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六話 ディアルガと弟
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普段は静まり返っているラルドラ侯爵家だが、その日ばかりは違った。ぎゃんぎゃんと騒がしい叫び声が何度も屋敷中に響くのだ。
「兄様、それで帰ってきたんですか?!」
声の主はディアルガの数歳年下の弟、ミハイルだった。ラルドラ侯爵の黒髪に血のような赤眼という、社交界で「恐ろしい」と口々に囁かれる容貌を見事にそのまま引き継いだディアルガとは打って変わって、ミハイルは夫人の家系の容姿を受け継ぎ、王国内外問わずに年頃の令嬢どころか婦人までを虜にしている。
「うるさい…そもそも何故、お前が屋敷に居るんだ」
ミハイルの声に心底鬱陶しいそうに顔を歪めるディアルガだが、太陽の光を受けてきらきらと輝くミハイルの金髪はどうしても元婚約者のミティルニアのそれを彷彿とさせ、無意識に更に苛立つ。
「一応僕もラルドラ家の次男ですし…そんなことより、苛立ち過ぎ。淑女の御相手をそんな態度では嫌われますよ」
「もう婚約を解消したんだ。どう思われようと関係がない」
ディアルガがだんだんだん、と力強く人差し指でテーブルを叩く様は見知らぬ人間からすればそれだけで恐怖の対象だが、やめるつもりはないらしい。呆れたように溜息をついたミハイルはくすりと小馬鹿にしたような笑いをわざと零す。
「兄様、僕は『淑女』と言っただけで、ミティルニア嬢とは言っていませんが」
「………ミハイル」
弟の言葉に、今度こそディアルガは鋭い視線と地を這うような低い声で本気の怒りを伝える。十数年と共に過ごしてきて、そのどんな思い出でも寛容であった兄が本気で憤怒する様を初めて目の当たりにしたミハイルは思わず背筋が粟立つ。
「あー、はいはい…申し訳ございません、もう言いませんよ。愛しのミティルニア嬢にこっぴどく棄てられてしまった兄様にあんまりな仕打ちでした」
空気が強ばるのを回避するために、多少なりとも道化た返事をしたミハイルだが、これ以上怒りの火に油を注がないよう十分に配慮した言葉を選んだつもりだった。だが、どうやらそんな思惑は上手くいかなかったようで、ディアルガはするりと立ち上がる。
「え、え、え…兄様? 僕、何もおかしなことは言ってませんよね?!」
「『愛しの』と、随分と俺を揶揄っているように聞こえたが?」
ゆっくりと近付いてくる兄に、何をされるのか、若しくは何もされないのかすら分からないというのに、確かな恐怖を感じてずりずりと椅子ごと交代するミハイルだったが、ディアルガが反応したらしい言葉を反芻すると思わず動きが止まる。
「は!? それは事実じゃないですか」
ミハイルとしては、そのことで揶揄ったつもりはなく、ただただ自分が思う通りの事実を述べたまでだったというのにそれを責められるとは思いもよらなかった。思わず言い返すように再び大声を出すとディアルガは不快そうに眉間の皺を更に深くして、不機嫌に返す。
「そんな訳がないだろう、彼女とはただ幼少からの縁があるというだけだ」
「はあ? なら、どうしてそんなに怒っているんですか。兄様は大抵のことには感情を動かされないでしょ、今日わざわざ伯爵家にまで会いに行ったのにミティルニア嬢の言葉にそんなに憤慨されたのは、彼女を好いているからに他ならない」
周囲の誰もが分かっていることだ、とミハイルが付け足してディアルガを見上げる。しかし、ディアルガは心底意味が分からないといった表情でミハイルの言葉を否定するだけだった。
「友人が自ら愚かな選択をしているのだ、止めるのは当然だろう」
(頑固に鈍感が加わると馬鹿よりも手が付けられないな…仕方ない)
あくまで『友』としての言葉と想いだと言い張るディアルガに、ミハイルは大きく溜息を吐く。このまま言い合いを続けても、何時まで経っても平行線なのは目に見えていた。
「わかりましたよ。ミティルニア嬢が心配だと仰っているんでしょ? なら、僕が彼女に婚約を申し込みます」
「兄様、それで帰ってきたんですか?!」
声の主はディアルガの数歳年下の弟、ミハイルだった。ラルドラ侯爵の黒髪に血のような赤眼という、社交界で「恐ろしい」と口々に囁かれる容貌を見事にそのまま引き継いだディアルガとは打って変わって、ミハイルは夫人の家系の容姿を受け継ぎ、王国内外問わずに年頃の令嬢どころか婦人までを虜にしている。
「うるさい…そもそも何故、お前が屋敷に居るんだ」
ミハイルの声に心底鬱陶しいそうに顔を歪めるディアルガだが、太陽の光を受けてきらきらと輝くミハイルの金髪はどうしても元婚約者のミティルニアのそれを彷彿とさせ、無意識に更に苛立つ。
「一応僕もラルドラ家の次男ですし…そんなことより、苛立ち過ぎ。淑女の御相手をそんな態度では嫌われますよ」
「もう婚約を解消したんだ。どう思われようと関係がない」
ディアルガがだんだんだん、と力強く人差し指でテーブルを叩く様は見知らぬ人間からすればそれだけで恐怖の対象だが、やめるつもりはないらしい。呆れたように溜息をついたミハイルはくすりと小馬鹿にしたような笑いをわざと零す。
「兄様、僕は『淑女』と言っただけで、ミティルニア嬢とは言っていませんが」
「………ミハイル」
弟の言葉に、今度こそディアルガは鋭い視線と地を這うような低い声で本気の怒りを伝える。十数年と共に過ごしてきて、そのどんな思い出でも寛容であった兄が本気で憤怒する様を初めて目の当たりにしたミハイルは思わず背筋が粟立つ。
「あー、はいはい…申し訳ございません、もう言いませんよ。愛しのミティルニア嬢にこっぴどく棄てられてしまった兄様にあんまりな仕打ちでした」
空気が強ばるのを回避するために、多少なりとも道化た返事をしたミハイルだが、これ以上怒りの火に油を注がないよう十分に配慮した言葉を選んだつもりだった。だが、どうやらそんな思惑は上手くいかなかったようで、ディアルガはするりと立ち上がる。
「え、え、え…兄様? 僕、何もおかしなことは言ってませんよね?!」
「『愛しの』と、随分と俺を揶揄っているように聞こえたが?」
ゆっくりと近付いてくる兄に、何をされるのか、若しくは何もされないのかすら分からないというのに、確かな恐怖を感じてずりずりと椅子ごと交代するミハイルだったが、ディアルガが反応したらしい言葉を反芻すると思わず動きが止まる。
「は!? それは事実じゃないですか」
ミハイルとしては、そのことで揶揄ったつもりはなく、ただただ自分が思う通りの事実を述べたまでだったというのにそれを責められるとは思いもよらなかった。思わず言い返すように再び大声を出すとディアルガは不快そうに眉間の皺を更に深くして、不機嫌に返す。
「そんな訳がないだろう、彼女とはただ幼少からの縁があるというだけだ」
「はあ? なら、どうしてそんなに怒っているんですか。兄様は大抵のことには感情を動かされないでしょ、今日わざわざ伯爵家にまで会いに行ったのにミティルニア嬢の言葉にそんなに憤慨されたのは、彼女を好いているからに他ならない」
周囲の誰もが分かっていることだ、とミハイルが付け足してディアルガを見上げる。しかし、ディアルガは心底意味が分からないといった表情でミハイルの言葉を否定するだけだった。
「友人が自ら愚かな選択をしているのだ、止めるのは当然だろう」
(頑固に鈍感が加わると馬鹿よりも手が付けられないな…仕方ない)
あくまで『友』としての言葉と想いだと言い張るディアルガに、ミハイルは大きく溜息を吐く。このまま言い合いを続けても、何時まで経っても平行線なのは目に見えていた。
「わかりましたよ。ミティルニア嬢が心配だと仰っているんでしょ? なら、僕が彼女に婚約を申し込みます」
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