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鵤牙之郷

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第5話【潜入捜査】

#4

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 イベント当日。
 資金を渡され、宮之華学園まで電車で向かったメロ。
流石は幻覚ガス、道中彼の姿を怪しむ者は1人もいなかった。とは言えカメラ映像には幻覚は通じない。なるべく人混みに紛れて移動するよう博士に注意された。



 そんな追加のオーダーをしたからか、或いは緊張からか、メロは打ち合わせしたほぼ全ての内容を忘れていた。正門受付で、偽名を名簿に書くということは覚えている。偽名だと気づかれにくい、絶妙な名前をノーラが考え出してくれたのだが、それを忘れてしまった。


「こちらにお名前を」

「あ、はい」


 仕方なく、メロはパッと思いついた名前を書き、そっとペンを置いた。
 
“山田 たろう”。“郎”の字を忘れてしまい、名前は平仮名で。

 校内は既に大勢の客で賑わっている。その多くが学生だが、あの人気グループのファンもいるだろう。

 友人同士ではしゃぐ学生達。
メロも友達と夜まで遊んで、叔母に怒られたことがあった。

別の場所では教師と生徒が談笑している。普段は教える側と教わる側の立場にある両者が、同じ目線で会話をする。この特別感がメロは好きだった。


 久々の賑やかな場所。校内のあちこちを見渡していたが、あるものを見つけて足を止めた。
 

視線の先、白のワゴンカーが旧校舎の近くに停まっていて、その前に置かれた長テーブルにお茶と菓子が置かれている。その傍に立っていたのは、

「叔母さん」

 メロの叔母、翠だった。大慌てで顔を伏せた。


 翠が経営する喫茶・北風はしばらく休業中だった。しかし先日メロから連絡があり、一応彼の無事は確認出来た。そのことがきっかけで営業の再開を決意したのだ。
翠も疲弊しており、常連客数人が「日頃の恩返しだ」と彼女を手伝っている。


 この学園に翠の知人が勤務しており、その伝手でイベントの際に簡易的な屋台を出している。メロは高校卒業後に本格的に手伝いを始めたため、翠の年1回の特別な仕事を知らなかった。



 ずっと会いたかった、唯一の家族。
その家族が目の前にいる。
 幻覚ガスの作用で左腕のことは気づかれない。今すぐにでも駆けていきたい。
だが、メロの足は動かない。理由はメロにもわからなかった。



『青年、何かあったのか?』

「えっ? ああ、ごめん」

 慌てて会場に向かうメロ。
だがその途中、彼は突然頭を押さえてうずくまった。



『どうした? おい!』

「あ、頭がっ」



 暴走の兆候。こんなところで出るとは。
 群体の濃度は調整済み。メロ自身の体調、超獣システムの適応度も確認した上で群体を定着させた。それでもエラーが起きてしまった。


 周囲の観客達が様子を窺う。屋台から翠も心配そうに見つめている。そこにいるのが自分の甥だとも気づかずに。


『調査は中止だ。このままでは暴走の危険も——』

「こ、声が」

『声? 声って何だ?』



 苦しんでいる様子のメロに気づいた学生達が彼に近づく。

 その瞬間、グラウンドの方で大きな音が聞こえた。来客達が一斉にそちらに目をやる。
あまりの爆音に意識がはっきりとしてメロも顔を上げた。トキシムが暴れているのではと、自然に左手首に手を置いていた。

《お待たせ致しました! 只今より、宮之華ダンスパーティー開始です!》

 イベント開始を告げるアナウンスだった。あの大きな音はただのBGMだった。
すみません、と近づいて来た学生にひと言謝ってメロもグラウンドに向かう。


『大丈夫か? さっきの声ってのは』

「後で話す」


 まだこめかみの辺りが痛む。右手でこめかみを押さえながら歩く。


 その姿を、翠の目が捕らえた。


 量を抑えたとは言え、幻覚作用により彼の顔をしっかりと認識出来る者はいないはず。それは翠も同じだったが、何故か彼女はその青年から目が離せなかった。
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