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変化から目をそむけることだったり 2
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「なっ、ばっ、……っ!?」
「赤の下着が、ばっちり。そんなの、いつの間に買ってたの? セクシーだね」
頬にカッと熱が集まる。
「見ないで! 変態!」
「でもローズはそういうのじゃなくて、白とかピンクが似合うと思うけどなぁ。最初はそういうの用意してたはずだけど。趣味じゃなかったかな」
「最悪! 魔法で乾かすとか、そういう気遣いはないの?」
「できるけど、対価をもらうよ? こっちは命削って魔法を使うんだもの。なにがいいかな」
夜色の瞳があやしく細められる。――服の下を、見られている。
(くそくそ! いつもならそんなこと、言わないくせに!)
からかわれているとわかって、ローズは彼に背を向けた。
「もういい。はやく出てって!」
「はいはい、せっかくだから温泉でごゆっくり。あ、脱ぐの手伝う?」
「いらないッ!」
(さ、最悪! 最悪最悪、最悪……っ!)
べっとりひっついて気持ち悪いシャツを苦労して脱ぎ捨てて、片手でむしり取るように胸当てをはずす。
ぷるんと弾む胸を、動くほうの腕でぎゅっと隠した。
(まさか下着を見られただけじゃなくて、それについて意見されるだなんて! あいつにデリカシーってもんはないの!?)
羞恥と憤りで、顔から火が出そうだ。
(似合わなくて結構……! くっそ、もうこれ二度と着ない!)
別に、誰に見せるために着ているわけじゃない。
ただ、どこかの街の名前も知らない女が、キールスは大人っぽい装いをする女が好みだと言っていた、から。
でも別に、彼のためじゃない。ローズは彼に下着なんて見せる仲じゃない。
自分たちは恋人じゃない。ただの、旅の連れ。
左手で栓をひねって、熱いお湯を頭からかぶる。大量の湯が、ぽっかりあいた暗い排水口にごうごうと吸い込まれていく。
(私は……! 旅の連れとして、ちょっとぐらいは……キールスの好みに……近づいたほうがいいのかと、思って……!)
それなのに、なにが白やピンクだ。そんな少女趣味が自分に似合うはずがない。
スラム生まれの娼館育ち、言葉の汚さや所作の粗悪さはずいぶん矯正されたけれど、それでも王都の高級娼婦の足元にも及ばないし、生まれ持った器量の悪さだってどうしようもない。
醜い身体のことは言わずもがな。
(なによ、なによ……! なんで、私ばっかり、こんな……!)
キールスのように、とまではいかなくとも、道ゆく人々が振り返るくらいの女性に生まれたかった。そうすれば彼だって、少しは思い知ったかもしれないのに。
いつもいつも誰かに色目を使われている連れを見守るしかない自分が、どんなにむなしい気持ちをしているか。
いずれ自分のもとを去ってしまうのだろうという諦めや、そうならないでほしいと願ってしまう葛藤を、彼にだって体験させてやれたかもしれないのに。
──キミはきっと僕好みの女性になると思うんだよね、と。最初に言ったのはキールスだったはずなのに。
この苦しみがいったいなんなのか、ローズにはわからない。いつからかこの胸にいて、じわじわとローズを蝕む病だ。キールスのように酒を飲んでみても、おいしいご飯を食べても満たされることのない渇きだ。
わずかに痛みを忘れていられるのは、星空の下で彼と過ごす夜だけ。
心が満たされないのは、不自由な腕や脚のせいだけじゃないと、ローズだってわかっている。
ざぁざぁと贅沢に降り注ぐシャワーを、ローズはぎゅっと目を閉じて浴びつづけた。つんと痛む目と鼻が赤いのは、決して泣いたせいではないのだ。
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、出かけようとしているキールスとすれ違った。
「どっか行くの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
はっきりしない答えはたぶん、夜の店へ行くからだ。
「遅くなるから、ローズはここを好きに使っていいよ」
「え……あ、うん」
キールスの夜遊びなんてよくあることなのに、今日はどうしてか胸がざらつく。「祭りの最終日は、一緒にまわろう」なんて安い気休めを、彼が何喰わない顔で吐くからだ。
「べつにいい。興味ないし」
「わかってると思うけど、身の回りには気をつけてね」
「キールスには言われたくない」
「ははは、ローズはしっかりものだから心配いらないなぁ」
じゃあね、とキールスは軽やかに部屋を出て行った。
今日はそれが無性に悔しくて、腹立たしくて、ローズはふかふかの枕を引っ掴むと、力いっぱい扉に投げつけた。
「……っ、……!」
床に落ちた枕に顔を埋める。洗い立ての石鹸のいいにおいがするそれに、めいっぱいため息をふきこんで。
(いかないでよ……!)
夜ごと出かけるキールスにそう言ったことはない。
(ひとりにしないで! キールスがほかの女の人と寝るなんて、嫌だ)
自由なキールスはきっと、そんなことを言う女は嫌いだ。嫌われたくない。
──愛されたい、彼に。
ローズがキールスの好みの女ではないのはわかっている。手のかかる妹とか、そういう立ち位置なのだと思う。
自分の手を見つめる。昼間、ぐうぜん彼とつなぐことができた手。ほとんど動かない右手。何もつかむことができない手。
ローズから彼に触れたことなんて、ほとんどない。いつも近くにいるけど、キールスがローズにそういったことを要求してきたことは一度もない。
どうして、と尋ねることはできなかった。彼のやることに意味を考えはじめたら終わりだ。
ローズは特別に運が良かったのだ。ぐうぜん暇をしていた彼と出会い、ローズの不幸さに興味をもった彼に、気まぐれに拾ってもらえただけ。
だから気まぐれに捨てられることだってあるだろう。
いつその日が来ても大丈夫なように、彼と一緒の時間が増えるにつれて、心をかたく武装しなくてはいけなかった。
何も望んではいけない。だって、望んで拒絶されたら、きっと悲しい。
命を助けてもらって、こうして外の世界を見せてもらえて。それだけで十分すぎるくらいなのに、これ以上を望んではいけない。
──でも、ひとつだけ。ローズにはひとつだけ諦められないものがある。
星空。あの人と眺めるあの時間。
(はやく、違う街に行こう。運命の人なんて、ずっとずっと、見つからないといい……)
ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわす。キールス、キールス。どれだけ呼んだって、すぐに消えてしまう。
汚い床で寝たことも、冷たい路地にうずくまって朝が来るのを待ったこともあるのに。
こんなにもやわらかなベッドに横たわっている今、どうしてこんなに胸が苦しいの。
「赤の下着が、ばっちり。そんなの、いつの間に買ってたの? セクシーだね」
頬にカッと熱が集まる。
「見ないで! 変態!」
「でもローズはそういうのじゃなくて、白とかピンクが似合うと思うけどなぁ。最初はそういうの用意してたはずだけど。趣味じゃなかったかな」
「最悪! 魔法で乾かすとか、そういう気遣いはないの?」
「できるけど、対価をもらうよ? こっちは命削って魔法を使うんだもの。なにがいいかな」
夜色の瞳があやしく細められる。――服の下を、見られている。
(くそくそ! いつもならそんなこと、言わないくせに!)
からかわれているとわかって、ローズは彼に背を向けた。
「もういい。はやく出てって!」
「はいはい、せっかくだから温泉でごゆっくり。あ、脱ぐの手伝う?」
「いらないッ!」
(さ、最悪! 最悪最悪、最悪……っ!)
べっとりひっついて気持ち悪いシャツを苦労して脱ぎ捨てて、片手でむしり取るように胸当てをはずす。
ぷるんと弾む胸を、動くほうの腕でぎゅっと隠した。
(まさか下着を見られただけじゃなくて、それについて意見されるだなんて! あいつにデリカシーってもんはないの!?)
羞恥と憤りで、顔から火が出そうだ。
(似合わなくて結構……! くっそ、もうこれ二度と着ない!)
別に、誰に見せるために着ているわけじゃない。
ただ、どこかの街の名前も知らない女が、キールスは大人っぽい装いをする女が好みだと言っていた、から。
でも別に、彼のためじゃない。ローズは彼に下着なんて見せる仲じゃない。
自分たちは恋人じゃない。ただの、旅の連れ。
左手で栓をひねって、熱いお湯を頭からかぶる。大量の湯が、ぽっかりあいた暗い排水口にごうごうと吸い込まれていく。
(私は……! 旅の連れとして、ちょっとぐらいは……キールスの好みに……近づいたほうがいいのかと、思って……!)
それなのに、なにが白やピンクだ。そんな少女趣味が自分に似合うはずがない。
スラム生まれの娼館育ち、言葉の汚さや所作の粗悪さはずいぶん矯正されたけれど、それでも王都の高級娼婦の足元にも及ばないし、生まれ持った器量の悪さだってどうしようもない。
醜い身体のことは言わずもがな。
(なによ、なによ……! なんで、私ばっかり、こんな……!)
キールスのように、とまではいかなくとも、道ゆく人々が振り返るくらいの女性に生まれたかった。そうすれば彼だって、少しは思い知ったかもしれないのに。
いつもいつも誰かに色目を使われている連れを見守るしかない自分が、どんなにむなしい気持ちをしているか。
いずれ自分のもとを去ってしまうのだろうという諦めや、そうならないでほしいと願ってしまう葛藤を、彼にだって体験させてやれたかもしれないのに。
──キミはきっと僕好みの女性になると思うんだよね、と。最初に言ったのはキールスだったはずなのに。
この苦しみがいったいなんなのか、ローズにはわからない。いつからかこの胸にいて、じわじわとローズを蝕む病だ。キールスのように酒を飲んでみても、おいしいご飯を食べても満たされることのない渇きだ。
わずかに痛みを忘れていられるのは、星空の下で彼と過ごす夜だけ。
心が満たされないのは、不自由な腕や脚のせいだけじゃないと、ローズだってわかっている。
ざぁざぁと贅沢に降り注ぐシャワーを、ローズはぎゅっと目を閉じて浴びつづけた。つんと痛む目と鼻が赤いのは、決して泣いたせいではないのだ。
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、出かけようとしているキールスとすれ違った。
「どっか行くの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
はっきりしない答えはたぶん、夜の店へ行くからだ。
「遅くなるから、ローズはここを好きに使っていいよ」
「え……あ、うん」
キールスの夜遊びなんてよくあることなのに、今日はどうしてか胸がざらつく。「祭りの最終日は、一緒にまわろう」なんて安い気休めを、彼が何喰わない顔で吐くからだ。
「べつにいい。興味ないし」
「わかってると思うけど、身の回りには気をつけてね」
「キールスには言われたくない」
「ははは、ローズはしっかりものだから心配いらないなぁ」
じゃあね、とキールスは軽やかに部屋を出て行った。
今日はそれが無性に悔しくて、腹立たしくて、ローズはふかふかの枕を引っ掴むと、力いっぱい扉に投げつけた。
「……っ、……!」
床に落ちた枕に顔を埋める。洗い立ての石鹸のいいにおいがするそれに、めいっぱいため息をふきこんで。
(いかないでよ……!)
夜ごと出かけるキールスにそう言ったことはない。
(ひとりにしないで! キールスがほかの女の人と寝るなんて、嫌だ)
自由なキールスはきっと、そんなことを言う女は嫌いだ。嫌われたくない。
──愛されたい、彼に。
ローズがキールスの好みの女ではないのはわかっている。手のかかる妹とか、そういう立ち位置なのだと思う。
自分の手を見つめる。昼間、ぐうぜん彼とつなぐことができた手。ほとんど動かない右手。何もつかむことができない手。
ローズから彼に触れたことなんて、ほとんどない。いつも近くにいるけど、キールスがローズにそういったことを要求してきたことは一度もない。
どうして、と尋ねることはできなかった。彼のやることに意味を考えはじめたら終わりだ。
ローズは特別に運が良かったのだ。ぐうぜん暇をしていた彼と出会い、ローズの不幸さに興味をもった彼に、気まぐれに拾ってもらえただけ。
だから気まぐれに捨てられることだってあるだろう。
いつその日が来ても大丈夫なように、彼と一緒の時間が増えるにつれて、心をかたく武装しなくてはいけなかった。
何も望んではいけない。だって、望んで拒絶されたら、きっと悲しい。
命を助けてもらって、こうして外の世界を見せてもらえて。それだけで十分すぎるくらいなのに、これ以上を望んではいけない。
──でも、ひとつだけ。ローズにはひとつだけ諦められないものがある。
星空。あの人と眺めるあの時間。
(はやく、違う街に行こう。運命の人なんて、ずっとずっと、見つからないといい……)
ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわす。キールス、キールス。どれだけ呼んだって、すぐに消えてしまう。
汚い床で寝たことも、冷たい路地にうずくまって朝が来るのを待ったこともあるのに。
こんなにもやわらかなベッドに横たわっている今、どうしてこんなに胸が苦しいの。
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