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2話 拒絶

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「うッ」
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」

 ローゼリアが部屋へ押しかけたところ、どうやら不摂生極まる夫はまたしても研究をしながらの食事だったようで驚いた拍子にちょうど飲み込みかけたパンが喉に詰まってしまったらしい。内気で小心者な彼がこんな風になるのはもう何度目か。ローゼリアは慣れた様子で背中を叩く。しばらくそうしていると、落ち着いたのか礼を言うのでにっこりと頷く。 

「ねえ、旦那様」
「話を聞く前に、どうして僕を『旦那様』なんて呼ぶのか先に聞いてもいいかな?」

 改めて要件を伝えようとにじり寄るローゼリアに、アーノルドゼヴァン───侯爵家らしく、やけに格式張っていて長ったらしいので普段はルドと呼んでいる────は怯えたような顔をする。当然だ。ローゼリアがこうして「旦那様」なんて改まる時は大体がろくでもない要件なのだから。

「そんなの、お願い事があるからよ。わかっているのでしょ?」

 当然のように言い切り、胸を反らすローゼリアはさながら女王だ。あながち、間違ってはいないのだけど。
 だが、滅茶苦茶な要求はしても決して相手を傷つけるようなことはしないのがローゼリアであり、だからこそルドも彼女の頼みを断れないのだ。今回は一体どんな奇想天外なお願いなのだろうかと恐々としていると、ふんわりと柔らかな手に頬を包まれる。

「わたくしと恋愛をしてくださらない?」

 ルビーのように真っ赤な瞳がきらきらと輝いて、ルドを見つめる。商談相手を絶対に頷かせると評判の、ローゼリアの魔性の瞳。それには何の力もないはずなのに、思わず言うことを聞いてしまいたくなる魅力と力強さがある。これまでも、この瞳と甘えるような声に押し負けては何度も何度も彼女の願いを叶えてきた。どんな苦労も、この瞳が隠れて彼女が満面の笑みで礼を言ってくれるのなら、安いものだとさえ思う。それだけ、ルドはローゼリアのことが好きだった。もちろん、人間としてであって恋愛的な意味はこれっぽちも含まれていないけれど。

「…ロア」
「なあに?」
「僕には絶対無理だ、他を当たってくれ!」

 軽く退路を塞ぐように立っていたローゼリアを器用に避け、研究室の外へ逃げ出す。後ろで彼女が文句を言っている声が聞こえるが、聞こえないふりをした。それだけ、その「恋愛をする」というお願いだけは叶えられる気がしなかったのだ。絶対に。
 ローゼリアのことは好いているが、それは同居人を超えた家族として向ける好意であって決して甘酸っぱい感情ではない。それに、生まれてこの方物心がついた頃から研究に夢中で、友人もいたことのないルドにとって恋愛なんてものは本の中の空想の産物。ファンタジーなのだ。空飛ぶ馬がいたとしても、ルドが恋愛をするなんて有り得ないことだ。
 
 だからどうか、ローゼリアが諦めてくれますように。もしくは誰か良い人を見つけてそちらと恋愛してくれますようにと願わずにはいられない。だがしかし、悲しいことにルドは知っていた。ローゼリアが何かを諦めたことなどないことを。そして、願いを叶えずにいたことはないことを。


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