6 / 13
変化から目をそむけることだったり 2
しおりを挟む
「なっ、ばっ、……っ!?」
「赤の下着が、ばっちり。そんなの、いつの間に買ってたの? セクシーだね」
頬にカッと熱が集まる。
「見ないで! 変態!」
「でもローズはそういうのじゃなくて、白とかピンクが似合うと思うけどなぁ。最初はそういうの用意してたはずだけど。趣味じゃなかったかな」
「最悪! 魔法で乾かすとか、そういう気遣いはないの?」
「できるけど、対価をもらうよ? こっちは命削って魔法を使うんだもの。なにがいいかな」
夜色の瞳があやしく細められる。――服の下を、見られている。
(くそくそ! いつもならそんなこと、言わないくせに!)
からかわれているとわかって、ローズは彼に背を向けた。
「もういい。はやく出てって!」
「はいはい、せっかくだから温泉でごゆっくり。あ、脱ぐの手伝う?」
「いらないッ!」
(さ、最悪! 最悪最悪、最悪……っ!)
べっとりひっついて気持ち悪いシャツを苦労して脱ぎ捨てて、片手でむしり取るように胸当てをはずす。
ぷるんと弾む胸を、動くほうの腕でぎゅっと隠した。
(まさか下着を見られただけじゃなくて、それについて意見されるだなんて! あいつにデリカシーってもんはないの!?)
羞恥と憤りで、顔から火が出そうだ。
(似合わなくて結構……! くっそ、もうこれ二度と着ない!)
別に、誰に見せるために着ているわけじゃない。
ただ、どこかの街の名前も知らない女が、キールスは大人っぽい装いをする女が好みだと言っていた、から。
でも別に、彼のためじゃない。ローズは彼に下着なんて見せる仲じゃない。
自分たちは恋人じゃない。ただの、旅の連れ。
左手で栓をひねって、熱いお湯を頭からかぶる。大量の湯が、ぽっかりあいた暗い排水口にごうごうと吸い込まれていく。
(私は……! 旅の連れとして、ちょっとぐらいは……キールスの好みに……近づいたほうがいいのかと、思って……!)
それなのに、なにが白やピンクだ。そんな少女趣味が自分に似合うはずがない。
スラム生まれの娼館育ち、言葉の汚さや所作の粗悪さはずいぶん矯正されたけれど、それでも王都の高級娼婦の足元にも及ばないし、生まれ持った器量の悪さだってどうしようもない。
醜い身体のことは言わずもがな。
(なによ、なによ……! なんで、私ばっかり、こんな……!)
キールスのように、とまではいかなくとも、道ゆく人々が振り返るくらいの女性に生まれたかった。そうすれば彼だって、少しは思い知ったかもしれないのに。
いつもいつも誰かに色目を使われている連れを見守るしかない自分が、どんなにむなしい気持ちをしているか。
いずれ自分のもとを去ってしまうのだろうという諦めや、そうならないでほしいと願ってしまう葛藤を、彼にだって体験させてやれたかもしれないのに。
──キミはきっと僕好みの女性になると思うんだよね、と。最初に言ったのはキールスだったはずなのに。
この苦しみがいったいなんなのか、ローズにはわからない。いつからかこの胸にいて、じわじわとローズを蝕む病だ。キールスのように酒を飲んでみても、おいしいご飯を食べても満たされることのない渇きだ。
わずかに痛みを忘れていられるのは、星空の下で彼と過ごす夜だけ。
心が満たされないのは、不自由な腕や脚のせいだけじゃないと、ローズだってわかっている。
ざぁざぁと贅沢に降り注ぐシャワーを、ローズはぎゅっと目を閉じて浴びつづけた。つんと痛む目と鼻が赤いのは、決して泣いたせいではないのだ。
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、出かけようとしているキールスとすれ違った。
「どっか行くの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
はっきりしない答えはたぶん、夜の店へ行くからだ。
「遅くなるから、ローズはここを好きに使っていいよ」
「え……あ、うん」
キールスの夜遊びなんてよくあることなのに、今日はどうしてか胸がざらつく。「祭りの最終日は、一緒にまわろう」なんて安い気休めを、彼が何喰わない顔で吐くからだ。
「べつにいい。興味ないし」
「わかってると思うけど、身の回りには気をつけてね」
「キールスには言われたくない」
「ははは、ローズはしっかりものだから心配いらないなぁ」
じゃあね、とキールスは軽やかに部屋を出て行った。
今日はそれが無性に悔しくて、腹立たしくて、ローズはふかふかの枕を引っ掴むと、力いっぱい扉に投げつけた。
「……っ、……!」
床に落ちた枕に顔を埋める。洗い立ての石鹸のいいにおいがするそれに、めいっぱいため息をふきこんで。
(いかないでよ……!)
夜ごと出かけるキールスにそう言ったことはない。
(ひとりにしないで! キールスがほかの女の人と寝るなんて、嫌だ)
自由なキールスはきっと、そんなことを言う女は嫌いだ。嫌われたくない。
──愛されたい、彼に。
ローズがキールスの好みの女ではないのはわかっている。手のかかる妹とか、そういう立ち位置なのだと思う。
自分の手を見つめる。昼間、ぐうぜん彼とつなぐことができた手。ほとんど動かない右手。何もつかむことができない手。
ローズから彼に触れたことなんて、ほとんどない。いつも近くにいるけど、キールスがローズにそういったことを要求してきたことは一度もない。
どうして、と尋ねることはできなかった。彼のやることに意味を考えはじめたら終わりだ。
ローズは特別に運が良かったのだ。ぐうぜん暇をしていた彼と出会い、ローズの不幸さに興味をもった彼に、気まぐれに拾ってもらえただけ。
だから気まぐれに捨てられることだってあるだろう。
いつその日が来ても大丈夫なように、彼と一緒の時間が増えるにつれて、心をかたく武装しなくてはいけなかった。
何も望んではいけない。だって、望んで拒絶されたら、きっと悲しい。
命を助けてもらって、こうして外の世界を見せてもらえて。それだけで十分すぎるくらいなのに、これ以上を望んではいけない。
──でも、ひとつだけ。ローズにはひとつだけ諦められないものがある。
星空。あの人と眺めるあの時間。
(はやく、違う街に行こう。運命の人なんて、ずっとずっと、見つからないといい……)
ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわす。キールス、キールス。どれだけ呼んだって、すぐに消えてしまう。
汚い床で寝たことも、冷たい路地にうずくまって朝が来るのを待ったこともあるのに。
こんなにもやわらかなベッドに横たわっている今、どうしてこんなに胸が苦しいの。
「赤の下着が、ばっちり。そんなの、いつの間に買ってたの? セクシーだね」
頬にカッと熱が集まる。
「見ないで! 変態!」
「でもローズはそういうのじゃなくて、白とかピンクが似合うと思うけどなぁ。最初はそういうの用意してたはずだけど。趣味じゃなかったかな」
「最悪! 魔法で乾かすとか、そういう気遣いはないの?」
「できるけど、対価をもらうよ? こっちは命削って魔法を使うんだもの。なにがいいかな」
夜色の瞳があやしく細められる。――服の下を、見られている。
(くそくそ! いつもならそんなこと、言わないくせに!)
からかわれているとわかって、ローズは彼に背を向けた。
「もういい。はやく出てって!」
「はいはい、せっかくだから温泉でごゆっくり。あ、脱ぐの手伝う?」
「いらないッ!」
(さ、最悪! 最悪最悪、最悪……っ!)
べっとりひっついて気持ち悪いシャツを苦労して脱ぎ捨てて、片手でむしり取るように胸当てをはずす。
ぷるんと弾む胸を、動くほうの腕でぎゅっと隠した。
(まさか下着を見られただけじゃなくて、それについて意見されるだなんて! あいつにデリカシーってもんはないの!?)
羞恥と憤りで、顔から火が出そうだ。
(似合わなくて結構……! くっそ、もうこれ二度と着ない!)
別に、誰に見せるために着ているわけじゃない。
ただ、どこかの街の名前も知らない女が、キールスは大人っぽい装いをする女が好みだと言っていた、から。
でも別に、彼のためじゃない。ローズは彼に下着なんて見せる仲じゃない。
自分たちは恋人じゃない。ただの、旅の連れ。
左手で栓をひねって、熱いお湯を頭からかぶる。大量の湯が、ぽっかりあいた暗い排水口にごうごうと吸い込まれていく。
(私は……! 旅の連れとして、ちょっとぐらいは……キールスの好みに……近づいたほうがいいのかと、思って……!)
それなのに、なにが白やピンクだ。そんな少女趣味が自分に似合うはずがない。
スラム生まれの娼館育ち、言葉の汚さや所作の粗悪さはずいぶん矯正されたけれど、それでも王都の高級娼婦の足元にも及ばないし、生まれ持った器量の悪さだってどうしようもない。
醜い身体のことは言わずもがな。
(なによ、なによ……! なんで、私ばっかり、こんな……!)
キールスのように、とまではいかなくとも、道ゆく人々が振り返るくらいの女性に生まれたかった。そうすれば彼だって、少しは思い知ったかもしれないのに。
いつもいつも誰かに色目を使われている連れを見守るしかない自分が、どんなにむなしい気持ちをしているか。
いずれ自分のもとを去ってしまうのだろうという諦めや、そうならないでほしいと願ってしまう葛藤を、彼にだって体験させてやれたかもしれないのに。
──キミはきっと僕好みの女性になると思うんだよね、と。最初に言ったのはキールスだったはずなのに。
この苦しみがいったいなんなのか、ローズにはわからない。いつからかこの胸にいて、じわじわとローズを蝕む病だ。キールスのように酒を飲んでみても、おいしいご飯を食べても満たされることのない渇きだ。
わずかに痛みを忘れていられるのは、星空の下で彼と過ごす夜だけ。
心が満たされないのは、不自由な腕や脚のせいだけじゃないと、ローズだってわかっている。
ざぁざぁと贅沢に降り注ぐシャワーを、ローズはぎゅっと目を閉じて浴びつづけた。つんと痛む目と鼻が赤いのは、決して泣いたせいではないのだ。
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、出かけようとしているキールスとすれ違った。
「どっか行くの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
はっきりしない答えはたぶん、夜の店へ行くからだ。
「遅くなるから、ローズはここを好きに使っていいよ」
「え……あ、うん」
キールスの夜遊びなんてよくあることなのに、今日はどうしてか胸がざらつく。「祭りの最終日は、一緒にまわろう」なんて安い気休めを、彼が何喰わない顔で吐くからだ。
「べつにいい。興味ないし」
「わかってると思うけど、身の回りには気をつけてね」
「キールスには言われたくない」
「ははは、ローズはしっかりものだから心配いらないなぁ」
じゃあね、とキールスは軽やかに部屋を出て行った。
今日はそれが無性に悔しくて、腹立たしくて、ローズはふかふかの枕を引っ掴むと、力いっぱい扉に投げつけた。
「……っ、……!」
床に落ちた枕に顔を埋める。洗い立ての石鹸のいいにおいがするそれに、めいっぱいため息をふきこんで。
(いかないでよ……!)
夜ごと出かけるキールスにそう言ったことはない。
(ひとりにしないで! キールスがほかの女の人と寝るなんて、嫌だ)
自由なキールスはきっと、そんなことを言う女は嫌いだ。嫌われたくない。
──愛されたい、彼に。
ローズがキールスの好みの女ではないのはわかっている。手のかかる妹とか、そういう立ち位置なのだと思う。
自分の手を見つめる。昼間、ぐうぜん彼とつなぐことができた手。ほとんど動かない右手。何もつかむことができない手。
ローズから彼に触れたことなんて、ほとんどない。いつも近くにいるけど、キールスがローズにそういったことを要求してきたことは一度もない。
どうして、と尋ねることはできなかった。彼のやることに意味を考えはじめたら終わりだ。
ローズは特別に運が良かったのだ。ぐうぜん暇をしていた彼と出会い、ローズの不幸さに興味をもった彼に、気まぐれに拾ってもらえただけ。
だから気まぐれに捨てられることだってあるだろう。
いつその日が来ても大丈夫なように、彼と一緒の時間が増えるにつれて、心をかたく武装しなくてはいけなかった。
何も望んではいけない。だって、望んで拒絶されたら、きっと悲しい。
命を助けてもらって、こうして外の世界を見せてもらえて。それだけで十分すぎるくらいなのに、これ以上を望んではいけない。
──でも、ひとつだけ。ローズにはひとつだけ諦められないものがある。
星空。あの人と眺めるあの時間。
(はやく、違う街に行こう。運命の人なんて、ずっとずっと、見つからないといい……)
ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわす。キールス、キールス。どれだけ呼んだって、すぐに消えてしまう。
汚い床で寝たことも、冷たい路地にうずくまって朝が来るのを待ったこともあるのに。
こんなにもやわらかなベッドに横たわっている今、どうしてこんなに胸が苦しいの。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
感情の凍り付いたイケメン氷結王子がなぜかイジメられっ子の私にだけは溺愛を注いでくる件
朱之ユク
恋愛
誰にも笑顔をみせず、誰にも愛想をみせない。
しかし、圧倒的なイケメンの王子であるスカイは周囲から氷結王子と言われていた。だけど、そんな彼にはただ一人だけ笑顔を見せる相手がいる。
……それが私っていったいどういう状態ですか?
訳が分からないので、とりあえずイケメン氷結王子からの溺愛だけは受け取っておきます。
だけど、スカイ。
私は周囲から嫉妬されたくないのであんまり人前で溺愛しないでください。
そのせいでイジメられているんですから。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる