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来世は空気を希望します!
30.綴くんの帰省です
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丸一日経って今日が綴くんの帰ってくる日。
「言葉、お鍋ちょっと見ててくれる?」
「はーい」
私たちのお母さん詩穂さんは大忙しだ。
今日一番力を入れているのはお料理。
今煮込んでいるのは夜に食べるビーフシチュー。
魔術を使えば鍋が勝手にいい感じに仕上げてくれるんだけど、そうしないのは詩穂さんのこだわりだ。
じっくり煮込んでお肉をほろほろにするのよと嬉しそうに笑って支度している詩穂さんは聖母様のように神々しかった。さすが推しのお母様よ。尊い。料理を手伝いながら隙を見て思わず背中を拝んだのは内緒。
今日の食事は綴くんの帰省記念と言葉ちゃんの首席合格のお祝いを兼ねているからすごく豪勢。毎日すごく美味しいから夜が楽しみだなあ。
詩穂さんが戻ってきたのでお鍋をバトンタッチ。私は机を拭いたり洗濯物を畳んだり、こまごましたことを全体的にやって詩穂さんのサポートをしている。
ふう。できることは大体やり尽くしたな。
時刻は一三時を少し過ぎたところ。そろそろ来るはずなんだけど。
そう思っていたら玄関の呼び鈴が鳴った。あっ来た!
「言葉、きっと綴くんだわ。玄関開けてあげて」
「はーい」
女性の二人暮らしだしいつもは防犯として詩穂さんに言われて鍵をかけている。まあ、実際には誰も来るわけないんだけど。人っ子ひとりいない町を思い出して苦笑いする。
我らが父文明さんは海外に単身赴任中なので、しばらく帰ってきません。
てことは私が家を出て寮に入ったら詩穂さんひとりぼっちか。……まめに連絡取ろう。
そんなことを考えながら玄関の鍵を開ける。
立っていたのは重そうなカバンを持った銀髪に青い瞳のイケメン。綴くんだ。
「ただいま」
「おかえりなさい兄さん。入って入って!」
頭を瞬時に「観月言葉」に切り替える。自室にいるときは元の自分でいてもいいかなと思ってるんだけど、詩穂さんの前ではそうもいかないから最近切り替えが非常に上手くなりました。
荷物持つよって言ったんだけど断られてしまったので、先導してリビングへ向かう。
「お母さん、兄さん帰ってきたよ」
「ただいま」
「おかえりなさい綴くん! お疲れさま。お腹空いてない? お昼食べてきたかしら」
「いや、まだ食べてない」
「良かった! じゃあまずお昼にしましょう」
詩穂さんが笑う。
荷物を下ろした綴くんは安心したように眉を下げた。
「変わらないな、母さんは」
「私も変わらないよ?」
「うん、そうだな」
ちょっと子どもっぽくなった綴くんを覗き込んで言えば、肯定と共に優しく頭を撫でられた。
へへ。この兄は妹に大変甘い。
詩穂さんが作ってくれた美味しいご飯を食べて、一旦綴くんは荷物を置きに部屋に戻った。
明日の夕方には帰る弾丸帰省だからそんなに荷物は多くないと言っていたけど、学期成績表とか話題のお菓子とかいろいろとお土産を持って帰ってきてくれた。
戻ってきた綴くんも一緒にリビングでそれらをお供に話に花を咲かせる。
近況報告などを一巡して、今の話題は言葉ちゃんが主席をとったことだ。
「言葉はすごい。よく頑張ったな。今から言葉と学園で会えるのが楽しみだ」
「えへへ。これからも頑張るね」
「兄妹二人とも優秀で、お母さん鼻が高いわ。天狗さんになってしまいそう。でも、二人とも頑張り過ぎちゃうところがあるから少し心配でもあるの。無理はしないようにね」
「うん」
「……うん」
「あっ、兄さん歯切れが良くない! そうだお母さんこの間報告に行ったときもね」
「待てこら待ちなさい! それは言わない約束だろう!」
「そんな約束してませーん」
「ええ? なになにどうしたの?」
私が綴くんの無理を告げ口しようとし、それを綴くんが止めようと慌て、何も知らない詩穂さんは楽しそうに笑う。
ああ、平和だなあ。あったかくていいな、こういうの。
楽しくなって笑えば、ふたりが受け止めてくれる。家族っていいものだ。
そうしているうちに日も暮れて、そろそろ晩ご飯にしようということになった。
話してるときにお菓子食べてたけど、みんなちゃんとこの後のことを考えてセーブしていました。えらい。
机の上にずらりと並べられた料理の数々。壮観!
メインディッシュのビーフシチューを始めとした美味しそうで豪華な料理が机狭しと置かれた食卓は、見ているだけでテンションが上がる。
「わあ、すごい!」
「二人分のお祝いだもの、張り切っちゃった! デザートにケーキもあるわよ」
「すごい!」
「美味しそうだ」
「うふふ。さあ、食べましょう」
「うん! いただきます!」
「いただきます」
うーん、すっごく美味しい! 詩穂さん天才料理人!
綴くんもたくさん食べている。おかわりもあるからねーと詩穂さんが言う。
これは肥える……。確実に肥える……!
でもバランスいいメニューだし、こんなに食べるの今日だけだし、あとで運動もするから許されたい!
はあ、美味しかった。お腹いっぱい。詩穂さんの手作りチーズケーキ、とっても美味しかったです。
片付けをした後部屋に戻った。
お風呂の順番待ちです。綴くんは疲れてるでしょってことで一番目、私はその次。
待ってる間に日記を書く。元の世界の頃は日記書く癖は無かったんだけど、この箱庭では何があるか分からないなと思って何でもメモしておくようにしてる。とはいえ別に変わったことも起きないから日常の雑記とか備忘録みたいなものだけど。
「言葉、お風呂上がったぞ」
「あ、うん」
ノックと共に綴くんにドアの外から声をかけられる。
ノックと同時に入ってくる空気読めないお父さんムーブしない辺り綴くんはジェントルマンだ。
準備しておいたお風呂セットを手にドアを開ければ、湯上りの綴くんが立っていた。
「わあ!?」
「……そんなに驚くことないだろう」
「ごめん、もう部屋戻ったと思ってたから」
それもあるし、ほかほかのイケメンに耐えられなかったのもあります。
いつもより上気した頬とセットしてない髪は、冷たい色合いの綴くんを幼げに見せている。
ひゃあ、破壊力よ。
ふと綴くんが私の手に目を止めた。それはどうした?と聞かれて見れば、手にインクがついてしまっていた。
「ああ、書き物してたの。日記。それでだと思う」
「ああ、日記。なるほど。……読みたいって言ったら嫌か?」
「ええ? 嫌……」
「そうか」
しょんぼりされてしまった。
「うそうそ、いいよ。ちょっと待ってて」
まあ見せてもいいんだよね。
なぜなら私が今さっき書いていたのは青い表紙の手帳なので。
ゲーム内アイテム、『観月言葉の日記帳』。
それは赤い表紙に金の飾り文字が美しい装丁をしている。これはキャラに関するパラメータとかゲーム内のヘルプなどが書いてある、プレイヤー御用達のアイテムだった。この箱庭でも、その扱いは変わらない。
だからそっちを見せることはできないけど、日記書いてることを知られたら見たいって言う人はきっと出るだろうなあと思って、先手を打っておいた。
ずばり、ノートを分ける!
どうでもいいことを書く青い表紙のものと、本命の赤い表紙のもの。
家の中に閉じこもってた数日間のうちに閃きました。賢い。
自室に戻って机の上から青い表紙の手帳を取り、綴くんに渡す。
「最近書き始めたばかりだからそんなに量は無いよ? 面白くないかも」
「面白さは求めてないよ。ありがとう、読ませてもらう」
手帳をひょいと掲げて綴くんは綴くんの自室へ去っていった。
さ、私はお風呂お風呂ーっと。
美は一日にしてならず。
言葉ちゃんの美貌の維持も一日にしてならず。
バスタイムのあとしっかりケアをして、本日もぴかぴかの湯上り言葉ちゃん無事完成いたしました。
いつもの芋ジャーではなく今日の部屋着はかわいいパーカーとショートパンツのセットのやつです。ふわさらの生地の部屋着着た言葉ちゃんスーパープリティ! 最強!
お風呂を子どもたちに譲ってくれた詩穂さんに上がったよと声をかけて、二階の部屋へと戻る。
階段を上がってふと顔を上げたら、私の部屋のドアに綴くんがもたれかかっている。
その表情は暗い、というか堅い?
「あれ? 兄さんどうしたの?」
「ああいや……。少し話したくてな。入ってもいいか?」
「うん、いいけど……」
どうしたんだろう。微妙な歯切れの悪さが気になる。
椅子に座るよう勧めて、私は向かい合うようにベッドの縁に腰掛ける。
さっきは影になってて気づかなかったけど、綴くんの手には青い手帳がある。日記返しに来てくれたのかな?
「言葉、聞きたいんだが」
「うん、何?」
「これ……なんだが」
「えっ何か変なこと書いてた?」
「いや、内容に変なところはない。普通に楽しく読ませてもらった。ありがとう。そうではなくて……あー……」
すごく言いにくそうに綴くんは難しい顔をして下を向き、私に手帳を返して空いた両手を組んでいる。
不安になってきた。何言われるんだろう。
意を決したように綴くんは顔を上げた。口を開く。
「お前、どうした?」
……? どうした、とは。
「どういうこと?」
「筆跡が変わった。俺が知ってる言葉の字じゃない」
「筆跡? ……あっ!?」
不安、的中。
青い手帳に書いた日記は、高垣美和の字だ。観月言葉の字じゃない。
というのも、ゲーム、アニメ、コミカライズその他もろもろ。どの媒体を探しても、観月言葉の字は無い。明かされていない。
そうだよ町で実感したばっかりだった! 模倣のためには情報がいる。足りないと中途半端な出来になってしまうって!
言葉ちゃんの字を模倣したくてもできない。情報が無いから、模倣のしようがない。
そうなると文字を書いたときに出力されるのは、言葉ちゃんの姿になっていても美和の字になる。
プレイヤーキャラなのが完全に仇になった形だ。
これまでの人生でずっと見てきた字だから疑問に思うことすら無かった。
「あっ……えっと……」
「それに、俺の知ってる言葉はもっと芋だ。その部屋着、去年俺が誕生日に贈ったやつだろう? 可愛すぎるから着られないって言っていたじゃないか。風呂を出た後も、しっかりケアをするところなんか見たことない。ずっと適当だった」
「それは……その……」
「今から、変なことを聞くぞ」
兄の顔ではなく、生徒会長観月綴の顔をした目の前の男性が、眼光鋭くこちらをじっと見据える。
「君は、誰だ?」
まずい!!
「言葉、お鍋ちょっと見ててくれる?」
「はーい」
私たちのお母さん詩穂さんは大忙しだ。
今日一番力を入れているのはお料理。
今煮込んでいるのは夜に食べるビーフシチュー。
魔術を使えば鍋が勝手にいい感じに仕上げてくれるんだけど、そうしないのは詩穂さんのこだわりだ。
じっくり煮込んでお肉をほろほろにするのよと嬉しそうに笑って支度している詩穂さんは聖母様のように神々しかった。さすが推しのお母様よ。尊い。料理を手伝いながら隙を見て思わず背中を拝んだのは内緒。
今日の食事は綴くんの帰省記念と言葉ちゃんの首席合格のお祝いを兼ねているからすごく豪勢。毎日すごく美味しいから夜が楽しみだなあ。
詩穂さんが戻ってきたのでお鍋をバトンタッチ。私は机を拭いたり洗濯物を畳んだり、こまごましたことを全体的にやって詩穂さんのサポートをしている。
ふう。できることは大体やり尽くしたな。
時刻は一三時を少し過ぎたところ。そろそろ来るはずなんだけど。
そう思っていたら玄関の呼び鈴が鳴った。あっ来た!
「言葉、きっと綴くんだわ。玄関開けてあげて」
「はーい」
女性の二人暮らしだしいつもは防犯として詩穂さんに言われて鍵をかけている。まあ、実際には誰も来るわけないんだけど。人っ子ひとりいない町を思い出して苦笑いする。
我らが父文明さんは海外に単身赴任中なので、しばらく帰ってきません。
てことは私が家を出て寮に入ったら詩穂さんひとりぼっちか。……まめに連絡取ろう。
そんなことを考えながら玄関の鍵を開ける。
立っていたのは重そうなカバンを持った銀髪に青い瞳のイケメン。綴くんだ。
「ただいま」
「おかえりなさい兄さん。入って入って!」
頭を瞬時に「観月言葉」に切り替える。自室にいるときは元の自分でいてもいいかなと思ってるんだけど、詩穂さんの前ではそうもいかないから最近切り替えが非常に上手くなりました。
荷物持つよって言ったんだけど断られてしまったので、先導してリビングへ向かう。
「お母さん、兄さん帰ってきたよ」
「ただいま」
「おかえりなさい綴くん! お疲れさま。お腹空いてない? お昼食べてきたかしら」
「いや、まだ食べてない」
「良かった! じゃあまずお昼にしましょう」
詩穂さんが笑う。
荷物を下ろした綴くんは安心したように眉を下げた。
「変わらないな、母さんは」
「私も変わらないよ?」
「うん、そうだな」
ちょっと子どもっぽくなった綴くんを覗き込んで言えば、肯定と共に優しく頭を撫でられた。
へへ。この兄は妹に大変甘い。
詩穂さんが作ってくれた美味しいご飯を食べて、一旦綴くんは荷物を置きに部屋に戻った。
明日の夕方には帰る弾丸帰省だからそんなに荷物は多くないと言っていたけど、学期成績表とか話題のお菓子とかいろいろとお土産を持って帰ってきてくれた。
戻ってきた綴くんも一緒にリビングでそれらをお供に話に花を咲かせる。
近況報告などを一巡して、今の話題は言葉ちゃんが主席をとったことだ。
「言葉はすごい。よく頑張ったな。今から言葉と学園で会えるのが楽しみだ」
「えへへ。これからも頑張るね」
「兄妹二人とも優秀で、お母さん鼻が高いわ。天狗さんになってしまいそう。でも、二人とも頑張り過ぎちゃうところがあるから少し心配でもあるの。無理はしないようにね」
「うん」
「……うん」
「あっ、兄さん歯切れが良くない! そうだお母さんこの間報告に行ったときもね」
「待てこら待ちなさい! それは言わない約束だろう!」
「そんな約束してませーん」
「ええ? なになにどうしたの?」
私が綴くんの無理を告げ口しようとし、それを綴くんが止めようと慌て、何も知らない詩穂さんは楽しそうに笑う。
ああ、平和だなあ。あったかくていいな、こういうの。
楽しくなって笑えば、ふたりが受け止めてくれる。家族っていいものだ。
そうしているうちに日も暮れて、そろそろ晩ご飯にしようということになった。
話してるときにお菓子食べてたけど、みんなちゃんとこの後のことを考えてセーブしていました。えらい。
机の上にずらりと並べられた料理の数々。壮観!
メインディッシュのビーフシチューを始めとした美味しそうで豪華な料理が机狭しと置かれた食卓は、見ているだけでテンションが上がる。
「わあ、すごい!」
「二人分のお祝いだもの、張り切っちゃった! デザートにケーキもあるわよ」
「すごい!」
「美味しそうだ」
「うふふ。さあ、食べましょう」
「うん! いただきます!」
「いただきます」
うーん、すっごく美味しい! 詩穂さん天才料理人!
綴くんもたくさん食べている。おかわりもあるからねーと詩穂さんが言う。
これは肥える……。確実に肥える……!
でもバランスいいメニューだし、こんなに食べるの今日だけだし、あとで運動もするから許されたい!
はあ、美味しかった。お腹いっぱい。詩穂さんの手作りチーズケーキ、とっても美味しかったです。
片付けをした後部屋に戻った。
お風呂の順番待ちです。綴くんは疲れてるでしょってことで一番目、私はその次。
待ってる間に日記を書く。元の世界の頃は日記書く癖は無かったんだけど、この箱庭では何があるか分からないなと思って何でもメモしておくようにしてる。とはいえ別に変わったことも起きないから日常の雑記とか備忘録みたいなものだけど。
「言葉、お風呂上がったぞ」
「あ、うん」
ノックと共に綴くんにドアの外から声をかけられる。
ノックと同時に入ってくる空気読めないお父さんムーブしない辺り綴くんはジェントルマンだ。
準備しておいたお風呂セットを手にドアを開ければ、湯上りの綴くんが立っていた。
「わあ!?」
「……そんなに驚くことないだろう」
「ごめん、もう部屋戻ったと思ってたから」
それもあるし、ほかほかのイケメンに耐えられなかったのもあります。
いつもより上気した頬とセットしてない髪は、冷たい色合いの綴くんを幼げに見せている。
ひゃあ、破壊力よ。
ふと綴くんが私の手に目を止めた。それはどうした?と聞かれて見れば、手にインクがついてしまっていた。
「ああ、書き物してたの。日記。それでだと思う」
「ああ、日記。なるほど。……読みたいって言ったら嫌か?」
「ええ? 嫌……」
「そうか」
しょんぼりされてしまった。
「うそうそ、いいよ。ちょっと待ってて」
まあ見せてもいいんだよね。
なぜなら私が今さっき書いていたのは青い表紙の手帳なので。
ゲーム内アイテム、『観月言葉の日記帳』。
それは赤い表紙に金の飾り文字が美しい装丁をしている。これはキャラに関するパラメータとかゲーム内のヘルプなどが書いてある、プレイヤー御用達のアイテムだった。この箱庭でも、その扱いは変わらない。
だからそっちを見せることはできないけど、日記書いてることを知られたら見たいって言う人はきっと出るだろうなあと思って、先手を打っておいた。
ずばり、ノートを分ける!
どうでもいいことを書く青い表紙のものと、本命の赤い表紙のもの。
家の中に閉じこもってた数日間のうちに閃きました。賢い。
自室に戻って机の上から青い表紙の手帳を取り、綴くんに渡す。
「最近書き始めたばかりだからそんなに量は無いよ? 面白くないかも」
「面白さは求めてないよ。ありがとう、読ませてもらう」
手帳をひょいと掲げて綴くんは綴くんの自室へ去っていった。
さ、私はお風呂お風呂ーっと。
美は一日にしてならず。
言葉ちゃんの美貌の維持も一日にしてならず。
バスタイムのあとしっかりケアをして、本日もぴかぴかの湯上り言葉ちゃん無事完成いたしました。
いつもの芋ジャーではなく今日の部屋着はかわいいパーカーとショートパンツのセットのやつです。ふわさらの生地の部屋着着た言葉ちゃんスーパープリティ! 最強!
お風呂を子どもたちに譲ってくれた詩穂さんに上がったよと声をかけて、二階の部屋へと戻る。
階段を上がってふと顔を上げたら、私の部屋のドアに綴くんがもたれかかっている。
その表情は暗い、というか堅い?
「あれ? 兄さんどうしたの?」
「ああいや……。少し話したくてな。入ってもいいか?」
「うん、いいけど……」
どうしたんだろう。微妙な歯切れの悪さが気になる。
椅子に座るよう勧めて、私は向かい合うようにベッドの縁に腰掛ける。
さっきは影になってて気づかなかったけど、綴くんの手には青い手帳がある。日記返しに来てくれたのかな?
「言葉、聞きたいんだが」
「うん、何?」
「これ……なんだが」
「えっ何か変なこと書いてた?」
「いや、内容に変なところはない。普通に楽しく読ませてもらった。ありがとう。そうではなくて……あー……」
すごく言いにくそうに綴くんは難しい顔をして下を向き、私に手帳を返して空いた両手を組んでいる。
不安になってきた。何言われるんだろう。
意を決したように綴くんは顔を上げた。口を開く。
「お前、どうした?」
……? どうした、とは。
「どういうこと?」
「筆跡が変わった。俺が知ってる言葉の字じゃない」
「筆跡? ……あっ!?」
不安、的中。
青い手帳に書いた日記は、高垣美和の字だ。観月言葉の字じゃない。
というのも、ゲーム、アニメ、コミカライズその他もろもろ。どの媒体を探しても、観月言葉の字は無い。明かされていない。
そうだよ町で実感したばっかりだった! 模倣のためには情報がいる。足りないと中途半端な出来になってしまうって!
言葉ちゃんの字を模倣したくてもできない。情報が無いから、模倣のしようがない。
そうなると文字を書いたときに出力されるのは、言葉ちゃんの姿になっていても美和の字になる。
プレイヤーキャラなのが完全に仇になった形だ。
これまでの人生でずっと見てきた字だから疑問に思うことすら無かった。
「あっ……えっと……」
「それに、俺の知ってる言葉はもっと芋だ。その部屋着、去年俺が誕生日に贈ったやつだろう? 可愛すぎるから着られないって言っていたじゃないか。風呂を出た後も、しっかりケアをするところなんか見たことない。ずっと適当だった」
「それは……その……」
「今から、変なことを聞くぞ」
兄の顔ではなく、生徒会長観月綴の顔をした目の前の男性が、眼光鋭くこちらをじっと見据える。
「君は、誰だ?」
まずい!!
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