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気持ちを口にすることなく 1
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***
「お嬢さんたち、少し良いかな」
見覚えのある顔を見つけて声をかける。たしか昼間、自分たちとすれ違いざまにきゃあきゃあと喜んでいた女の子たちだ。
「突然失礼。このあたりに、女性が好きそうな小物を扱うお店などあるかな。できれば案内してもらえると助かるんだけど」
まだ宵の口とはいえ、女性だけの外出が許されるパシフローラ国はやはり安全だ。
そこかしこに私服姿の騎士の姿があって、威圧感を与えない程度に、けれど一般人とは違う鋭い視線で周囲に目を配っている。国境の要所メネクセスを守る武人にふさわしい、優秀な者ばかりなのだろう。
にぎやかな女性グループを引き連れて歩くキールスに気づいた若い騎士は、瞠目し、すれ違いざまに軽く一礼してきた。
(さすがに、騎士団の連中に顔は割れているか)
大魔導士キールス・グレイの王都からの逃亡は国内外に知れ渡っている。
あっちへふらふらこっちへふらふらするキールスに、かつての仲間で、いまは王女殿下の婚約者――次期王として王城に居を構える勇者殿からは、頻繁に便りも届く。
キールス自身も居場所は隠していない。けれど、この自分を無理やり拉致って王城へ連れ戻せるような輩はこの世界にいない。
彼は自由だ。どこへ行き、何を見て、誰となにをしようと咎められない。それはあの少女も同じ。
ローズを解放してあげられた自分が、キールスは何より誇らしかった。
(この旅がなかなか楽しいんだよねえ。あのときみたいでさ)
キールスの人生で素晴らしかったものといえば、魔王討伐のときのパーティだ。勇者に大魔導士、拳闘士に獣使い。たった四人で世界中を暴れまわった若かりし頃。
あれから10年以上がたった今、隣にいるのは一人の女性。
昔の仲間たちに感じた安心感と似たような、けれど確実に違う種類の喜びを感じながら、日々をすごしている。
「ありがとう、素敵な店だ。ここまででいいよ」
店を紹介してくれた女性たちはキールスとの別れを渋ったけれど、若い彼女たちにとって、誰かのために宝石を選ぶキールスよりは祭りの賑わいのほうが魅力的だったらしい。
彼女らに素敵な夜が訪れることを祈りつつ、キールスは店主へ笑顔を向けた。
「石を贈りたくてね。なにかいいものはあるかな」
あの子と出会って一年と少し。
折しも、立ち寄った街は恋人の聖地、メネクセス。ちょうどよい頃合いだと思っていた。
「贈り物ですね。恋人あて、でしょうか?」
「ふふ、そう見えるかな? 華美でないやつで……でもかわいいものがいいな。そういうのが似合う子なんだ」
上機嫌なキールスの声に年配の女性店主はうっとりと聞き入りつつ、いくつもの宝石を彼の前に並べた。
「ああ、これがいい」
一目で気に入ったものを指さす。自分の勘に惚れ惚れした。
贈られた彼女はどんな反応をするだろうか。
(喜ぶ……いや、驚いて固まる? それとも無駄遣いと怒るかな?)
どんな反応でもキールスには好ましい。早く渡してしまいたいが、加工に時間がかかるそうだ。
そうだ、とキールスはカウンターにもたれかかった。
「人を探していてね。知ってることがあったら何でもいい、教えてもらいたい」
けれどまさか、彼女に自分の気持ちがこれっぽっちも伝わっていないなんて、キールスはまったく気づいていなかったのである。
***
「……?」
肩を掴む力が弱まった。おそるおそる目をあけたローズは、「あのぅ」と控えめに声をあげた。
青年は青い顔で振り返る。
「その、あそこの彼。もしかして……貴女の知り合いでは?」
え、と振り返ったローズは、青年の視線を追って、大勢の人間が行き交う通りに目をやった。
たしかにいる。こちらを睨み付けて微動だにしない男が。
「キールス……!」
「キールス? それって、まさかあのキールス・グレイ?」
抱き合ってお互いを支え合う二人に、キールスが向かいの通りから微笑みかける。
その瞬間、ごうっと空気が震えて、ローズと騎士のあいだを突風が吹き抜けた。
「きゃあっ」
「うっ!?」
吹き飛ばされたローズは階段に背をしたたかに打ち付け、その場にしゃがみこんだ。青年も遠いところでうめいている。人々は突然の出来事に呆然として立ち尽くした。
人垣は左右に割れ、微笑みをたたえたキールスは拓けた道をゆうゆうと歩いてくる。
「ローズ、珍しいね。夜遊びかな?」
かつん、こつん。
一歩一歩を強調するように靴音をたてて、キールスがこちらにやってくる。
突然の修羅場に、祭りの喧騒は静まりかえってしまった。広場には噴水の音だけが響いている。
ローズと隣の青年騎士は、身体が凍った様に動かない。
「あちらの彼は?」
視線を向けられた騎士は「ひっ」と息をのんで、剣の柄をつかもうと指を震わせたようだった。
「まっ、……他人! 他人です!」
彼をかばって思わず叫んだローズに、キールスの視線が向く。
「道を教えてくれただけっ、し、しらない人だから! 大丈夫だから!」
何が大丈夫なのかわからないけど、そういわないと大変なことになりそうだということはわかる。
「何でもないから! もう、今すぐにでも帰ろうと思っていたとこだし」
「……そう」
キールスからあふれていた魔力が、徐々におさまっていく。それと同時に人々は呼吸を思い出したようで、我に返った者たちから逃げるようにして通りを去っていった。
一刻も早くここを離れたい一心で、ローズは座りこんだままの青年騎士に深く頭を下げた。
「……ごめんなさい、ありがとうございました」
「い、いや……」
「キールス!」
青年に背を向け、広場の中央に立ち尽くしたままの彼に駆けよる。
風で煽られた髪が俯くキールスの表情を隠してしまっている。ローズはそれを払いのけて、男の顔を覗き込んだ。
「急に何なのよ……! ほら、みんな見てる……、いったん帰ろ、宿に」
うんともすんとも言わない男の手を引いて、人通りの少なくなった通りを小走りに駆ける。
苦労して階段を上らせ、部屋に押し込む。はぁはぁと息切れがした。
「もう、なんだってこんなことに」
「誰だよ、さっきの男」
ゆらりと影が動く。
「お嬢さんたち、少し良いかな」
見覚えのある顔を見つけて声をかける。たしか昼間、自分たちとすれ違いざまにきゃあきゃあと喜んでいた女の子たちだ。
「突然失礼。このあたりに、女性が好きそうな小物を扱うお店などあるかな。できれば案内してもらえると助かるんだけど」
まだ宵の口とはいえ、女性だけの外出が許されるパシフローラ国はやはり安全だ。
そこかしこに私服姿の騎士の姿があって、威圧感を与えない程度に、けれど一般人とは違う鋭い視線で周囲に目を配っている。国境の要所メネクセスを守る武人にふさわしい、優秀な者ばかりなのだろう。
にぎやかな女性グループを引き連れて歩くキールスに気づいた若い騎士は、瞠目し、すれ違いざまに軽く一礼してきた。
(さすがに、騎士団の連中に顔は割れているか)
大魔導士キールス・グレイの王都からの逃亡は国内外に知れ渡っている。
あっちへふらふらこっちへふらふらするキールスに、かつての仲間で、いまは王女殿下の婚約者――次期王として王城に居を構える勇者殿からは、頻繁に便りも届く。
キールス自身も居場所は隠していない。けれど、この自分を無理やり拉致って王城へ連れ戻せるような輩はこの世界にいない。
彼は自由だ。どこへ行き、何を見て、誰となにをしようと咎められない。それはあの少女も同じ。
ローズを解放してあげられた自分が、キールスは何より誇らしかった。
(この旅がなかなか楽しいんだよねえ。あのときみたいでさ)
キールスの人生で素晴らしかったものといえば、魔王討伐のときのパーティだ。勇者に大魔導士、拳闘士に獣使い。たった四人で世界中を暴れまわった若かりし頃。
あれから10年以上がたった今、隣にいるのは一人の女性。
昔の仲間たちに感じた安心感と似たような、けれど確実に違う種類の喜びを感じながら、日々をすごしている。
「ありがとう、素敵な店だ。ここまででいいよ」
店を紹介してくれた女性たちはキールスとの別れを渋ったけれど、若い彼女たちにとって、誰かのために宝石を選ぶキールスよりは祭りの賑わいのほうが魅力的だったらしい。
彼女らに素敵な夜が訪れることを祈りつつ、キールスは店主へ笑顔を向けた。
「石を贈りたくてね。なにかいいものはあるかな」
あの子と出会って一年と少し。
折しも、立ち寄った街は恋人の聖地、メネクセス。ちょうどよい頃合いだと思っていた。
「贈り物ですね。恋人あて、でしょうか?」
「ふふ、そう見えるかな? 華美でないやつで……でもかわいいものがいいな。そういうのが似合う子なんだ」
上機嫌なキールスの声に年配の女性店主はうっとりと聞き入りつつ、いくつもの宝石を彼の前に並べた。
「ああ、これがいい」
一目で気に入ったものを指さす。自分の勘に惚れ惚れした。
贈られた彼女はどんな反応をするだろうか。
(喜ぶ……いや、驚いて固まる? それとも無駄遣いと怒るかな?)
どんな反応でもキールスには好ましい。早く渡してしまいたいが、加工に時間がかかるそうだ。
そうだ、とキールスはカウンターにもたれかかった。
「人を探していてね。知ってることがあったら何でもいい、教えてもらいたい」
けれどまさか、彼女に自分の気持ちがこれっぽっちも伝わっていないなんて、キールスはまったく気づいていなかったのである。
***
「……?」
肩を掴む力が弱まった。おそるおそる目をあけたローズは、「あのぅ」と控えめに声をあげた。
青年は青い顔で振り返る。
「その、あそこの彼。もしかして……貴女の知り合いでは?」
え、と振り返ったローズは、青年の視線を追って、大勢の人間が行き交う通りに目をやった。
たしかにいる。こちらを睨み付けて微動だにしない男が。
「キールス……!」
「キールス? それって、まさかあのキールス・グレイ?」
抱き合ってお互いを支え合う二人に、キールスが向かいの通りから微笑みかける。
その瞬間、ごうっと空気が震えて、ローズと騎士のあいだを突風が吹き抜けた。
「きゃあっ」
「うっ!?」
吹き飛ばされたローズは階段に背をしたたかに打ち付け、その場にしゃがみこんだ。青年も遠いところでうめいている。人々は突然の出来事に呆然として立ち尽くした。
人垣は左右に割れ、微笑みをたたえたキールスは拓けた道をゆうゆうと歩いてくる。
「ローズ、珍しいね。夜遊びかな?」
かつん、こつん。
一歩一歩を強調するように靴音をたてて、キールスがこちらにやってくる。
突然の修羅場に、祭りの喧騒は静まりかえってしまった。広場には噴水の音だけが響いている。
ローズと隣の青年騎士は、身体が凍った様に動かない。
「あちらの彼は?」
視線を向けられた騎士は「ひっ」と息をのんで、剣の柄をつかもうと指を震わせたようだった。
「まっ、……他人! 他人です!」
彼をかばって思わず叫んだローズに、キールスの視線が向く。
「道を教えてくれただけっ、し、しらない人だから! 大丈夫だから!」
何が大丈夫なのかわからないけど、そういわないと大変なことになりそうだということはわかる。
「何でもないから! もう、今すぐにでも帰ろうと思っていたとこだし」
「……そう」
キールスからあふれていた魔力が、徐々におさまっていく。それと同時に人々は呼吸を思い出したようで、我に返った者たちから逃げるようにして通りを去っていった。
一刻も早くここを離れたい一心で、ローズは座りこんだままの青年騎士に深く頭を下げた。
「……ごめんなさい、ありがとうございました」
「い、いや……」
「キールス!」
青年に背を向け、広場の中央に立ち尽くしたままの彼に駆けよる。
風で煽られた髪が俯くキールスの表情を隠してしまっている。ローズはそれを払いのけて、男の顔を覗き込んだ。
「急に何なのよ……! ほら、みんな見てる……、いったん帰ろ、宿に」
うんともすんとも言わない男の手を引いて、人通りの少なくなった通りを小走りに駆ける。
苦労して階段を上らせ、部屋に押し込む。はぁはぁと息切れがした。
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