14 / 61
■本編 (ヒロイン視点)
5-2
しおりを挟む
「おっと、もしかして作業中でした?」
鳴瀬はリビングに置きっぱなしのタブレットに興味を示した。
「はいっ! いくつかプロットをひらめきまして……!」
「それはお邪魔しちゃいましたかねぇ」
「いえいえっ! おおおお待ちしておりました!」
(って、何を言っているんだ、私は)
心臓が爆発しそう。自分の部屋だというのに居場所がない。
「お、お茶でも、飲まれますか。一週間、お疲れ様でした……あっ、パンプキンプリン! ありがとうございます!」
2つある。一緒に食べましょうという意味だととらえて、琴香はさっそくテーブルにスプーンを並べた。
プリンに合うように、お茶をいれよう。今夜は冷えるし、かぼちゃだし、あったかい緑茶はどうだろう。
「お茶、ありがとうございます。最近のコンビニスイーツ、侮れませんからね……心してかからないと。いただきます」
「ほんとですよ。ありがとうございます、いただきます……しかも季節ものは短いスパンで切り替わるから、毎作追おうと思うと結構大変で」
「っすね。季節限定は正義ですから」
「そう、秋は特にやばいです……気を抜くと体重がドンと」
「わかります。30過ぎるともっとやばいっていつも先輩に脅されてますよ」
「うっ、タイムリミットは短い」
くしゅっとした食感のホイップがのった、鮮やかなオレンジ色の濃厚プリン。スプーンですくったプリンは口の中に運ぶとねっとりなめらか、溶けるようになくなってしまう。
かぼちゃの甘みには、案の定あたたかい緑茶がよく合った。
ぺろりと平らげたふたりがマグカップを手にほっと一息ついたところで、鳴瀬は持ち込んだビニール袋をひょいと持ち上げた。
「そうだ、先生、よかったら見てください。資料になるかと思って、いろいろ買ってきました」
そう言って、テーブルの上に『いろいろ』を並べ始める。
「ローションと、コンドームと、それからこっちはバラエティショップで、女性用AV的なものをね」
「ひぇっ」
「最近ってこういうのが多いんですねえ」
AVのおしゃれなパッケージをまじまじ見つめる鳴瀬に、なんと返答したらいいかわからない。ちらりと見えたレシートの値段が、昨日支払ったホテル代をこえている。琴香は、申し訳なくなって鳴瀬に頭を下げた。
「あっ、あの……資料ご用意くださってありがとうございます。助かります、こういうの考えつかなくて……せめて代金は払わせてください」
「いえいえ、こーゆーのは女性に払わすもんじゃないですわ」
「でも……勉強代なので」
「うーん。じゃあ、『勉強会』が終わってから考えましょっか。万が一を考えて用意したのも、あるんで……」
「えっ?」
琴香が聞き返そうとする前に、鳴瀬は本棚の漫画を目ざとく見つけて声をあげた。
「あーっ! 今月の『ガルラブ』がある! 買ってくれてるんですね!」
声が嬉しそうに跳ねている。
「あ、はい。毎月欠かさず買ってます」
「ありがとうございます! 嬉しいですよ、すごく」
漫画の話になると、鳴瀬はすごく目を輝かせる。
特に自分がかかわった作品については深い愛着を持ってくれる編集さんだ。
彼がついていたときの漫画は本当に楽しく描けた。……あの頃のような勢いが、今の自分にはきっと足りていないのだ。
「あの、『魔法少女リン』すごい面白かったです。少女向けなのに絶妙にえっちで、ヒーローのセリフにドキドキして……すごく好きでした」
「あの先生のセンスは独特ですよね。『魔リン』は俺もすごく勉強になった作品です。ありがとうございます、白石先生がほめてたって言ったら、あの子もすごく喜びますよ」
「……いえ、ほめるだなんて……」
相手の漫画家さんは人気絶頂で、おまけに鳴瀬がついているのに──
正直に言えば、ただただうらやましく、自分が同じように成果があげられないことが悔しい。
黙りこくった琴香を、鳴瀬はちょっとだけ眉をあげて見た。
「白石先生、ちょっといま、自信ない期ですかね」
「そ、そんなこと……いえ、そっか。そうなのかもしれません」
波があるのは以前からだ。さっきだって、ちょっと描けただけで天にも昇る気持ちになれた。どん底ではない。ないけど……。
「たぶん、自信のストックが、からっぽなんです」
だいぶ、からっぽだ。デビュー時に比べたら、本当に尽きてしまった。
新しい仕事は失敗続き。そのくせ自分を変えきれずにいる。流行りに乗れないのは、高すぎるプライドのせいかもしれない。
「……向いていないのかなって思うときもあるんですけど……認めたくなくて、苦しくて」
「そうですか。……うーんこれって、弱ってるところにつけこんでるんですかねぇ、俺は」
漫画を置いた鳴瀬が、琴香のそばに立つ。
一人暮らしの部屋に、他人の気配。ふたつのカップ、ふたつのスプーン……それだけでこんなに胸が騒ぐ。
「それでもまぁ、他の人間よりは、良い相談役になれると思ってるんでね」
「鳴瀬さん……」
穏やかな微笑み。物語のヒーローみたいな超絶イケメンではないけれど、人柄のよさがにじみ出た優しい表情が素敵な人だ。
鳴瀬には連載時からたくさん励まされてきた。今になって、こんな迷惑をかけてしまうのは本当に申し訳ないと思うけれど。
(ああ……でも。ちょっとだけ、わかった……)
非日常のときめき。はじまりの予感。ヒロインが恋に落ちるときの音、みたいなもの。
いま、琴香の中にもきこえる。
けど今は、その音に心を傾けている場合ではない──これはリベンジマッチだから。
「鳴瀬さん、お願いします」
失敗は何度まで許されるだろう。
もっと売れる漫画家になりたい。チャンスがあるなら、貪欲に手を伸ばしたい。
その気持ちに嘘偽りはない。
「……このあいだの続き、教えてください。女性のときめく、素敵なこと」
鳴瀬は真面目にうなずいた。
漫画のキャラみたいに、意地悪くからかったり、急にドSになったりはしない。琴香にはそれが良かった。
「スパダリヒーローみたいにはできませんけどね。頑張ります」
そう言って笑ってくれる。つられてぎこちなく笑う。
変わらず緊張しているけど、彼に頼んでよかったと思った。
――彼じゃないと、きっと無理だった。
鳴瀬はリビングに置きっぱなしのタブレットに興味を示した。
「はいっ! いくつかプロットをひらめきまして……!」
「それはお邪魔しちゃいましたかねぇ」
「いえいえっ! おおおお待ちしておりました!」
(って、何を言っているんだ、私は)
心臓が爆発しそう。自分の部屋だというのに居場所がない。
「お、お茶でも、飲まれますか。一週間、お疲れ様でした……あっ、パンプキンプリン! ありがとうございます!」
2つある。一緒に食べましょうという意味だととらえて、琴香はさっそくテーブルにスプーンを並べた。
プリンに合うように、お茶をいれよう。今夜は冷えるし、かぼちゃだし、あったかい緑茶はどうだろう。
「お茶、ありがとうございます。最近のコンビニスイーツ、侮れませんからね……心してかからないと。いただきます」
「ほんとですよ。ありがとうございます、いただきます……しかも季節ものは短いスパンで切り替わるから、毎作追おうと思うと結構大変で」
「っすね。季節限定は正義ですから」
「そう、秋は特にやばいです……気を抜くと体重がドンと」
「わかります。30過ぎるともっとやばいっていつも先輩に脅されてますよ」
「うっ、タイムリミットは短い」
くしゅっとした食感のホイップがのった、鮮やかなオレンジ色の濃厚プリン。スプーンですくったプリンは口の中に運ぶとねっとりなめらか、溶けるようになくなってしまう。
かぼちゃの甘みには、案の定あたたかい緑茶がよく合った。
ぺろりと平らげたふたりがマグカップを手にほっと一息ついたところで、鳴瀬は持ち込んだビニール袋をひょいと持ち上げた。
「そうだ、先生、よかったら見てください。資料になるかと思って、いろいろ買ってきました」
そう言って、テーブルの上に『いろいろ』を並べ始める。
「ローションと、コンドームと、それからこっちはバラエティショップで、女性用AV的なものをね」
「ひぇっ」
「最近ってこういうのが多いんですねえ」
AVのおしゃれなパッケージをまじまじ見つめる鳴瀬に、なんと返答したらいいかわからない。ちらりと見えたレシートの値段が、昨日支払ったホテル代をこえている。琴香は、申し訳なくなって鳴瀬に頭を下げた。
「あっ、あの……資料ご用意くださってありがとうございます。助かります、こういうの考えつかなくて……せめて代金は払わせてください」
「いえいえ、こーゆーのは女性に払わすもんじゃないですわ」
「でも……勉強代なので」
「うーん。じゃあ、『勉強会』が終わってから考えましょっか。万が一を考えて用意したのも、あるんで……」
「えっ?」
琴香が聞き返そうとする前に、鳴瀬は本棚の漫画を目ざとく見つけて声をあげた。
「あーっ! 今月の『ガルラブ』がある! 買ってくれてるんですね!」
声が嬉しそうに跳ねている。
「あ、はい。毎月欠かさず買ってます」
「ありがとうございます! 嬉しいですよ、すごく」
漫画の話になると、鳴瀬はすごく目を輝かせる。
特に自分がかかわった作品については深い愛着を持ってくれる編集さんだ。
彼がついていたときの漫画は本当に楽しく描けた。……あの頃のような勢いが、今の自分にはきっと足りていないのだ。
「あの、『魔法少女リン』すごい面白かったです。少女向けなのに絶妙にえっちで、ヒーローのセリフにドキドキして……すごく好きでした」
「あの先生のセンスは独特ですよね。『魔リン』は俺もすごく勉強になった作品です。ありがとうございます、白石先生がほめてたって言ったら、あの子もすごく喜びますよ」
「……いえ、ほめるだなんて……」
相手の漫画家さんは人気絶頂で、おまけに鳴瀬がついているのに──
正直に言えば、ただただうらやましく、自分が同じように成果があげられないことが悔しい。
黙りこくった琴香を、鳴瀬はちょっとだけ眉をあげて見た。
「白石先生、ちょっといま、自信ない期ですかね」
「そ、そんなこと……いえ、そっか。そうなのかもしれません」
波があるのは以前からだ。さっきだって、ちょっと描けただけで天にも昇る気持ちになれた。どん底ではない。ないけど……。
「たぶん、自信のストックが、からっぽなんです」
だいぶ、からっぽだ。デビュー時に比べたら、本当に尽きてしまった。
新しい仕事は失敗続き。そのくせ自分を変えきれずにいる。流行りに乗れないのは、高すぎるプライドのせいかもしれない。
「……向いていないのかなって思うときもあるんですけど……認めたくなくて、苦しくて」
「そうですか。……うーんこれって、弱ってるところにつけこんでるんですかねぇ、俺は」
漫画を置いた鳴瀬が、琴香のそばに立つ。
一人暮らしの部屋に、他人の気配。ふたつのカップ、ふたつのスプーン……それだけでこんなに胸が騒ぐ。
「それでもまぁ、他の人間よりは、良い相談役になれると思ってるんでね」
「鳴瀬さん……」
穏やかな微笑み。物語のヒーローみたいな超絶イケメンではないけれど、人柄のよさがにじみ出た優しい表情が素敵な人だ。
鳴瀬には連載時からたくさん励まされてきた。今になって、こんな迷惑をかけてしまうのは本当に申し訳ないと思うけれど。
(ああ……でも。ちょっとだけ、わかった……)
非日常のときめき。はじまりの予感。ヒロインが恋に落ちるときの音、みたいなもの。
いま、琴香の中にもきこえる。
けど今は、その音に心を傾けている場合ではない──これはリベンジマッチだから。
「鳴瀬さん、お願いします」
失敗は何度まで許されるだろう。
もっと売れる漫画家になりたい。チャンスがあるなら、貪欲に手を伸ばしたい。
その気持ちに嘘偽りはない。
「……このあいだの続き、教えてください。女性のときめく、素敵なこと」
鳴瀬は真面目にうなずいた。
漫画のキャラみたいに、意地悪くからかったり、急にドSになったりはしない。琴香にはそれが良かった。
「スパダリヒーローみたいにはできませんけどね。頑張ります」
そう言って笑ってくれる。つられてぎこちなく笑う。
変わらず緊張しているけど、彼に頼んでよかったと思った。
――彼じゃないと、きっと無理だった。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
甘々に
緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。
ハードでアブノーマルだと思います、。
子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。
苦手な方はブラウザバックを。
初投稿です。
小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。
また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。
ご覧頂きありがとうございます。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
昨日、課長に抱かれました
美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。
どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。
性描写を含む話には*マークをつけています。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる