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■本編 (ヒロイン視点)

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 さっきまで寝ていたはずの鳴瀬が、琴香の腕をつかんだままじっと見上げてくる。



「なっ、なっ、!?」



 心の準備もなにもなく触れられたせいで、琴香の心臓は早鐘を打つ。腕をつかまれたままじゃ逃げることもできない。



「すっ、すみません起こしてしまいました? あ、あのあの、終電っ、まだっあの」

「俺に言いたいこと、ほかにありません?」

「え……?」

  

 瞳に心を読まれてしまいそうで、身体がこわばる。  



「ほ……ほかに……って……? なんでしょう?」



 気づいてしまったばかりの気持ちにぎゅうぎゅうふたをする。

 浮かれて、調子に乗って、傷つきたくない。



 見つめられ続けるせいで、徐々に顔が熱くなってくる。耳も、身体も熱っぽい。

 ひりひりとやけどしそうな胸の奥も、きっとこの人を想う心に焼かれている。この熱がきっと、恋心の正体だ。それを振り切るように、琴香は精一杯笑顔をつくった。



「も、……もー、やだなぁ、寝たふりだったんですか? 驚かせようと思ったのに!」

「……いえ。人の気配でいま起きて……」

「それなら、ちょうどよかったです! 終電逃しちゃうんじゃないかって心配で、起こそうか迷ってたんですから」



 無理に明るくふるまう自分は滑稽だ。でも、こうでもしないと、もうごまかせない。



「お疲れですよね、週末なのに本当にありがとうございます。おかげですっごい助かっちゃいました。おなかいっぱいで元気になりましたよ! このままネーム作業終わらせちゃおうと思うんで、ほんと何もお構いできませんでしたけど……そうだ、お礼に珈琲いれますね。……そしたら、そろそろ」



 急いでキッチンに引っ込んで、棚からとっておきを取り出す。キャラメルの香りのする珈琲豆だ。



 おなかがいっぱいでデザートは入らないけど、ちょっとだけなにか甘いものがほしい、そんなときに飲むと満足度が高いやつ。珈琲の香りは鮮度がいのち。だから家では極力、豆から挽く。二人分を計量して、ごりごりと挽きまわす。



 深煎り珈琲の苦み、キャラメルの甘さ……匂いたつ香りが気持ちを落ち着けてくれるはず。



 熱い珈琲ができあがったら、冷蔵庫にある市販のホイップクリームをぐるぐるのせて、ウィンナーコーヒーにしてもいいかもしれない。

 クリームと珈琲が合わさると味の変化が楽しめて飽きない。しかも液面がクリームでふたをされるから、長いことあたたかいまま保てる、なんて利点もある。寒い夜におあつらえ向き。



 そうやって、いつもならこの気分転換のおうちカフェ時間を楽しむのに、今夜はだめそうだ。道具を扱う手が震える。



「……そ、そういえば鳴瀬さん、私がブラックコーヒーに砂糖たっぷり派だって、いつ知ったんですか?」

「ああ、それは」



 何でもないふうを装って会話をふったつもりが、まさかキッチンに鳴瀬がやってくるとは思わず、しまったなと思った。見られているとますます緊張してしまう。

 いつもどおりに豆を計量して、挽いて……そうだ、コーヒーメーカーに水をセットしないと。



「先生が俺に淹れてくれたんすよ。今みたいに」

「えっ? 私?」



 覚えてないかぁと、鳴瀬はキッチンカウンターにもたれかかって目を閉じた。

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