生還日和

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
1 / 2

<前編>

しおりを挟む
「初めまして。えっと、ハンドルネーム……ミサキさんですよね?」

 ポカンとする私をよそに、目の前の彼はにこやかに尋ねてきた。ネットでは落ち着いた大人の男性と言った印象だったのに――いざ会ってみると、まだ中学生くらいの少年にしか見えない。

「あってます、けど……」

 マンションの一室。4LDKの部屋には、彼の他に一人の綺麗な女性と、一人の壮年の男性がいる。全員総じて身なりがきちっとしているし、ぶっちゃけ顔面偏差値が高いと来ている。私だけ場違いな気がして、思わずもじもじしてしまう。

「えっと、貴方が……主催者の“スバル”さん……なんですか?てっきり大人の方かと……」

 どうせ長い付き合いにはならないのだ。そう思って素直な感想を漏らすと、少年は声をあげて笑った。

「あははっ!そうだよ、やっぱり言われると思った!……すみません、俺これでもミサキさんより年上なんですよ。ちゃんと成人してます」
「え、ええ!?見えない……」
「ですよねー。まあ、こんな俺ですけど仲良くしてください。短い付き合いだとは思いますが、よろしくお願いしますね」
「は、はぁ……」

 本当にそうらしい。なら、きっと女性の方は“アイコ”で、もう一人の男性が“熊蔵”なのだろう。私は差し出された“スバル ”の手を握った。彼は幼さの残る可愛らしい顔で、快活に告げたのである。

「ようこそ、“セイカンクラブ”へ!」

 セイカンクラブ――それは、ネットで呼び掛けあい、集まった者達の集団だった。
 私達は全員、同じ目的で此処にいる。――私達は決めたのだ。少しでも楽に、人に迷惑をかけることなく――この世から、消えようと。


 ***


 高校二年生の私が自殺を思い至った理由。それはどこにでも転がっている、ありふれた話。私は、クラスで苛めを受けていたのである。
 昔から漫画などでよく見かけるイジメは、私物を壊したり水をぶっかけたりといったものが多いが。そんな誰の目から見ても明らかでわかりやすいイジメに走る者は、その実そうそういるものではないのである。多くがもっと陰湿で、証明のしにくいものだ。例えば先生のいないところで悪口を言う、とか。レクリエーションをしてもディベートをしても、私の発言だけが綺麗に無視される、とか。二人組を作るときわかりやすくあぶれるとか――もしくは、クラス全員でやってるLANEグループに一人だけ呼ばれないとか。もしくは呼ばれて入会した直後に他の全員が脱退するとか。
 あるいは、ネットの掲示板でひたすら行動を晒され、悪口を書かれ、やってもいない恥ずかしい行動を言いふらされたり言ってもいない万引きをやったと言われたり。――陰湿で、馬鹿げていて、証明が難しい。今のご時世には大人にバレないように人を追い詰め、傷つける方法などいくらでもあるのである。
 私は誰のことも信じられなくなり、学校の外でも誰かに見張られ悪口を言われているような気がしてしまい――外に出ることができず、引きこもるようになった。
 両親も心配している。世間体がよくないこともわかっている。私は生きているだけで、誰かに迷惑をかける存在に成り果てている。もう消えてしまいたい、そう思った時に見つけたのが、『セイカンクラブ』のホームページだった。



『誰にも迷惑かけず、少しでも綺麗に、楽に死にたい方。私達と一緒に最良の終わりを探しませんか』



 それは、自殺者が集まり、みんなで一緒に死のうという集まりだった。
 私はそのホームページをクリックし、主催者である“スバル”と連絡を取ったのである。そして、今此処にいるというわけだ。此処でお互いの苦しみをぶつけ合い、昇華し、一番いい死に方を相談するために。
 顔も知らない人とオフで会うのは抵抗があったが、それも死ぬためなら話は別だ。もう私に、気兼ねするような“先”などないのである。どうにでもなればいいという気持ちで私は指定されたこのマンションの一室のドアを叩いたのだった。

――そうだよね。……中学生の男の子だったら、一人でこんな部屋借りたりするのはムリだもんね……。

 私はスバルが成人しているというのを信じることにした。別に、彼がどんな存在でも自分には関係ないことである。長く付き合う必要がないと思えば、相手のことも深く詮索する必要がない。それは、アイコに対しても熊蔵に対しても同じである。彼らもみんな死にたくてここに集まっているのだ。その苦しみを共有したいけど、興味本意で根掘り葉掘り聞かれたくはないだろう。いいではないか、非常に気楽な関係で。

「さて、自己紹介も終わったところで!」

 パンッ!と手を叩いて、アイコさんが言った。

「作戦会議の前に、ご飯にしましょう!ミサキちゃん、カレーライスが好きだって言ってたわよね?実は家で作って持ってきちゃったのよー」
「え、本当ですか!?」
「今温めるから待ってて!どうせすぐには決まらないし、なんなら明日もリクエストしてくれたものを作ってくるわよ」
「あ、ありがとうございます……!」

 仕事の出来そうなキャリアウーマン、そんな出で立ちゆえ、もっと気の強くて怖い女性だとばかり思っていたのに。アイコは非常に親切な、女子力高い姉御肌の人物だった。
 いいねえ、とイケオジな熊蔵が嬉しそうに声を上げる。

「人の手料理とか本当に久しぶりだねえ!楽しみだなあ」
「あ、熊蔵さん、独身なんですね」
「女房とは離婚しちゃったから、今はね。手料理ってそれだけであったかい感じするだろ?カレーだって、食べたいと思ってもここ何年もレトルトかレストランだったからなあ」
「そうなんですか」

 お父さんっぽい印象があったから独身に違和感があると思ったら、まさか離婚していたとは。自殺したいと思った理由もそこなんだろうか。――深くは聞けなかった。でも、どこか懐かしむような熊蔵の眼は印象的で――今でも本当は奥さんを愛しているのかな、なんてことも思ったのである。
 それぞれ、死にたい理由があるから此処にいるはずなのだ。この、一見すると優しそうで穏やかなおじさである熊蔵も、面倒見良さそうで美人なアイコにも。そして、さっきからゲーム画面とにらめっこしているスバルも。
 実はさっきからちょっと気になっていたのだ。スバルがプレイしているゲームは、私が昔買っていたRPGゲームの最新作であったから。

「あああっ!そこ、そこに来るのーっ!?」

 悲鳴が上がる。見ればプレイヤーであるライフルを持った青年が、ゾンビに噛みつかれて絶命しているところだった。ゲームオーバー、と無情な表示が出る。

「嘘だよぉ……まさか一番ザコいノーマルゾンビにやられるなんて……」
「……ノーマルゾンビって、荷物の後ろやビルの隙間に隠れてることが多いんですよ」
「へ?」

 思わず私が口にすると、スバルはきょとんとしたように言った。

「……エスケープ・アイランド、もしかしてやったことあるんですか?」
「……シリーズの、6までですけど」

 引きこもりをしている時、他にやりたいこともなくてひたすらゲームに明け暮れていたのである。外の情報をシャットアウトしていたせいで、7が出ていたことには全く気がついていなかったけれど。
 私が告げると、スバルはパァァ!と顔を輝かせて告げた。

「本当にっ!?お、お願いします、このステージのクリア手伝ってくださいーっ!!」

 その間抜けた声がおかしくて。私も、それを聞いていた熊蔵も、思わず笑ってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きだ、好きだと僕は泣いた

百門一新
ライト文芸
いつも絵ばかり描いている中学二年生の彼方は、唯一の美術部だ。夏休みに入って「にしししし」と笑う元気で行動力のある一人の女子生徒が美術室にやってくるようになった。ただ一人の写真部である彼女は、写真集を作るのだと言い―― ※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

精神科医ミリアの陰鬱な日常

黄昏湖畔
ライト文芸
これは先の見えない闇の中で藻掻く精神科医の話。 精神科医ミリアは一人の患者を担当していた。心を病んだ英雄。彼女の役目は英雄の心を癒す事。 真っ当な医師としての仕事のはずだが……彼女はその役割に辟易としていた。その理由とは? 心を癒す医者精神科医。では陰鬱な彼女の心を癒してくれるのは誰だろうか? ビターで陰鬱な大人の恋を描いた物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ワンダールームシェア

師走こなゆき
ライト文芸
 ある日、私(25歳女性)は押し入れの隅っこで御札を発見した。 「こんちはー」剥がしてみると明るく挨拶をする幽霊の女の子が現れた。  更に、幽霊の女の子に友達の妖精や動く人形を紹介され、流されるまま歓迎会を開かれる。  ジャンルは何なんでしょう? よくわかりません。  ※他サイトに載せたものに加筆したものです。

処理中です...