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■本編 (ヒロイン視点)
レッスン2 理性と羞恥の味 -2-
しおりを挟む琴香の描いた物語の始まりは、キッチンから。
「俺様ヒーローか……導入がラブシーンなんですね」
「は、はい。ここでぐっと読者さんを掴みたいです!」
「わかりました、じゃあまずは……こうですね」
キッチンに手をついて、鳴瀬は琴香を囲うようにして迫った。
「ひぃっ」
いきなり距離が近い。
「そんなに緊張しないでください、フリですよ」
「そっ、そうでした!」
「『キスは初めて?」』
「へっ!? え、ええと!?」
「『そっか、残念』」
残念って!? ドキッとしてから、納得する。
(そっか! ネームにある台詞を言ってくれたんだ……!)
短い間にそこまで読み込んでくれたのか。さすが天下のガルラブ編集、仕事ができすぎる。
(うう、鳴瀬さんいい人すぎ……絶対、今夜で私はレベルアップしないと)
改めて気合いが入る。
まずは、キスのフリ。ネームの二人のように、琴香は鳴瀬の胸におそるおそる腕を添えた。
金曜22時、単身用のマンションは静かで、耳に入るのはデスクトップパソコンのファンや冷蔵庫の低音ぐらい。
(キ、キスのフリって……どのくらい目を閉じていたらいいの……?)
薄目を開けた琴香は、目を閉じている鳴瀬を見上げてごくりと生唾を飲んだ。
細い鼻梁に、厚すぎない唇。夜だというのに髭が伸びた感じもないから、もしかしたら家で身支度をしてきてくれたのかもしれない。
男の人らしい喉ぼとけ。首筋の筋肉のつきかたも女性とは全然違う。
骨ばってくっきりとした鎖骨の写真を資料用に欲しいと言ったら嫌な顔をされるだろうか。どこからか爽やかな甘い香りもする。柑橘系の……なんとかっていう香水。なんだっけ。
頭がごちゃごちゃだ。深い思考はできずに、思いついた言葉がぽろりとこぼれてしまう。
「身長差って……いいですね」
「メモします?」
ぱっと目を開けた鳴瀬は、シャツの胸ポケットからボールペンと付箋を取り出してキッチンに置いた。
ああほら、出ました。付箋。
「職業柄ね、持ち歩いてるんです」
すらすらとメモをして、ぺたんとキッチンカウンターに貼る。
【キスは身長差を強調するべし】
「おお……! なるほどこういう使い方……思いついたことをその場に貼っていく、と」
「はは。部屋、すごいことになりそうっすけどね」
「そっ、そうですね」
「いやしかし、気づきは大事です」
そうだこれは勉強なのだから。琴香も真剣にやろうと、描きかけのネームを片手に鳴瀬を呼んだ。
「鳴瀬さん、もう少し、寄ってもらってもいいですか? 身長差の話なんですけど、抱きしめるとヒロインの頭がどの辺に来るのかとか、本当に心臓の音は聞こえるのかとか知りたいです」
「わかりました。どうぞ」
「し、失礼します」
鳴瀬の腕にそっと包まれる。こうすると琴香の頭が、鳴瀬のちょうどの胸のあたりだ。
(心臓の音は……うーん、それほど聞こえないな……っていうか、私がドキドキしすぎててわかんないっていうか……あったかいな。背が高い人は腕も長い。すごく包まれてる感じする。体温のせいか柔軟剤とか香水もよく香るなぁ……あ、あれ……? っていうか、これ、あの……)
「鳴瀬さん……?」
「はい」
「あの……あの、これ」
ごくん。生唾を飲み込む。
「……わ、私のお腹あたりに、あ、当たって、るやつって……もしかして」
「生理現象ですので、構わずどうぞ」
「かっ、かまわず……っていうか……!!」
「大丈夫です、思ったより早めにヤバくなりましたけど今のところ正気です」
鳴瀬の方が見れない。これは。これが。
(っていうか、まだ、くっついただけなんですけど!?)
予想外の出来事に琴香は完全にフリーズしてしまった。
鳴瀬は「あー」と言って髪をがしがしとかく。
「怖がらせて申し訳ない。けど絶対に襲ったりはしません、誓います。『乙女心をキュンキュンさせる漫画をあなたに』がコンセプトのガルラブ編集部の名にかけて誓います、フリだけ。これはビジネスです、勉強会です、大丈夫」
「ハッ……! そうですね勉強会ですね! ありがとうございます! 次行きましょう、次!」
ふたりは早口で一気にまくしたてた。
──意識してはだめ、この夜を駆け抜けないと──羞恥と理性に追いつかれるぞ!
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