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鵤牙之郷

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第5話【潜入捜査】

#2

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 超獣システムの研究を進める傍ら、博士は鷹海市内で発生した“ゾンビにまつわる事件”を調べ、トキシムの出現情報を探っていた。
 最近ではゾンビらしき人物の動画を、おそらく無断でSNSにアップロードする者も多い。動画の真偽も博士なら簡単にチェック出来る。

 その調査の中で、博士はトキシム……らしき存在の居場所を掴んだ。
 

「かもしれないって?」

「これを観ろ」


 タブレットに1件の動画が映し出された。


 町の小さなイベントに出演したダンス集団を映したもの。動画の上に表示されたタイトルには「宮之華学園ダンス部」とある。市内の中高一貫校だ。



 動画では男女7人の学生達が怪物のようなメイクを施し、ホラー映画のBGMをアレンジした曲に合わせて踊っている。
最新のスマートフォンで撮影されたものだろうか、手振れが気になるが画質がかなり良い。ダンスのキレの良さが動画からしっかり伝わる。



「うわぁ、かっけぇ~! で、この動画が何?」

「観てろ」


 曲が終わり、7人が動きを止める。学生のうち2名は礼をするが、残る5名は数秒間前方をじっと見つめている。2人が他のメンバーを誘導して去って行く。フラフラと帰っていく彼等の背中を映して動画は終了した。



 博士が指摘したいことはメロにも伝わった。
前方を見つめる学生達の目が、真っ白だったのだ。
 画質が悪ければ見逃していたかもしれない。メイクの可能性はあるが、5人の動きが全く同じなのも引っかかる。博士が動画を巻き戻して退場の瞬間をもう一度流すが、フラフラと、それでいて同じ歩調なのは彼等だけ。残る2人は介助するように歩いている。

 凶暴化する前のトキシムは、人間だった頃の習慣を繰り返す。その行動には、何とダンスのような活動も含まれるらしい。

「このダンス部について軽く調べてみた。前の動画ではテイストの違う曲を使用していて、ダンスの毛色も違っていた。ただ、数週間前から突然、ホラー要素を取り入れたスタイルに変わった。動画の視聴回数も、現在のスタイルに変わってから増えてきている」

「じゃあ、段々ゾンビに変わっちゃったのか。……え? スタイルを変えたってことは、ゾンビも新しいことを覚えられるってこと?」

「俺にもわからない。ただ……いや、俺の思い過ごしかもしれない」

『勿体ぶってないで、何が気になってんのか言いなさいよ』


 ノーラに促され、不機嫌そうに博士は答えた。



「素人だからよくわからないんだが、今のダンス、5人の動きに合わせて調整されているように見えてな。気のせいかもしれないが」



 博士が言っていた、ダンススタイルが急に変わったことと関係があるのだろうか。

 ある日突然、部員達の様子がおかしくなる。しかしダンスのことは覚えているらしい。練習をしてみると一応踊れるが、どうしても違和感がある。そこでスタイルを一新し、ホラー要素を押し出したものになった。あくまで博士の推察で、真相は定かではない。



「この学生らについて、一度詳しく調べてみたい」

「止めるんじゃなくって? 急に豹変したら、あとの2人が危なくない?」
「おいおい、忘れたのか、青年?」

 わざとらしく首を横に振る博士。愚痴へのお返しのつもりだろうか。メロは呆れて、目を細めて哀れみの視線を送ったが、博士は気にせず話を続けた。

「トキシムは派閥ごとに分かれている。こいつらは争う形跡が無い。同じ派閥のトキシムということになる」
「あ、そっか」
「しかも、だぞ? 彼等は同じ学校の、同じグループの生徒だ。つまり?」
「つまり……どういうこと?」

 博士が大きくため息をついた。今のは演技ではない。


 彼の仮説はこうだ。生徒たちをトキシムに変えた幹部が、彼等のすぐ近くにいるのかもしれない。または、この学園を含んだ特定のエリアを根城にしている可能性がある。



 幹部が研究所を飛び出したのは4年前。それを踏まえるとトキシム達の年齢がかなり若い。まだ成長途中で、戦闘にも不向きな子供が兵士になり得るかは疑問だが、当時の幹部なら見境なく群体を投与しても不思議はない。
 
このグループの調査が、幹部に近付く足掛かりになるかもしれないと博士は見ているのだ。



 博士はタブレットを操作し、宮之華学園のホームページをメロに見せた。この学園では定期的に合唱祭や舞台などのイベントを校内で開催している。ここを卒業した有名な俳優やミュージシャンも多い。

 そんなこの学園で、2日後ダンス部のイベントが開催される。ダンス部員は動画の7人だけではない。多種多様なパフォーマンスを楽しめるダンス大会とのことだ。

「お天道様は俺たちに味方している。調査する絶好のチャンスだ」
「おぉ!」
『なーにがお天道様だよ、いっつも引きこもってるクセに』

 幹部に近づけるかもしれない。そうとわかると、メロも俄然やる気が湧いてきた。
 ところが、問題が1つ。
左腕をどう隠すか。



「ついて来い」


 ニヤリと笑みを浮かべ、博士がメロを地下に案内した。

 やって来たのはメンテナンスルーム。無力化した元トキシム達もここにいたが、群体の活動が沈静化したことが確認され、病棟の方に移された。まだ昏睡状態のままではあるが。



「カプセルに入ってくれ」


 博士に促され、メロはカプセルの中に仰向けに寝た。彼が入ったことを確認すると、カプセルの蓋がスライドして閉じられた。


「これから何を?」

「まぁ楽しみに待ってろ。始めてくれ」



 博士に指示されてノーラがカプセルを操作した。すると、カプセル内に気体が流れる音が響き渡った。無色透明だが、肌に当たる風の勢いで何かが流れ込んでいることがわかる。メロが中で慌て始めた。



「ちょっと! 何してんの!」

「もう少し我慢してろ」

「何か入って来てるって! ごめん、ごめん博士! もう悪口言わないから!」
「はぁ? 俺がガキの戯言を気にすると思うかぁ? おい!」
『——どっちがガキだよ』

 5分ほど経った後、カプセルの蓋が開き、メロが大慌てで外に飛び出した。


「何だよ今の!」

「ちょっとした魔法だ」
 博士が笑みを浮かべて言った。


 自分の左腕を見るが、特に変わった様子はない。

 博士の言う“魔法”とは、いったい何なのだろう。
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