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<第十一話・酒>

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 琴子からすれば。どうして美園があんなにもビールというものを好むのか、さっぱりわからないのである。というか、実際ビールに限らず、お酒全般に言えることなのだが。

「やっぱり風呂上りのビール最高ー!いえーい!あ、おじいちゃんどんどん注いじゃうよーグラス持ってグラス持って!」
「相変わらず美園はノリがいいねえ。二度目の乾杯ー」
「いえーい!」

 現在地、勝木家の晩御飯の食卓。現在時刻、夜の八時すぎ。
 酒が入ると、それはもうテンションが高くなる美園である。そしてそれは祖父譲りであるらしい、とここに来てはっきりわかった。美園の祖父である勝木正孝かつぎまさたかは、なんとなく美園と顔のパーツがにかよっている。ややきりっとした眉毛とか、やや下がり気味でアーモンド型の眼の形とか。隔世遺伝というのは本当にあるものらしい。同時に、美園のお酒へのあくなき執念と強さも祖父譲りであるらしかった。
 なんといっても、二人のテンションがよく似ているのである。正孝はそこそこの年齢だというのに、動きは機敏だし話し方も相当若い印象だ。そして美園と一緒になってグラスをカチカチ鳴らしながら飲みまくっている。まあ、二中はビニールハウスやらなんやらでガツガツ農作業に勤しんでいる現役というのだから、元気なのも当たり前のことなのかもしれないけれど。

「美園、あんまり飲みすぎないでよ。あたし知ってんだからね、あんたがこの間の合宿でうっかり寝ゲロしたの。もう嫌よ、あんたのお世話係に就任すんのは!」

 一応釘だけは刺しておくことにする。どうせすぐスポッと抜けてしまうんだけども。

「ちょっと琴子ぉ!なんでそれじいちゃんばあちゃんの前でバラすのよー私の黒歴史ぃ!」

 畳であぐらを掻いて座り、既にブッ壊れてハイになっている美園が言う。琴子の言葉を聴いて、それはダメねえ、とさすがの彼女の祖母、真知子も苦言を呈した。

「確かにお酒は美味しいし楽しいけど、限度ってものはあるもの。吐くほど飲んだら体に悪いじゃない。私も嫌よ、救急車こんなところで二台も呼ぶの。ただでさえここじゃ、誰が倒れただの失敗しただのなんてすぐご近所に知れ渡ってしまうんだから」
「おい真知子、俺もしれっと含めてねえか?」
「美園ちゃんと貴方は同じくらい飲むでしょ。二人仲良く飲みまくったら、貴方も一緒に倒れてるわよ。私はともかく、お友達にまで迷惑かけちゃダメ。いい年の大人がみっともないわ」
「いいじゃねえか、作業の後と風呂の後の一杯は最高なんだからよお」
「貴方の場合は一杯どころじゃ済まないから言ってるの!いい加減自覚しなさい!」

 まるでコントだ、と思わず琴子も笑ってしまう。真知子はおっとりしているものの、女子力の高い女性で台所では学ぶところも多かった。ずらりと並んでいる煮物や、天津飯は、彼女に教わって琴子が一緒に作ったものである。世の中の料理、“適量”と書かれている調味料は多いが、その適量具合は主婦の長年の経験に基づいて決められることが少なくない。帰ったら、教わったレシピ通りに作ってみようと思う。どうにも、自分は今までしょっぱい系調味料を使いすぎる傾向があったようだ。もう少し、唐辛子系で代用できるものはした方がいいらしい。
 美園が好きだからなのか、お酒に合うからなのか(お酒に合う料理というものが、イマイチ琴子にはわからない。確かに全く飲まないわけではないが、ビールやら焼酎やらなんてものは完全にシャットアウトの琴子である)、比較的中華系の料理が食卓には並んでいる。天津飯、青椒肉絲、餃子、芋と人参、鶏肉の煮物。まあ、食べきれないことはないだろう、と琴子は自分の胃袋の大きさを知っているので気楽に考えてはいる。お酒でおなかいっぱいになりそうな、美園と正孝がどれくらい食べるものかは知らないけども。

「真知子さんは、お酒控え気味ですか?」

 注がれた一杯目のビールを、未だにちまちまと飲み続けている真知子に声をかける。もし追加が欲しいなら注ぐのが自分の役目だと思ったからだ。すると彼女は、まあね、と肩をすくめて言った。

「あの二人が酔いつぶれた時、介抱する人間が必要でしょ」
「まあ、確かに」
「お酒は私も好きだけど、こういうものはほどほどに楽しむからいいってのにね。ほんと、美園ちゃんってばあの人にダメなところが似ちゃって……ってそれ言ったらウチの娘の時点でアレだけど。勝木の家の子供はどうしてこう、酒乱ばっかり揃うのやら。代々そうなのよ、どいつもこいつもお酒大好きすぎて、酒代が嵩むったらありゃしない!」
「わあ」

 それは確かに死活問題だ。琴子は苦笑しつつ、餃子をつまむことにする。餃子にしろ春巻きにしろ、このテの料理の具材はその家によって大きく異なる傾向にある。特に、餃子にネギを入れる一家とニラを入れる一家があるのは有名な話だ。琴子は長年ネギ派だったが、勝木家はニラ派であるらしい。ニラは年中いい値段で変える物価の優等生として有名だ。それに、入れるだけで薄味の料理も一気に中華っぽい味になるということでも知られている。
 ニラ入りも悪くないかもしれない、と琴子は思う。この青い味が苦手な者もいるかもしれないが、琴子個人はけして嫌いではない。肉との相性もいい。噛んだ時のくにゅっとした感覚も楽しいものだ。

「そういえば、ちょっと叔父さんって今日遅いんですか?なんか会合があるとかなんとか聞こえたけど」

 今この場にいるのは、美園と祖父母、琴子のみである。一緒に住んでいるはずの美園の叔父、美樹の姿がない。美樹は美園の母の兄である、という紹介は既に受けている。

「まあね。あの人も忙しいから。勝木の家ってお祭りの運営に代々関わるところもあるし、ちょっとしたところでも呼ばれちゃうのよ」
「運営って具体的には何してるんです?」
「あー、ごめんなさい。私はそんなによく知らないの。女はあんまり関わることが少ないというか、そもそも私はよそから嫁に来た人間だしねえ。あの人は知ってるかもしれないけど、ご覧の有様だからしばらくまともに会話にならないしね」

 あの人、と彼女が指す相手は当然美園と肩を組んで歌っている人物である。もともとの顔立ちはむしろイケメンに分類されるだろうに、酒が入るとこうも人は残念になってしまうものなのか――と、やや己を棚上げして思う琴子である。美園と肩を組んで、よくわからない歌(多分今この場で適当に作ったやつ)を、外れまくったトーンで歌っているのは完全に居酒屋のオヤジだ。美園も美園で、酔っ払っていい具合にオッサン化が進行してしまっている。タイミングを見て缶と瓶をしまってやった方がいいか、と呆れる琴子である。
 以前のことを美園は“黒歴史”なんて適当に流してくれたが、琴子は当然忘れていないのだ。本当に、女子大生があんな醜態晒して何故反省しないのやらと思う。翌日の朝食で、起きてこられずに布団の上で死んでいたところまでしっかり覚えているのだ、こっちは。吐くのも困るが二日酔いが重いのも困る。果たして、明日無事に家に帰ることはできるのやら。確かに夏休みに入っているし、こっちもこっちで予定はないのだけれど。

「もうすぐお祭りあるって言ってましたもんね。何をお祝いしてるんです?それも、あのみかげさま、とかに関係してるんですか?」

 琴子がそう尋ねた途端、ぴくり、と真知子の顔色が変わった。まただ、と琴子は思う。昼に料理をしながら、みかげさまについて尋ねた時もそう。その名前を出すと――彼女は奇妙な反応をする。まるで、それが忌み名か何かであるように。

「……琴子ちゃん」

 やがて、少し疲れたような顔で、真知子は告げた。

「昼にも言ったけど。やっぱりその名前、あんまり出さない方がいいわ」
「どうしてですか」
「神聖な神様の名前なの、この村ではね。でもって、ただ神聖なだけの神様じゃない……“特別”なのよ。この村の守り神ではあるけれど、神様は“眠っていて”くれるのが一番だっていうのが私達の考え方なんだよね。なんて言えばいいのかしら……名前を呼びすぎると、神様が反応して、目を覚ましてしまうからよくないって言われてて。私達もね、気をつけてるの。特に勝木の家の者だから尚更にね」

 そう言われてしまうと、余計気になってしまう。名前を呼ばなければいいなら、話題に昇らせるくらいは平気だろうか。じゃあ、と琴子はさらに続けた。

「その神様って、出処はどこなんでしょうか。実は、あたし達その神様について調べに来たんです。美園がどこまで話してるか知らないけど、あたし達オカルトを研究するサークルに入ってるから……そのレポート出さないといけなくて。昼にも言ったけど、しっかりしたレポート書いて、あのムカつく部長を見返してやりたいんですけど」

 その様子だと、みかげさま、の名前は出さない方がいいのだろうかと思う。キーワードを伏せて語るとなると、レポートの内容がぼやけないかどうか心配ではあるのだが。

「じゃあ、少なくとも神様の名前は出さないでね。厄介なことになるから」

 思った通り、真知子ははっきりとそう言った。

「神様の出処ね。それこそ天照大神とか、素戔嗚尊とか、神話に出てくるような大きな神様ではないのは事実だけど。なんといってもこの村だけで祀られてる存在だし」
「はっきり言って、村を守るために生贄に捧げられた……昔実際に生きていた人間なんじゃないか?ってあたし達は疑ってるわけなんですけど」
「その通り。元がどういう名前だったかわからないけど、“みかげさま”は生贄として捧げられて、その結果天災を防いでくれた存在だと言われて祀られてるの。でも、生贄として死んで貰ったのは事実だから……それが祟ることのないように、お祭りを催したり神社で祀ったりして、手厚く供養しているってわけね」

 今。
 真知子が“みかげさま”と口にした途端――ざわり、と嫌な風が吹いたような気がした。夏の、熱い熱風とは違う。草の臭いさえもかき消すような、どこか生臭い臭いのするじっとりとした風だ。
 思わず琴子は、縁側の方を見てしまう。その向こうには、家の庭とその向こうに広がる田んぼしか見えない。嫌な臭いのする風が今、家の中を吹き抜けて田んぼの向こうで走り抜けていったような気がした。何か、とてもよくないものを引き連れて。

「……今、ちょっとざわりとしたでしょ?」

 そんな琴子の反応を見て、真知子は渋い声を出した。

「その名前と、勝木の家は、そういう存在なのよ。詳しく知らないけど、私もそのへんは此処に嫁入りした時から口が酸っぱくなるほど聞かされてるから知ってるの。だから安易に口にしない方がいいし、出来ればそれを深く調べるのもレポートにするのも避けて欲しい。何が起こるかわからないのよ……所詮迷信だと、貴女達は馬鹿にするかもしれないけど」

 それで、彼女は強引に話を打ち切った。結局、神様の正体がどんな生贄であったのか、などの話を語ってくれることなく。

――……マジで、いるの?そのみかげさまとかいう、神様って。

 そういう事を言われてしまうと、ますます気になってしまう。
 明日になったら、ネットと図書館の両方で調べてみようかと考える琴子だった。どうせ、二日酔いの美園は朝から動けないに決まっているのだから。
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