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第1話【蘇る怪異】
#4
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生徒達が次々に下校する裏で、藪坂琴美は1人旧校舎の前にやってきた。
黒のボブカットにぱっちりとした大きな目。小柄な彼女は中等部の生徒に見えるが、高等部の学生共通の白いシャツを着ている。肩にかけたバッグは大きく膨らみ、少し持ちにくそうだ。
こんな場所に琴美がやって来た理由はただ1つ。
広場の中央に駆け寄り、台座に乗った石像を見上げると、
「二宮金次郎さん!」
突然大声で呼びかけた。
当然返事は無いのだが、琴美は構わず質問をぶつける。
「動けるんですよね? 図書室使うんですか? 歩きスマホの件どう思いますか?」
風の吹く音がもの悲しい。
琴美は肩をがっくり落とした。この像は動く。根拠の無い自信が彼女にはあった。
簡単に言えば、琴美は怪談オタクだ。
学校中の噂を集めては、自分の足で真相を確かめに行く。収穫は無いのだが、必ず何かが起きると信じて何度も足を運ぶ。それでも怪異は応えてくれない。
二宮への“取材”は今日で5日。他の噂も調べているので、毎日通うことは出来ない。
「おかしいな。動くと思っ——」
突然、上の方からガラスの割れる音が。
振り返ると、2階の窓が縁ごと吹き飛び大破している。
「え? こ、これって、もしかして!?」
シャッターチャンス。非日常的な光景が目の前に! カバンからスマホを取り出そうとしていると、
「危ない!」
真上から若い男性の声。 見知らぬ男子生徒が……空を飛んでいる。琴美はそう解釈した。
人間、驚くと体が動かなくなる。写真に収めたいのに、琴美は目を丸くして見上げるのみだ。 青年の落ちる先には二宮が。動く像と“学生の霊”の邂逅。琴美の手に力が入る。
霊と像がぶつかる瞬間、彼等は青白い光に包まれた。眩しさのあまり琴美が目を瞑る。
光が止み、ゆっくり目を開けると、読書していたはずの像が台座から消えている。あの青年も見当たらない。
「何が起きたの?」
困惑していると、今度は台座の奥から男性の呻き声。
『な、何だ? 何が起きた?』
声の主がゆっくり起き上がると、琴美の顔に歓喜の笑みが浮かんだ。
続いて出たのは、甲高い喜びの悲鳴。
「うわぁ~! ホントに、ホントに動いてる!」
少女の視線の先には、頭を片手で押さえて周囲を見回す、二宮金次郎像がいるではないか。
石像は、近くの窓ガラスに反射した自分の姿を見て驚愕している。 こんな場面に遭遇して、普通なら逃げ出すところだが、琴美は駆け足で動く石像に近づいた。
「あぁ、いててて……」
随分と若々しい声。琴美の想像とは遥かに異なる。
とは言え、自分が思っていた通り、二宮金次郎が動いている。今、目の前で。念願の怪異との接触。緊張の面持ちで、琴美は二宮金次郎に呼びかけた。
「あのっ!」
「はい?」
「1ー4の藪坂琴美と言います!」
「はぁ」
「うっ、ううっ、まさか、本当にお話出来るなんて……」
嬉しさのあまり泣き出す琴美に、石像は頭を抱えた。
「ちょっと、何で泣いて……ん?」
石像が自分の両手を見て驚いている。目線は手から胴体、そして足下へ。
ぎこちない動きで辺りを見回し、近くのガラスに己の姿を映す。そこに映っていた自分の姿を見て、二宮金次郎の像———-いや、門倉雄也が甲高い悲鳴をあげた。
「何これ!? 何で、何で僕が、二宮金次郎に……」
「二宮さん!」
そんな雄也を他所に、琴美が小さなメモ帳を片手に近寄ってきた。
「早速ですが、二宮金次郎さん、取材させてください!」
「取材? い、いや、そんなこと言ってる場合じゃないし、僕、二宮金次郎なんかじゃ……」
ただでさえ、自分の体に妙な異変が起きているというのに、そんな自分を“二宮金次郎”と呼んで取材を迫る、見知らぬ少女。1ー4と言っていたから、同級生なのはわかった。
いったい何故こんなことになったのだろう。雄也が記憶を辿る。
旧校舎の2階から落下し、広場の二宮金次郎像に激突。その瞬間、自分の体は光に包まれた。
————まさか、あの時に、二宮の像とくっついてしまったのではないか。
いやいや。いくら不思議な噂だらけの学校とは言え、そんなフィクションのようなことが起きるはずがない。そう思いたいのだが、現にこうして、雄也の体は二宮の像そのものになってしまった。
それに————
「おやおや! こいつぁたまげたねぇ!」
旧校舎の方から聞こえる、男性の声。石像と琴美が同時に目を向ける。
非現実的なものがもう1つ。雄也を2階から落とした張本人。古い教室に隠れていた怪物が、割れた窓から広場に飛び降りた。
外では相手の姿がよく見える。全身真っ赤な怪物。怪物の前腕は、腕を組んだまま黒い拘束具で固められていた。艶のある黒い目玉。刃の生えた後腕も相まって、昆虫を思わせる姿だ。琴美もその悍ましさに言葉を失った。
怪物は刃を擦りながら、二宮金次郎の像をジロジロ見ている。あまりに恐ろしくて、雄也は声も出ない。琴美も足が震えて、その場から逃げ出せずにいる。
「どうやったのかは知らねぇが、坊ちゃんのおかげで手間が省けたよ」
「ぼ、坊ちゃんって、僕?」
どうにか石の腕を動かして自分の顔を指さすと、怪物はケタケタ笑い出した。
「他に誰がいるってのさ! まぁ良いや。坊ちゃん、“ソイツ”を渡してもらうよ」
「ソイツ?」
「ま、いきなりじゃあ、わかんねぇわな。それなら、もっと簡単に言ってやる」
声のトーンが低くなったと思うと、怪物は石像の眼前で勢いよく刃を振り下ろした。刃先は石像の足下に刺さっている。
「坊ちゃん。死んでもらうよ」
地面に突き刺さった刃を引き抜き、怪物が斬りかかってきた。
黒のボブカットにぱっちりとした大きな目。小柄な彼女は中等部の生徒に見えるが、高等部の学生共通の白いシャツを着ている。肩にかけたバッグは大きく膨らみ、少し持ちにくそうだ。
こんな場所に琴美がやって来た理由はただ1つ。
広場の中央に駆け寄り、台座に乗った石像を見上げると、
「二宮金次郎さん!」
突然大声で呼びかけた。
当然返事は無いのだが、琴美は構わず質問をぶつける。
「動けるんですよね? 図書室使うんですか? 歩きスマホの件どう思いますか?」
風の吹く音がもの悲しい。
琴美は肩をがっくり落とした。この像は動く。根拠の無い自信が彼女にはあった。
簡単に言えば、琴美は怪談オタクだ。
学校中の噂を集めては、自分の足で真相を確かめに行く。収穫は無いのだが、必ず何かが起きると信じて何度も足を運ぶ。それでも怪異は応えてくれない。
二宮への“取材”は今日で5日。他の噂も調べているので、毎日通うことは出来ない。
「おかしいな。動くと思っ——」
突然、上の方からガラスの割れる音が。
振り返ると、2階の窓が縁ごと吹き飛び大破している。
「え? こ、これって、もしかして!?」
シャッターチャンス。非日常的な光景が目の前に! カバンからスマホを取り出そうとしていると、
「危ない!」
真上から若い男性の声。 見知らぬ男子生徒が……空を飛んでいる。琴美はそう解釈した。
人間、驚くと体が動かなくなる。写真に収めたいのに、琴美は目を丸くして見上げるのみだ。 青年の落ちる先には二宮が。動く像と“学生の霊”の邂逅。琴美の手に力が入る。
霊と像がぶつかる瞬間、彼等は青白い光に包まれた。眩しさのあまり琴美が目を瞑る。
光が止み、ゆっくり目を開けると、読書していたはずの像が台座から消えている。あの青年も見当たらない。
「何が起きたの?」
困惑していると、今度は台座の奥から男性の呻き声。
『な、何だ? 何が起きた?』
声の主がゆっくり起き上がると、琴美の顔に歓喜の笑みが浮かんだ。
続いて出たのは、甲高い喜びの悲鳴。
「うわぁ~! ホントに、ホントに動いてる!」
少女の視線の先には、頭を片手で押さえて周囲を見回す、二宮金次郎像がいるではないか。
石像は、近くの窓ガラスに反射した自分の姿を見て驚愕している。 こんな場面に遭遇して、普通なら逃げ出すところだが、琴美は駆け足で動く石像に近づいた。
「あぁ、いててて……」
随分と若々しい声。琴美の想像とは遥かに異なる。
とは言え、自分が思っていた通り、二宮金次郎が動いている。今、目の前で。念願の怪異との接触。緊張の面持ちで、琴美は二宮金次郎に呼びかけた。
「あのっ!」
「はい?」
「1ー4の藪坂琴美と言います!」
「はぁ」
「うっ、ううっ、まさか、本当にお話出来るなんて……」
嬉しさのあまり泣き出す琴美に、石像は頭を抱えた。
「ちょっと、何で泣いて……ん?」
石像が自分の両手を見て驚いている。目線は手から胴体、そして足下へ。
ぎこちない動きで辺りを見回し、近くのガラスに己の姿を映す。そこに映っていた自分の姿を見て、二宮金次郎の像———-いや、門倉雄也が甲高い悲鳴をあげた。
「何これ!? 何で、何で僕が、二宮金次郎に……」
「二宮さん!」
そんな雄也を他所に、琴美が小さなメモ帳を片手に近寄ってきた。
「早速ですが、二宮金次郎さん、取材させてください!」
「取材? い、いや、そんなこと言ってる場合じゃないし、僕、二宮金次郎なんかじゃ……」
ただでさえ、自分の体に妙な異変が起きているというのに、そんな自分を“二宮金次郎”と呼んで取材を迫る、見知らぬ少女。1ー4と言っていたから、同級生なのはわかった。
いったい何故こんなことになったのだろう。雄也が記憶を辿る。
旧校舎の2階から落下し、広場の二宮金次郎像に激突。その瞬間、自分の体は光に包まれた。
————まさか、あの時に、二宮の像とくっついてしまったのではないか。
いやいや。いくら不思議な噂だらけの学校とは言え、そんなフィクションのようなことが起きるはずがない。そう思いたいのだが、現にこうして、雄也の体は二宮の像そのものになってしまった。
それに————
「おやおや! こいつぁたまげたねぇ!」
旧校舎の方から聞こえる、男性の声。石像と琴美が同時に目を向ける。
非現実的なものがもう1つ。雄也を2階から落とした張本人。古い教室に隠れていた怪物が、割れた窓から広場に飛び降りた。
外では相手の姿がよく見える。全身真っ赤な怪物。怪物の前腕は、腕を組んだまま黒い拘束具で固められていた。艶のある黒い目玉。刃の生えた後腕も相まって、昆虫を思わせる姿だ。琴美もその悍ましさに言葉を失った。
怪物は刃を擦りながら、二宮金次郎の像をジロジロ見ている。あまりに恐ろしくて、雄也は声も出ない。琴美も足が震えて、その場から逃げ出せずにいる。
「どうやったのかは知らねぇが、坊ちゃんのおかげで手間が省けたよ」
「ぼ、坊ちゃんって、僕?」
どうにか石の腕を動かして自分の顔を指さすと、怪物はケタケタ笑い出した。
「他に誰がいるってのさ! まぁ良いや。坊ちゃん、“ソイツ”を渡してもらうよ」
「ソイツ?」
「ま、いきなりじゃあ、わかんねぇわな。それなら、もっと簡単に言ってやる」
声のトーンが低くなったと思うと、怪物は石像の眼前で勢いよく刃を振り下ろした。刃先は石像の足下に刺さっている。
「坊ちゃん。死んでもらうよ」
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