最後までして、鳴瀬さん! -甘党編集と金曜22時の恋愛レッスン-

紺原つむぎ

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■本編 (ヒロイン視点)

恋人達のフレンチトースト

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  ***
  
  
 熱したスキレットにたっぷりのバターを落とす。
 厚めにスライスしたバゲットにしっかり牛乳を吸わせてから、砂糖の溶けた卵液を絡める。
 そのまま一気に、熱々の鉄板の上へ。じゅうっと音をたててバターが跳ねて、パンの端っこが熱々のスキレットの上でぷるぷる震える。卵液の黄色がみるみるうちに鮮やかになる。
 砂糖の焦げる香りが漂うくらいの時間でひっくり返して、さらに裏面を焼く。
  
「はい、できあがりー、熱々フレンチトースト!」
「わぁいいにおい~、おなかすいたぁ。鳴瀬さん、紅茶でいいですか?」
「いいすよ~砂糖なしにしようかな。こっちがちょっと甘すぎたかも」
「はぁい」
  
 琴香が先に焼いておいたベーコンとブロッコリーも一緒に盛り付けて、ほかほかと甘い湯気のたちのぼる皿をテーブルの中央に置いた。
  
「ああ、おいしそー! いただきます!」
「いただきまーす。うんうん、甘かったなぁ、やっぱ」
「美味しいですよ! 鳴瀬さん食パンじゃなくてバゲットで作るんですねぇ。厚切りがふにゃふにゃして美味しい」
「そこのコンビニ、食パン売り切れてたんすよ。思ったよりうまくできました。ジャムなくてもいいっすね。あー、でもはちみつかけよっと」
「私も私も」
  
 幸せだ。
 朝起きると好きな人が同じベッドで寝ていて、一緒に料理をして、同じものを食べることができるなんて。
  
(ハッピーエンドすぎない……?)
  
 とはいえ仕事はこれからが勝負だし、大団円ってわけじゃない。でも、もっともっと頑張ろうと思える。
 足りなかったものを鳴瀬がくれたからきっと大丈夫だ、と。寝不足でも絶好調だ。
  
(あのときホテルに誘わなかったら、どうなってたのかな……事実は漫画より奇なりだよ、まったく)
  
 この物語はぜったい漫画には描かない。自分たちだけの幸せのかたちだから。
 切り分けたバゲットの甘さをじんわり噛み締めて、琴香は頬をゆるめた。
  
「おかわりしちゃおうかなー」
「っとぉ、甘いな、早いもの勝ちっすよ!」
「ああっ! はしっこ! 端っこでいいから! どうかもうひとつお恵みください!」
「ははっ。半分にしましょ。そうそう、うまい食パン専門店が会社の近くにあるんすよ、今度また買ってきます。このキッチンにもちょっと慣れたし、次は何作ろうなぁ」
「あの、鳴瀬さん、今日は……今から帰られます、よね……?」
「そうすね。昨日のスーツのまんまですしね」
  
 鳴瀬はちょっと考えるふうに口を閉じて、うんと頷いた。
  
「先生さえよければ、また昼に来ます」
「えっ」
「泊まりの用意とか、取ってこようかと」
「えっ」
「迷惑?」
「そんなわけ……!」
「来週から忙しいでしょうから。今日ぐらいは一緒にいてもいいかなって思ったんですが。先生の進捗もよろしいようですし」
「もちろん頑張ります! もう、担当さんにメールさえすれば今日はちょっと休んでもきっと大丈夫と思うんです! 掃除して、買い物行って、お昼ご飯作って待ってます」
  
 ぱっと目を輝かせた琴香を見て、鳴瀬もつられたように笑った。
  
「琴香」
  
 べしゃ。食べかけのフレンチトーストがはちみつの海にダイブする。
  
「って、呼んでいいすか」
  
 こくこくと頷く琴香の顔は、たぶん赤くなっている。
  
「け、敬語も……なしで……いいです」
「まぁまぁ、そこはゆっくりとさ」
  
 朝日が差し込む部屋で、ふたり向き合って、甘い朝食。
 これからも、いつまでもそうあるようにと願う心も同じだといい。
  

  
「じゃ、いってきます」
  
 コートを着た鳴瀬が玄関の扉をあけると、外は土曜の朝の静けさ。すっきりと晴れた日の乾いた風は、一人暮らしの部屋に晩秋の切なさを運んでくる。
 ──まだ別れてもいないのに、もうすでに会いたくなってる。
  
「待ってます、ね」
  
 名残惜しそうに見送る琴香を振り返って、鳴瀬はふっと笑った。
 屈んで、眼鏡を奪って、一瞬だけのキス。
  
「またあとで、琴香」
  
 驚いた琴香がなにか言う前に、玄関の扉は閉まってしまう。こつこつと、革靴が歩き去っていく音だけが聞こえる。
  
「~~~っ……ずるい!」
  
 こんなふうに期待させるんだったら、
  
 帰ってきたら、こんどは
 最後までして、鳴瀬さん!
  




  
(琴香編 -了-)
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