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<10・雑多。>
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何でそうなるねん!という漫才のツッコミになった気分だった。うがー!と教室で頭を抱える花火に、莉紗と麻巳子は苦笑いしている。
「あーうん。あたしも同じ気持ち……」
ぽりぽりと頬を掻く麻巳子。
「多分、花火ちゃんと同じ掲示板見たわ。裏掲示板って呼ぶほど荒れてないけど……この小学校に通ってるみんなの裏交流SNSみたいなサイト?結構いろんな子が書きこんでるって聞いて、七不思議系の話題がないか浚ってみたんだけどねえ。ほら、あたしが話聞いた成果もお察しだったしさー」
「七不思議が七不思議どころじゃなかっていうアレ?」
「うん。この学校、一体いくつ怪談があったんだか。多少はそれっぽいのいくつか聞いたことがあるなとは思ってたんだけどー」
昨日のうちに、莉紗と麻巳子は友人達に聞き込みをしたり、ネットで調べたりして七不思議を調査してくれていたらしい。
その上で、花火が掲示板で見つけた情報を合わせると――七不思議らしき怪談は現時点で三十個にも昇ってしまっていた。しかも、一部は怪談スポットが被っているという状態である。
体育倉庫裏の少女。
あるはずがないベンチ。
赤く染まるプール。
永遠に続く廊下。
男子トイレから走り去る少年。
プールサイドの足跡。
下駄箱で掴まれる腕。
職員室で鳴る死神電話。
裏門前の呪いの木。
浮かび上がる旧校舎の幻。
音楽室にある演奏してはいけない楽譜。
鳴り響く死のホルン。
夜中に歩く人体模型。
あるはずのない地下への階段。
保健室の解剖手術。
理科準備室で響く嗤い声。
呪われた三年四組。
屋上で招くカナコさん。
理科室の魔法陣。
家庭科室の毒入り料理。
地獄へ行くエレベーター。
あるはずのない四年十組。
見てはいけない黒いチューリップ。
花壇に埋められた足。
校庭を走り回る黒い人影。
終わらない運動会の怪。
用務員室のゲンジさん。
理科室の人殺し儀式。
飼育小屋の血まみれモルモット。
窓際の赤いメッセージ――。
「多すぎ、多すぎ!みんな怪談がどんだけ好きなんだっつーの!」
「多分、私達が知らないだけでまだあると思う」
莉紗はもう笑うしかないといった様子だ。
「みんな、怖い話が好きだったんだね。……多分、元々あったのは一部の怪談だったんだけど、そのあとみんなが面白がって足してったんじゃないかなあ。それで、どんどん増えちゃった、と。ほら、今はSNSもあるから噂って広まるの早いし?そういうの作って話広めて面白がる人もいそう」
「ようは、これらの大半が偽物ってわけか……はあ」
「これじゃ、美郷ちゃんが言ってた七不思議っていうのがどれかなんてわからないよねえ」
「まったくだ」
つーか。理科室だけで何個あるんだと言いたい。大人気か。そうなのか。
――これもし全部本当だったら、学校中がなんかの怪談スポットってことになっちゃうじゃん。お化け屋敷かよ。
七不思議というのは、七個だからこそ意味がある。知ってはならない七つ目を知ったら呪われる、というアレ。これではどれが七つ目なのか、そんなものがあるのかさえわからない。恐怖感が薄れてしまって逆に意味がないではないか。
「……その美郷だよ。昨日も帰ってこなかったのに、結局まだ捜索願出さなかったってマジか?」
「うん……」
花火の質問に、麻巳子が苦い顔になって言う。
「あたしも、心配だからさ。昨日それとなく電話で、美郷ちゃんのお母さんに訊いてみたんだよね。でも、大事にしたくないし、きっとそのうち帰ってくるからって。……心配は心配だけど、大したことないって信じたい気持ちが勝ってるかんじ。お母さん自身は、いろんな人のところに電話したり自分で探してみたりいろいろしてるみたいだから、心配してるのは間違いないと思うんだけどさ」
そういうものなのか。花火はわかるようでわからない。確かに、重病患者ほど救急車を呼びたがらないという心理はあると聞いている。救急車を呼ぶと、何かあったとご近所に宣伝するようなもので、あらぬ心配をかけてしまうからだという。
言いたいことはわかる。わかるにはわかるが、それで大変なことになってからでは遅いのではないか。美郷に関してもそうだ。小学生の女の子で、夜遊びするようなタイプでないことは母親が一番よくわかっているはずだというのに。
――まあ、もし本当に異世界の怪物とやらの仕業だったなら、警察に協力してもらったところで見つけられないんだろうけどさ……。
『球磨美郷の親は、警察に届けを出すのを渋っているようだが……仮に警察の助力があっても、彼女を見つけることはできないだろう。警察の中に退魔師がいれば話は別だろうが』
『お前は友達に約束したんだろう、自分の手で球磨を助けると。……それならよく考えた方がいい。俺の助力なしで、一人であいつらを倒せると思ってるのか?まあ、お前が約束を反故にして、シッポ巻いて逃げるというなら止めないが』
昨日のことは、忘れたくても忘れられない。今でも瞼の裏には、顔のないおぞましい少女の顔と、襲い来る白い人形達の姿が焼き付いている。それから、そんな自分を魔法のような力で助けてくれた涼風夜空のことも。
その夜空は、まだ学校に来ていないようだった。今日は自分も莉紗も麻巳子も、相談をかねてかなり早い時間に来ているから当然と言えば当然なのだが。
――瞼の裏に焼き付いてるってのに……未だに、信じられない。あんなことが、本当に現実にあっただなんて……。
うっかり寝ぼけて白昼夢でも見ていた、という方が遥かにマシである。自分で見たことのはずなのに、現実味がなさすぎて未だに信じられないだなんて。
『とりあえず、俺はこの学校に転校してきたばかりで、調査が足らない』
自分は何をすればいいか。そう尋ねた花火に、夜空は言った。
『だから、まず七不思議に何があるかを調査しなければならない。それはお前がやれ。その七不思議の中から、球磨美郷が昨夜立ち寄ったと思われるスポットを絞り込むことにする』
『そんなことできるのかよ?』
『できる。根拠は明日話す』
夜空いわく。彼は、美郷がいなくなった夜の段階で異変を感じ取っていたらしい。学校で、大きな力が動いたことに気づいていたという。だから急いで学校に駆け付けたものの、自分が到着した時には力の気配が消えてしまっていて後を追うことができなかったのだそうだ。
美郷が学校の何処で消えたのかはわからないが、白魔の本体が動いたのは間違いない、と夜空は断言した。
『式魔が誰かを襲ったのとでは気配が違う。お前も、ある程度経験値を積めばわかるようになるだろう。球磨美郷が遭遇したのが本体、ということは……本体が潜んでいる七不思議の場所に彼女は向かったはずだ。それを探し当てなければ、本体を叩くことも、彼女を助けることもできない。わかるな、デカ女?』
理屈はわかった。わかったが、肝心要の七不思議が大量発生状態では絞り込むことなどできそうにない。本人は絞り込める根拠があるみたいな言い方をしたが、それならそうと昨日の段階で教えてくれればいいものを。
――というか!いちいちデカ女って呼ぶんじゃねえーつーの!せめて苗字で呼び捨てにされた方がマシだっつーに!!
ああ、なんだろう。そんな場合じゃないのに、思い出したらまた腹が立ってきてしまった。
「……花火ちゃん!」
だから、麻巳子が声をかけてきていることにすぐには気づけなかったのである。んあ?と思って見れば――少し青くなった彼女の顔が。どうしたのだろう、と思えば。
「あ、ごめん、考え事してた。何?」
「あ、うん……その、大したことじゃないんだけど」
彼女はやや視線を彷徨わせて、それから。
「その。花火ちゃんはさ、七不思議とか都市伝説みたいなのって、全然信じてない派だよね?」
「え?えっと、全然っていうわけじゃないんだけど……」
花火は言葉を濁す他ない。実際、ちょっと前までは幽霊なんてほとんど人の作り話かヒステリーで見た幻だろうと思っていたのは事実だ。あまりその手の類を信じてないからこそ怖がったこともないのだ、ということは友達にもよくする話である。残念ながら、そういう非現実な出来事は実際にあり得るのだと、昨日知ってしまったばかりではあったが。
「……実はあたし、七不思議調べてて……いろんな友達に聞き込みしてたらさ、結構怖い話も聴いちゃって。七不思議のいくつかでは、実際に人が不自然に消えたり、怖い事故が起きたりしてるみたいなの」
どうやら、それをずっと話そうかどうしようか迷っていたということらしい。麻巳子は躊躇いがちに口を開く。
「例えば“赤く染まるプール”。この話の元になった事故は本当にあったみたい。この怪談の内容、知ってる?」
「あーうん。掲示板に書いてあったから。昔、一年生の女の子が排水溝に足を吸いこまれて、抜けなくなって溺れ死んじゃったんだっけ」
「そう。女の子は苦しくて苦しくて水の中で暴れた。足を無理やり引き抜こうとして傷だらけになって、プールの床をがりがりと引っ掻いて爪がみんな剥がれてしまった。吸いこまれた足も無理に引き抜こうとしすぎて脱臼して、こっちもこっちで傷だらけになって……それで血だらけになっちゃって、プールがその血で真っ赤になっちゃったっていう。……まあ、血の件はすごく盛ってるんじゃないかと思うんだけど、排水溝に足を吸いこまれた女の子が溺死したって事故は本当にあったみたいで」
ぶるる、と麻巳子は体を震わせる。
「プール開きがもう来月じゃん?その前に、みんなでプール掃除するのが恒例でしょ。今回何年生が当たるのかわかんないし、六年生がやることになる可能性は低そうだけど……。その、プール掃除する時に、事故が起きることが多いって知ってた?“赤く染まるプール”の呪いだって言われてるんだよね」
「え」
それは初耳だった。掲示板で見たのは“体育のプールの時間に泳ごうとすると、プールが真っ赤に染まる時がある。その時は事故が起きるから、けして水に入ってはいけない”というものだった。実際に赤く染まったのなんか自分は見たことないけど!と書きこんだ本人は笑っていたようだが。
「掃除の時は水を抜いているからいいんだけど、それなのにプールの排水溝に足や手を吸われて動けなくなる人が時々出るんだって。暫くすると抜けるからいいんけど、抜く時に怪我をした人が何人かいて……死んだ女の子が祟ってるなんて言われてるの。だから、あたしちょっと怖いなって思っちゃって。時期も時期だしさ……。幽霊なんていないって、本当はそう思いたいんだけど」
なるほど。幽霊否定派の花火には、笑われるかもしれないと思って話せなかったということだろう。実際に幽霊を見たという人がいるわけではないから、本当にただの事故なのかもしれないが――しかし、水もないプールの排水溝に吸い込まれるというのは妙と言えば妙である。
「確かにそれは怖いね。事故か幽霊かわからないけど」
「そ、そうだよね。ただの事故かもしれないよね」
「あたし、幽霊とかあんま信じてないって言うけど。それは、いなければいいなーって希望的観測も入ってるっていうか?だから、完全否定派じゃないよ。そこは心配しないで」
「ほ、ほんと?ありがと」
花火の言葉に、ほんのちょっとだけ麻巳子は安堵した顔を見せた。そもそも、同じ話をしたところで相手によって信用度は大きく変わるのだ。麻巳子がおばけを見たと言うのと、そのへんのクラスのワルガキがおばけを見たというのとでは信頼性がかけ離れているという道理である。話の内容だけで、信じる信じないが決まるわけではないのだ。
――……ひょっとしたら、本当に怪異が起きたことがある……みたいな怪談は白魔とやらの本体が潜んでいる可能性が高いんじゃ?
唐突にピーンと来た。魔物の本体が潜んでいる怪談なら、実際に怪異を起こしたことがある可能性が高いのではなかろうか。
「……そういう話に、美郷も興味持ってたかもしれないよな?」
ゆえに、花火は二人に問いかけるのである。
「過去に、祟りかもしれないみたいな事故が起きたり、神隠しがあったって話がある怪談……“赤く染まるプール”以外にもある?」
「あーうん。あたしも同じ気持ち……」
ぽりぽりと頬を掻く麻巳子。
「多分、花火ちゃんと同じ掲示板見たわ。裏掲示板って呼ぶほど荒れてないけど……この小学校に通ってるみんなの裏交流SNSみたいなサイト?結構いろんな子が書きこんでるって聞いて、七不思議系の話題がないか浚ってみたんだけどねえ。ほら、あたしが話聞いた成果もお察しだったしさー」
「七不思議が七不思議どころじゃなかっていうアレ?」
「うん。この学校、一体いくつ怪談があったんだか。多少はそれっぽいのいくつか聞いたことがあるなとは思ってたんだけどー」
昨日のうちに、莉紗と麻巳子は友人達に聞き込みをしたり、ネットで調べたりして七不思議を調査してくれていたらしい。
その上で、花火が掲示板で見つけた情報を合わせると――七不思議らしき怪談は現時点で三十個にも昇ってしまっていた。しかも、一部は怪談スポットが被っているという状態である。
体育倉庫裏の少女。
あるはずがないベンチ。
赤く染まるプール。
永遠に続く廊下。
男子トイレから走り去る少年。
プールサイドの足跡。
下駄箱で掴まれる腕。
職員室で鳴る死神電話。
裏門前の呪いの木。
浮かび上がる旧校舎の幻。
音楽室にある演奏してはいけない楽譜。
鳴り響く死のホルン。
夜中に歩く人体模型。
あるはずのない地下への階段。
保健室の解剖手術。
理科準備室で響く嗤い声。
呪われた三年四組。
屋上で招くカナコさん。
理科室の魔法陣。
家庭科室の毒入り料理。
地獄へ行くエレベーター。
あるはずのない四年十組。
見てはいけない黒いチューリップ。
花壇に埋められた足。
校庭を走り回る黒い人影。
終わらない運動会の怪。
用務員室のゲンジさん。
理科室の人殺し儀式。
飼育小屋の血まみれモルモット。
窓際の赤いメッセージ――。
「多すぎ、多すぎ!みんな怪談がどんだけ好きなんだっつーの!」
「多分、私達が知らないだけでまだあると思う」
莉紗はもう笑うしかないといった様子だ。
「みんな、怖い話が好きだったんだね。……多分、元々あったのは一部の怪談だったんだけど、そのあとみんなが面白がって足してったんじゃないかなあ。それで、どんどん増えちゃった、と。ほら、今はSNSもあるから噂って広まるの早いし?そういうの作って話広めて面白がる人もいそう」
「ようは、これらの大半が偽物ってわけか……はあ」
「これじゃ、美郷ちゃんが言ってた七不思議っていうのがどれかなんてわからないよねえ」
「まったくだ」
つーか。理科室だけで何個あるんだと言いたい。大人気か。そうなのか。
――これもし全部本当だったら、学校中がなんかの怪談スポットってことになっちゃうじゃん。お化け屋敷かよ。
七不思議というのは、七個だからこそ意味がある。知ってはならない七つ目を知ったら呪われる、というアレ。これではどれが七つ目なのか、そんなものがあるのかさえわからない。恐怖感が薄れてしまって逆に意味がないではないか。
「……その美郷だよ。昨日も帰ってこなかったのに、結局まだ捜索願出さなかったってマジか?」
「うん……」
花火の質問に、麻巳子が苦い顔になって言う。
「あたしも、心配だからさ。昨日それとなく電話で、美郷ちゃんのお母さんに訊いてみたんだよね。でも、大事にしたくないし、きっとそのうち帰ってくるからって。……心配は心配だけど、大したことないって信じたい気持ちが勝ってるかんじ。お母さん自身は、いろんな人のところに電話したり自分で探してみたりいろいろしてるみたいだから、心配してるのは間違いないと思うんだけどさ」
そういうものなのか。花火はわかるようでわからない。確かに、重病患者ほど救急車を呼びたがらないという心理はあると聞いている。救急車を呼ぶと、何かあったとご近所に宣伝するようなもので、あらぬ心配をかけてしまうからだという。
言いたいことはわかる。わかるにはわかるが、それで大変なことになってからでは遅いのではないか。美郷に関してもそうだ。小学生の女の子で、夜遊びするようなタイプでないことは母親が一番よくわかっているはずだというのに。
――まあ、もし本当に異世界の怪物とやらの仕業だったなら、警察に協力してもらったところで見つけられないんだろうけどさ……。
『球磨美郷の親は、警察に届けを出すのを渋っているようだが……仮に警察の助力があっても、彼女を見つけることはできないだろう。警察の中に退魔師がいれば話は別だろうが』
『お前は友達に約束したんだろう、自分の手で球磨を助けると。……それならよく考えた方がいい。俺の助力なしで、一人であいつらを倒せると思ってるのか?まあ、お前が約束を反故にして、シッポ巻いて逃げるというなら止めないが』
昨日のことは、忘れたくても忘れられない。今でも瞼の裏には、顔のないおぞましい少女の顔と、襲い来る白い人形達の姿が焼き付いている。それから、そんな自分を魔法のような力で助けてくれた涼風夜空のことも。
その夜空は、まだ学校に来ていないようだった。今日は自分も莉紗も麻巳子も、相談をかねてかなり早い時間に来ているから当然と言えば当然なのだが。
――瞼の裏に焼き付いてるってのに……未だに、信じられない。あんなことが、本当に現実にあっただなんて……。
うっかり寝ぼけて白昼夢でも見ていた、という方が遥かにマシである。自分で見たことのはずなのに、現実味がなさすぎて未だに信じられないだなんて。
『とりあえず、俺はこの学校に転校してきたばかりで、調査が足らない』
自分は何をすればいいか。そう尋ねた花火に、夜空は言った。
『だから、まず七不思議に何があるかを調査しなければならない。それはお前がやれ。その七不思議の中から、球磨美郷が昨夜立ち寄ったと思われるスポットを絞り込むことにする』
『そんなことできるのかよ?』
『できる。根拠は明日話す』
夜空いわく。彼は、美郷がいなくなった夜の段階で異変を感じ取っていたらしい。学校で、大きな力が動いたことに気づいていたという。だから急いで学校に駆け付けたものの、自分が到着した時には力の気配が消えてしまっていて後を追うことができなかったのだそうだ。
美郷が学校の何処で消えたのかはわからないが、白魔の本体が動いたのは間違いない、と夜空は断言した。
『式魔が誰かを襲ったのとでは気配が違う。お前も、ある程度経験値を積めばわかるようになるだろう。球磨美郷が遭遇したのが本体、ということは……本体が潜んでいる七不思議の場所に彼女は向かったはずだ。それを探し当てなければ、本体を叩くことも、彼女を助けることもできない。わかるな、デカ女?』
理屈はわかった。わかったが、肝心要の七不思議が大量発生状態では絞り込むことなどできそうにない。本人は絞り込める根拠があるみたいな言い方をしたが、それならそうと昨日の段階で教えてくれればいいものを。
――というか!いちいちデカ女って呼ぶんじゃねえーつーの!せめて苗字で呼び捨てにされた方がマシだっつーに!!
ああ、なんだろう。そんな場合じゃないのに、思い出したらまた腹が立ってきてしまった。
「……花火ちゃん!」
だから、麻巳子が声をかけてきていることにすぐには気づけなかったのである。んあ?と思って見れば――少し青くなった彼女の顔が。どうしたのだろう、と思えば。
「あ、ごめん、考え事してた。何?」
「あ、うん……その、大したことじゃないんだけど」
彼女はやや視線を彷徨わせて、それから。
「その。花火ちゃんはさ、七不思議とか都市伝説みたいなのって、全然信じてない派だよね?」
「え?えっと、全然っていうわけじゃないんだけど……」
花火は言葉を濁す他ない。実際、ちょっと前までは幽霊なんてほとんど人の作り話かヒステリーで見た幻だろうと思っていたのは事実だ。あまりその手の類を信じてないからこそ怖がったこともないのだ、ということは友達にもよくする話である。残念ながら、そういう非現実な出来事は実際にあり得るのだと、昨日知ってしまったばかりではあったが。
「……実はあたし、七不思議調べてて……いろんな友達に聞き込みしてたらさ、結構怖い話も聴いちゃって。七不思議のいくつかでは、実際に人が不自然に消えたり、怖い事故が起きたりしてるみたいなの」
どうやら、それをずっと話そうかどうしようか迷っていたということらしい。麻巳子は躊躇いがちに口を開く。
「例えば“赤く染まるプール”。この話の元になった事故は本当にあったみたい。この怪談の内容、知ってる?」
「あーうん。掲示板に書いてあったから。昔、一年生の女の子が排水溝に足を吸いこまれて、抜けなくなって溺れ死んじゃったんだっけ」
「そう。女の子は苦しくて苦しくて水の中で暴れた。足を無理やり引き抜こうとして傷だらけになって、プールの床をがりがりと引っ掻いて爪がみんな剥がれてしまった。吸いこまれた足も無理に引き抜こうとしすぎて脱臼して、こっちもこっちで傷だらけになって……それで血だらけになっちゃって、プールがその血で真っ赤になっちゃったっていう。……まあ、血の件はすごく盛ってるんじゃないかと思うんだけど、排水溝に足を吸いこまれた女の子が溺死したって事故は本当にあったみたいで」
ぶるる、と麻巳子は体を震わせる。
「プール開きがもう来月じゃん?その前に、みんなでプール掃除するのが恒例でしょ。今回何年生が当たるのかわかんないし、六年生がやることになる可能性は低そうだけど……。その、プール掃除する時に、事故が起きることが多いって知ってた?“赤く染まるプール”の呪いだって言われてるんだよね」
「え」
それは初耳だった。掲示板で見たのは“体育のプールの時間に泳ごうとすると、プールが真っ赤に染まる時がある。その時は事故が起きるから、けして水に入ってはいけない”というものだった。実際に赤く染まったのなんか自分は見たことないけど!と書きこんだ本人は笑っていたようだが。
「掃除の時は水を抜いているからいいんだけど、それなのにプールの排水溝に足や手を吸われて動けなくなる人が時々出るんだって。暫くすると抜けるからいいんけど、抜く時に怪我をした人が何人かいて……死んだ女の子が祟ってるなんて言われてるの。だから、あたしちょっと怖いなって思っちゃって。時期も時期だしさ……。幽霊なんていないって、本当はそう思いたいんだけど」
なるほど。幽霊否定派の花火には、笑われるかもしれないと思って話せなかったということだろう。実際に幽霊を見たという人がいるわけではないから、本当にただの事故なのかもしれないが――しかし、水もないプールの排水溝に吸い込まれるというのは妙と言えば妙である。
「確かにそれは怖いね。事故か幽霊かわからないけど」
「そ、そうだよね。ただの事故かもしれないよね」
「あたし、幽霊とかあんま信じてないって言うけど。それは、いなければいいなーって希望的観測も入ってるっていうか?だから、完全否定派じゃないよ。そこは心配しないで」
「ほ、ほんと?ありがと」
花火の言葉に、ほんのちょっとだけ麻巳子は安堵した顔を見せた。そもそも、同じ話をしたところで相手によって信用度は大きく変わるのだ。麻巳子がおばけを見たと言うのと、そのへんのクラスのワルガキがおばけを見たというのとでは信頼性がかけ離れているという道理である。話の内容だけで、信じる信じないが決まるわけではないのだ。
――……ひょっとしたら、本当に怪異が起きたことがある……みたいな怪談は白魔とやらの本体が潜んでいる可能性が高いんじゃ?
唐突にピーンと来た。魔物の本体が潜んでいる怪談なら、実際に怪異を起こしたことがある可能性が高いのではなかろうか。
「……そういう話に、美郷も興味持ってたかもしれないよな?」
ゆえに、花火は二人に問いかけるのである。
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