生還日和

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

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<前編>

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「初めまして。えっと、ハンドルネーム……ミサキさんですよね?」

 ポカンとする私をよそに、目の前の彼はにこやかに尋ねてきた。ネットでは落ち着いた大人の男性と言った印象だったのに――いざ会ってみると、まだ中学生くらいの少年にしか見えない。

「あってます、けど……」

 マンションの一室。4LDKの部屋には、彼の他に一人の綺麗な女性と、一人の壮年の男性がいる。全員総じて身なりがきちっとしているし、ぶっちゃけ顔面偏差値が高いと来ている。私だけ場違いな気がして、思わずもじもじしてしまう。

「えっと、貴方が……主催者の“スバル”さん……なんですか?てっきり大人の方かと……」

 どうせ長い付き合いにはならないのだ。そう思って素直な感想を漏らすと、少年は声をあげて笑った。

「あははっ!そうだよ、やっぱり言われると思った!……すみません、俺これでもミサキさんより年上なんですよ。ちゃんと成人してます」
「え、ええ!?見えない……」
「ですよねー。まあ、こんな俺ですけど仲良くしてください。短い付き合いだとは思いますが、よろしくお願いしますね」
「は、はぁ……」

 本当にそうらしい。なら、きっと女性の方は“アイコ”で、もう一人の男性が“熊蔵”なのだろう。私は差し出された“スバル ”の手を握った。彼は幼さの残る可愛らしい顔で、快活に告げたのである。

「ようこそ、“セイカンクラブ”へ!」

 セイカンクラブ――それは、ネットで呼び掛けあい、集まった者達の集団だった。
 私達は全員、同じ目的で此処にいる。――私達は決めたのだ。少しでも楽に、人に迷惑をかけることなく――この世から、消えようと。


 ***


 高校二年生の私が自殺を思い至った理由。それはどこにでも転がっている、ありふれた話。私は、クラスで苛めを受けていたのである。
 昔から漫画などでよく見かけるイジメは、私物を壊したり水をぶっかけたりといったものが多いが。そんな誰の目から見ても明らかでわかりやすいイジメに走る者は、その実そうそういるものではないのである。多くがもっと陰湿で、証明のしにくいものだ。例えば先生のいないところで悪口を言う、とか。レクリエーションをしてもディベートをしても、私の発言だけが綺麗に無視される、とか。二人組を作るときわかりやすくあぶれるとか――もしくは、クラス全員でやってるLANEグループに一人だけ呼ばれないとか。もしくは呼ばれて入会した直後に他の全員が脱退するとか。
 あるいは、ネットの掲示板でひたすら行動を晒され、悪口を書かれ、やってもいない恥ずかしい行動を言いふらされたり言ってもいない万引きをやったと言われたり。――陰湿で、馬鹿げていて、証明が難しい。今のご時世には大人にバレないように人を追い詰め、傷つける方法などいくらでもあるのである。
 私は誰のことも信じられなくなり、学校の外でも誰かに見張られ悪口を言われているような気がしてしまい――外に出ることができず、引きこもるようになった。
 両親も心配している。世間体がよくないこともわかっている。私は生きているだけで、誰かに迷惑をかける存在に成り果てている。もう消えてしまいたい、そう思った時に見つけたのが、『セイカンクラブ』のホームページだった。



『誰にも迷惑かけず、少しでも綺麗に、楽に死にたい方。私達と一緒に最良の終わりを探しませんか』



 それは、自殺者が集まり、みんなで一緒に死のうという集まりだった。
 私はそのホームページをクリックし、主催者である“スバル”と連絡を取ったのである。そして、今此処にいるというわけだ。此処でお互いの苦しみをぶつけ合い、昇華し、一番いい死に方を相談するために。
 顔も知らない人とオフで会うのは抵抗があったが、それも死ぬためなら話は別だ。もう私に、気兼ねするような“先”などないのである。どうにでもなればいいという気持ちで私は指定されたこのマンションの一室のドアを叩いたのだった。

――そうだよね。……中学生の男の子だったら、一人でこんな部屋借りたりするのはムリだもんね……。

 私はスバルが成人しているというのを信じることにした。別に、彼がどんな存在でも自分には関係ないことである。長く付き合う必要がないと思えば、相手のことも深く詮索する必要がない。それは、アイコに対しても熊蔵に対しても同じである。彼らもみんな死にたくてここに集まっているのだ。その苦しみを共有したいけど、興味本意で根掘り葉掘り聞かれたくはないだろう。いいではないか、非常に気楽な関係で。

「さて、自己紹介も終わったところで!」

 パンッ!と手を叩いて、アイコさんが言った。

「作戦会議の前に、ご飯にしましょう!ミサキちゃん、カレーライスが好きだって言ってたわよね?実は家で作って持ってきちゃったのよー」
「え、本当ですか!?」
「今温めるから待ってて!どうせすぐには決まらないし、なんなら明日もリクエストしてくれたものを作ってくるわよ」
「あ、ありがとうございます……!」

 仕事の出来そうなキャリアウーマン、そんな出で立ちゆえ、もっと気の強くて怖い女性だとばかり思っていたのに。アイコは非常に親切な、女子力高い姉御肌の人物だった。
 いいねえ、とイケオジな熊蔵が嬉しそうに声を上げる。

「人の手料理とか本当に久しぶりだねえ!楽しみだなあ」
「あ、熊蔵さん、独身なんですね」
「女房とは離婚しちゃったから、今はね。手料理ってそれだけであったかい感じするだろ?カレーだって、食べたいと思ってもここ何年もレトルトかレストランだったからなあ」
「そうなんですか」

 お父さんっぽい印象があったから独身に違和感があると思ったら、まさか離婚していたとは。自殺したいと思った理由もそこなんだろうか。――深くは聞けなかった。でも、どこか懐かしむような熊蔵の眼は印象的で――今でも本当は奥さんを愛しているのかな、なんてことも思ったのである。
 それぞれ、死にたい理由があるから此処にいるはずなのだ。この、一見すると優しそうで穏やかなおじさである熊蔵も、面倒見良さそうで美人なアイコにも。そして、さっきからゲーム画面とにらめっこしているスバルも。
 実はさっきからちょっと気になっていたのだ。スバルがプレイしているゲームは、私が昔買っていたRPGゲームの最新作であったから。

「あああっ!そこ、そこに来るのーっ!?」

 悲鳴が上がる。見ればプレイヤーであるライフルを持った青年が、ゾンビに噛みつかれて絶命しているところだった。ゲームオーバー、と無情な表示が出る。

「嘘だよぉ……まさか一番ザコいノーマルゾンビにやられるなんて……」
「……ノーマルゾンビって、荷物の後ろやビルの隙間に隠れてることが多いんですよ」
「へ?」

 思わず私が口にすると、スバルはきょとんとしたように言った。

「……エスケープ・アイランド、もしかしてやったことあるんですか?」
「……シリーズの、6までですけど」

 引きこもりをしている時、他にやりたいこともなくてひたすらゲームに明け暮れていたのである。外の情報をシャットアウトしていたせいで、7が出ていたことには全く気がついていなかったけれど。
 私が告げると、スバルはパァァ!と顔を輝かせて告げた。

「本当にっ!?お、お願いします、このステージのクリア手伝ってくださいーっ!!」

 その間抜けた声がおかしくて。私も、それを聞いていた熊蔵も、思わず笑ってしまったのだった。
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