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ぬくもりを想像しないことだったり
しおりを挟む(――眠れないや)
相当な距離を歩いて疲れているはずなのに、祭りの喧騒のせいかなかなか寝付けずにいる。
(いま何時だろう)
キールスが出て行ったのは夕暮れにも早い時間だった。
食事はどうしたのだろう。キールスのことだから、また裏通りのあやしげな店を探り当てて楽しんでいるのだろうけど。
ローズはというと、いつのまにか彼が手配したらしい豪華な部屋食をいただいたので、腹は満たされていた。
(……お祭り、行きたかったな)
ベッド近くの窓に額をおしつけて、街並みを見下ろす。街中に女神を祭る聖火が灯されているせいか、ずいぶん明るい。
いまごろキールスは、別の女を抱いて──。
広いベッドの上をごろんごろんと転がって、枕を抱きしめる。
こんな大きな街だ、きっと娼婦のレベルも高いに違いない。何日か滞在するなら、相手をするのだって一人じゃないだろう。
朝も、昼も、夜も……女たちはどんなふうに彼を満足させるのだろう。
──私では、駄目なの?
口にしてはいけない不満が、どす黒く渦を巻いてローズの腹のなかを暴れまわる。
私にだって、きっとうまくできるのに。
でもその一線を、絶対に彼はこえてこない。キスだってされたことはない。
僕好みになりそう、というのは、娘のようにという意味だったのだろうか。だとしたらひどい冗談だ。ローズは一度だって、彼のことを父親がわりに思ったことはない。
──出会ったときからずっと、私は……。
目を閉じる。暗闇の中に浮かぶ彼は、ローズの理想どおりに、深い藍色の瞳を細めて、甘く微笑んでくれる。
(……キールス……)
そっと指をそこに這わす。
「あ……」
震える吐息が、一人きりの静寂を揺らした。
だめなことをしている自覚はある。
でもローズだってもう立派に、女だ。女にだって性欲はある。疲れて、ぐちゃぐちゃになりたい夜だってあるのだ。
(娼館でのキールスはきっと……かわいい女の子をたくさん前に並べて……『自分でしてみせて』とか言って……『一番上手な子に、ご褒美をあげようかなぁ』とか、そういう遊びを……)
我ながらひどい妄想だ。
けどあの人ならそういうこと、しそうだもの。
(見て、キールス……私だって……)
想像の中の自分は、大人っぽいドレスを身につけている。身体も、彼好みのグラマラスな肉付きだ。
深いスリットから、豊満な脚を見せつけ、胸元を寄せて彼にアピールする。
女たちを値踏みするキールスの視線が、ローズを捉える。そうしたら脚を少し広げて、視線をさらに奥の方へと導いてやるのだ。
「は、ぁ……」
見られているという想像だけで濡れてしまう。指を小さく上下に動かして、ショーツを掻く。
「あっ……ん、……んっ」
ローズはすぐに、久しぶりの快感に夢中になった。
旅の間はなかなか一人になれない。宿だってだいたい一部屋しかとらないし、野宿のときは隣にキールスが寝ている。すやすや眠る彼をオカズにひとりえっちなんて、集中できるはずがない。
ころりとベッドに倒れこんで、本格的にそこへの愛撫に集中する。下着のなかに指を入れて、自分で腰を振って、濡れ始めたそこをさらに大胆にこすり上げる。とろりとあたたかい液を指になじませ動きをよくすると、クリトリスをいじる音もくちくちと湿っぽくなってくる。
(ああ、キールス、もっと、もっと見て……!)
想像のなかの彼は、にこりと笑ってローズの脚を広げて抑えつけた。
『素直な子は好きだよ……ほら、どうしてほしいの』
「こっち……入れて…………っ、ゆ、び、……んっ」
『すごいね、とろっとろだ』
キールスは自分の髪をかきあげ、ローズのあそこに顔を近づけると、ふうっと息を吹きかけた。
「ああん……それ、やだぁ……」
『入れるよ』
「あっ、あぁん」
自分の指をのみこんで、腰が動く。
「きもちいぃ、キールス、もっとぉ……」
甘ったるい自分の声に酔う。もっと手酷くしてほしい。激しいのが好き。
もっともっと、見られたい。だってそれって、求められているってことでしょう?
「こっちも、触って……」
本物の性交の快楽をローズは知らない。けど、見聞きしていることはたくさんあるのだ。
動きにくい右手で服をたくしあげて、胸をさらす。彼が似合うと言った、ピンク色のかわいい下着。
『うん、かわいい。ほらね、こっちのがイイって言ったでしょう』
胸当ての中にさしこまれた指が、乳首をきゅうきゅうとつまむ。
「ああっ、……下も……いっしょに……! や、気持ちいい、……イイよぉ……」
ぷっくりと熱くふくれあがったそこを、指でぐりぐりと抑えつけながら、別の指でナカを出入りさせる。
「あー……っ」
『ローズ、かわいいよ。ほら、僕の指でイってごらんよ』
「あっ、あっ……きぃ、るす……っ」
背がしなる。そのまま自分の指を使って、果てた。
「……っ、は、ぁ……」
涙をぬぐって、ベッドに倒れこんだ。ぜぇ、はぁ。久しぶりの絶頂で、なかなか息が整わない。
一人遊びの気持ちよさのあとにくるのは、彼への罪悪感と、ひとりぼっちの虚無感だ。
汚れた手を洗ってシーツを整える。部屋に残る甘ったるいにおいが、ただただ、むなしい。
「はぁ……もう、寝よ寝よ……」
気だるい身体をベッドに横たえ、掛け布を頭の上までかぶって目をつむる。
さっさと現実逃避しようとするのに、祭りばやしが遠くに聴こえて入眠をさまたげる。
ピーヒョロ、ピーヒョロ。あれは何の楽器だろう。
馬車が石畳の通りを駆け抜ける音。ざわめく人の話し声。
どん、と空気を震わす大きな音。
ローズはついにベッドを抜け出し、大通りに面する窓を開けた。花火だ。久しぶりに見た。
(いいなぁ、お祭り……)
娼館にいたころは、祝祭といったら超絶繁忙期で、下働きのローズが楽しむことのできる時間はこれっぽっちもなかった。
今は自由な身なのに、こうして異国に来てまで指をくわえて眺めているだけなのは、大変もったいない気がする。
(キールスは当分帰ってこないし……私も少しくらい、遊んでいいよね)
着替え直したローズは、護身用の短剣を携えた身軽な姿で、そろそろと階下へ降りて行った。
「わ、にぎやかだなぁ」
つぶやきも祭りの喧騒にとけてしまう。広場では旅芸人のパフォーマンスに、どっと拍手が沸き起こる。知らない言語も聞こえる。肉を焼く香ばしい香り。あまい砂糖菓子のにおいも。
この人ごみのどこかにキールスの姿がないかと探している自分に気づいて、ローズは足を止めた。
(探してどうするの)
偶然だね、たまには一緒の時間をすごさない? ……とでも言えばいいのだろうか。
(でも、キールスはそれを望んでないから、出て行ったんだし)
ため息のかわりに空を見上げる。
地上が明るすぎるせいか、今夜は星が見えない。
「おひとりですか」
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