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第1話【蘇る怪異】
#3
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怪我をした生徒は救急車に運ばれていった。
数ヶ月ぶりに起きた謎の事件。2限も自習になり、今日は全員下校することとなった。
被害者が倒れていた場所には、拭き取られたような赤い跡が微かに残っている。教師らが拭いたのだろうが、白い床ではよく目立つ。
生徒達が帰路に着く中、雄也は1人本館の非常口に向かった。
指示に背くのは胸が痛むが、雄也には何よりも気になるものがある。事件直後に見た一団。その列に並んでいた勝らしき人物。 勝はまだ病院のベッドで眠っていて、学校にいるはずがない。気のせいだと思いたいが、あれは紛れもなく勝の顔だった。
1F。階段を降りてすぐの所にある厚いドアを開ければ、旧校舎の入口前に出る。移動教室の際に使うルートだ。妙な噂に興味の無い雄也が、授業以外でこの不気味な校舎に足を運ぶことになるとは。
教師達に見つかる前に調べなければ。
入口に駆け寄って、恐るおそる扉の錆びた取っ手を掴む。力を入れて引いてみると、ギィという耳障りな音を立てて動いた。施錠されていない。あまり音を立てないよう、少し扉を開けて隙間から校舎内に侵入した。
「灰谷君?」
反射的に勝のことを呼んでいた。返事が無いことはわかっているのに。
あの列を見たのは2階。出入り口の真正面にある、古びた木の階段を上る。段を踏む度に音が鳴るので、はやる気持ちを抑えてゆっくりと。
上も下も構造はほぼ同じ。細長い廊下が続くだけ。左手に部屋、右手が窓。あの集団は雄也が立つ場所に向かってこの廊下を歩いていた。無関係だと思うが、反対側には美術室があったはず。
「灰谷君、いるの?」
いるはずのない友人に呼びかけながら、埃の舞う細い道を進んだ。嘗ての教室は物置同然。予備の机や椅子も乱雑に置かれている。
通路の真ん中まで来た時、後ろの方で木が軋む音が聞こえた。振り返るが誰もいない。だが、家鳴りにしては音が大きかった気がする。床に体重をかけた感じの音だった。
後方に気を取られていると、今度は右側から物音が。硬い物を擦り合わせるような小気味良い音。こちらは聞き覚えがあった。 そう、まるで、ハサミの刃が擦れるような。
瞬間的に右を向く。
嘗ての教室の出入り口。引き戸が開いていて、カーテンの閉まった薄暗い室内が見える。
そして、雄也の対角線上、教卓があったであろう位置に“それ”はいた。
真っ赤な怪物。薄闇でも識別出来るほど派手な赤色。 怪物が腕を前に組んで仁王立ちしている。
捲れて襟巻きのようになった首の皮膚。髑髏のような顔は口角が大きく上がっているように見える。脚のシルエットは獣に近い。
最も恐ろしいのは、怪物の肩からもう一対腕が伸びていること。細長い腕の先には大きく鋭い鉄の刃が文字通り生えている。カマキリを思わせる後腕を前に出し、怪物が刃を擦り合わせていた。
「か、怪物——」
雄也が叫び声を上げる直前、怪物は後腕を勢い良く左右に広げた。強烈な突風が襲いかかる。雄也が思わず身を屈め、腕で顔を守った。背後でガラスや木が砕ける音がする。
生暖かい感触。腕を下ろすと、刃物で切られたような赤い線がついており、血が滴っていた。
大怪我を負った生徒達。傷だらけの勝。
一連の事件はこの怪物の仕業なのか?
非現実的な光景に頭が痛む。怪物のシルエットは、事件を機に身についた能力のせいで頭に貼り付いている。
「今のはお遊びだ」
更に驚くべきことに、怪物が人語を口ずさんだ。中年男性の声色に近い。
「もっと楽しませろ!」
怪物が刃を振るうと、強く鋭い風が雄也に向かってきた。その勢いは、160センチはある青年の体を軽々と吹き飛ばすほど。 最初の一撃で背後の窓ガラスは大きく割れていた。仰向けの状態で、あの日の勝のように、雄也の体が階下へ放り出された。
落下する方向に目をやると、そこには1人の少女が。彼女も目を丸くして雄也を見ている。
「危ない!」
思わず叫んだ。彼女を巻き込まないように。
窓から弧を描いて落ちる雄也。その先には、二宮金次郎の像。
必死にもがくが軌道は変わらない。
雄也の体が、熱心に本を読む石像に直撃する、まさにその時。
雄也と石像が、突然青白い光に包まれた。
そして——。
数ヶ月ぶりに起きた謎の事件。2限も自習になり、今日は全員下校することとなった。
被害者が倒れていた場所には、拭き取られたような赤い跡が微かに残っている。教師らが拭いたのだろうが、白い床ではよく目立つ。
生徒達が帰路に着く中、雄也は1人本館の非常口に向かった。
指示に背くのは胸が痛むが、雄也には何よりも気になるものがある。事件直後に見た一団。その列に並んでいた勝らしき人物。 勝はまだ病院のベッドで眠っていて、学校にいるはずがない。気のせいだと思いたいが、あれは紛れもなく勝の顔だった。
1F。階段を降りてすぐの所にある厚いドアを開ければ、旧校舎の入口前に出る。移動教室の際に使うルートだ。妙な噂に興味の無い雄也が、授業以外でこの不気味な校舎に足を運ぶことになるとは。
教師達に見つかる前に調べなければ。
入口に駆け寄って、恐るおそる扉の錆びた取っ手を掴む。力を入れて引いてみると、ギィという耳障りな音を立てて動いた。施錠されていない。あまり音を立てないよう、少し扉を開けて隙間から校舎内に侵入した。
「灰谷君?」
反射的に勝のことを呼んでいた。返事が無いことはわかっているのに。
あの列を見たのは2階。出入り口の真正面にある、古びた木の階段を上る。段を踏む度に音が鳴るので、はやる気持ちを抑えてゆっくりと。
上も下も構造はほぼ同じ。細長い廊下が続くだけ。左手に部屋、右手が窓。あの集団は雄也が立つ場所に向かってこの廊下を歩いていた。無関係だと思うが、反対側には美術室があったはず。
「灰谷君、いるの?」
いるはずのない友人に呼びかけながら、埃の舞う細い道を進んだ。嘗ての教室は物置同然。予備の机や椅子も乱雑に置かれている。
通路の真ん中まで来た時、後ろの方で木が軋む音が聞こえた。振り返るが誰もいない。だが、家鳴りにしては音が大きかった気がする。床に体重をかけた感じの音だった。
後方に気を取られていると、今度は右側から物音が。硬い物を擦り合わせるような小気味良い音。こちらは聞き覚えがあった。 そう、まるで、ハサミの刃が擦れるような。
瞬間的に右を向く。
嘗ての教室の出入り口。引き戸が開いていて、カーテンの閉まった薄暗い室内が見える。
そして、雄也の対角線上、教卓があったであろう位置に“それ”はいた。
真っ赤な怪物。薄闇でも識別出来るほど派手な赤色。 怪物が腕を前に組んで仁王立ちしている。
捲れて襟巻きのようになった首の皮膚。髑髏のような顔は口角が大きく上がっているように見える。脚のシルエットは獣に近い。
最も恐ろしいのは、怪物の肩からもう一対腕が伸びていること。細長い腕の先には大きく鋭い鉄の刃が文字通り生えている。カマキリを思わせる後腕を前に出し、怪物が刃を擦り合わせていた。
「か、怪物——」
雄也が叫び声を上げる直前、怪物は後腕を勢い良く左右に広げた。強烈な突風が襲いかかる。雄也が思わず身を屈め、腕で顔を守った。背後でガラスや木が砕ける音がする。
生暖かい感触。腕を下ろすと、刃物で切られたような赤い線がついており、血が滴っていた。
大怪我を負った生徒達。傷だらけの勝。
一連の事件はこの怪物の仕業なのか?
非現実的な光景に頭が痛む。怪物のシルエットは、事件を機に身についた能力のせいで頭に貼り付いている。
「今のはお遊びだ」
更に驚くべきことに、怪物が人語を口ずさんだ。中年男性の声色に近い。
「もっと楽しませろ!」
怪物が刃を振るうと、強く鋭い風が雄也に向かってきた。その勢いは、160センチはある青年の体を軽々と吹き飛ばすほど。 最初の一撃で背後の窓ガラスは大きく割れていた。仰向けの状態で、あの日の勝のように、雄也の体が階下へ放り出された。
落下する方向に目をやると、そこには1人の少女が。彼女も目を丸くして雄也を見ている。
「危ない!」
思わず叫んだ。彼女を巻き込まないように。
窓から弧を描いて落ちる雄也。その先には、二宮金次郎の像。
必死にもがくが軌道は変わらない。
雄也の体が、熱心に本を読む石像に直撃する、まさにその時。
雄也と石像が、突然青白い光に包まれた。
そして——。
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