美貌の魔法使いに失恋するための心構えについて

紺原つむぎ

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変化から目を背けることだったり 1

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「はぁ、やれやれ、脚が棒のようだよ」
「キールス、お願い、もう少し頑張って! 私の頭を、あご置きにしないで! 重いっ」
「ははは、ごめんごめん。ほら見えてきた」

 指さされた前方を見上げて、ローズはあっと息をのんだ。

「……すごい。森の中にいきなり、建物が」

 思わず足をとめ、ローズは深い森の奥に現れた建造物を見上げた。同じように目をこらしたキールスも満足そうに頷く。

「あれがメネクセスの監視塔か。古くはパシフローラの国境戦争のために建てられたとか、なんとか」
「たしかメネクセスって、昔は城塞都市だったんでしょう?」
「よく勉強しているねぇ! そうそう、たった百年前には、この国の王族が住んでたんだよ。その人が建てた大聖堂が観光名所。あそこで女神の加護を受けた男女は、末長く幸せに結ばれるっていう言い伝えがあって、街には世界各国から新婚の男女が集まるっていう……ローズ? ねぇ聞いてる?」
「私、たぶんあの街、けっこう好きだと思う」

 地図を見るに、ここしばらくのうちに訪れた街の中でも、かなり大きな街だ。それに加えて、街をぐるりと囲むあの城塞のかっこよさといったら!

「……ローズは意外と、城とか武器とか騎士とか戦術とか歴史とか、そういうのが好きだよね」

 しみじみとつぶやくキールスから、ローズはつんと顔をそらした。

「女らしくない、って言いたいんでしょ?」
「いいと思うよ、歴女ってやつだ」
「なに、それ」
「知らない? 歴史好きのレディのことを、貴族のあいだでそうやって呼ぶんだよ」

 風に舞う髪を耳にかけながら、キールスがローズの顔を覗き込んできた。

「うん、来て良かった。きみ、楽しそうな表情をしてる」

 不意に香った彼の香りにどきっとしたローズは、わざとそっけなくキールスを突き放した。

「あなたは、何度も来たことがあるんでしょ?」
「いや、ないな。パシフローラ国は昔から騎士団が優秀でね。どんな小さな村にも騎士が常駐して住人を守っている。おかげで魔物の被害はあまりなかったから、勇者が立ち寄る理由もなくてさ」
「そうなの。じゃあ大魔導士キールス・グレイのこと知ってる人も少ないのかしら」
「それはありがたい! 久しぶりに、ゆっくり羽を伸ばしたいと思っていたところさ」





 検問所を無事に通過したローズは、街の入り口でそっと深呼吸をした。

 知らない土地に吹く、知らない風の香り。このときばかりは、ローズのひねくれた心もわくわくとときめくのだ。

 行き交う馬車、賑やかな露天市、旅人らしき者も多い。メネクセスは交易の要所だけあって、人の出入りがとても多い。
 自分たちもこの街で、物資の補給もかねて数日過ごすことになるだろう。

 ほどよいランクの宿屋を探してきょろきょろしていると、キールスが急に手をひっぱった。

「わっ、な、なに?」
「危ないよ、馬車が」

 鼻先を幌がかすめて、息をのんだ。あと一歩前に出ていれば、あやうく轢かれるところだったかもしれない。

「あ、ありがと……」
「けがはないね。それにしても、ずいぶんにぎわっているなぁ」

 動かない右手が、キールスのあたたかな手に包まれている。その手を繋いだままに、彼はゆっくりと歩きはじめた。

(ちょっと、手、手……!!)

 繋いでいてほしいなんて、頼んでないぞ。でも動かない右腕だから、ふりほどけない。だから繋いでいるだけ。
 こういったキールスの気まぐれはいつものことだ。でも、こんな人目につく場所で手を繋ぐのは……はじめてかもしれなかった。
 意識しまいと、ローズは大げさにあたりを見回した。

「もしかして、お祭りなんじゃないかな。ほら、広場に楽団もいるし、露店もあるみたい」
「ああ、そうか。女神の生誕祭が近いんだな。パシフローラ国は女神信仰でね。女神の名前は……たしか……ロー……っと」

 すれ違った同い年くらいの女の子たちが、キールスに目をとめてきゃあきゃあと騒いでいる。
 そんな彼女らに気づいたキールスが軽率に手を振るから、彼女たちは余計に盛り上がって、混雑した道を塞いでしまっている。罪深い男だ。

 彼女たちの興味が自分に向く前に、ローズはキールスの手を引いてさっさとその場を離れることにした。

「あんた、いつか女神に罰せられても知らないんだからね」
「ん? なんだって?」
「なぁーんにもない!」
「あ、ほら。ローズ、あの宿にしようか」

 キールスが指さしたのは、旅人でもひと目でわかる高級宿。

「だめだよ、あんなとこ。無駄遣いだよ」
「祭りの間はいろんな人間が集まるからね。多少値が張っても、安全を取って損はないと思うよ」
「……そう。そういうことなら」

 眠っている間に荷物を盗まれでもしたらたまらない。安眠のためにはお金が必要なんだ。

「一部屋たのむよ」

 受付の女性がキールスを三度見したのち、赤面してかたまってしまった。にっこり笑って鍵を受け取るキールスのかわりに、ローズが結構な額を先払いで支払う。
 二人の旅の資金が入った財布は、極力ローズが管理するようにしている。スリの手口はお坊ちゃま育ちのキールスより、ローズのほうが熟知しているからだ。

「わぉ、いい部屋だ。ベッドも広いしね」

 ローズも一緒に部屋を見渡す。家具も良いし、窓も大きい。
 感動したのはそれだけではない。

「き、キールス! なにこれ!」

  新しい寝床を警戒して部屋を隅々まで調べていたローズが、扉の向こうで声を上げた。

「来て! ほら、お、お風呂がある!」

 浴室をぐるりと見渡したキールスは「なかなかだね」と頷いた。

「パシフローラ国は湯につかる習慣があるんだよ。火山も多いし、温泉も多いせいかな」
「なにそれ、温泉って!」
「地中にある水脈があたためられて、噴き出ることがあるそうだよ。それに水を加えて、人が入れるような温度にしたのが温泉。古い傷にも効くとかで、湯治というんだっけね」
「なにそれなにそれ、パシフローラ、やばい! このお風呂も、温泉なの?」
「どうだろう、ちょっと出してみようか」
「えっ? いや、ちょっと待っ」

 キールスは制止を聞かずに栓をひねる。

「きゃあっ」

 とっさにかばおうとした腕は動かない。熱いシャワーをもろにかぶったローズは「もぉ!」と地団駄を踏んだ。

「もぉ! キールスのばかっ、最悪! 濡れたじゃん!」
「あ~っはっはっは! ごぉめん、ごめん。びしょ濡れだねえ」
「もぉっ……ベッタベタ……!」

 べっとり体に張り付いた布地を左手でひっぱる。秋も深まった季節とはいえ、歩き通しの日中は汗をかくから薄着だ。

「あーあ、透けてるよ。ローズ」

 腕を組んだキールスが、いつにも増してにこやかに言う。

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