上 下
9 / 30
来世は空気を希望します!

9.ハプニングが起きています

しおりを挟む
言葉ことは、こっちへ」

 そう一声かけてから枝折しおりくんは電車の扉の横、いわゆる狛犬ポジションに私を押し込んだ。そして他の客から隔てるように目の前に立つ。
 おお……。高身長だから至近距離で立たれると若干威圧感あるな。身体を支えるためと言葉ちゃんを不埒な変態から守るために手も離されてしまったし。
 言葉ちゃんは身長高めで、枝折くんをはじめ他のキャラとゲーム内で並んだシーンやテキストから推察した結果、恐らく一六二センチくらい、ということで言葉ちゃん推しのオタクたちの間では考察が落ち着いている。
 ……はっ! 待って!? 学園に入ったら高校である以上きっと身体測定あるじゃん! 言葉ちゃんの公式身長が分かる……! うわ最高! こんなに待ち遠しい身体測定初めてだよやったー! 生身の推しやっぱり強いな! 
 なんてにまにましていたら電車がカーブに差し掛かったのか大きく揺れる。揺れにご注意くださいという女性の声の車内放送が聞こえる。と、枝折くんの背中側にいた他の乗客がバランスを崩してたたらを踏んだ。その結果結構がっつり枝折くんにそのお客さんはぶつかることになり。前のめり……つまり私側に枝折くんが倒れ込む。咄嗟に枝折くんが壁についた手は顔の横、目線ら辺。更にダメ押しで電車が再び強く揺れる。顔の横には肘まで壁につかれた枝折くんの腕。それにより引き寄せられた枝折くんの身体が目前に迫っていた。
 ほぎゃやば待ってしんでしまう枝折くんの胸板が飛び込んできて壁ドン肘ドンってかこれはほぼほぼ抱き締められてると言えるのではあばば待って枝折くんめっちゃいい匂いするイケメンって匂いまでイケメンなのねすごいな!

「すまないすぐに退く……!」

 心做しか焦ったトーンの枝折くんにこくこく頷くことで何とか分かったの意思表示をする。なにぶんびっくりしたのとときめきとで全然声が出ない。まだ枝折くんの背後が全然整っていないので、そうは言ってももうしばらくはこのままっぽい。イケメンの身体がぐらりと傾いて倒れてくるモーションすごかったなとか枝折くんもびっくりした顔してたの一瞬見えたなとかちょっと考えてみたけどダメだ自分の身に現在進行形で降り掛かってるラブハプニング楽しめない! 無理! 免疫が無い! あと枝折くんの涼やかな声が焦った調子で頭上から降ってくるの大変心臓に悪いです! 過剰供給!! 
 手繋ぎはね、まだ序の口だったんだなって思います。頬や鼻に触れる枝折くんの制服の肌触りとかそこから香るいい匂いとか、上がってる体温とか心臓の音とか。そういうのがばしばし伝わってくる。それらに影響を受けて私というか言葉ちゃんの顔も熱くなってきているのを感じる。傍観者のプレイヤー目線だった頃はこういうのがあるとキタキター! って喜んでいたけど、当人に立場が変わるとそれどころじゃない。二次創作で好き勝手イチャイチャさせてごめん言葉ちゃん。懺悔します。
 鞄を握っている手が汗ばむ。空いているほうの手で枝折くんの胸に手を添えて少し体勢を変えることを試みたけどうんこれ悪手ですね! 枝折くんの心拍がまた跳ね上がっちゃった! そりゃそうだごめん! そのつもりが無くても好きな女の子に自分に寄り添うような行動取られたら気が気じゃないよね! ほんとごめん! 

「ご、ごめん……!」
「いやこちらこそ……!」

 かろうじて小声で謝る。
 ううう頼むから早く駅に着くか全員瞬時に元の姿勢に戻るかしてくれ……! 
しおりを挟む

処理中です...