、匿名の生徒が花火に教えてくれたものだった。
「廊下を走っちゃいけないってよくガキ連中が叱られてるだろ?人にぶつかったりしたら危ないからなんだけどさ。……昔、先生にいくら叱られても懲りずに走り回っていた男子生徒がいたらしいんだよな」
少年は、いわゆる悪ガキというやつだった。先生に言われれば言われるほど逆らいたくなるようなタイプ。毎日のようにイタズラ仲間としょうもないイタズラを考えては実行し、先生を困らせていたという。消火器の薬剤を廊下に撒き散らしたり、面白半分に硝子を割るくらいなことは日常茶飯事であったようだ。当然、廊下を走るな!なんてテンプレートも守るはずがなかったのである。
ゆえに、必然とも言える事故が起きた。
いつものように掃除の時間に廊下を走っていた彼は、廊下に掃除のためのクレンザーが撒かれていることに気づかなかったのである。そして足を滑らせ、窓に勢いよく激突。硝子を突き破って階下に転落するという惨事に見舞われたのだった。
落ちた高さは二階で、それだけならば当たりどころが悪くない限り死ぬことはなかっただろう。問題は、割れた硝子で思い切り頚動脈を切っていたこと。彼は出血多量で、帰らぬ人となってしまった。
「で、それ以来掃除の時間に廊下で走ると、彼の幽霊に取り憑かれてしまうんだってさー。永遠に終わらない廊下に閉じ込められて、永遠に走らされ続けるんだと。場所は学校の廊下全般だろうな、正確に何処って明言されてないから」
「なるほど」
多分、これは先生たちの誰かが作って流した話ではないかと花火は思っている。掃除の時間にふざけて走り回る生徒たちを牽制するために怪談を作ったのではないか、と。
「興味深い話ではあるな。デカ女、次は?」
「だからあたしは加賀花火!デカ女って呼ぶなつってんだろうが!」
夜空の頭をノートで軽くぺしりと叩いて(これでもかなり温情をかけたつもりだ)、むすっとしつつ花火は話を続ける。ていうか、メモをちっとも取っていないようだがちゃんと覚えられるのだろうか、こいつは。
「次!えっと、“男子トイレから走り去る少年”だったな」
小学生男子ってみんな走りたい願望でもあるんだろうか。この話を聞いたとき、先の廊下の件もあいまってそう思ってしまった花火だった。
「今のうちの学校の校舎って、平成になってから建て替えられたものなんだよな。昔は学校の校庭がもう少し広くて、木造の校舎が二つ建ってたんだと。生徒数が今の倍くらいいた時代があったからなんだけど」
少子化と、近隣にもう一つ小学校が出来て学区が分かれたこともあり、校舎は二つもいらなくなったらしい。それで、木造の校舎のうち片方は早々に使われなくなり、平成初期くらいまでは木造校舎のままで片方の建物だけ使い続けていたという。さすがにそっちも耐震強度問題もあって、平成の半ばには建て替えられることになったわけだが――使われなくなった方の校舎はそれよりも前に取り壊され、更地になって、一時期はそのあたりをグラウンドとして活用していたというのである。
少しややこしいが。その一度グラウンドになった場所に、新校舎が建築されて今に至るというわけだ。旧校舎で授業をしつつ、並行して新しい新校舎を建築していったというわけなのだろう。
「短い時期だけど、今あたし達が使っているこの校舎のあったところが、運動場だった時期があってさ。その運動場で、かけっこの練習をしているうちに死んじゃった男の子がいたんだと」
彼はクラスで一番足が早くなりたかった。放課後も、ずっと居残ってグラウンドで走る練習をしていたほどに。しかし一番になれる前に死んでしまったことで、ずっと未練が残ってしまったのだという。
今でも彼は、かけっこの練習を続けている。その姿を、特にスタートラインがあったあたりに位置する男子トイレで見かけることができるという。
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「放課後の一階男子トイレ、で間違いないな?」
「う、うん?」
場所と時間をやけに気にするな、と首を傾げつつ。花火はページをめくった。
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胸糞悪い。花火がそういう感想を抱くのは、この話がいじめに絡む内容だからである。
「昔、とある四年生のクラスで凄惨な虐めが起きていた。今みたいに、小学生もスマホ持ってるような時代じゃないから、SNS虐めとかはないんだけど……結構そのやり口が陰惨だったみたいでさ。一人の女の子に、影でこっそり嫌がらせをする女子グループがあったんだと」
そのやり方は、ひたすら少女の下駄箱に嫌がらせの手紙を送り続けるというものだった。ブスだの馬鹿だの、なんていうレベルの暴言ではない。着替える時に見える、彼女の恥ずかしい場所にある痣や傷跡を嘲笑うもの。彼女のちょっとした言動を挙げ連ねて人格否定をするようなもの。とにかく劣悪なものばかりであったのである。
しかも、どうやったのか隠し撮り写真まで同封されていることがある始末。トイレでパンツをおろして、恥ずかしいところが丸見えの写真を送りつけられたこともあったという。同じクラスの女子が犯人であることはわかるけれど、それが誰かまではまったく見当がつかない。彼女は見えない敵に追い詰められてどんどんやつれて行ったそうだ。学校も、休みがちになった。それを見て、少女を嫌っていたいじめグループの女子達は愉快だと笑い合っていたという。
そして、その主犯がある日。いつものように少女の下駄箱に、悪意が詰まった手紙を放り込んだ時だった。突然、下駄箱から声が聞こえてきたという。
『そうか、オマエだったのか』
『えっ!?』
何故、下駄箱から声が。そう思った瞬間、人が入れるはずもない箱の中から白い腕が伸びてきて、いじめ主犯の少女の首を掴んだのだそうだ。
そして、その日を境にいじめグループの少女達も、被害者の少女もみんな行方不明になってしまった。被害者の少女が恨みを晴らすため、呪われた儀式を用いて命と引き換えに被害者たちを地獄に落としたのではと言われている。
「で、手紙が入れられた放課後……特に逢魔時の時間。呪われた下駄箱の前に女子が行くと、中から腕が伸びてきて首を締められるって話。ものすごく作り話っぽいんだよなこれ」
「下駄箱から腕が伸びて、のシーンの目撃者が生きていないのに語り継がれているあたりがな」
「そうそう」
これも先生たちが作ったのかもしれない。いじめをするとしっぺ返しを食うぞ、的な意味で。
「えっと四つ目は……“あるはずのない地下への階段”だな。これもかなり胡散臭いっていうか、現実味ないんだよなぁ」
えっと、とページをめくりつつ花火は語る。
「まだこの校舎が旧校舎だった頃。この学校には、いわゆるマッドサイエンティスト的な理科の先生がいたんだってさ。その先生は学校の地下にこっそりと秘密の地下室を増設して、私的利用していたらしい」
彼は天才だったが、そのサイコパス的な考えが受け入れられず、大学の研究室を追放された経歴を持っていた。それを恨みに思い、復讐する隙を虎視眈々と狙っていたというのである。
即ち、自分を追放した連中よりもっともっと凄い実験をし、研究成果を論文で発表することにより、華やかな世界に返り咲こうとしていたのだそうだ。教師の職は、そのための隠れ蓑にすぎなかったというわけである。
彼が研究していたのは、ホムンクルス。自分だけの、最強の怪物を作ろうとしていたらしい――それも非人道的な実験によって。最初は野良猫や虫を使った実験であったのが、次第にエスカレートしていき、ついには人間をも人体実験の材料とするようになってしまったという。
「その先生は隠された地下室に迷い込んでしまった生徒を、口封じも兼ねて次々と実験材料にしていったんだって。……最終的には実験の失敗で本人も死んじゃって、残酷な実験の痕跡が生々と残る地下室は完全に封印されたんだけども……」
コンクリートで塗り固められたはずの地下室の入り口が出現することがある、らしい。逢魔時も過ぎた七時以降、一階の廊下のどこかにその通路が開くことがあるという。それは、研究を完成させられなかったマッドサイエンティストの怨念によるものだとか。
「地下室を見つけてしまった人は、誘い寄せられるように地下の階段を降りてしまう。そして人体実験に使われて化け物になり、二度と人間に戻れなくやるって話だぜ」
「……場所は一階の廊下のどこか、時間は夜の七時以降…でいいんだな?」
「ああ」
これで、怪談もラスト一つだ。なんだか、ラストにいくにつれ怪談の内容が過激なものになってる気がするのは気の所為だろうか。
「最後な。“窓際の赤いメッセージ”。これもなんというかエグい話なんだけど……」
この新校舎が建ったばかりの頃。とある六年生の少年少女が恋をした。しかし少女はお金持ちの家系で、将来の婚約者が決まってしまっている。一般家庭の少年との恋は許されないものだった。当時二人は携帯も持っておらず、手紙のやり取りも見つかることを恐れてろくにできない始末。
ゆえに、二人は彼らだけの秘密のメッセージのやりとりをしていたのだった。
それが、四階の廊下の突き当りの窓の前。当時四階の奥は空き教室であり、四階そのものの使用頻度が少なかった。わざわざ訪れる生徒もあまりいない。その窓の夜にある掃除用具入れもからっぽで、道具を隠しておくには最適だったのである。
掃除用具入れの中に小さなホワイトボードを入れておき、そこにメッセージを書くことによって交換日記のようにお互いの気持ちを伝え合う。相手のメッセージを見たら即座に消せるホワイトボードは、証拠を残さない最適な伝達方法だったという。メッセージを書いたら、窓の下に裏返してこっそりと立てかけておく。それが合図だったようだ。
「でも、ある日そのホワイトボードが……少女の妹に見つかって、親に告げ口されて。二人の関係がバレちゃった。少年の家に少女の親が怒鳴り込んできて、むりやり別れさせられたんだってさ。小学生だしメッセージのやりとりしてただけ、キスどころか手も繋いでなかったし、デートもしてなかったってのに酷いよな」
少年はショックで自殺、そして。
「恋人を失った少女は両親を憎み……両親を殺して自害した。以来、窓際には処分されたはずのホワイトボードか立てかけてあることがあるんだって。それには、彼女の恨みがこもった真っ赤な文字がいっぱいに書かれてて、見た人が呪われるんだとさ」
「四階の突き当りの窓だったな。北と南、どっちだ?それとホワイトボードが出現する時間は?」
「北の奥の窓らしいぞ。時間は……あー、やり取りしてたのが早朝だったから、早朝に出現することが多いって、莉紗が言ってたような」
この怪談は莉紗経由で見つけてきたものだった。思い出しつつ語ると、そうか、と頷く夜空。そして彼はあっさりと言い放ったのである。
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