アングラドライブ

鵤牙之郷

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第1話【蘇る怪異】

#2

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 雄也が在籍する【1ー1】の担任は時間にルーズだ。下駄箱で靴を履き替え、校舎の3階まで登った辺りでチャイムが鳴ったが、まだ朝礼は始まっていない。

 教室の後ろの戸を静かに引いて、気配を消して中に入る。戸の真横に座っているクラスメイトに会釈して、自分の席にコソコソ向かった。

 横に6つ、縦に5列。計30人分の座席。雄也が座っているのは窓際の、教壇側から5番目。席に着いて一息つく。

 窓際。出来れば避けたかった位置。くじ引きで運悪く当たってしまった。

 何が嫌かと言えば、窓の向こう、本館と少し間を空けて建つ旧校舎が見えること。2つの校舎の間はちょっとした広場になっている。

 改築された2階建の校舎。横長の建物内には美術室や音楽室が当時のまま残っており、今も授業で使われている。正門から見ると本館に遮られ、隠されているような印象を受ける。

 おまけに広場には、かの有名な“二宮金次郎の像”が置かれている。雰囲気はバッチリだ。

 学校の象徴たる石像、同時に、学校にまつわる怪談の主役。近年では像そのものが撤去されているらしいが、彩音寺学園では、新校舎が建てられる前から、ずっと同じ場所で歩き読みをしている。夜中に動き出すという噂もあるが、中等部ならまだしも、高等部の生徒からすれば、その程度の怪談では弱すぎる。

 雄也は溜め息をついた。嫌でも窓の外に視線が移る。旧校舎の2階、廊下沿いの割れた窓を見るたびに、ある日の記憶が脳裏をよぎる。
 ガラスの割れる音。破片と共に目の前に落ちてきた傷だらけの親友。
 そして、

 “あん、ぐ、ら”

 脳内で何度も再生される、親友の残した言葉。

 嫌なことを思い出してしまった。手を上に伸ばして、背中を大きく反らした。後ろの席は空いているから、大きく背伸びしても文句は言われない。
 座席の主である江崎えざきひとしは、始業式以来顔を出していない。

 “江崎ぃ、今日も休みかぁ? アイツに貸したマンガ、早く返して欲しいんだけど”
 “ドンマ~イ。始業式の日はいたよね? 病気?”
 “そう言えばさ……アイツがさぁ、腹痛いっつって、旧校舎の方に走ってったの、俺見たんだよね”
 “旧校舎? え!? 待って待って、そういうこと?”
 “そういうことって?”

 この学園の生徒らにかかれば、どんなことでも怪談になってしまう。
 確かに、江崎は登校拒否するような生徒ではないし、2週間近く不在となると心配になる。しかし、旧校舎だか何だか知らないが、おそらく病欠だろうと雄也は考えている。

「お待たせ~」

 薄汚れた白い引き戸がガラガラと音を立てると、生徒たちは談笑を中断した。
 やや駆け足で入ってきたのは、背の高い痩せ型の男性。短めにカットされた髪は、一応整えられてはいるが、後頭部に弧を描く小さなツノが立っている。肘まで袖を捲ったワイシャツはシワだらけ。転んだのか、黒いズボンは埃で汚れていた。

「いやぁ、廊下が混んでてさぁ」

 くだらないジョークに生徒達が笑った。

 雄也達の担任・渡井わたらい秀樹ひでき。引き締まった体つきや若々しい声から、新任教諭と勘違いされがちだが、教壇に立って10年経つベテラン教師だ。アラフォーであることを自ら明かし、若く見られることを自慢げに語っていた。誰に対しても明るく優しい人気者。いつしか“生徒達の兄貴分”と呼ばれるようになった。

「朝礼終わったらそのまま授業な。あ、今日はコイツの日だったなぁ」

 意地悪な笑みを浮かべてA5用紙の束を見せつける。渡井は現代文担当。毎週水曜、漢検2級のテキストを元にした小テストを行う。
 愚痴を言うクラスメイトたち。2学期が始まって最初の小テスト。勉強をしてこなかったのだろう。雄也もほとんど勉強をしていないが、それでも彼は好成績を残す。残してしまう。

 あの日。
 勝が目の前に落ちてきた中3最後の春を境に、雄也の身にある異変が起きた。
 一度見たものが、写真のように頭に“貼り付いて”しまうのだ。きっとこれが「瞬間記憶」と呼ばれるものなのだろう。小テストの対策も、通学途中にテキストをチラッと見るだけで充分だ。
 ただ、後天的なものだからか、見たものを永遠に記憶出来るわけではない。

「先生!」


 特徴的なハスキーボイスで雄也は我に返った。

 声のする方を見ると、木嶋という女子生徒が手を挙げている。

「今日も遅刻したんだから、テストは無しってことにしない?」
「確かに!」

「じゃ、そういうことで」


 冗談か本気か定かではないが、木嶋の提案に他の生徒も乗り出す。苦笑いをして渡井が両手でバツ印を作った。

「ダメダメ。テストは予定通り——」

 突然の出来事だった。
 渡井教諭の言葉を遮るように、廊下から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

 渡井が血相を変えて廊下に飛び出す。教室内はしんと静まり返り、皆一様に半分だけ開いたドアを見ている。
廊下から教師達の声が聞こえる。「大丈夫か」としきりに呼びかけている。何が起きたのだろう。

 木嶋が立ち上がり、ドアの隙間からそっと顔を覗かせる。直後、「ひっ」という短い悲鳴を上げた。

「教室に戻ってろ!」

 怒鳴られた木嶋は戸を閉めて席に着いた。


「ねぇ、何見たの?」
 
「トイレの前」
 
「え?」

「お、女の子が倒れてて、何か、血っぽいのも見えて……」

 彩音寺では不可思議な噂が生まれる。

 そして、その信じがたい事象の数々が、この学園では実際に起きるのだ。

「予定変更。1限は自習な」

 渡井が一旦顔を出すと、すぐにまた廊下の先へ向かっていった。
教室の外から“救急車”というワードが聞こえる。木嶋の言葉と照らし合わせれば、女子生徒が出血するほどの大怪我を負ったのだろう。

「まだ続いてんの?」
 
「これで何人目?」

 クラスメイト達が顔を合わせて話している。

 生徒が大怪我を負った事件は、今年に入って既に数件起きていた。

 初めは3月の頭。休みを挟んだ後も不定期に誰かが怪我を負う。2学期は今日が初。被害者の共通点も特に無し。生徒なら誰でもターゲットになり得る。

 今回で8件目なのだが、最初の被害者とされているのが、他でもない勝だった。
幸い、死者はいない。他の被害者が次々に意識を取り戻す中、勝は未だ目を覚まさない。

 勝のことを思い出すと、どうしても視線が旧校舎に向いてしまう。
 そんな雄也の目に、奇怪な光景が飛び込んできた。

 校舎2階の廊下を、何人もの男女が1列になって歩いている。他のクラスの生徒かとも考えたが、その集団の中に見覚えのある顔を見つけて、思わず目を大きく見開いた。

「灰谷君?」

 列の中に、生気を失った顔をした勝がいた。

 普段物静かな雄也が声を上げたことで、周りのクラスメイトの注目を集めてしまった。雄也は気まずそうに顔を下に向けた。
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