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<第四話・車>

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「ミソちゃん、飲酒運転だけはやめてくれたまえよー」

 琴子は開口一番にそう言った。車に乗せて貰っておいて、最初に言うことはそれかいな!と思ったが。自分がアル中に片足突っ込んでいる自覚があるゆえ、美園は何も言うことが出来ない。
 何処からどう見てもオンナノコなのに、美園ってば中身はオッサンだよねー、というのは昔から言われていることである。煙草は吸わないがビールが大好き。どう見ても父の影響である。子供の頃から父に付き合ってこっそり飲んでいました、とは流石に今のご時世で堂々と公言できることではないが。

「昨日から飲んでませんよーだ。余計なこと言うと助手席から放り出すけどよろしい?」
「よろしくなーい!ので、大人しくしてるー」
「わかればいいのよ、わかれば」

 A駅近くで彼女を拾っていざT県笹下村へ。どれくらいの時間で着けるかどうかは、高速道路の混み具合とご相談である。一応祖父母には遊びに行く旨を伝えてあった。相変わらずのんびりまったりした祖母だが、電話で話すと話が長いことだけが難点である。まあ、自分も琴子との電話で普通に二時間消費とかもザラにあるため、人のことは全く言えないわけだが。
 取材という名目であるものの、二人ともちょっとした田舎観光の気分なのは間違いない。なんといっても、見知った土地である。琴子を連れていったことはないが、人懐こい祖母は友人を連れていくことにあっさりとオーケーを出してくれた。そして四十分は近況報告やら雑談やらで長電話である。そりゃ、緊張感が薄れるのも致し方あるまい。
 ヤバイ風習のある閉鎖的な村、ならばそうそうよそ者を連れてくることにいい顔をしたりはしないはずである。取材という名目はあるが、これは本当に掲示板の彼の姉はたまたま事故にでも巻き込まれただけかな、と思い始めていた。あまりにも、生け贄を捧げるアレな農村のイメージと、実際の笹下村のイメージがかけ離れ過ぎているためである。

――まあ、ハズレだったらもうそれでもいいや。事故だろうと消えたお姉さんとやらのご遺体の一部でも見つかれば十分面白いわけですし?

 不謹慎と言いたければ言え、赤の他人が消えたことに対してどうこう思うほど情の深い性格でもないのである。とにかく今大事なことは、久々に祖父母の顔を見ることと、あのイケ好かない部長を見返してやることだけなのだから。

「サービスエリアこまめに寄ってね、あたしトイレ近いし」

 車が動き出してからずっと、助手席で携帯電話を弄ってばかりの琴子である。全くナビゲートする気はないらしい。まあ、方向音痴の彼女に斜め上すぎるナビをされても正直困るのだが。なんといっても彼女は、駅から徒歩一分の店に一時間かけて到着したというとんでもない前科がある人間である。

「盆前のこの時期だし今日土曜日だし、それなりに混んでるでしょ道。早めに出発はしたけどもさ」
「早起きするぞーって意気込んでおいて人にモーニングコールまで頼んだくせに、しっかり寝坊して遅刻したのは誰だっけ?」
「よく言うよ、そういう美園は前の晩に飲むと全然早起きできなくなるくせにー。コンスタンストに起きれないあたしの方がマシですー」

 いやそんなことはないだろ、と内心ツッコむ美園である。前に大型トラックが来てしまったので、ウインカーを出して追い越し車線に移ることに決める。車であちこち遠出をすることもある美園だが、かといって運転に自信があるかと言われればそういうわけではないのだ。ただ自由に遠くまで行けるから電車より好き、というそれだけの理由である。高速道路も、出来ればあまり走りたくない質であったりする。
 トラックの後ろは視界が悪くなるから苦手、というドライバーは多分少なくないだろう。同時に、一般道を走っている時、バイクに抜かれるのもあんまり好きではないという者も。抜かれてそのまま走り去ってくれればいいのだが、抜いてそのまま前をチンタラ走る奴がいるのが苦手なのだ。酷いと後ろの車に、まとめて二台抜きされることもあるくらいなのだから。

「誘ったの私だけどさ、一応琴子、言われたカメラとか道具とか持ってきたんだよね?気休めのお塩含めて」

 声をかけると琴子は隣で、ばっちりですぅ!と派手に両手を上げて見せた。飲んでもいないのに随分とハイテンションだ。

「まあ、ガチの悪霊が出てきた時、食卓に乗せてるようなお塩がどこまで役に立つかは知らんけどね。つか、そういう美園はどうなのよ。トランク見たけどあのでっかいフリーザーバッグは何かなー?飲酒運転はダメって言ったけどー?」
「お、おじいちゃんとおばあちゃんもビール好きだから!ただのお土産だし!一緒に飲もうとか思ってないし思っててもちゃんとお酒抜けてから運転するつもりだし!」
「うんわかった、今日は泊まりね美園。飲酒運転イクナイ」
「なんで夜まで飲む前提なのよもう!」

 まあ、確かにちょっと危ないのはわかりきったことだが。夜まで飲んじゃったら、これは泊まっていくしかないなと思っていたし、その可能性は非常に高いわけだったが。
 そもそも、美園はどうしても琴子のある一点だけが理解できないのである。彼女もお酒を飲まないわけではないが、甘いカクテルやサワーオンリーであることを常々公言しているのだ。甘くないお酒なんて無理!ビールなんて何が美味しいのかマジわかんない!と堂々と言い放ってくれた経緯がある。全く訳がわからない。あの苦味と鼻から抜けるような旨味の良さがわからないなんて、人生なんと損をしていることだろうか!
 ビールにハマればきっと、おつまみの美味さも百倍、人と話す楽しさも百倍であるというのに。全く、可哀想な友人もいたものである。確かに飲酒運転はよろしくないが、車で来たことも忘れて飲んでしまうのどの魅力がビールにはあるのだ。――近年焼酎派に転んだ従姉妹には、焼酎飲まずにビールだけなんて!とやたらめったら力説されたが。

――焼酎も美味しいかもしれないけど、やっぱりビールに勝るもんはないのよー。はぁ、ビール仲間もっと欲しい。なんで最近の若い子はビール好きじゃないのかしら。理解できんわ。

 先月の飲み会で、一人でひたすらビールをおかわりしまくり、周囲の草食性男子達をドン引きさせてしまったのは苦い思い出である。

――そもそもオカ研なんだから、もっと肉食系のオトコがいたっていいはずなのに!最近のオトコはどいつもこいつもダメダメなんだから!積極性が足りんのよ積極性がー!

 そういうところがオッサンと呼ばれる原因なのだが、美園は気づいていなかったりする。(そもそも最近の若い子が、なんて言い出した時点で終わってるよね、BY琴子)。
 たべっていると、いつの間にか最初のサービスエリアが近付いてきた。出来れば午前中のうちに到着して祖父母の家で昼御飯を食べたいところだったが、思ったよりも道が混んでいる。出発が遅れたのも痛手だ。これは、お昼を買って車の中で食べるか、あるいはサービスエリア内のレストランを利用するかを考えなければいけないだろう。
 ウインカーを出して、車を駐車場に入れる。一般的な子供達の夏休みにブチ当たってしまっていることもあってか、駐車場はそれなりに混んでいた。幸いこちらは軽自動車である。軽専用、と書かれたゾーンが空いていてなんとかそこに停めることができた。問題は、この様子だとトイレもショップもかなり混んでそうということだが。

「まあ、トイレに行っておかない選択肢はないわなー。琴子、お腹はすいてる?」
「まだ大丈夫。ココではトイレだけでいいよ。お昼は次のサービスエリアでよかでしょ、混んでるし」
「まあ、次も混んでるかもだけどねぇ」

 車を停めて鍵を抜き、降りて共にトイレの列へ。多少混んでいても、この先を考えるなら寄っておかないと不安だ。並んでいる最中に、せっかくだから実況スレに書き込んでおくことにする。今時流行らないだの、どうせ本当に行ってないんだろなどワイワイ騒がれたが、そのわりにオカルト掲示板は盛り上がっていた。なんだかんだで暇人は多いのだろう。



 ***



253:記者志望JD
とりあえず現在高速移動中なので報告~。
●●SAで休んでるところです。
笹下村着いたらまた報告するね。希望があれば写真も上げるよー。




 ***



 このテの掲示板はそこまで速い速度で動かないのが定番なのだが、土曜日で夏休みということもあってすぐにレスが来た。どうせなら、彼らにも楽しんで貰えるような報告ができればいいのだが。

「そういえばさぁ」

 トイレに並びながら、琴子が言い出した。

「部長からのメール、美園のところにも来たんだよね?めっちゃタイムリーでさすがにあたしビビったんだけど」
「あー、あれ?」

 実は出発の前日――つまり、昨日の夜。件の新倉焔部長からメールが着ていたのである。それも美園と琴子、二人一緒に、だ。
 内容は簡潔に、一文のみ。



『取材しろとは言ったが、本物に足を突っ込めとは言ってない。
 さっさと引き返せ』



 まるで、二人がこれから笹下村に向かうことがわかっていたかのようだった。取材にいつ、何処に向かうかなど他の誰にも言っていなかったというのに。

「連絡先は、部長には教えてあるから、メールが来ることそのものはそんなにおかしくないけどさあ。流石にちょっと、気持ち悪いよね。そりゃ、私達を叱ったのは誰かさんですし、そろそろ取材に行くタイミングなのはわかってたと思うけどさあ」
「あー、美園知らない?新倉部長ってさ、“ホンモノ”だって噂がある人なんだよね」
「ホンモノって?」
「幽霊とかそういうの、マジで見えちゃう人ってこと」

 あのインテリメガネが?と美園は眉を潜める。列が進み、それに合わせて歩きながら、マジだってマジ!と愉快そうに琴子は告げた。

「頭もいいけど眼もヤバいし、実際に視たものについて論文も書いてるってウワサ。まあ本当なのかは知らんけどね。……あたし達がどこに行くのか、その能力で知りましたーなんてまでいくと、もはや超能力の類いになっちゃうしねぇ」
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