上 下
7 / 8

七話 自覚

しおりを挟む
ミハイルの思いもよらない発言にディアルガは若干口を開き、ミハイルの言葉を否定する言葉を探す。

「……別に彼女に恋心を抱いている訳でもないだろう」

苦しげに言葉を吐き出したディアルガにミハイルはまるでそんなものは見ていないとでも言うようにからりと笑う。ミハイルが優秀な兄に唯一勝ると自負するのは嘘はったりで、愚かなまでに真っ直ぐな兄には一生できないであろう芸当である。

「そんなものは婚約した後に恋すれば良いんですよ。少なくとも僕は彼女の美しさや心根の優しさを、とても好意的に見ていますし…それに、兄様の主張によればそれはお互い様ですよ」

「だが…」

「それに、父親の決めた相手と婚約するということは相手は誰でも構わないということ。ならば、どこの誰とも分からない相手よりも、僕が相手の方がミティルニア嬢もよっぽど安心できるでしょう。僕としても、気心が知れて馴染みのある彼女が伴侶になってくれるというのなら望ましい事ですし」

次々とディアルガの反論の余地を潰していくミハイルに兄は遂に言葉に詰まる。それをちらりと目端で見てとったミハイルは止めを刺す。

「僕は次男ですのでラルドラ侯爵家を継げないし、継ごうとも思いませんが…昨年、王太子殿下を凶刃から御守りした功績で伯爵位を賜る予定ですから、身分も彼女を娶るに十分かと思いますが」

ついに口を開こうとすらしなくなったディアルガを見上げて、ミハイルはどうしようかと今更ながらに悩み始める。先程以上に不機嫌になったら、それこそ対処の仕様がない。もしもそうなったら、ほとぼりが冷めるまでまた他国に遊びに出るかとまで空想を膨らませ始めた脳天気なミハイルとは対照的にディアルガは目の前の情報を全て断ち切って、昨日の茶会で母親に苛立ち紛れに言い捨てられた言葉を思い出していた。

『占欲だけは立派な、自分のことすら分からない愚か者』

(彼女を独占したいなどと、考えたこともない)

続いて頭に浮かぶのはミハイルの言葉で、母と弟は必死に、ディアルガはミティルニアを愛しているというのだ。本人が否定しているというのに、しつこく食い下がる姿には少しばかり辟易とした程だ。

どうして、何故そんなありもしないことを認めさせようとするのだ。彼女への感情は友人への心配と、友情だけなのに─────そんな思考の海に沈むディアルガは他人から見れば、石のように固まっていて、逃走の算段をつけたミハイルは恐る恐るといった体でディアルガに声をかける。

「あー…兄様? どうか怒らないで聞いていただきたいんですけど、例えば…例えばなんですが、」

「なんだ、早く言え」

妙にもったいつけて間を作るミハイルをディアルガが急かす。すると、ミハイルはそれから更に深呼吸をしてからようやく口を開いた。

「兄様がデザインを作らせていたミティルニア嬢のウェディングドレス、ありましたよね。あれを着た彼女の横に僕が立っていたらって、」

「は?」

早口に、一息で言い切ったミハイルはディアルガがゆっくりと目を見開いて怒気を露にする前に素早く席を立ち、目にも止まらぬ速さで逃げ出す。

「僕はただ、兄様に自覚させる為に言っただけですから! むしろ感謝してくださいよ!」

金のドアノブに片手をかけながらそう叫んだミハイルはそのままの勢いで部屋から飛び出していく。どたどたと騒がしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ディアルガはずるずると壁に寄りかかる。

「は…ははッ、」

ようやっと、何とか絞り出すようにして響いた声は酷く掠れていて、呼吸音の方が余程大きく感じられた。小さな獣の唸り声にも聞こえる笑い声とは打って変わって、ディアルガは首まで赤く染まり、額に当てた手は熱を訴えていた。

「後でミハイルには礼をしないとな…」

そうぽつりと呟いたディアルガはバルコニーに通じる大きなガラス扉を見遣る。日は、真上よりもずっと西に傾いているがまだ夕方にもならない時間帯だ。

ディアルガは、初めて屋敷の中を走った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】王女の婚約者をヒロインが狙ったので、ざまぁが始まりました

miniko
恋愛
ヒロイン気取りの令嬢が、王女の婚約者である他国の王太子を籠絡した。 婚約破棄の宣言に、王女は嬉々として応戦する。 お花畑馬鹿ップルに正論ぶちかます系王女のお話。 ※タイトルに「ヒロイン」とありますが、ヒロインポジの令嬢が登場するだけで、転生物ではありません。 ※恋愛カテゴリーですが、ざまぁ中心なので、恋愛要素は最後に少しだけです。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

処理中です...