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<第十話・買>

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351:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
みんな何言ってんの?いるじゃんそこ
一本足で両手横に広げてこっち見てる



なあ これ かかしじゃない の?




「…………ええ?」

 その商店の入口まで行ったところで携帯を見た美園は、その書き込みを見て思わず声を上げていた。
 先ほど自分が上げた写真は、普通の田園風景と夕焼けを撮影しただけのものである。そして、もう一度確認してみたが女の子のカカシのようなもの、なんて写っていない。この書き込み主は一体何を言っているのだろうか。
 暫く考えて――美園は嫌な気持ちになった。これはもしや。



359:記者志望JD
そういうのちょっとやめてほしいんだけど。
そういうこと言ってみんなが不安に思うのをおもしろがってる?
悪いけど、霊能力者ぶってる人って好きじゃない。特別扱いされたいだけなのが透けて見えるっていうか。腹が立つ。
買い物始めるから落ちる。



 そう書き込んで、スマホをスリープにした。向こうで非難やら同意やらで大盛り上りかもしれないが、暫く見る気にはなれない。何か進展があるまで自分が書き込む義務もないしそれでいいだろう。
 だから嫌なのだ、霊能力者のフリをして、みんなに迷惑をかける人は。今の写真に特別なものなど写ってない。自分に何も見えないのだから、きっとそれが正しいのだ。それなのに、カカシだのなんだのと、みんなを煽って一体何が楽しいのだろう。自分が霊能力者として頼りにされる展開でも期待しているのだろうか。今の掲示板が自分のサイトの管理掲示板などであったなら、即刻今のヤツをブロック処理してやっているところである。

――そもそも万歩譲って本当に見えたんだとして、それ書き込む意味ある?自己主張しすぎ。自己顕示欲高すぎ。マジで引くわ。

 まあ、こういうところに実況っぽく書き込めば、そのテの輩が沸くというのも目に見えた話ではあったが。とりあえずさっさと買い物を済ませてしまおうと心に決める。アイザワ商店の妙に派手なオレンジ色の建物を一瞥して、自動ドアを潜った。大した規模の店でもないが。それでも時々商品の置き場所は変わる。前は野菜コーナーを抜け、肉コーナーの突き当たりで左に曲がればすぐ左手に牛乳売り場があったが、今は違っているかもしれない。なんせ、二年はこちらに来ていないのだ。
 それなりに自分で買い物をする人ならばわかるだろうが、牛乳コーナーとバターコーナーは極めて近い場所にあることが多い。同じ乳製品だ。ヨーグルトなども然り。二箇所捜して回らなくていいのは非常に楽である。楽ではあるのだが。

――あーやっぱり……内装変わってる。場所違うっぽい。……どこかなあ、牛乳。

 そうだ、どうせならちょっとお菓子かおつまみでも買っていこうと考える美園である。同時に、なんとしてもお酒売り場にだけは足を踏み入れないと心に決める。入ったら最後、あれだけたらふく買い込んだ在庫がまた増えることは明白だ。まあその在庫も、今晩のうちになくなることがほぼ確定しているわけであったが。

――だからって、朝まで飲んだら帰れなくなっちゃうし。おじさんは免許持ってたと思うけど、だからって家まで送ってもらうわけにもいかないし。おツマミとお菓子だけ、うんうん。

 とりあえず、琴子にこっそり食われないために、彼女が好きそうなものは避けることにする。意地悪と言いたければ言え、油断すると人のバッグからもすぐパクって食べるあいつがいけないのだ。あの食い意地は本当にどうにかならないものか。あと、あれだけの大量の甘味が、一体あの細い体のどのへんに消えているのか謎で仕方ない。こっちは、体重計に乗るたびに見なかったことにしたくなる日々であるというのに。
 幸いにして、琴子が好きなものは存外偏っている。おせんべいやポテチの類も食わないではないが、彼女が大量消費したがるのは基本的にはクッキーやポッキーといった甘いものの類だ。あとプリンやゼリー、甘いヨーグルト。甘くないヨーグルトは好きではないと言っていた。彼女に一度家のヨーグルトを差し出したところ、苦い顔をしてジャムを大量投下されたからよく覚えている。

――とりあえずチーズは外せないでしょー。あ、あとチーズが上に乗ってるおせんべい。サラミ系も確か、おじいちゃんが好きなはず……。

 おつまみ系は割と固まって置いてある。荷物が重くなるので、先にそちらをぽいぽいとカゴに放り込んでから牛乳とバターのコーナーへ向かう。既に、涼しい店内から出るのが随分億劫になっていた。保冷バッグを持っているとはいえ、この暑さで外を歩いたら長持ちはしそうにない。バターがダメにならないよう、外に出たらなるべく早く帰らなければ。
 一番安く、かつ賞味期限が長い牛乳二本をカゴにつっこみ、バターを入れようとした時だった。近くから話声が聞こえて振り返る。おばさん二人が、ゆっくり歩きながら井戸端会議をしているらしかった。おいおい店の中でそんなに大きな声で話すなよ、と思いつつついつい耳を傾けてしまう。

「あの姉妹って、やっぱりそうだったんでしょ?どっちも“行方不明”って」

 ずんぐりむっくりした、派手な紫色の服のおばさんが言う。ちなみに、もう一人の方はもう少しノッポで、やや地味な茶色の服を着ているようだった。通路を覗き込んだ美園に気づかず、話に夢中になっているらしい。

「一人は上で、一人は下でって聞いたわ。あたしは直接見たわけじゃないんだけど」
「え、そうなの?……ああ、それもそうか、あれって担う家が決まってるんだものね。大変よね、処理する人たちも。というか、気になってたんだけど……姉妹とか、とにかく女性二人がこの村に来て引っかかることが随分多くない?男性がいなくなったこともないわけじゃないんだけど」
「それはあたしも思ってたわ。で、旦那に聴いてみたんだけどさ。やっぱりそれは、最初の“みかげさま”が女性だからなんじゃないかって話よ。だから、自分に近い存在を引っ張ってるんじゃないかって」
「うわあ……それは、お気の毒なことね」
「気の毒なんてことはないわよ。そもそも面白半分でこの村に来るのがいけないんだから」

 なんだか、とても物騒な話をしているのだが。美園はそう考えて、そういえばこの村に来て琴子と一緒に祖母の家に向かっていた時、すれ違った人たちが妙にこちらをじろじろ見てくるなとは思っていたのである。どちらかというと、自分より琴子の方が見られていたような気がするが――あれは、よそ者であったからということなのだろうか。
 面白半分でこの村に来るのがいけない――そう言われてしまうと閉口するしかないのだが。古くからある村や町の風習を調べる、というのはいわば民俗学の領域である。自分達だって一応は大真面目な“レポート”をやるためにこの村に来ているというだけなのだ。それをああやってヒソヒソ言われるのは、正直面白いことではない。まあ、あのおばさん達の前に躍り出て非難するほど大人気ないことをするつもりもないけれど。

「ここ最近、また続いてるらしいじゃないの。前に“始まった”のは十四年前とか十五年前とか、それくらいだったはずなのに。しかも祭さんのところいわく、今回は前回よりも規模が大きいかもしれないらしいのよ。だから、呼ばれてしまう人の数も多いのかもしれないって……」

――十四年前か、十五年前?

 美園ははっとする。確か、あの掲示板のスレ主が“姉がいなくなった”と言っていたのは、それくらい前のことだったではなかろうか。偶然とは、思えない。

――あのおばさん達、何か知ってるの?……いや、おじいちゃん達ならもっと何か知ってるのかな?

 そういえば、聞いたことがある。
 祭さん、という家と。祖父母と叔父の“勝木”の家は――お祭りなどの行事において、神事を行う重要な役目を任されているらしい、と。実際どのような役目をするのか、まともに聞いたことはないのだけれど。

――買い物のあとに、おじいちゃんに話聴いてみようかな。もしくはおじさん。多分畑の方に行ってると思うんだよね……。

 とりあえず買い物を済ませてしまおう、とバターを投げ込んでレジへと向かう。その時、丁度通路から出てきた先ほどのおばさん二人と眼があった。ぺこり、と会釈をすると向こうも返してくれたが――その眼がやや、不審げであったように見えたのは印象の問題だろうか。あるいは、どこか気の毒そうな。
 単なる思い過ごしだろうと思いつつ、先ほどの会話の意味をつらつらと考える。どこかの家が処理を任されている、というのはいなくなった人の捜索や処分などの対応をお願いされているということだろうか。きっとそういう意味だろう。さすがに、あの優しい叔父達の家が、怪しげな儀式やら生贄やらに関わっているなどと思わないし、思いたくもない。



14:みかげさまさがしてるひと
そうなんです、検索しようとすると全然関係ないやつしか出てこなくて……でも勿論、俺が探してるのは、アニメの話じゃないです。
みかげさま、っていう存在を神様として祀っている場所があるらしくて、そこが笹下村っていうところみたいなんですよね。
そのみかげさまっていう存在が、とてつもなくヤバい神様だって話で。俺が聞いた話によると、みかげさまっていうのは大昔に捧げられた生贄の名前らしいんですけど、その生贄が祟って何度も変事が起きたことがあるらしくて



24:みかげさまさがしてるひと
警察には行きました。でも、見つからないまま捜索打ち切りになっちゃったんです
姉の私物一つ見つかりませんでした。
本当に、神隠しにでも遭ってしまったかのように



――まさかねえ。

 書き込みの内容を思いだし、少しだけ震えが来た。確かに自分は、そういうものを調べに此処に来た筈ではあるけれど。だからって、自分達が生贄になりに此処に来たつもりなど全くないのだ。
 ましてや、親戚がそれに関わっているかもしれない、など。

「美園か?」

 レジを終えたところで、声がかかった。あ、と美園はそちらに顔を向ける。

「おじいちゃん!」

 驚いたような顔の汗だくの祖父が、肩にかけた手ぬぐいで頬を拭きながら立っていたのだった。
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