22 / 40
第5話【潜入捜査】
#4
しおりを挟む
イベント当日。
資金を渡され、宮之華学園まで電車で向かったメロ。 流石は幻覚ガス、道中彼の姿を怪しむ者は1人もいなかった。とは言えカメラ映像には幻覚は通じない。なるべく人混みに紛れて移動するよう博士に注意された。
そんな追加のオーダーをしたからか、或いは緊張からか、メロは打ち合わせしたほぼ全ての内容を忘れていた。正門受付で、偽名を名簿に書くということは覚えている。偽名だと気づかれにくい、絶妙な名前をノーラが考え出してくれたのだが、それを忘れてしまった。
「こちらにお名前を」
「あ、はい」
仕方なく、メロはパッと思いついた名前を書き、そっとペンを置いた。
“山田 たろう”。“郎”の字を忘れてしまい、名前は平仮名で。
校内は既に大勢の客で賑わっている。その多くが学生だが、あの人気グループのファンもいるだろう。
友人同士ではしゃぐ学生達。 メロも友達と夜まで遊んで、叔母に怒られたことがあった。 別の場所では教師と生徒が談笑している。普段は教える側と教わる側の立場にある両者が、同じ目線で会話をする。この特別感がメロは好きだった。
久々の賑やかな場所。校内のあちこちを見渡していたが、あるものを見つけて足を止めた。
視線の先、白のワゴンカーが旧校舎の近くに停まっていて、その前に置かれた長テーブルにお茶と菓子が置かれている。その傍に立っていたのは、
「叔母さん」
メロの叔母、翠だった。大慌てで顔を伏せた。
翠が経営する喫茶・北風はしばらく休業中だった。しかし先日メロから連絡があり、一応彼の無事は確認出来た。そのことがきっかけで営業の再開を決意したのだ。 翠も疲弊しており、常連客数人が「日頃の恩返しだ」と彼女を手伝っている。
この学園に翠の知人が勤務しており、その伝手でイベントの際に簡易的な屋台を出している。メロは高校卒業後に本格的に手伝いを始めたため、翠の年1回の特別な仕事を知らなかった。
ずっと会いたかった、唯一の家族。 その家族が目の前にいる。
幻覚ガスの作用で左腕のことは気づかれない。今すぐにでも駆けていきたい。 だが、メロの足は動かない。理由はメロにもわからなかった。
『青年、何かあったのか?』
「えっ? ああ、ごめん」
慌てて会場に向かうメロ。 だがその途中、彼は突然頭を押さえてうずくまった。
『どうした? おい!』
「あ、頭がっ」
暴走の兆候。こんなところで出るとは。
群体の濃度は調整済み。メロ自身の体調、超獣システムの適応度も確認した上で群体を定着させた。それでもエラーが起きてしまった。
周囲の観客達が様子を窺う。屋台から翠も心配そうに見つめている。そこにいるのが自分の甥だとも気づかずに。
『調査は中止だ。このままでは暴走の危険も——』
「こ、声が」
『声? 声って何だ?』
苦しんでいる様子のメロに気づいた学生達が彼に近づく。
その瞬間、グラウンドの方で大きな音が聞こえた。来客達が一斉にそちらに目をやる。 あまりの爆音に意識がはっきりとしてメロも顔を上げた。トキシムが暴れているのではと、自然に左手首に手を置いていた。
《お待たせ致しました! 只今より、宮之華ダンスパーティー開始です!》
イベント開始を告げるアナウンスだった。あの大きな音はただのBGMだった。 すみません、と近づいて来た学生にひと言謝ってメロもグラウンドに向かう。
『大丈夫か? さっきの声ってのは』
「後で話す」
まだこめかみの辺りが痛む。右手でこめかみを押さえながら歩く。
その姿を、翠の目が捕らえた。
量を抑えたとは言え、幻覚作用により彼の顔をしっかりと認識出来る者はいないはず。それは翠も同じだったが、何故か彼女はその青年から目が離せなかった。
資金を渡され、宮之華学園まで電車で向かったメロ。 流石は幻覚ガス、道中彼の姿を怪しむ者は1人もいなかった。とは言えカメラ映像には幻覚は通じない。なるべく人混みに紛れて移動するよう博士に注意された。
そんな追加のオーダーをしたからか、或いは緊張からか、メロは打ち合わせしたほぼ全ての内容を忘れていた。正門受付で、偽名を名簿に書くということは覚えている。偽名だと気づかれにくい、絶妙な名前をノーラが考え出してくれたのだが、それを忘れてしまった。
「こちらにお名前を」
「あ、はい」
仕方なく、メロはパッと思いついた名前を書き、そっとペンを置いた。
“山田 たろう”。“郎”の字を忘れてしまい、名前は平仮名で。
校内は既に大勢の客で賑わっている。その多くが学生だが、あの人気グループのファンもいるだろう。
友人同士ではしゃぐ学生達。 メロも友達と夜まで遊んで、叔母に怒られたことがあった。 別の場所では教師と生徒が談笑している。普段は教える側と教わる側の立場にある両者が、同じ目線で会話をする。この特別感がメロは好きだった。
久々の賑やかな場所。校内のあちこちを見渡していたが、あるものを見つけて足を止めた。
視線の先、白のワゴンカーが旧校舎の近くに停まっていて、その前に置かれた長テーブルにお茶と菓子が置かれている。その傍に立っていたのは、
「叔母さん」
メロの叔母、翠だった。大慌てで顔を伏せた。
翠が経営する喫茶・北風はしばらく休業中だった。しかし先日メロから連絡があり、一応彼の無事は確認出来た。そのことがきっかけで営業の再開を決意したのだ。 翠も疲弊しており、常連客数人が「日頃の恩返しだ」と彼女を手伝っている。
この学園に翠の知人が勤務しており、その伝手でイベントの際に簡易的な屋台を出している。メロは高校卒業後に本格的に手伝いを始めたため、翠の年1回の特別な仕事を知らなかった。
ずっと会いたかった、唯一の家族。 その家族が目の前にいる。
幻覚ガスの作用で左腕のことは気づかれない。今すぐにでも駆けていきたい。 だが、メロの足は動かない。理由はメロにもわからなかった。
『青年、何かあったのか?』
「えっ? ああ、ごめん」
慌てて会場に向かうメロ。 だがその途中、彼は突然頭を押さえてうずくまった。
『どうした? おい!』
「あ、頭がっ」
暴走の兆候。こんなところで出るとは。
群体の濃度は調整済み。メロ自身の体調、超獣システムの適応度も確認した上で群体を定着させた。それでもエラーが起きてしまった。
周囲の観客達が様子を窺う。屋台から翠も心配そうに見つめている。そこにいるのが自分の甥だとも気づかずに。
『調査は中止だ。このままでは暴走の危険も——』
「こ、声が」
『声? 声って何だ?』
苦しんでいる様子のメロに気づいた学生達が彼に近づく。
その瞬間、グラウンドの方で大きな音が聞こえた。来客達が一斉にそちらに目をやる。 あまりの爆音に意識がはっきりとしてメロも顔を上げた。トキシムが暴れているのではと、自然に左手首に手を置いていた。
《お待たせ致しました! 只今より、宮之華ダンスパーティー開始です!》
イベント開始を告げるアナウンスだった。あの大きな音はただのBGMだった。 すみません、と近づいて来た学生にひと言謝ってメロもグラウンドに向かう。
『大丈夫か? さっきの声ってのは』
「後で話す」
まだこめかみの辺りが痛む。右手でこめかみを押さえながら歩く。
その姿を、翠の目が捕らえた。
量を抑えたとは言え、幻覚作用により彼の顔をしっかりと認識出来る者はいないはず。それは翠も同じだったが、何故か彼女はその青年から目が離せなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
アングラドライブ
鵤牙之郷
ファンタジー
「今一度、七不思議の座を取り戻す」
不気味な噂の絶えない彩音寺学園。高等部の学生・門倉雄也は、学園の旧校舎で謎の怪物に襲われる。攻撃を受けて吹き飛ばされた雄也は、二宮金次郎像に激突するも、突如眩い光に包み込まれ、二宮金次郎と一体化してしまった。
学園の裏で蠢く怪物達。二宮は怪異の管理者たる「七不思議」の座を目指して、雄也は重体の親友が残した「アングラ」という言葉の真相を追うため協力。学園に蔓延る怪物「像愚」との戦いに身を投じるのだった。
【ショートショート】雨のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる