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28話 ヴェルガム領
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翌朝に急ぎ出立したロイスとティアルーナは一度、公爵家所有の別邸で宿泊しながらも難なくヴェルガム公爵領、中心都市であり壮麗な公爵家の城があるウェルツに到着した。
「ああ…久しぶりだな。やっぱり幼い時の記憶とは違うように見えるけど、思いれる出来事がなかったからかな」
「そうですね、なんだか──色がついたようです」
公爵家の本拠地と言えるウェルツ城を見上げる。蒼と白を基調とした王城にも引けを取らないと密やかに噂される豪奢かつ、洗礼された美しさを併せ持つウェルツ城は兄妹にとって懐かしいものではあるが、それに思い出は伴わない。
(やっぱり、私の記憶でないみたい。間違いなくこの城で暮らしていたのは私なのに…)
記憶を取り戻してからと言うもの、時折頭をよぎる違和感が再びティアルーナの気分を曇らせる。他人の記憶を覗くような感覚はどうにも気分の良いものではない。
「まあ、思い出はなくとも今から作るから構わないよ。ルーナは温室は覚えてる?」
「温室…王都に移るまでに何度か足を運んだことはありますがあまり記憶には」
そんな話をしながら王都に構える邸で仕える使用人の数倍の数に総出で出迎えられ、ウェルツ城へと踏み入る兄妹の元に列から外れ、前に進み出る人物がいた。
「ロイス様、ティアルーナ様。お帰りなさいませ、旦那様がご不在の間些事を賜っております執事長のベルクです。おふたりはとても幼くていらっしゃいましたが、お覚えでいらっしゃいますか?」
「ええ、勿論。社交シーズンが終わってウェルツには戻ってきていても何時も郊外の別邸に居たから…何年ぶりかしら」
「僕はそもそも国にいなかったからね、六歳の時以来かな」
懐かしい顔に兄妹が口々にそう返すとベルクは嬉しそうに目を細める。
「忘れずにいてくださったとは、心嬉しいものです。それにしましても、仲が宜しいというのは本当のことだったのですね」
「こんなにも可愛い妹がいて、可愛がらない方がどうかしてるよ」
少しの間も置かずにベルクにそう返す兄に少々照れながらも苦笑いを浮かべるティアルーナ。整えた頭を愛おしげに撫でられ、不満げな表情で抗議するその光景は誰が見ても良好な兄妹仲で、ベルクとしても微笑ましい限りだ。老執事の脳裏に今も浮かぶちいさな主人たちは何時だって暗い表情で滅多に言葉も発さなかったのだから。
「長旅──と言える距離でもございませんが、お疲れでしょう。いつお帰りになられても良いようにお部屋は整えて御座います」
「そうだ、ベルク。あれは?」
軽く手を叩き合わせてメイドを動かすベルクにロイスがはたと思い出したかのように尋ねると、ベルクは老いを感じさせぬ上品な所作で胸に手を当て、頷く。
「もちろん、ご用意して御座います」
もみくちゃにされていたティアルーナは何とかロイスの腕から脱出し、身嗜みをメアリに整えられていたのだが『あれ』とやらに思い当たる節のない彼女はこてりと首を傾げた。
「兄様、なんのお話です?」
「見たら分かるよ、おいで」
────────
「……! 温室って、こんなに素敵だったの?」
「ははっ、違うよ。改修させていたんだけど、早く完成してね」
手を引かれて連れて来られたのは先ほど話題にしていた温室だった。しかしティアルーナの記憶のそれとは大きく異なり、幼かったことを考慮してもあまりに広大な広さに思わず目を見開く。
「ということは、兄様がなさったの? それに、もしかしてあれは温度調整機…『学園』で研究されていたものですか?」
興奮気味に兄に問いかけると同時に温室の中央に設置されたガラス張りの装置を指差す。実際に目にしたことはなかったがロイスの学園での、公爵家に戻ってからも続けていた研究の完成形に見えたのだ。装置の構造やデザインの相談を受けていた為に一目で思い至った。妹の問いかけにロイスは破面すると指された方向に進み、ぽんと装置に手を置く。
「そうだよ、最終調整に手間取っていたんだけどようやく完成してね。僕の研究の集大成…ルーナの役に立てそうな研究をしていて良かったよ」
「おめでとうございます!でも私は勿論、とっても嬉しいですけれど…王家に献上されなくてよかったのですか?これがあれば、どんな土地でも、どんな薬草でも育てられるのに」
王国では、優れた品は王家に献上するのが通例となっている。法が存在する訳では無いが、そうすることで王家との繋がりや王族の覚えが良くなるのだ。ウェルガム公爵家からすれば今更なことでも、そうして損は無いのだし、更に言えばティアルーナが婚約を解消することによって関係は今よりは遠くなる。そんな懸念からくるティアルーナの言葉にロイスは問題ないよと返した。
「仮にそうして、王立研究所に下賜されたところでルーナ以上に扱える人間なんて居ないからね。僕個人としても、研究発展の意味からしてもルーナに渡すのが一番」
「──ありがとうございます、大切に…使います」
「ああ…久しぶりだな。やっぱり幼い時の記憶とは違うように見えるけど、思いれる出来事がなかったからかな」
「そうですね、なんだか──色がついたようです」
公爵家の本拠地と言えるウェルツ城を見上げる。蒼と白を基調とした王城にも引けを取らないと密やかに噂される豪奢かつ、洗礼された美しさを併せ持つウェルツ城は兄妹にとって懐かしいものではあるが、それに思い出は伴わない。
(やっぱり、私の記憶でないみたい。間違いなくこの城で暮らしていたのは私なのに…)
記憶を取り戻してからと言うもの、時折頭をよぎる違和感が再びティアルーナの気分を曇らせる。他人の記憶を覗くような感覚はどうにも気分の良いものではない。
「まあ、思い出はなくとも今から作るから構わないよ。ルーナは温室は覚えてる?」
「温室…王都に移るまでに何度か足を運んだことはありますがあまり記憶には」
そんな話をしながら王都に構える邸で仕える使用人の数倍の数に総出で出迎えられ、ウェルツ城へと踏み入る兄妹の元に列から外れ、前に進み出る人物がいた。
「ロイス様、ティアルーナ様。お帰りなさいませ、旦那様がご不在の間些事を賜っております執事長のベルクです。おふたりはとても幼くていらっしゃいましたが、お覚えでいらっしゃいますか?」
「ええ、勿論。社交シーズンが終わってウェルツには戻ってきていても何時も郊外の別邸に居たから…何年ぶりかしら」
「僕はそもそも国にいなかったからね、六歳の時以来かな」
懐かしい顔に兄妹が口々にそう返すとベルクは嬉しそうに目を細める。
「忘れずにいてくださったとは、心嬉しいものです。それにしましても、仲が宜しいというのは本当のことだったのですね」
「こんなにも可愛い妹がいて、可愛がらない方がどうかしてるよ」
少しの間も置かずにベルクにそう返す兄に少々照れながらも苦笑いを浮かべるティアルーナ。整えた頭を愛おしげに撫でられ、不満げな表情で抗議するその光景は誰が見ても良好な兄妹仲で、ベルクとしても微笑ましい限りだ。老執事の脳裏に今も浮かぶちいさな主人たちは何時だって暗い表情で滅多に言葉も発さなかったのだから。
「長旅──と言える距離でもございませんが、お疲れでしょう。いつお帰りになられても良いようにお部屋は整えて御座います」
「そうだ、ベルク。あれは?」
軽く手を叩き合わせてメイドを動かすベルクにロイスがはたと思い出したかのように尋ねると、ベルクは老いを感じさせぬ上品な所作で胸に手を当て、頷く。
「もちろん、ご用意して御座います」
もみくちゃにされていたティアルーナは何とかロイスの腕から脱出し、身嗜みをメアリに整えられていたのだが『あれ』とやらに思い当たる節のない彼女はこてりと首を傾げた。
「兄様、なんのお話です?」
「見たら分かるよ、おいで」
────────
「……! 温室って、こんなに素敵だったの?」
「ははっ、違うよ。改修させていたんだけど、早く完成してね」
手を引かれて連れて来られたのは先ほど話題にしていた温室だった。しかしティアルーナの記憶のそれとは大きく異なり、幼かったことを考慮してもあまりに広大な広さに思わず目を見開く。
「ということは、兄様がなさったの? それに、もしかしてあれは温度調整機…『学園』で研究されていたものですか?」
興奮気味に兄に問いかけると同時に温室の中央に設置されたガラス張りの装置を指差す。実際に目にしたことはなかったがロイスの学園での、公爵家に戻ってからも続けていた研究の完成形に見えたのだ。装置の構造やデザインの相談を受けていた為に一目で思い至った。妹の問いかけにロイスは破面すると指された方向に進み、ぽんと装置に手を置く。
「そうだよ、最終調整に手間取っていたんだけどようやく完成してね。僕の研究の集大成…ルーナの役に立てそうな研究をしていて良かったよ」
「おめでとうございます!でも私は勿論、とっても嬉しいですけれど…王家に献上されなくてよかったのですか?これがあれば、どんな土地でも、どんな薬草でも育てられるのに」
王国では、優れた品は王家に献上するのが通例となっている。法が存在する訳では無いが、そうすることで王家との繋がりや王族の覚えが良くなるのだ。ウェルガム公爵家からすれば今更なことでも、そうして損は無いのだし、更に言えばティアルーナが婚約を解消することによって関係は今よりは遠くなる。そんな懸念からくるティアルーナの言葉にロイスは問題ないよと返した。
「仮にそうして、王立研究所に下賜されたところでルーナ以上に扱える人間なんて居ないからね。僕個人としても、研究発展の意味からしてもルーナに渡すのが一番」
「──ありがとうございます、大切に…使います」
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