最後までして、鳴瀬さん! -甘党編集と金曜22時の恋愛レッスン-

紺原つむぎ

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■本編 (ヒロイン視点)

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「うっ」

 キスとかセックスとか、そんな単語を聞くだけで照れてしまう。
 鳴瀬は平気そうだ。以前もそうだった。
 これは仕事の話なんだから、自分が意識過剰なんだろう。

──久しぶりに会った彼を、男性として意識しているから恥ずかしいのかもしれない。
 自分から頼っておいて、なんてめんどくさい女だろう。これだから処女ってやつはと、ため息が出る。

「苦しそうな先生を見てると、こう……なんか違うんだろうなって。デビュー作を描いているときの先生は生き生きしてて、作品にもそれがあらわれていたというか。それと同じで、先生自身が『こういうラブシーンが素敵だ!』って気持ちになれるといいんじゃないですかねえ……それがヒロインにも投影されるかもしれませんよ」

 鳴瀬はそこで一度、ぷつぷつと果物にフォークを刺して、口の中に放りこんだ。

「つまり私自身、漫画への没入感が足りない、と……」

「客観的で良いとも思いますが、エチプチらしいかと言われると……。まぁ性格の問題かもしれないっすね。先生、潔癖っぽいところありますし。作業部屋もめっちゃ綺麗なタイプですし。清楚なえっちこそが作風というか」

 もぐもぐと咀嚼を終えた鳴瀬は、ふと琴香に視線を合わせた。

「ちなみに先生。聞いたことありませんでしたが、恋人は」
「す、ずっといません……高校のときに、少しだけだから……6年くらい……?」
「そっかぁ」

 うーん、と考えて、閃いたというように鳴瀬はにこりとした。

「じゃあ、俳優さんとか。二次元でもいいし。なんなら自分の作品のヒーローでも。先生、ちょっと恋してみませんか?」
「恋……」

「キラキラしたり、あったかい気持ちを思い出しましょう。先生の場合、まずはそこからじゃないですかね。恋して、自然に沸く感情というか? それを読者さんと共有していく、みたいな」
「……共感、かぁ……」

 恋愛のワクワク感。胸の甘苦しさ。そういったリアリティのある心の動きが描ければ──

「先生ならきっと描けますよ。僕は信じてます。先生の甘々な恋愛漫画、楽しみだなぁ」

 にっこりと笑った鳴瀬の周りが、花のトーンを貼ったみたいにキラキラして見える。漫画ならここでヒロインが恋に落ちる、そんな場面だろう。

(恋。恋なら……たぶん、想像できる……だから、その次だ……)

「……それなら……鳴瀬さんがいい、です」

 琴香はフォークをにぎりしめた。

「おっ、お願いします鳴瀬さん、私に、教えてくださいませんかっ」

 このチャンスを逃しちゃいけない。
 そんな覚悟をパンケーキの甘さが後押ししてくれる。

「な、鳴瀬さんがいいですっ」
「えっ? え、なに、俺?」
「恥を忍んで、おおおお願いします……!!  鳴瀬さんしか頼めませんこんなこと……! 私に、え、え、え……っち、なこと、教えてくださいっ……!」

 ぽかんとする彼に、琴香は前のめりにたたみかけた。

「鳴瀬さん、私の漫画好きですよね!? 読みたいですよね!? う、売れたいんです! 生き残りたいんです! 新作、めちゃくちゃ頑張りますから! 教えてくださいませんか……!」

 デビューしたときと同じく、味気ない自分の漫画がキラキラの恋愛ものに変わるには、きっと彼の力が必要なのだ。

 このパンケーキより甘くて、かわいくて、ラブラブで、激しくて、臨場感のあるセックス。
 その経験が、琴香のつまらない漫画を劇的に変えてくれる──かもしれない。

「この通りです! お願いします! 私と、してくださいっ……!」
「お、おお……なるほど、いやなるほど? はぁん、そうくる……?」

 鳴瀬の手からすべり落ちたフォークが、ぺしゃっと音を立ててハチミツの海に溺れた。



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