上 下
58 / 61
◾︎本編その後

手を振るあなた2

しおりを挟む
 ***
  
  

「鳴瀬くーん? 東京の第三文芸の池野さんからお電話でーす」
  
(池野?)
  
 なんで池野がと思いつつも、新しい部署では違和感を感じる人間は鳴瀬のほかにいない。ひとまず内線をまわしてもらって、社内用PHSをとった。
  
「お疲れ様です、鳴瀬で」
「新幹線! 乗せましたから!」

 キィンと耳に響いて慌てて受話音量を下げた。
 音割れするほどデカい声を出すな。しかも、なんだって?

「新幹線?」
「琴ちゃん先生です!」
  
 池野はどうやら外にいるらしかった。ごぉっと空気を震わせるノイズが電話から聞こえる。発車アナウンスのような音も。なるほどこれ、駅の中でかけているのか。
  
「って、なんで先生が?」
「今日打ち合わせで! もうっ、鳴瀬さんしっかりしてください! 先生のほうがよっぽどしっかり考えてるじゃないですか私泣いちゃいましたよ、一緒にっ! ちゃんと琴ちゃん先生のこと引き取ってくださいね、そして末永く爆発しろ」

「な、なにがあったんだ全然わからん、おい池野……!」

「21時ジャストに新大阪着ですからね! ちゃんと迎えに行ってあげてくださいよ! スマホの充電器持たすの忘れてました! 充電たぶんやばいっす!」

「は!? まじで先生、こっち来て……いや、時間、まってメモ……!」

「よろしくお願いしますね、では! ご武運を! 報告待ってまーーーーす!」

「池野……!?」
  
 電話は沈黙する。鳴瀬は愕然としてPHSの画面を見つめた。
  
(な、なにが……? なにがどうなっているのかは知らんが琴香が新幹線にのってこっち来てるってのだけは伝わった……)
  
「鳴瀬くん、今日も呑みあるけど参加で良かった?」
  
 鳴瀬はあっと顔をあげて、あわてて笑顔を取り繕った。
  
「すみません、今日は……彼女がこっち来ることになってて」
  
 わっと周囲の視線が集まるのがわかる。
 ──こういうの詮索されるの、苦手ではあるんだけど。
 仕方ないかと腹をくくる。大したことじゃない風を装ってパソコンディスプレイを向いた。

 新しい部署のメンツは鳴瀬のプライベートに興味津々な様子だ。彼女がどこのだれで、どのくらいの付き合いで、どうやって知り合って、いまどういう状況なのかを大いに知りたがって、周囲に人が集まる。
  
「あーっと、そうすね。……うーん、めっちゃ可愛い子すね」
「まじかー! 若い?」
「年下っす」
「おぉお~、やるね~さすが」
  
 なにがさすがなのかさっぱりわからないけれど、こういうときは逆にとことんノロけると相手のほうから引いていくものだ。
 可愛くて、年下で、社会人で、今日こっちに来ることになっている、と。そこまで言えば先輩たちはそれぞれいいなぁとか、俺も今日はうちに帰ろうかなぁとか言いながらデスクに戻っていった。
  
(よし……! 仕事……!)
  
 混乱を引きずりながらも鳴瀬は高速でキーボードを叩いた。この資料さえ提出すればもうあとはどうにでもなる。
  
「すみません、お先に失礼します……!」
「おうおう、早く帰って爆発しやがれー」
「はは、ありがとうございます」
  
 20時をとうに過ぎている、急がないと。
 支社ビルを出て、地下鉄の入り口に駆ける。いつもより人通りが多いのは夜を楽しむサラリーマンが多いからだろう。

 ここ3週間ばかりで鍛えた土地勘が、新大阪に21時着ならほどよく間に合うはずだと告げている。検索しようとスマホ画面をタップしたら、ちょうど琴香からのメールを受信したところだった。
  
『急にこんなことになって、本当にごめんなさい、しかもスマホ電池切れそうで』
  
 何があったか知らないけど、わざわざ大阪までやってくるんだから、相当な話があるのだろう。

「大丈夫。新大阪ついたら、ひとまず構内で待ってて。たぶん中央口でいいと思う。迎え行くから」
『わかりました』

 メールの文面からは異常は感じ取れない。いや、自分がわかっていないだけで、彼女はかなり思い詰めているのではないか。
  
(そういや電話もメールもだいぶ頻度が下がって……うわー、やっばい。なんだなんだ? まさかマジで別れ話とか……いや池野のテンションそんな感じじゃなかったよな? うわーめっちゃ緊張してきた)
  
 ぐらり、車体が揺れてあわてて吊り革をつかむ。まだ慣れない関西の路線は、東京に比べて昼も夜もにぎやかな気がする。週末の喧騒のなかで鳴瀬一人だけが焦っているような気がしてならない。
  
(どうした、なんの話で……ああ、会いたいのに会うのがこわいって、ひどい矛盾だな……)
  
 電車は暗いトンネルを走り続ける。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

狡くて甘い偽装婚約

本郷アキ
恋愛
旧題:あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて~ エタニティブックス様から「あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて」が「狡くて甘い偽装婚約」として改題され4/14出荷予定です。 ヒーロー視点も追加し、より楽しんでいただけるよう改稿しました! そのため、正式決定後は3/23にWebから作品を下げさせて頂きますので、ご承知おきください。 詳細はtwitterで随時お知らせさせていただきます。 あらすじ 元恋人と親友に裏切られ、もう二度と恋などしないと誓った私──山下みのり、二十八歳、独身。 もちろん恋人も友達もゼロ。 趣味といったら、ネットゲームに漫画、一人飲み。 しかし、病気の祖父の頼みで、ウェディングドレスを着ることに。 恋人を連れて来いって──こんなことならば、彼氏ができたなんて嘘をついたりしなければよかった。 そんな時「君も結婚相手探してるの? 実は俺もなんだ」と声をかけられる。 芸能人みたいにかっこいい男性は、私に都合のいい〝契約〟の話を持ちかけてきた! 私は二度と恋はしない。 もちろんあなたにも。 だから、あなたの話に乗ることにする。 もう長くはない最愛の家族のために。 三十二歳、総合病院経営者 長谷川晃史 × 二十八歳独身、銀行員 山下みのり 切ない大人の恋を描いた、ラブストーリー ※エブリスタ、ムーン、ベリーズカフェに投稿していた「偽装婚約」を大幅に加筆修正したものになります。話の内容は変わっておりません。

甘々に

緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。 ハードでアブノーマルだと思います、。 子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。 苦手な方はブラウザバックを。 初投稿です。 小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。 また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。 ご覧頂きありがとうございます。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...