GIGA・BITE

鵤牙之郷

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第6話【未知の変異体】

#4

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 少女に向かう緑色の閃光。
「危ない!」
 思わず叫んだが、トキシムにメロの言葉は届かない。

 少女は右手を上げた姿勢のまま背筋を反らせ、苦しそうな声をあげ始めた。
この症状、老婆のトキシムと戦った時と同じだ。
苦しそうに悶えながら姿を変える。
その時も、トキシムの背中から緑色の霧のようなものが出ていた。

『気をつけろ、Bに堕ちるぞ』腕輪から博士の声。
 少女の体が恐ろしい獣の姿に変化する。


 コウモリを思わせる大きく立った楕円形の耳。顔に生えた毛と吊り上がった鼻。口元には大きな牙が2本生えている。

駆け寄る瞬間に上げていた右手もコウモリの羽のように変形、大きく発達している。右手だけが変化しており、飛行能力は有していないらしい。


 肩や右胸、そして下半身には薄茶色の固形物がまとわりついている。光を反射しない独特の質感。蜂の巣を思い出す。
下半身は大部分がその固形物に覆われていて、ドレスのように見えた。



 少女がB級に堕ちた途端、彼女を守ろうと動いていた配下のトキシム達が動きを止め、バタバタと倒れてゆく。その鼻や口から何かが抜け出した。

 黒い虫。虫は床の上で脚をバタつかせ、やがて動きを止めた。



 怪物が右手を上げると、ドレスから小さな黒い物体が次々に飛び出し、メロに向かって来た。配下の体から出てきたものと同じ、黒い虫の群れだ。
 群れがメロにまとわりつくと、その場で彼等の体が破裂、小さな爆発を起こした。規模こそ小さいが威力はなかなかのもので、至近距離で連続爆破を受けたメロは体勢を崩してしまった。



 拘束する者はもういない。メロは立ち上がるとトキシムに駆け寄り拳を突き出す。対するトキシムはゆっくり舞うようにメロに背中を向ける。


 身体とドレスに赤黒いコブがいくつも出来ており、その皮膚を破って黒い虫達が飛び出している。背中には特に多くのコブが密集していた。また、予備の弾薬のつもりか、薄茶色の硬いドレスの隙間から白い幼虫が覗いている。



 虫達がメロを取り囲んで爆発に巻き込む。ふらついたメロにトキシムが近づき、右手で彼を何度も叩く。
B級になろうと彼女の戦法は変わらない。小さな配下を指揮して敵を翻弄する。

 ゆっくりと立ち上がるメロ。彼の視界に飛び込んできたのは、怪物を保護するドレス状の大きな蜂の巣。

 硬い鎧のせいで、彼女は素早く動くことが出来ない。その鎧が、あの少女の人間としての死を想起させた。

 ダンスを披露していた時。まだ自分の意思を保っていた少女は、目を輝かせて踊っていた。



 彼女を死なせるわけにはいかない。
腕輪が紫色の電流を帯びはじめる。


『一応忠告しておくが、無茶はするなよ』と博士。

「わかってる」
言いながら、メロは右手を腕輪に乗せた。


「あの子は必ず止める。そして、俺自身も守る!」


 トキシムが距離を取って再度虫の群れを飛ばして来た。迫り来る小さな尖兵。だが彼等は獲物に到達することなく、空中で爆発し、炎の壁を形成した。その壁を飛び越え、黒い装甲を身にまとった戦士がトキシムの前に降り立つ。

《BITE!Spider!Under control……》

 メロの意思を核とし、蓄積された群体を力に変えた。

 虫の群れが到達する直前に武装、手から糸を放って網を張り、虫の動きを封じたのだ。



 攻撃が失敗したことでトキシムが激昂、コブが蠢き次なる群れを飛ばそうとする。

 何度も同じ手は食らわない。すかさず射出口に向けて糸を飛ばし、虫が飛び立つのを阻止した。
続いて背後に回ると相手の背中全体を覆うように網を射出。細かい網目を突破することが出来ず、虫達はコブの中で爆発を起こした。トキシムは鳥にも似た高い声を上げて怯んでいる。



 あまり戦いを長引かせたくはない。
腕輪を2回押し込み、相手の背面、左の脇腹近くに爪を突き刺した。

《Spider! GIGA・BITE!》

 右手を介し、激しい電流と共にメロの意思が群体と共に流れ込む。
甲高い不快な悲鳴をあげるトキシム。メロが手を離すと、人間の姿に戻りながら、少女はその場に倒れた。



 背面から脇腹を狙ったのは、極力彼女の手足へのダメージを避けたかったから。人間として目を覚ました時、再び楽しくダンスを踊れるように。



 戦いが終わると、腕輪を操作する余裕もなくメロはよろけた。
倒れそうになり、手をついた場所にあったのは、あの黒い虫の死骸。手に取って見ると黒と焦茶色の縞模様になっている。蜂にそっくりだ。



 虫を見つめていると、突然周囲に倒れていたダンス部員達が微かに動いた。それだけではなく、寝言のように何かを口にしている。リーダーを無力化したことで人間に戻ったというのか?


 無力化したトキシムは研究所に連れ帰ることになっているが、今逃げなければ目を覚ました生徒達に姿を見られてしまう。

 急いでステージから飛び降り、超獣の姿のまま、グラウンドのフェンスに向かって走って行く。フェンスをよじ登って脱出しようとしていると、

「メロ!」

 背後から翠に呼び止められた。

 幻覚ガスはもう空っぽ。それにこの姿を見られては、もはや隠し立ては出来ない。早く逃げなければならないのに、メロの体はピタリと止まり、フェンスから手を離した。

 こんな怪物になった自分を見て、何て言うだろう。不安な気持ちのまま、ゆっくりと振り返ると、メロの体に温もりが伝わってきた。
 翠がメロを抱きしめている。力を振り絞って駆け寄り、怪物を強く抱きしめたのだ。

「わぁっ、叔母さん! ヤバい! 離れてっ!」

 群体が感染したら大変だ。大慌てで翠を引き離した。
 翠は大きな白い目を見つめ、腕を組んで仁王立ちになった。メロは何だか懐かしい気分になった。

「どれだけ心配したかわかってる?」


「そ、それは、ごめん……」

 博士とノーラは黙っている。緊急事態だが、今は2人の時間を優先させたかった。

 メロは下を向いてもじもじしている。
 気が動転して忘れていたが、自分の体に目線が向いて、まだ超獣の姿だったことを思い出した。慌てふためく怪物を見て、翠はクスクス笑い出した。

「お、叔母さん、大丈夫?」
「は? どういうこと?」
「その……怖くないの? 俺、こんな格好なのに」

 甥の弱々しい声を聞くと、叔母はそっと距離を縮めて、彼の頭を撫でた。

「疲れたか」
「え? あぁ、まぁ」
「宜しい。生きてる証拠だ」

 そのひと言がきっかけで、メロの脳裏に幼少期の記憶が蘇った。朝早く叩き起こされ、叔母と一緒に初めてランニングをした日のことを。

 グラウンドに強い風が吹く。土煙が舞い、独特の匂いが漂ってきた。
 深呼吸して、翠がひと言。

「いい匂い」
「え?」
「土の匂い、草の匂い。この匂いを嗅ぐと、“命”を感じる。全てのものが“生きている”んだって感じる」

 両親を亡くしたメロの心を案じて、口に出せなかった言葉だった。

「みんな生きてる。もちろん、アンタもね」
 そう言って、翠は優しく微笑んだ。

「何があったか知らないけど、アンタはアンタ。馬鹿な甥っ子」
「ば、馬鹿? 本当にひと言多いよなぁ」
「大馬鹿もんだよ! いつまでもそんな格好のまんまで! ……え、その、戻れないの?」
「あ! あぁっ、ごめん!」

 叔母に指摘されて、ようやく人間の姿に戻った。左胸と腕の鎧はそのままだが。翠は、まるで芸術品でも見るかのように、メロの装甲をじっくり観察した。

「まぁ、これはこれで、悪くないんじゃない? あんまり格好良くないけど」
 軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、翠は知らない。遠く離れた地下研究所で、1人の男が落胆していることに。
「それにしても、本当にゾンビがいたなんてね。アンタの格好もそのうち受け入れられるんじゃない?」
「どうかなぁ」
「何だか大変そうだけど、ちょっと余裕が出来たら店に寄りなさい。怪物なんでしょ? 力仕事はバンバン手伝ってもらうから!」
 右肩を強く叩かれ、メロが困った顔をした。

「——行きなさい」

 静かに翠が告げる。
 事情はよくわからないが、甥が無事であることはわかった。今は喫茶店の手伝いよりも優先すべきものがあることも。

 いつまでもメロを足止めするわけにはいかない。メロに背を向けると、翠はスタスタとその場から立ち去った。
 その背中に、メロは大きな声で呼びかけた。

「絶対! 絶対に帰るから! お店の手伝いもするから!」


 一度立ち止まり、背中を向けたまま手を振ると、翠はワゴンカーへと向かっていった。
メロもまた、高くジャンプしてフェンスに飛びつき、急いで学校から脱出した。

 宮之華学園の惨劇は幕を閉じた。
 起き上がったダンス部員達が、倒れている新入部員を見つけ、よろめきながら近づいた。
通報を受けて駆けつけた警察官らが、現場に残る目撃者への事情聴取を始める。

「散歩のついでに来てみたら、なかなか面白いモンを見せてもらったよ」

 一連の騒動を、ハットを被った男が見つめていた。

 男が目をつけたものは、トキシムを無力化させたあの怪物。

 怪物が人間の姿に戻り、中年の女性と話している姿も見た。どうやらあの女性とは深い関わりがある様子。弱点を突くのは簡単だが、それは二流、三流のお遊び。

男はもっと楽しめる方法が無いか考えている。


「さて、どう遊ぼうかねぇ」


 男は霧のように、夜の闇に姿を眩ました。

◇◇◇

 あの子が堕ちた。
 現代の猿には辟易する。美しい芸術を小さな薄っぺらい機械に収め、まるで自分の手柄のように垂れ流す。おかげであの子の居場所が奴等にも知れ渡り、猿以下の獣に堕ちてしまった。

 猿。憎い猿。

 地下に籠っている間に、私の想像以上の速さで知能を下げた猿ども。あんなものを自由にさせていたら、また私の“子供”が見つかってしまう。
 おまけに、私の知らない何かが動き回っている。
“アダム”によれば、あの子はその怪物と戦って、変異が収まったとか。

嘗ての同胞に、私ほど頭の回る者はいない。猿が造れるとも思えない。


 それなら、誰が……。

 悠長なことは言っていられない。
 このままでは他の子供達も奪われてしまう。
そうなる前に、

「皆殺しにしてやる」
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