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第2話【超獣誕生】
#2
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壁に激突した博士。
咳き込む彼の前に、目を見開いたメロが立っていた。装甲に覆われたその左手で博士を突き飛ばしたのだ。軽く押しただけで1人の男性が吹き飛ぶ威力。人間業とは思えない。
強烈な痛みに耐えながら、博士がゆっくり立ち上がる。かなりの衝撃だったはずだが、何とか無事らしい。その姿を、メロが冷めた表情で見つめている。その目は酷く充血している。
『ちょっ、大丈夫!?』
「そんな。私の、私の仮説は正しかったはず」
どうやら、博士が意図していたことと大きく異なる事態が起きているらしい。
「拘束しろ!」
博士の言葉に合わせて、実験室の床と天井からワイヤーが伸び、メロの身体を押さえ込む。被験者が逃走を図ったり、今回のようなアクシデントが起きた場合に備えて、かつての組織が設置したものだ。今はノーラが施設のシステムにアクセス、設備を動かしている。
これで一安心、とはならない。メロは硬いワイヤーをいとも簡単に引きちぎってしまった。ワイヤーは派手に吹き飛び、天井の隅につけられた小さなモニターに直撃した。
止められるものは何もない。
メロは博士の首を右手で掴み、軽々と持ち上げた。2週間前、変異したドライバーの男性が老婆を持ち上げた時のようだ。
『博士!』
ノーラが叫ぶ。博士も必死に暴れるが、力が強く抜け出せない。
無感情のまま、メロが改造された左手を構える。この左手に貫かれる。博士は強く目を瞑った。頭を必死に振ると、着けていた仮面が取れて床に落ちた。
すると、事態は急変した。
仮面の取れた博士の顔を見て、メロが目を見開いた。直後に博士を捕らえていた右手が開き、博士は床に落ちた。咳き込む男の横で、メロが戸惑いの表情を浮かべている。
今度は天井付近のモニターから雑音。メロと博士が同時に視線を移す。 音が止むと、そこに映像が表示された。どうやら施設の外の様子らしいが、そこにゾンビらの姿が映っている。合計3人。その中にはメロを襲ったドライバーと老婆の姿も。
「トキシム? 何故ここに?」
博士達はゾンビのようになった人間を“トキシム”と呼んでいる。伝承に登場する怪物「タキシム(Taxim)」と、有毒を意味する”toxic”をかけた造語。命名したのは博士だ。
ドローンを飛ばして救助した際、メロは左腕を大きく負傷していた。その血の匂いが彼等を呼び寄せたとノーラは推測する。
あのとき、ドライバーも老婆も人間離れした動きを見せていた。トキシムになった人間は身体能力が向上するのかもしれない。それならば、メロの血液の匂いを追って来たことも納得がいく。
おそらく1体がメロを追跡、戦闘していたもう1体がその個体を追う。そこへ更に別のトキシムが合流して、現在病院の敷地で乱戦を繰り広げている、といった具合だろう。
病院の警備はあくまで人目を避けるためのもの。身体機能が向上したトキシムなら容易に突破出来る。
画面を睨むメロ。次の瞬間、彼は獣のように咆哮し、実験室のドアに突進して部屋から飛び出した。改造により、メロもまた超人的なパワーを身につけていた。
『大丈夫!?』
「今の映像、お、お前が?」
息も絶えだえに博士が尋ねる。
『だって、一大事だし』
「ふっ、なんだ。ありがとよ」
『はぁ? 助けたんじゃなくって! トキシムが入って来ちゃったのを伝えようと思ったの! どうすんの? あの子も飛び出して行っちゃったし』
部屋の外で大きな音が鳴り響く。メロが壁や警備システムを破壊しながら突き進んでいるに違いない。あの怪力では外に出るのも時間の問題だ。
メロはきっと、モニターに映ったトキシム達を見て飛び出したのだ。今は彼等を探して暴れている最中。もうじき外への出口を見つけるか自分でこじ開けて脱出するだろう。そこでトキシムとニアミスしたら。
「いや」
博士が立ち上がる。その声には熱がこもっている。
「私は、信じる。まだ“彼はいる”」
◇◇◇
駐車場跡のドローンの射出口と非常階段以外に、地上と地下を繋げるポイントは無いのだが、散々走り回った後、メロが指を突き立てて壁をよじ登り、天井を拳で幾度も殴って、新しい出口を作ってしまった。
メロが飛び出した先は、3体のトキシムが戦っている現場だった。場所は病院の入口付近。建物を囲うように鉄の壁を設置、その上に有刺鉄線を備え付けていたのだが、鉄線が千切れ、壁の上部も歪んでいる。力任せによじ登ったようだ。
急に現れたメロを見て動きを止めるトキシム達。瞳がそれぞれ異なる色に染まっている。メロも3体の姿を確認、沈黙が訪れた。
ドライバーだった個体が先に吠える。顔中傷だらけで、口を大きく開けると頬に穴が空いていることがわかる。 ドライバーの咆哮を聞くと、メロがキッと睨みつけ、ドライバーよりも大きな声で吠えた。3体が一瞬怖気付く程だ。
その声に呼応するかのように、左手首の装置が電気を帯びる。バチバチと凄まじい音がしており、青白い電流がヒューズから流れ出る。
メロは両腕をクロスさせた。左腕が前側、交差した箇所が、ちょうど胸の黒い窪みの前に来る形だ。 電流はより一層強く激しくなり、青い光となってメロの全身を包んでいく。 そして、再びメロが咆哮し、クロスさせた両腕を勢いよく広げた。
光が消えた。
そこに立っていたのは怪物だった。 怪物が両腕を広げた姿で、肩で息をしていた。
左腕と同じ、薄緑色をした骸骨のような頭部。血のような赤いラインが何本も浮き出て模様を作っている。後頭部は玉ねぎのようなシルエットのプロテクターで守られている。プロテクターの下部には円形の突起が2つ、左右対称に付いている。
上半身右側と脚は筋肉が露出したかのように赤く大きくなっている。腿と膝から下にも薄緑の装甲。腿の装甲は小さく、黄色く太い数本の線が側面から伸びて巻きついている。ノーラが「旧式」「中途半端」と言っていた意味がわかる気がする。
恐ろしいのは、その白く大きな目。人間のそれよりも大きく、変異前と同じく充血している。
メロだったものが3体を見据える。彼等も突如現れた敵を前に身構える。 一瞬の間があり、それぞれが相手目掛けて勢い良く走り出した。
おぞましい鳴き声と共に、怪物達の戦闘が始まった。
咳き込む彼の前に、目を見開いたメロが立っていた。装甲に覆われたその左手で博士を突き飛ばしたのだ。軽く押しただけで1人の男性が吹き飛ぶ威力。人間業とは思えない。
強烈な痛みに耐えながら、博士がゆっくり立ち上がる。かなりの衝撃だったはずだが、何とか無事らしい。その姿を、メロが冷めた表情で見つめている。その目は酷く充血している。
『ちょっ、大丈夫!?』
「そんな。私の、私の仮説は正しかったはず」
どうやら、博士が意図していたことと大きく異なる事態が起きているらしい。
「拘束しろ!」
博士の言葉に合わせて、実験室の床と天井からワイヤーが伸び、メロの身体を押さえ込む。被験者が逃走を図ったり、今回のようなアクシデントが起きた場合に備えて、かつての組織が設置したものだ。今はノーラが施設のシステムにアクセス、設備を動かしている。
これで一安心、とはならない。メロは硬いワイヤーをいとも簡単に引きちぎってしまった。ワイヤーは派手に吹き飛び、天井の隅につけられた小さなモニターに直撃した。
止められるものは何もない。
メロは博士の首を右手で掴み、軽々と持ち上げた。2週間前、変異したドライバーの男性が老婆を持ち上げた時のようだ。
『博士!』
ノーラが叫ぶ。博士も必死に暴れるが、力が強く抜け出せない。
無感情のまま、メロが改造された左手を構える。この左手に貫かれる。博士は強く目を瞑った。頭を必死に振ると、着けていた仮面が取れて床に落ちた。
すると、事態は急変した。
仮面の取れた博士の顔を見て、メロが目を見開いた。直後に博士を捕らえていた右手が開き、博士は床に落ちた。咳き込む男の横で、メロが戸惑いの表情を浮かべている。
今度は天井付近のモニターから雑音。メロと博士が同時に視線を移す。 音が止むと、そこに映像が表示された。どうやら施設の外の様子らしいが、そこにゾンビらの姿が映っている。合計3人。その中にはメロを襲ったドライバーと老婆の姿も。
「トキシム? 何故ここに?」
博士達はゾンビのようになった人間を“トキシム”と呼んでいる。伝承に登場する怪物「タキシム(Taxim)」と、有毒を意味する”toxic”をかけた造語。命名したのは博士だ。
ドローンを飛ばして救助した際、メロは左腕を大きく負傷していた。その血の匂いが彼等を呼び寄せたとノーラは推測する。
あのとき、ドライバーも老婆も人間離れした動きを見せていた。トキシムになった人間は身体能力が向上するのかもしれない。それならば、メロの血液の匂いを追って来たことも納得がいく。
おそらく1体がメロを追跡、戦闘していたもう1体がその個体を追う。そこへ更に別のトキシムが合流して、現在病院の敷地で乱戦を繰り広げている、といった具合だろう。
病院の警備はあくまで人目を避けるためのもの。身体機能が向上したトキシムなら容易に突破出来る。
画面を睨むメロ。次の瞬間、彼は獣のように咆哮し、実験室のドアに突進して部屋から飛び出した。改造により、メロもまた超人的なパワーを身につけていた。
『大丈夫!?』
「今の映像、お、お前が?」
息も絶えだえに博士が尋ねる。
『だって、一大事だし』
「ふっ、なんだ。ありがとよ」
『はぁ? 助けたんじゃなくって! トキシムが入って来ちゃったのを伝えようと思ったの! どうすんの? あの子も飛び出して行っちゃったし』
部屋の外で大きな音が鳴り響く。メロが壁や警備システムを破壊しながら突き進んでいるに違いない。あの怪力では外に出るのも時間の問題だ。
メロはきっと、モニターに映ったトキシム達を見て飛び出したのだ。今は彼等を探して暴れている最中。もうじき外への出口を見つけるか自分でこじ開けて脱出するだろう。そこでトキシムとニアミスしたら。
「いや」
博士が立ち上がる。その声には熱がこもっている。
「私は、信じる。まだ“彼はいる”」
◇◇◇
駐車場跡のドローンの射出口と非常階段以外に、地上と地下を繋げるポイントは無いのだが、散々走り回った後、メロが指を突き立てて壁をよじ登り、天井を拳で幾度も殴って、新しい出口を作ってしまった。
メロが飛び出した先は、3体のトキシムが戦っている現場だった。場所は病院の入口付近。建物を囲うように鉄の壁を設置、その上に有刺鉄線を備え付けていたのだが、鉄線が千切れ、壁の上部も歪んでいる。力任せによじ登ったようだ。
急に現れたメロを見て動きを止めるトキシム達。瞳がそれぞれ異なる色に染まっている。メロも3体の姿を確認、沈黙が訪れた。
ドライバーだった個体が先に吠える。顔中傷だらけで、口を大きく開けると頬に穴が空いていることがわかる。 ドライバーの咆哮を聞くと、メロがキッと睨みつけ、ドライバーよりも大きな声で吠えた。3体が一瞬怖気付く程だ。
その声に呼応するかのように、左手首の装置が電気を帯びる。バチバチと凄まじい音がしており、青白い電流がヒューズから流れ出る。
メロは両腕をクロスさせた。左腕が前側、交差した箇所が、ちょうど胸の黒い窪みの前に来る形だ。 電流はより一層強く激しくなり、青い光となってメロの全身を包んでいく。 そして、再びメロが咆哮し、クロスさせた両腕を勢いよく広げた。
光が消えた。
そこに立っていたのは怪物だった。 怪物が両腕を広げた姿で、肩で息をしていた。
左腕と同じ、薄緑色をした骸骨のような頭部。血のような赤いラインが何本も浮き出て模様を作っている。後頭部は玉ねぎのようなシルエットのプロテクターで守られている。プロテクターの下部には円形の突起が2つ、左右対称に付いている。
上半身右側と脚は筋肉が露出したかのように赤く大きくなっている。腿と膝から下にも薄緑の装甲。腿の装甲は小さく、黄色く太い数本の線が側面から伸びて巻きついている。ノーラが「旧式」「中途半端」と言っていた意味がわかる気がする。
恐ろしいのは、その白く大きな目。人間のそれよりも大きく、変異前と同じく充血している。
メロだったものが3体を見据える。彼等も突如現れた敵を前に身構える。 一瞬の間があり、それぞれが相手目掛けて勢い良く走り出した。
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