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■本編 (ヒロイン視点)
4.お砂糖たっぷりのブラックコーヒー
しおりを挟む「い、……いいんですっ、お願いします」
むしろ気遣われるべきは、無理やり連れて来られた鳴瀬のほうだ。
大好きな漫画のため、失いたくない仕事のためという、琴香の都合で彼を振り回している。
軽蔑されたり、嫌われたくはない。けれど、それ以上に必要だと思ったから、ここにいる。
覚悟を決めて顔を上げると、鳴瀬は小さくため息をついてがしがしと頭をかいた。
「……、……じゃあ、やってみたいこととか、聞きたいこと、書き出しといてください。そこに付箋あるんで」
鳴瀬は振り返らずバスルームにむかった。
残された琴香は一人、その場にうなだれた。
一瞬だったけど、値踏みされるような視線を感じた。
唇や、バスローブの下を見透かすように見られたような……視線に気づかないほど鈍くはない。
バスローブの合わせを引き寄せる。顔から火が出そうだ。
よき仕事仲間で、スイーツ好き同士の彼に、女性として見られるということがこんなにも恥ずかしい。
恥ずかしいけど、それだけではなくて――……。
(っ、漫画! はやく漫画を描かなきゃ。いまここで悶えている十五分と、締め切り前の十五分は同じ時間なんだから!)
気合を入れたはいいけど、シャワー音が聞こえだしたとたん、意識はそちらへむかってしまう。
さっきまで自分が使っていたバスルームに、男性が。裸で。
(ただの水音だよ!? なぜこんなにもいやらしい!?)
ベッドに頭をつっこんで叫びたい。
ごろごろ転げまわりたいし、口を開けば「うわぁぁ」「ぐわぁぁ」しか出てこない。
それでもなんとか人間のカタチを保っていられるのは、これが仕事のためだとわかっているからだ。
(しっかりしろ……! 火遊びじゃないんだぞー! 全部ずぇーんぶ、資料だ、資料!)
琴香は机につっぷして目を閉じた。
サァサァと響くシャワーの音。これも資料だ。
(……この音を、手描き文字で入れるなら、あのペンがいい……)
よろよろと眼鏡をかけ直して、鞄の中からタブレットを取り出す。
イラスト制作アプリを開いてデジタルペンを握った。
絵を前にすると、不思議と気持ちが落ち着いていく。
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