競り市で落とされて

設楽大介

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その⑫私はみやび

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「どうなさいます?今回は見送られて、また競りにご参加いただいてもよろしいんですが」
「あの、成約料というのは?」それは聞いていなかったな、と愛海は思いながら訪ねた。
事務局の人間はまた大きなため息をつき、
「規約にございます通り、御成約金は男性のみがお支払いとなります。御成約後の報酬としては、御先方からの提示次第になりますが。今のところ最初に交接された方が月に200万。二番目の方が300万。後お二方、愛海さまを見初められたけれど、交接を持てなかった方がそれぞれ『場外での水揚げ』を希望されております。これは競り市外でのお試し、ということですが、これに対してお二方同額の300万を提示されています。こちらは一度限りの金額と相成りまして、わたくしどもが、そのうちから規定通りの二割を頂戴するということになります。こちら、かなり高額をご提示されておりますが、やはり場外で、というのは女性の方にはかなり不安やストレスがかかります。監視するものがいない状況となりますのでね。その分が上乗せされているとお考え下さい。……ああいう場では行為に及びたくない、と思われる方が、そしてより裕福な方が希望されることが多いですね。……正直に申し上げますと、これほどの高額を複数の方がご提示なさるというのは大変珍しいことで私どもも驚いているのですよ。
その後お気に召せしてその方々と御成約となれば、規定通り男性側が御成約料をお支払いになり、のちの条件はまたその時に取り決める、ということになります」
どんどん聞かされる自分の値段に愛海はくらくらとめまいを覚えた。黙り込んだ愛海を迷っているとおもった事務局の人間は
「まあ、交接されていない方とお試しになられた後でお選びいただいてもいいと思いますよ。ゴムの使用などはこちらからも念押ししておきますので」そして言葉を切った後、思い切ったように、
「愛海さまのような方に競りにお立ちいただくことは私どもにとって大変に利益を生むことです。ですが、はっきり申し上げて、競りに何度もお立ちになるのは、あまりお勧めいたしませんが。やはり何度もお立ちになる方というのは目的が金銭になってしまい、品がなくなり、やがて御成約からは遠くなります。こちらでもそういう女性が目に余れば参加は差し止めさせていただいております」
おそらく、このような助言は運営側の利益を減ずる行為だから、あえてそれを告げるには勇気のいることなのだろう。だが『安心、健全』がモットーの運営側として、参加者のためにあえてアドバイスしたのだろうと思う。
セレブ相手を辞任する運営側のプライドが感じられた。
だが、自分の体に提示される金額の大きさは、愛海の気持ちを高揚させはしたが、やはり、もう完全に自分は体に値が付く女になったのだ、と自覚させられ、その心は重苦しく沈んだ。
事務局の人間に言われなくとも、もう一度あの舞台に全裸で立つことを考えると、気持ちが萎えた。
今更見知らぬ相手とどこかで二人きりで『お試し』をするのも勇気のいることだと思った。
不器用に見えた一番目の男が自分を成約の相手として名指ししてくれたことも嬉しかった。
だが……忘れられないのはただ一人だった。あれから何度も何度も繰り返し思い出し、体を一人熱くさせてきたのは。
愛海はあの時呼ばれた「みやび」という名について考えていた。
あの男はやっぱり佐藤俊哉で、あの時読んだのは妻の雅の事だったのか?
それとも、熱烈な相沢雅のファンでよく似た私を抱きたいのだろうか?
みやび、みやびとあれから毎日あの男のささやき声を考えない日はなかった。
気付くと愛海は、
「では、二番目の方で」と答えていた。あの最後に自分を凍り付かせたあの男に。
「お名前は?なんとお伝えしましょうか。偽名でも結構ですよ」
事務局の問いかけに、愛海は
「みやび」と答えていた。
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