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35話 最後の夜会③
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理由も分からず、瞳に溜まった涙が耐えきれずに頬に零れ落ちる。少し前、とうに毒によって喪っていた記憶はティアルーナの元へ戻った。けれど、どうしたってその記憶が…記憶の中のティアルーナが自分だとは思えなかった。鉄仮面で、冷たい表情を変えることも出来ないのに恋をする姿が、感情がどうしたって受け入れられなかった。
(ああ…けれど、あの日の私が鉄仮面の下で抱いていた気持ちは、今の私と全く同じもの。私は──)
「ずっと、ルードルフ様のことを───」
そう、自覚して言葉にした途端にティアルーナの胸につっかえていた鉛のようなものが取れる。同時に、とんでもない羞恥心のようなものが湧き上がり先程までとは打って代わり、とても大人しく立っていられない。口元に手を当てて、誰かに聞かれてはいないかとあわあわと周囲を見渡す。誰の人影も見受けられないことに胸を撫で下ろして、早くホールに戻ろうと足を動かした途端に、ある意味では今一番会いたくなかった人物が現れる。
「ああ、良かった。ここにいたんだな」
「る、るるっ…ルードルフ様!」
動揺のあまり、思いきり噛んで不自然な挙動で慌てるように後ずさるティアルーナをルードルフは不思議そうに見やる。令嬢らに問うたら、しばらく帰ってこないと心配そうに言われたものだから悟られないようにしながらも急いでやってきたのだ。
「すまない、驚かせたか。体調が優れないと聞いて心配で」
体調を窺うルードルフに大丈夫だと返すティアルーナは何処か、常とは様子が違うように見えた。実際は、恋心を認識したばかりの相手に気まずくて仕方がないだけなのだが何も知らないルードルフから見れば、心配心を掻き立てられるものだった。
「…何か、あったのか?」
「えっ…? あ、いえ。その……」
「やはり、先程言ったことが原因か? 本当に、負担に思わせるつもりはなかったんだ…どうしても、ティアルーナの口から直接聞きたくて。無理をする必要は無い」
口ごもるティアルーナの様子に申し訳なさと焦燥感が沸き立ったルードルフが早口にそう伝えるとティアルーナはますます口を引き結び、らしくなく手を弄ばせる。
「ルードルフ様、御返事は…今してもよろしいでしょうか」
やがて、ティアルーナが何か言わなくてはと焦り捻り出した言葉をぽそぽそと言えばルードルフは虚をつかれたような表情をした後に、自嘲的な笑みを浮かべる。
(これで…断られて気持ちが落ち着けば、良いものを)
「ああ、勿論…ティアルーナ。君がどうしようもなく、好きなんだ、どうか僕を…選んでは貰えないだろうか」
「もしも、まだ許されるのなら…遅すぎる、でしょうか」
断られると当然に思っていたルードルフはティアルーナの返事にぴしりと固まり、はくはくと口を動かすが声になってはいなかった。動揺と言い表しようのない喜びで動けずにいるルードルフの様子から、無言の否定と受け取ったティアルーナは寂しげな微笑みを浮かべる。
「ルードルフ様…やはり、何度も断った挙句に今というのは、遅すぎましたよね。ただ、記憶を失って…前の私と変わらずにいるのはきっと、貴方を好きだと思う気持ちだけです。それだけお伝え出来れば、満足ですわ。ホールに戻りましょう?」
ティアルーナはルードルフに拒絶されたと考えた途端、共に将来を歩みたいという気持ちを押し込めた。気付かれては居ただろうけれど、気持ちを伝えることは無かった記憶を失う前も含めて、こうしてルードルフに思いの丈を告げられたということだけでもティアルーナは本当に満足だった。例え、もう会うことがなくても、寂しく思うことはあったとしても、きっと後悔はしないだろうと確信してデッキを出てダンスホールに向かおうとする。
「ぇ…え、ティアルーナ! 待ってくれ」
あまりに思い切りの良いティアルーナに慌ててルードルフは制止の声をかけた。自分は、固まっていただけで断ってなどいないのに、すっぱりと諦めるティアルーナにまたしても石のようになってしまっていたのだ。ルードルフは何度断られても諦められなかったし、仮に今ここで再度気持ちを断られていたとしても諦め切れずにもがいただろう。
だというのに、ティアルーナはあっさりとし過ぎている。言い様のない不安感と焦燥感が沸き立ったルードルフが慌ててティアルーナを引き戻す。
(駄目だ、本当に未練もなく行ってしまう…!)
「僕が断るなんて、そんなことをするはずが無い! ティアルーナこそ、僕を選んでくれるのか」
「…では、よろしいのですか? ルードルフ様と共にいたいと願っても」
きょとん、と驚きに表情を染めるティアルーナにルードルフは強く、強く頷いた。
「当たり前だ。むしろ、どうして断ると思っているんだ…一度了承したからには、後で嫌だと言っても離してはやらないからな」
ぎこちなくティアルーナを抱き寄せて、子供が拗ねたようにそう言えばティアルーナは嬉しそうな、朗らかな笑みを浮かべた。
「離されては困りますわ…嬉しいです、とっても」
二人はダンスが始まっても一向に戻らないことを心配した従者が探しにやってくるまで、ずっと寄り添っていた。婚約の続行の決定を聞いたアルフとドーラは娘の幸せに喜び、ロイスは怒り、ルードルフとは一悶着あったがそれはまた別のお話。
(ああ…けれど、あの日の私が鉄仮面の下で抱いていた気持ちは、今の私と全く同じもの。私は──)
「ずっと、ルードルフ様のことを───」
そう、自覚して言葉にした途端にティアルーナの胸につっかえていた鉛のようなものが取れる。同時に、とんでもない羞恥心のようなものが湧き上がり先程までとは打って代わり、とても大人しく立っていられない。口元に手を当てて、誰かに聞かれてはいないかとあわあわと周囲を見渡す。誰の人影も見受けられないことに胸を撫で下ろして、早くホールに戻ろうと足を動かした途端に、ある意味では今一番会いたくなかった人物が現れる。
「ああ、良かった。ここにいたんだな」
「る、るるっ…ルードルフ様!」
動揺のあまり、思いきり噛んで不自然な挙動で慌てるように後ずさるティアルーナをルードルフは不思議そうに見やる。令嬢らに問うたら、しばらく帰ってこないと心配そうに言われたものだから悟られないようにしながらも急いでやってきたのだ。
「すまない、驚かせたか。体調が優れないと聞いて心配で」
体調を窺うルードルフに大丈夫だと返すティアルーナは何処か、常とは様子が違うように見えた。実際は、恋心を認識したばかりの相手に気まずくて仕方がないだけなのだが何も知らないルードルフから見れば、心配心を掻き立てられるものだった。
「…何か、あったのか?」
「えっ…? あ、いえ。その……」
「やはり、先程言ったことが原因か? 本当に、負担に思わせるつもりはなかったんだ…どうしても、ティアルーナの口から直接聞きたくて。無理をする必要は無い」
口ごもるティアルーナの様子に申し訳なさと焦燥感が沸き立ったルードルフが早口にそう伝えるとティアルーナはますます口を引き結び、らしくなく手を弄ばせる。
「ルードルフ様、御返事は…今してもよろしいでしょうか」
やがて、ティアルーナが何か言わなくてはと焦り捻り出した言葉をぽそぽそと言えばルードルフは虚をつかれたような表情をした後に、自嘲的な笑みを浮かべる。
(これで…断られて気持ちが落ち着けば、良いものを)
「ああ、勿論…ティアルーナ。君がどうしようもなく、好きなんだ、どうか僕を…選んでは貰えないだろうか」
「もしも、まだ許されるのなら…遅すぎる、でしょうか」
断られると当然に思っていたルードルフはティアルーナの返事にぴしりと固まり、はくはくと口を動かすが声になってはいなかった。動揺と言い表しようのない喜びで動けずにいるルードルフの様子から、無言の否定と受け取ったティアルーナは寂しげな微笑みを浮かべる。
「ルードルフ様…やはり、何度も断った挙句に今というのは、遅すぎましたよね。ただ、記憶を失って…前の私と変わらずにいるのはきっと、貴方を好きだと思う気持ちだけです。それだけお伝え出来れば、満足ですわ。ホールに戻りましょう?」
ティアルーナはルードルフに拒絶されたと考えた途端、共に将来を歩みたいという気持ちを押し込めた。気付かれては居ただろうけれど、気持ちを伝えることは無かった記憶を失う前も含めて、こうしてルードルフに思いの丈を告げられたということだけでもティアルーナは本当に満足だった。例え、もう会うことがなくても、寂しく思うことはあったとしても、きっと後悔はしないだろうと確信してデッキを出てダンスホールに向かおうとする。
「ぇ…え、ティアルーナ! 待ってくれ」
あまりに思い切りの良いティアルーナに慌ててルードルフは制止の声をかけた。自分は、固まっていただけで断ってなどいないのに、すっぱりと諦めるティアルーナにまたしても石のようになってしまっていたのだ。ルードルフは何度断られても諦められなかったし、仮に今ここで再度気持ちを断られていたとしても諦め切れずにもがいただろう。
だというのに、ティアルーナはあっさりとし過ぎている。言い様のない不安感と焦燥感が沸き立ったルードルフが慌ててティアルーナを引き戻す。
(駄目だ、本当に未練もなく行ってしまう…!)
「僕が断るなんて、そんなことをするはずが無い! ティアルーナこそ、僕を選んでくれるのか」
「…では、よろしいのですか? ルードルフ様と共にいたいと願っても」
きょとん、と驚きに表情を染めるティアルーナにルードルフは強く、強く頷いた。
「当たり前だ。むしろ、どうして断ると思っているんだ…一度了承したからには、後で嫌だと言っても離してはやらないからな」
ぎこちなくティアルーナを抱き寄せて、子供が拗ねたようにそう言えばティアルーナは嬉しそうな、朗らかな笑みを浮かべた。
「離されては困りますわ…嬉しいです、とっても」
二人はダンスが始まっても一向に戻らないことを心配した従者が探しにやってくるまで、ずっと寄り添っていた。婚約の続行の決定を聞いたアルフとドーラは娘の幸せに喜び、ロイスは怒り、ルードルフとは一悶着あったがそれはまた別のお話。
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