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第9話【鷹海市・封鎖】
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市長の会見が終わった後、鷹海市のホームページに、都市封鎖に関する詳しい情報が載せられた。
他の地域に繋がる経路には関所が設けられる。町を取り囲むようにバリケードを展開し、常時監視を行う。町に入れるのは、支援物資を運ぶ政府のトラックのみだ。
各エリアの地下には、緊急事態に備えた鉄製の防御壁が設置されている。世間では“生きている間に見る機会はないだろう”と言われていたが、まさか稼働する日が来るとは夢にも思わなかっただろう。
政府より派遣される専任チームは、事態が終息するまで町に常駐することになる。警察と協力して“ゾンビ”の対処にあたるそうだ。彼等が町に入るのは1週間後らしい。
専任チーム。特殊部隊に毛が生えた程度だろうと博士が呟いた。
会見ではアウトレットの映像が……メロの映り込みもあって……注目を集めていたが、トキシムが絡んだ事件は以前から起きていた。最近ではB級トキシムの暴走が連続。未知の怪物の出現に、いよいよ政府が対処に乗り出したということか。
トキシムのことを理解していない“素人部隊”に何が出来るのやら。
邪魔だけはするな、と博士は心の中で愚痴った。
サッサッ、サッサッ、と、博士の後ろでずっと音がしている。
振り返ると、メロが落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「青年。おい、青年」
「ん?」
「ん、じゃねぇよ。うるさいんだよ、さっきから」
「ごめん、何か落ち着かなくって」
体を動かしていないとソワソワする、メロ自身の性格によるものだ。とは言え町の封鎖で外は大騒ぎだろうし、超獣の姿も認知されてしまったし、いつものようにランニングに出ても大丈夫か心配だった。
カメラが記録したのは超獣の姿。まさかあれがメロだと気づく者はいないだろう。幻覚ガスもあるから鎧も隠せる。ランニングくらいなら大丈夫だろうと博士は考える。
ただし、懸念点が1つ。外出先でトキシムの乱闘を見かければ、この青年は迷わず止めに入る。人助けとなるとノーラの言うことも聞かない男だ。
そこで、博士は「コンビニでエナジードリンクを買って来い」と遣いを頼んだ。コンビニはこの敷地から5分ほど歩いた所にある。店に向かうまでのコースでトキシムの戦闘が起きたことはまずない。
「いいか、真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってこいよ。お菓子買ってもいいから」
「わかった、わかったって」
博士から駄賃を受け取り、メロはモニタールームから出て非常階段の方へ進む。少しして、また博士とノーラの口喧嘩が聞こえてきた。地下研究所はいつもと同じ時間が流れている。
前方に階段が見えてくると、
「大変なことになったわね」
「うん……えっ?」
すぐ近くから、聞き覚えのある女性の声。
パッと振り向くと、メロは情けない悲鳴をあげた。
モニタールームから離れた、古い資料が山積みにされた小さい部屋。薄暗い部屋の中、白い光に縁取られたあの女性が、紙の山に腰かけていた。
「で、出た……」
「失礼な坊や」
女性が立ち上がってツカツカと歩み寄った。歩くたびに、後ろで結ばれた髪が左右に揺れる。急に動いたことにビックリして、メロが飛び退いて背後の壁にぶつかった。左肩が直撃し、ガラスに大きなヒビが入った。
「そんなに怖い?」
「だ、だって、急に出てきたから……」
「あーあ、ガッカリ。せっかく助けてあげたのに」
恐怖が勝って、初めは何のことかさっぱりだったが、メロは少し考えて昨日の事件を思い出した。
ノイズに侵食され、暴走する一歩手前だったが、目の前にこの女性が現れ、メロの頬を……。とにかく、彼を目覚めさせてくれたことで、無事にトキシムを無力化出来たのだ。
「ま、上出来だったわ。アイツの力をすぐに使いこなすなんて」
「アイツ?」
「坊やに群体を打ち込んだ幹部よ」
やはりメロを刺した見えない敵は幹部だったのか。
しかし、女性の口から“群体”や“幹部”というワードが出てくるとは。白衣を着ているから、医者の霊だと思っていたが、どうやら旧組織と関係があるらしい。
「あなたたちの言う“超獣”の姿が、数秒だったけど、会見で公開された」
「幽霊もニュース観るんだ」
「幽霊じゃない」
食い気味に女性が否定した。話の腰を折られて、苛ついているのが顔に出ている。この感じ、何となく博士を思わせる。年齢も、やはり博士に近いように感じる。
「今後はアイツ以外の幹部も坊やに接触してくるでしょうね。坊やを消すためか、もしくは利用するためか。とにかく、気をつけなさい」
女性の顔を見たまま、メロはパチパチと瞬きした。
「何?」
「いや、今日はベラベラ喋るんだなぁって」
“ベラベラ”という表現が気に食わなかったのか、女性が大股でメロとの距離を一気に詰めた。メロは小声で何度も謝るばかりだ。
「この前は端的にメッセージを送るのが精一杯だった。でも今はこの姿を維持出来る持続時間が増えて……理解してないでしょ」
「あんまり頭に入ってこなくて」
「バーカ」
「うっ、何だよ急に」
そんな話をしていると、女性を縁取る光が強くなってきた。光は小さな粒子に分散し、女性の体も少しずつ消えかかっている。
「あーあ、時間が無駄になった。じゃ————」
「あ、そうだ! もう1つお礼を言わないと」
女性は首を傾げた。
最初に現れた時、彼女は“警察”というメッセージを残した。何のことかわからなかったが、一日警察署長のイベントで事件が起き、メロは女性がこの事件を伝えてくれたのだと思った。
「この前はありがとう、おばさん! おかげで————」
「おばさんじゃない」
先程よりも早く、そして強めの口調で女性が否定した。
彼女の体は首もとまで消えかかっている。
「35はまだおばさんじゃ————」
その言葉を最後に、女性の姿は完全に消え去った。
最初よりも恐怖心は薄れたが、女性はさらに謎を残した。博士に聞けば何かわかるかもしれない。
「あぁ、買い物行かなきゃ」
博士からの頼みを思い出し、階段を小走りで駆け上がった。地面が一部スライドし、地上に出る。
敷地を覆う仮囲い。裏門側には引き戸があり、そこから外に出られる。この一帯は棄てられた物件が多く、人通りもほとんどない。都市開発の裏で、忘れ去られた区域だ。
念のため、ゆっくりと引き戸を開ける。淋しい道路が目の前に現れるはずだが、今日は違った。
「あっ……」
眼前に、スーツを着た人間の胴体。反射的に戸を閉めようとしたが、向こうの相手がそれを阻止、ガッと戸を開けた。
現れたのは、鬼のような顔の大男と、細身でやつれた表情の若い男性。扉を開けるなり、大男が一歩踏み込んだ。
「警察だっ!」
鬼のような男が怒鳴った。横の男性もビクッと体を震わせる。
「いきなりですまんが、少し話を聞かせてもらおうか————喋るゾンビについて」
大男がメロに詰め寄る。
警察。
女性のメッセージが脳裏をよぎった。
他の地域に繋がる経路には関所が設けられる。町を取り囲むようにバリケードを展開し、常時監視を行う。町に入れるのは、支援物資を運ぶ政府のトラックのみだ。
各エリアの地下には、緊急事態に備えた鉄製の防御壁が設置されている。世間では“生きている間に見る機会はないだろう”と言われていたが、まさか稼働する日が来るとは夢にも思わなかっただろう。
政府より派遣される専任チームは、事態が終息するまで町に常駐することになる。警察と協力して“ゾンビ”の対処にあたるそうだ。彼等が町に入るのは1週間後らしい。
専任チーム。特殊部隊に毛が生えた程度だろうと博士が呟いた。
会見ではアウトレットの映像が……メロの映り込みもあって……注目を集めていたが、トキシムが絡んだ事件は以前から起きていた。最近ではB級トキシムの暴走が連続。未知の怪物の出現に、いよいよ政府が対処に乗り出したということか。
トキシムのことを理解していない“素人部隊”に何が出来るのやら。
邪魔だけはするな、と博士は心の中で愚痴った。
サッサッ、サッサッ、と、博士の後ろでずっと音がしている。
振り返ると、メロが落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「青年。おい、青年」
「ん?」
「ん、じゃねぇよ。うるさいんだよ、さっきから」
「ごめん、何か落ち着かなくって」
体を動かしていないとソワソワする、メロ自身の性格によるものだ。とは言え町の封鎖で外は大騒ぎだろうし、超獣の姿も認知されてしまったし、いつものようにランニングに出ても大丈夫か心配だった。
カメラが記録したのは超獣の姿。まさかあれがメロだと気づく者はいないだろう。幻覚ガスもあるから鎧も隠せる。ランニングくらいなら大丈夫だろうと博士は考える。
ただし、懸念点が1つ。外出先でトキシムの乱闘を見かければ、この青年は迷わず止めに入る。人助けとなるとノーラの言うことも聞かない男だ。
そこで、博士は「コンビニでエナジードリンクを買って来い」と遣いを頼んだ。コンビニはこの敷地から5分ほど歩いた所にある。店に向かうまでのコースでトキシムの戦闘が起きたことはまずない。
「いいか、真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってこいよ。お菓子買ってもいいから」
「わかった、わかったって」
博士から駄賃を受け取り、メロはモニタールームから出て非常階段の方へ進む。少しして、また博士とノーラの口喧嘩が聞こえてきた。地下研究所はいつもと同じ時間が流れている。
前方に階段が見えてくると、
「大変なことになったわね」
「うん……えっ?」
すぐ近くから、聞き覚えのある女性の声。
パッと振り向くと、メロは情けない悲鳴をあげた。
モニタールームから離れた、古い資料が山積みにされた小さい部屋。薄暗い部屋の中、白い光に縁取られたあの女性が、紙の山に腰かけていた。
「で、出た……」
「失礼な坊や」
女性が立ち上がってツカツカと歩み寄った。歩くたびに、後ろで結ばれた髪が左右に揺れる。急に動いたことにビックリして、メロが飛び退いて背後の壁にぶつかった。左肩が直撃し、ガラスに大きなヒビが入った。
「そんなに怖い?」
「だ、だって、急に出てきたから……」
「あーあ、ガッカリ。せっかく助けてあげたのに」
恐怖が勝って、初めは何のことかさっぱりだったが、メロは少し考えて昨日の事件を思い出した。
ノイズに侵食され、暴走する一歩手前だったが、目の前にこの女性が現れ、メロの頬を……。とにかく、彼を目覚めさせてくれたことで、無事にトキシムを無力化出来たのだ。
「ま、上出来だったわ。アイツの力をすぐに使いこなすなんて」
「アイツ?」
「坊やに群体を打ち込んだ幹部よ」
やはりメロを刺した見えない敵は幹部だったのか。
しかし、女性の口から“群体”や“幹部”というワードが出てくるとは。白衣を着ているから、医者の霊だと思っていたが、どうやら旧組織と関係があるらしい。
「あなたたちの言う“超獣”の姿が、数秒だったけど、会見で公開された」
「幽霊もニュース観るんだ」
「幽霊じゃない」
食い気味に女性が否定した。話の腰を折られて、苛ついているのが顔に出ている。この感じ、何となく博士を思わせる。年齢も、やはり博士に近いように感じる。
「今後はアイツ以外の幹部も坊やに接触してくるでしょうね。坊やを消すためか、もしくは利用するためか。とにかく、気をつけなさい」
女性の顔を見たまま、メロはパチパチと瞬きした。
「何?」
「いや、今日はベラベラ喋るんだなぁって」
“ベラベラ”という表現が気に食わなかったのか、女性が大股でメロとの距離を一気に詰めた。メロは小声で何度も謝るばかりだ。
「この前は端的にメッセージを送るのが精一杯だった。でも今はこの姿を維持出来る持続時間が増えて……理解してないでしょ」
「あんまり頭に入ってこなくて」
「バーカ」
「うっ、何だよ急に」
そんな話をしていると、女性を縁取る光が強くなってきた。光は小さな粒子に分散し、女性の体も少しずつ消えかかっている。
「あーあ、時間が無駄になった。じゃ————」
「あ、そうだ! もう1つお礼を言わないと」
女性は首を傾げた。
最初に現れた時、彼女は“警察”というメッセージを残した。何のことかわからなかったが、一日警察署長のイベントで事件が起き、メロは女性がこの事件を伝えてくれたのだと思った。
「この前はありがとう、おばさん! おかげで————」
「おばさんじゃない」
先程よりも早く、そして強めの口調で女性が否定した。
彼女の体は首もとまで消えかかっている。
「35はまだおばさんじゃ————」
その言葉を最後に、女性の姿は完全に消え去った。
最初よりも恐怖心は薄れたが、女性はさらに謎を残した。博士に聞けば何かわかるかもしれない。
「あぁ、買い物行かなきゃ」
博士からの頼みを思い出し、階段を小走りで駆け上がった。地面が一部スライドし、地上に出る。
敷地を覆う仮囲い。裏門側には引き戸があり、そこから外に出られる。この一帯は棄てられた物件が多く、人通りもほとんどない。都市開発の裏で、忘れ去られた区域だ。
念のため、ゆっくりと引き戸を開ける。淋しい道路が目の前に現れるはずだが、今日は違った。
「あっ……」
眼前に、スーツを着た人間の胴体。反射的に戸を閉めようとしたが、向こうの相手がそれを阻止、ガッと戸を開けた。
現れたのは、鬼のような顔の大男と、細身でやつれた表情の若い男性。扉を開けるなり、大男が一歩踏み込んだ。
「警察だっ!」
鬼のような男が怒鳴った。横の男性もビクッと体を震わせる。
「いきなりですまんが、少し話を聞かせてもらおうか————喋るゾンビについて」
大男がメロに詰め寄る。
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