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第2章 異世界(トゥートゥート)

03. 抗いがたい衝動

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 二度寝をしたらすっかり寝過ごした。
 と言っても貴族としては早い方だと思う。
 貴族あいつらは連日連夜の夜会パーティーで一晩中起きてるから、昼頃に目覚めれば上出来なほうだ。
 俺は元々庶民として生活してたんで、完全に朝方の生活が身に付いていた。
 今は朝の8時。
 普段なら6時には起きている。
 前世の夢を見ない事で、なんだか肩の荷が降りたようだ。

 「スノウ、今日も教会へ行くのか?」

 今世でも相変わらず大量に用意された朝食を一人で頬張っていると、フロックコートを着て出勤準備を整えたブラッドがやってきた。
 光によって濃淡を変えるブラウンの髪を後ろに緩く撫でつけ、ルネサンスの彫刻のように芸術的で美しい顔立ちは、一見どこか近寄りがたい硬質な雰囲気を醸しだしている。
 
 「そのつもりだけど・・・何か用事?」
 「いや・・・、だが最近少し街に出すぎではないか?慈善活動とはいえ、貴族の若い娘が頻繁に庶民街を出入りするのは危険だ。」
 「言うほど危険な場所じゃないのよ?知り合いだってたくさんいるし、みんな良い人だから。」

 そう言って俺は、デザートのプリンを頬張る。
 うまい。
 卵の風味をしっかりと感じる固めのプリンは絶品だ。
 今世でも甘いものに目が無いチャタには、最初に餌付け済みである。
 隣に来て膝をついたブラッドが、俺の手を両手に包んで懇願する。

 「せめて護衛を付けてくれないか?これでは心配で仕事が手に付かない。お願いだ。」

 普段は一切隙を見せることなく颯爽としているブラッドが、情けなく眉を下げる。
 どこか悲しげで庇護欲を誘うその表情は、前世の幸希コウキを彷彿とさせた。
 俺はこの表情に弱いんだ。

 「う~ん・・・、でも前みたいに5人も6人も周りにつけられると子供達が怯えてしまうの。心配しなくてもチャタを番犬として連れていくから大丈夫よ。」
 「・・・・・。」

 ブラッドが何故か微妙な顔をしている。
 以前根負けして承諾したばっかりに、終始5、6人の護衛を周りに侍らすはめとなった。
 屈強な男に囲まれていては、誰も近づけないし話しかけても逃げて行ってしまう。
 どこぞのお姫様だと言う感じだ。
 ひとめで貴族の生まれでは無いと分かるだけに、なかなか恥ずかしいものがある。

 「分かった・・・。仕方ない、こればかりは約束だからな。だが、俺との約束も守ってくれ。覚えているか?」

 出かける前には必ずと言って良いほど確認されることだ。
 もうスラスラと暗唱できる・・・だが気持ちが追い付いていなかった。

 「・・・知らない人には付いていかない・・・知らない人から食べ物を貰わない・・・知らない人とは話さない、関わらない・・・お腹が空いたらすぐ帰る。」

 家族には俺が幼稚園児にでも見えているのだろうか・・・。
 そんなに頼りないのか?俺は。 
 正直、これを守るのは至難の業だ。
 でも約束しないとブラッドが納得してくれないんで、気休め程度にいつも言っている。
 前世でも、出かける前は幸希に駄々をこねられ、よく引き止められた。
 こういうあしらいには慣れているつもりだったが、流石にここまでくるとなぁ・・・。
 よく出来ましたと言うように、ブラッドはひとつ頷くと俺の頭を撫でる。

 「ブラッド・・・。」
 「うん?なんだ。」
 「もう食べて良い?」

 先程から中断していたプリンの誘惑に勝てず、俺はたまらずそう聞いた。
 一瞬驚いた顔をしたブラッドだが、しょうがない奴だなとでも言うように相貌を崩して笑う。

 「フフッ・・、どうやら俺の最大のライバルはプリンのようだな。」

 そう言ってブラッドは、俺の口端に軽くチュッとキスをした。
 日頃からキスは良くされるが、突然の不意打ちに驚いてキョトンとしていると、それを見たブラッドが眉間にしわを寄せ、何かに耐えるように『クッ』と呻く。
 同時にギューッと強く握り締められた手が地味に痛い。

 「スノウ・・・、絶対外でそんな顔を見せてはいけないよ。良いね、絶対だ。分かったね?」

 絞り出すような声で真剣に念を押すブラッドに、正直よく分かっていなかったが、とりあえず食事を済ませたかった俺は神妙に頷いた。

 「良い子だ。」

 いつものように俺を抱きしめる長い抱擁の時間を経て、ようやく俺は解放された。
 今日のブラッドは随分遅い出勤だ。
 まさか俺が寝坊したから、起きてくるまで待っていたわけじゃないよな・・・。
 怖いから考えるのを止める。

 「口元に食べかすでも付いていたのかしら・・・。」

 これだから子供扱いされるんだ。
 そう思った俺は、いつもより慎重にスプーンを口へ運んでいた。
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