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第一章 行運流水、金花楼の夜
牡丹姐さん 4
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それ、いいな。
ふと浮かんだ想像に、あたしはじわじわと浮き立ってくる。
後宮。皇帝の妃嬪たちが集う、華やかな女の園。
きっとそこでは飢えも寒さも無いだろう。
かと言って桃源郷でないことも想像がつく。皇帝の寵を競い合うのだから、衝突だってあるだろう。
それでも、だ。そ
女同士の競争なんて妓楼だって日常茶飯事だし、あたし自身は高貴な人の寵愛を受けたいわけではないから、確実に飢えと寒さをしのげて、ちゃんと毎月お給金が支払われるのなら、それで満足だ。
なによりこれ以上、体を売らなくて済むという点でも。夢のような場所。
(いいな……私にも、好機があれば……)
そんな思いが込み上げて、むしろ、今が、そうなのではないかと考えついた。
これを逃したらあたしなんかには一生、天上人たちへのつながりなんてないだろう。
それなら今、目の前の好機にがむしゃらにしがみついてみるのも、悪くない気がする。
あたしは顔を上げた。
目の前の美女は不思議そうにこちらを見ている。
「ねえ、もし牡丹ねえさんが後宮へ入るのなら、私を侍女にしてくださらない? 身の回りの世話をする人間が必要でしょう?」
「気が早いわ、玉蘭。それにこれは……私と陛下の、秘密のことなの」
「でも私には教えてくれた。それって、姐さんもママも、私のことが使えると思ったからじゃないの?」
身を乗り出すと、金梅が鼻でせせら笑った。
「ふん、ずいぶんと思い上がったもんだねえ」
「姐さん、私を使って。私、姐さんのためにならなんでもやるわ。指輪だって探してみせる。公羊様が持って行ったのだとしたら、皇城に行けば会えるかもしれないんでしょう? それとも、金花楼の名前を使って呼び出すことができるかしら。皇子様の夜遊びを知られたくない付き人を味方にすることだってできると思うわ。この体でも……どんな手を使ってでもね」
相手をたぶらかすための言葉なんていくらでも出てくる。だってあたしは妓女だ。客に夢を見させるのが私たちの仕事だ。
けれど目の前の相手は、あたし以上にやり手の──手強い女たちだ。
牡丹は、この柔らかな瞳の奥であたしの真意を見抜こうとしているに違いない。
あたしが使い物になるかどうか。彼女の邪魔にならないか。
真の味方になるのかどうか。
そしていざという時には、切り捨てることができるかどうか。
まばたきすら我慢して、あたしは彼女の美しい顔かたちを強く見据えた。
しばらく見つめ合っていたけど、やがてにっこりと牡丹が微笑んだ。満開の花が咲いたように部屋がぱっと明るくなる。
「そうね。私も、玉蘭が一緒に来てくれたら嬉しいわ」
「牡丹よ」
金梅は一言、咎めるように名を呼んだ。
「良いじゃない、ママ。城に上がるときの『嫁入り道具』は自由に持ってきて良いと聞いているし。それに玉蘭は、ほら。陛下じゃなくて、お金が大好きなのだし。ね、玉蘭?」
「え? え、ええ。そうです。私、もっとお金が必要なんです。でも私では姐さんみたいな売れっ子にはなれないし、売り上げをはねられるのもいやだったし、冷や飯生活はもうこりごりだし、若さだけでゴリ押しできる時間なんてあっという間だし! それだったら後宮で姐さんのために働いた方がよっぽど安定してると思う! だから私をつれていって! 見習いの時に散々やったから、掃除だって洗濯だってできるもの!」
「ね、こう言ってるし。良いでしょう、仮母」
「だがな、牡丹や」
「私、玉蘭がほしいなぁ」
黙ってなりゆきを見守っていたけれど、金梅と牡丹、ふたりの力関係は圧倒的だった。
牡丹は愛情深く金梅をいたわり、それとなく自分の功績を指摘し、さらにはあたしが後宮に上がることでこの妓館がますます名の知れたものになると駄目押しをした。
処遇を決めるのは仮母だ。けれどそうなるよう仕組んだのは、牡丹なのだった。
あの仮母が、言いくるめられている。やっぱり牡丹はおそろしい人だと、あたしは改めて思ったのだった。
ふと浮かんだ想像に、あたしはじわじわと浮き立ってくる。
後宮。皇帝の妃嬪たちが集う、華やかな女の園。
きっとそこでは飢えも寒さも無いだろう。
かと言って桃源郷でないことも想像がつく。皇帝の寵を競い合うのだから、衝突だってあるだろう。
それでも、だ。そ
女同士の競争なんて妓楼だって日常茶飯事だし、あたし自身は高貴な人の寵愛を受けたいわけではないから、確実に飢えと寒さをしのげて、ちゃんと毎月お給金が支払われるのなら、それで満足だ。
なによりこれ以上、体を売らなくて済むという点でも。夢のような場所。
(いいな……私にも、好機があれば……)
そんな思いが込み上げて、むしろ、今が、そうなのではないかと考えついた。
これを逃したらあたしなんかには一生、天上人たちへのつながりなんてないだろう。
それなら今、目の前の好機にがむしゃらにしがみついてみるのも、悪くない気がする。
あたしは顔を上げた。
目の前の美女は不思議そうにこちらを見ている。
「ねえ、もし牡丹ねえさんが後宮へ入るのなら、私を侍女にしてくださらない? 身の回りの世話をする人間が必要でしょう?」
「気が早いわ、玉蘭。それにこれは……私と陛下の、秘密のことなの」
「でも私には教えてくれた。それって、姐さんもママも、私のことが使えると思ったからじゃないの?」
身を乗り出すと、金梅が鼻でせせら笑った。
「ふん、ずいぶんと思い上がったもんだねえ」
「姐さん、私を使って。私、姐さんのためにならなんでもやるわ。指輪だって探してみせる。公羊様が持って行ったのだとしたら、皇城に行けば会えるかもしれないんでしょう? それとも、金花楼の名前を使って呼び出すことができるかしら。皇子様の夜遊びを知られたくない付き人を味方にすることだってできると思うわ。この体でも……どんな手を使ってでもね」
相手をたぶらかすための言葉なんていくらでも出てくる。だってあたしは妓女だ。客に夢を見させるのが私たちの仕事だ。
けれど目の前の相手は、あたし以上にやり手の──手強い女たちだ。
牡丹は、この柔らかな瞳の奥であたしの真意を見抜こうとしているに違いない。
あたしが使い物になるかどうか。彼女の邪魔にならないか。
真の味方になるのかどうか。
そしていざという時には、切り捨てることができるかどうか。
まばたきすら我慢して、あたしは彼女の美しい顔かたちを強く見据えた。
しばらく見つめ合っていたけど、やがてにっこりと牡丹が微笑んだ。満開の花が咲いたように部屋がぱっと明るくなる。
「そうね。私も、玉蘭が一緒に来てくれたら嬉しいわ」
「牡丹よ」
金梅は一言、咎めるように名を呼んだ。
「良いじゃない、ママ。城に上がるときの『嫁入り道具』は自由に持ってきて良いと聞いているし。それに玉蘭は、ほら。陛下じゃなくて、お金が大好きなのだし。ね、玉蘭?」
「え? え、ええ。そうです。私、もっとお金が必要なんです。でも私では姐さんみたいな売れっ子にはなれないし、売り上げをはねられるのもいやだったし、冷や飯生活はもうこりごりだし、若さだけでゴリ押しできる時間なんてあっという間だし! それだったら後宮で姐さんのために働いた方がよっぽど安定してると思う! だから私をつれていって! 見習いの時に散々やったから、掃除だって洗濯だってできるもの!」
「ね、こう言ってるし。良いでしょう、仮母」
「だがな、牡丹や」
「私、玉蘭がほしいなぁ」
黙ってなりゆきを見守っていたけれど、金梅と牡丹、ふたりの力関係は圧倒的だった。
牡丹は愛情深く金梅をいたわり、それとなく自分の功績を指摘し、さらにはあたしが後宮に上がることでこの妓館がますます名の知れたものになると駄目押しをした。
処遇を決めるのは仮母だ。けれどそうなるよう仕組んだのは、牡丹なのだった。
あの仮母が、言いくるめられている。やっぱり牡丹はおそろしい人だと、あたしは改めて思ったのだった。
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